系外惑星観測に向けた astro-comb開発の現状と 世界の高分散分光器計画

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系外惑星観測に向けた astro-comb開発の現状と 世界の高分散分光器計画 成田憲保@HDSセミナー

構成 Wilken et al. (2012) (Nature, 485, 611-614)のレビュー 世界の高分散分光器計画の現状 装置構成について 視線速度の誤差の測定について 実際の天体の視線速度測定について 世界の高分散分光器計画の現状

背景と概要 高分散分光器による天体の視線速度測定では正確な「波長のものさし」が究極の精度を決める 天体と同時に参照光を取得する視線速度測定法では、従来Th-Arランプが利用されてきたが、 より広い波長で均一な強度のlineを発生する光源としてLaser Frequency Comb (LFC)の開発が進んでいる これまで実験室におけるコムの性能試験などが 報告されてきたが、今回は実際の天文観測装置に 搭載して天体の観測まで実施した

装置構成

HARPS Specification ESO@La Silla, Chile の 3.6m望遠鏡に搭載された視線速度測定専用高分散分光器 波長分解能:R=115000 (R〜5GHz@500nm) 観測波長域:380 – 690 nm (echelle order 89 – 161) multimode fiberで天体と参照光を同時取得する方式 温度コントロール:分光器を真空容器に入れて0.01mbarまでひいて、長期の温度安定性を数10mKレベルにしている。CCDは液体窒素で冷やして±50mK以内にしている。

1. Laser Frequency Comb (LFC)

LFC Specification HARPS LFC:Yb(イッテルビウム)-fiber oscillator (Menlosystems Orange Comb 250という商品名) 250 MHz間隔のコムを発生(→非常に密度が高い) 波長域は1050nm付近の~50nm(HARPSの観測波長と異なる) Rb(ルビジウム)の原子時計で1GHzの位相を固定し、GPSで時計を校正する 時計由来の周波数への誤差は ~0.3cm/s @ 500nm

2. Fabry-Perot Cavities (FPCs)

FPCsの役割 HARPSの分解能は5GHzだが、コムの発生するlineは250MHz間隔のため、lineの間隔を広げる必要がある FPCはもとのコムの自然数倍の周波数のlineのみ通して、他のline強度を低減する HARPSの分解能を考慮して18GHz間隔に広げるため、最初のFPCで2.25GHz(9倍の周波数line)を通し、それ以降のFPCでは18GHz(72倍の周波数line)を通すよう設定 それぞれのFPCでは別のレーザー光によって通す周波数を安定化 FPCの後にはアンプを置いてlineの強度を補填 一方、コムの波長域は50nmから20nmほどに狭くなっている

高精度の達成に必要な低減度 1cm/sの 誤差に対応 HARPSの分解能が5GHzなので、2.25GHzのところのlineは分解できない

実際の低減度 2010 / 11 2011 / 1 3 FPCsで79dBの低減を達成

3. Second Harmonic Generation & Photonic Crystal Fiber

SHGとPCFの役割 HARPSの観測波長は500nm付近だが、Ybによるコムは1050nm付近なので、SHGを使って波長を半分(周波数を倍)に変換する 変換されたコムの波長域は10nm程度ととても狭いので、HARPSの観測波長をカバーするよう広げるためにMax Plank-Institute for the Physics of Lightで特注されたPCFで波長域を広げる

SHGとPCFによる波長域の変化

4. Multimode Fiber & Dynamic Mode Scrambler

HARPSとコム光のカップリング 生成されたコム光はcollimating lensかintegrating sphereを使ってmultimode fiber F1 (コア直径1mm)に通されてHARPSのcalibration unitに送られる この過程で光のspatial modeを増す(入射光の非一様性を減らす)ためにDynamic Mode ScramblerをF1に取り付けた calibration unitにはTh-Ar lampやフラット光源など複数の光源があり、2つのファイバー F2 (コア直径300μm)で望遠鏡の焦点面に光を送ることができる コム光もF1からF2に光を照射することで同様に焦点面に送られる

HARPSとコム光のカップリング 焦点面でF2は750μmの領域を照射する HARPSの分光器につながっている2つのファイバーF3 (コア直径70μm)は、2本のF2が照射した光か、望遠鏡からの星の光を拾って分光器に通す

HARPSの検出器の生画像

本論文で行われたこと 2本あるF3の両方にコム光を入れて、様々な条件で波長の変化(視線速度換算)を調べた(コムの試験観測) 限界精度として2.5cm/sを達成した 実際に系外惑星を持つ恒星HD75289を観測し、ほぼフォトンノイズで決まる精度で視線速度を決定し、既知の軌道運動を確認した(天体の試験観測)

コムの試験観測の概要 F3の両方(channel AとB)にコム光を入れて露光時間10-40秒、読み出し時間30秒で10-100回の連続露光を行う 観測の設定(CCDの冷却、露光時間、LFCの各設定など)を様々に変えてデータを取得 コムのlineの位置をGaussianでフィットして中心位置を決め、fluxで重みをつけて各channelの視線速度変化を求める channel AとBの相対視線速度を求める

