スミス、バベッジ、マルクス Nathan Rosenberg の説の解説 ただし、 J.S. ミルについての部分は除く 林晋 (30 日に少し変更 )
イギリス産業革命の時代と人物 19 世紀 アダム・スミス「国富論」 1776 年刊行 1807: フルトンの蒸気船実験 フルトン 1814: スチーブンソンの蒸気機関車 スチーブンソン 1810 年代:ラッダイト運動ラッダイト運動 1830 年:リバプール・アンド・マンチェスター鉄道開業リバプール・アンド・マンチェスター鉄道開業 1832: バベッジ On the Economy of Machinery and Manufactures, : ジョン・スチュアート・ミル, Principles of Political Economy with some of their Applications to Social Philosophy 出版. ジョン・スチュアート・ミル Principles of Political Economy with some of their Applications to Social Philosophy : カール・マルクス 経済学批判要綱 (Grundrisse) カール・マルクスGrundrisse) 1867: 「資本論」出版資本論
分業を巡る4人の「経済哲学者」 経済史家 N. Rosenberg “Charles Babbage: pioneer economist” 、「チ ャールズ・バベッジ:経済学のパイオニア」 (1992 初出 ) この本に収 録。 この本 – 最近,バベッジは「コンピュータのパイオニア」として再発見 されたが,彼は産業革命発展期における「技術革新の経済学」 のパイオニアとしても再発見されなくてはならない. – バベッジはアダム・スミスの分業論にない新要素を分業論に加 えた. – そして,その部分が,後のミル,マルクスの分業論に影響を与 えた.特にマルクス経済学への影響は大きい. – マルクスは, Grundrisse や資本論で盛んにバベッジを引用するだ けでなく,その概念,問題意識などにバベッジの影響を受けた と思われる.例えばマルクスの「機械」の定義は,バベッジの 定義に似ている. – バベッジのブルジョワジー的観点を逆転したものがマルクスの 思想 – スミスは中立的ともいえる.
スミスの分業論 分業は生産力の増強に三つの長所を持つ. 1. 職人個々の技能増進 2. 仕事から別の仕事に切り替えるための時間の節約 3. 労働を促進し労働時間を短縮し,さらには生産性を 高める機械の発明に寄与する 労働時間の短縮は余剰時間であり,それにより 発明が導かれる. 専門化も社会レベルでの分業である 分業は国民の全ての層を豊かにする. – スキルがないものにも職が生まれる. – 生産物が増え,貧困層にも物品が行き渡る.
バベッジの分業論 以下、ローゼンバーグの議論: 多種類の労働を独りの人が行うような労働形式では,分 業に比べて労賃がムダに払われる,ことをバベッジは指 摘し,スミスは,これを見落としていた.以下説明: – 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与で十分な職人で もできる.しかし,ピンを鍛錬し焼入れする工程は週5,6ポ ンドの給与の職人でないと行うのは難しい. – もし,独りの職人に両方の仕事をさせるとすると,その職人は 後者の仕事をできないといけないから,6ポンドの週給を必要 とする.しかし, その職人に週2ポンドの仕事もさせることにな るので,その仕事の部分では4ポンド余分に払っていることに なる. – これはムダである.その労働の部分は「分割」して週休2ポン ドのものにさせればよい. – 資料:資料 日本の経済史家による説明* 資料日本の経済史家による説明*
バベッジの原理 より高いスキルを必要とする労働者の労働時間は,より 少なくなるようにすれば,製造業者は,より高い利益を あげることができる. この原理がバベッジの分業論の内,後世に影響を与えた 最も重要なポイントであり,特にマルクスが影響を受け た.
マルクスの分業論 スミス,バベッジ,特にバベッジの論点を「裏返した」 ものがカール・マルクスの経済学の論点だった 例えばスミス,バベッジにおける「繰り返しによる熟練 」は, 「繰り返しによる疎外」と理解される. マルクス: – 疎外 Entfremdung は神学などにも関係する哲学用語だが,マルク スは「人間が機械のようになる」「物のようになる」というよ うな意味に使った. – 同じことの繰り返し仕事だと,人間は機械のようになってしま い,その労働は人間性を無視したもの(INHUMAN)とな る.