A-Bの相対視線速度変化の全体の標準偏差は34cm/s、 結果 灰色の縦線が観測設定の変更を表す、オレンジと紫の領域は観測設定を全く変えずに試験を行った A-Bの相対視線速度変化の全体の標準偏差は34cm/s、 観測設定を変更しない部分は7-10cm/s

いくつかのわかったこと 観測設定の変更は少なからず系統的変動を引き起こす 観測設定の変更がなければほぼフォトンノイズ限界 特にintegration sphereの使用はよくない F1に入るコム光の強度がかなり落ちるのと、spatial modeがレンズの場合と大きく異なるため? CCDの冷却を止めるとAとBの個々には大きな変動が出るが、相対的な変動はほとんどキャンセルしている 2ヶ月の時間をあけるとAとBの個々には大きな変動が出るが、こちらも相対的な変動はほとんどない

積分の足し合わせと誤差の推移 ~2.5cm/sでphoton noise limitから外れている 測定を足し合わせてフォトンノイズに一致するところまでが限界精度 accumulated photonsはコム光のlineのphotonの総和:SNR=500で4000本くらいで10^9に相当

cf. Expected Optimum RV Precision Murphy et al. (2007), MNRAS, 380, 839-847 LFCによる視線速度測定の理想的な限界精度 0.45は観測波長域で決まる係数(この場合380-820nm) HARPSの場合は0.55 (S/N)maxはその波長域のlineで最大のSNR Rは装置の波長分解能 この式によればHARPSの限界は0.8cm/s

系統誤差の原因候補 Asymmetric instrumental profile Charge transfer inefficiency この解析ではIPを別の方法で測定せずGaussianを仮定していたが、本来は非対称である可能性がある。ただ、解析的に単純なIPを仮定しても観測された系統的な変動は説明できていない。 Charge transfer inefficiency 検出器の読み出しの過程で余計な電荷がのってlineを非対称にしてしまう。これは検出器の特性としてシグナルに応じた補正が可能であり、OHPのSOPHIEでは最近補正が行われた。今後はHARPSでも可能。 Light injection variation into the multimode fiber 積分球を使った場合に大きく系統的な変化が出たのはこの可能性がある。ただし、まだこの効果は詳しく調べられていない。

天体の試験観測 ホットジュピターを持つ系HD75289を2010年11月の5日間で8回観測 各回LFCとTh-Arを用いて1回ずつ観測 露光時間:不明(観測時刻表記から20秒程度のはず) 主星HD75289 G0V, 6Gyr, d=28.94 pc, V=6.36 惑星HD75289b P = 3.51 days, a = 0.046 AU, Mp sin I ~ 0.4 Mjup, K ~ 50m/s

Measured RVs for HD75289 天体観測としては初めてLFCを用いた試験観測 エラーがLFCとTh-Arのどちらも同じなのは、 それぞれの限界精度にSNRが達していないため (フォトンノイズで決まっている)

まとめ 天体の光とLFCを同時に測定する観測手法は可視光では実用段階に入った HARPSでは装置としての限界精度が2.5cm/sの測定が可能 系統誤差の追究はまだ続いている 今後本格的な観測が実施されていくだろう

世界の高分散分光器計画について 系外惑星系の視線速度測定をひとつの目標として、今後も高分散分光計画が立案されている その傾向として、 波長のものさしとしてastro-combの実装計画が多い 可視・近赤外同時高分散分光器の計画が出てきている

主に太陽型星まわりの地球型惑星を狙う計画 今後の高分散分光装置計画 可視装置 TNG 3.6m / HARPS-N: 2012年5月から稼働中 Calar Alto 3.5m / CARMENES: 2014年以降 VLT 8.2m / ESPRESSO: 2016年以降 HARPS型 (E-ELT 42m / HIRES: 2020年代) (TMT 30m / HROS: ??) 主に太陽型星まわりの地球型惑星を狙う計画

主に低温度星まわりの地球型惑星を狙う計画 今後の高分散分光装置計画 近赤外装置 Calar Alto 3.5m / CARMENES: 2014年以降 Subaru 8.2m / IRD: 2014年以降 HET 9.2m / Habitable Zone Planet Finder (HZPF): 2014年以降 CFHT 3.8m / SPIRou: 2010年代半ば E-ELT 42m / HIRES: 2020年代 (TMT 30m / NIRES: ??) 主に低温度星まわりの地球型惑星を狙う計画

E-ELT HIRESの計画 E-ELT HIRESワークショップの文章より Although the instrument design is completely open, possible concepts that are being envisaged include the capability of a full, simultaneous spectral coverage of the optical and near-IR bands, both at high (R~100,000) and intermediate (R~10,000) spectral resolutions. The intermediate resolution mode can have, at very little additional cost and complexity, a multi-object mode with moderate multiplexing (10 targets). Yet, even for such a concept, the required technical specifications are completely open, and have to be defined based on the science drivers.

まとめ 今後の高分散分光器の設計思想は、一度により多くの情報を得ることが重視される見込み 特にTMT, E-ELTでは同じ時間で得られる情報量をいかに多くするかが重要 可視・近赤外同時高分散分光や多天体分光の可能性が検討されていくと思われる