マルクスとバベッジ マルクス: – 疎外 Entfremdung は神学などにも関係する哲学用語だが,マルク スは「人間が機械のようになる」「物のようになる」というよ うな意味に使った. – 同じことの繰り返し仕事だと,人間は機械のようになってしま い,その労働は人間性を無視したもの(INHUMAN)とな る. バベッジ: – スミスは繰り返しにより技術の熟練が見られるとしたが,実際 には,有る程度の期間を過ぎると技術の熟練カーブが一定の値 に漸近してしまい,改善がみられなくなる.これは,実際の工 場での実例から経験的に知られる.(バベッジは,多くの工場 を調査したことで知られている.) – たとえ,知的な仕事であっても機械で置き換えることができる .機械的な仕事は機械にさせればよい.なぜなら給料が必要な くなる.
マルクスとバベッジ(2) マルクスにとっては「スキルが高く労賃も高い労働者の数は減らす べきだ」というバベッジの原理は,「スキルが低く労賃も安い労働 者を大量に雇え.つまり,多くの労働者は低賃金で疎外された状況 で働かせよ」と解釈される. バベッジが彼の蒸気コンピュータのモデルとして使ったド・プロニ ーの計算チームにおける「知的労働の分業」は,3層の「階級」に 分かれていた. 直ぐ後に説明
マルクスとバベッジ(3) マルクス理論では良く知られたプロレタリアートとブルジョワジー の階級概念がある. さらに資本論に先立つ Grundrisse (経済学批判要綱)と呼ばれる草 稿群には,イタリアの左翼思想化ネグリたちにより “Fragments of Machines” と呼ばれている技術論の断片があり,そこに general intellects という用語が現れる. Grundrisse はドイツ語で書かれているが,この general intellects の所 だけはなぜが英語なっている.これについてのマルクスの主張は資 本主義の最終的段階の競争の行方が実は貨幣資本より,知的資本, つまり,科学技術などの知識の蓄積あるいは,それを担う人々 general intellects により決定されると読める. 世界の現状からすると 興味深い! そして, これはバベッジの「余剰時間による技術革新の重要性の強 調」と同じような考えとも理解できる. ( バベッジの余剰時間と Google20% ルール) Google20% ルール
ちょっと先取り:マルクスは如何に間違ったか? スミス、バベッジ、マルクスの「分業論の系譜」は,現代の大量の 非正規雇用者あるいは低賃金労働者と,一部の「天才的スーパーリ ッチ」(「「メトロポリス」の悪夢?)という, IT 資本主義社会を 連想させるものになっている.これは「歴史のルール」の結果なの だろうか? 現代社会はマルクスが説いた悪としての資本主義に支配された絶望 的社会か? – ベルリンの壁崩壊後、マルクス主義国家はほぼ絶えた。 – 「メトロポリス」のシフト交替シーンは滑稽にさえ見える。 – 北京五輪の人間マシーンたちの溌剌とした笑顔。 – 確かに、MPの親戚のバイトでの話や2ちゃんねるなどのアマゾンF C評にあるような非人間性の実感もある。 – しかし、「メトロポリス」が描くような「実感」は現代日本には多く はない。 後でみせる 映画の題名
ちょっと先取り:マルクスからウェーバー へ 経済から社会へ マルクスを持ち出せば、もうひとりの巨人,社会学者マックス・ウ ェーバーの説について考えねばならない. – マルクス: – ウェーバー: ウェーバーはマルクスが,殆ど経済的原理で社会の動向を予想した のに対し,宗教などの文化的エトスを社会・歴史法則の中に持ち込 んだ。 例:「プロテスタントの倫理と資本主義の精神」. MPにあった「啓蒙が資本主義とセットになっている」というよう な考え方。 経済活動をシステム(機械)としてみて、それを担う「部品として の人間」の「行動の傾向」の経済活動への影響を見る立場。 – ↑ これは林の解釈。ウェーバーが「部品としての人間」と言ったのでは ない。 補足説明:林はウェーバー・リッツァー (George Ritzer) の「形式合理 性の追求=現代性」の議論の、「形式合理性」の部分を「機械的化 」(機械かその部品のように形式的ルールに従うこと)と解釈して いる。そのため、それを担う人間を「部品」と解釈する。