腹膜炎による敗血症性ショックに対するPMX 〜ABDOMIX study〜 東京ベイ・浦安市川医療センター 集中治療科 滝内 るり子

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腹膜炎による敗血症性ショックに対するPMX 〜ABDOMIX study〜 東京ベイ・浦安市川医療センター 集中治療科 滝内 るり子 東京ベイ・浦安市川医療センター 集中治療科 滝内 るり子

PMX について PMX-DHP(polymyxin B-immobilized fiber column-direct hemoperfusion)は日本発のエンドトキシン吸着カラムであり、グラム陰性菌感染症による重症敗血症治療に適応がある. 抗菌薬であるポリミキシンBはエンドトキシンと結合する性質をもっており,PMXを吸着体として直接血液灌流(direct hemoperfusion:DHP)させることによりエンドトキシンを吸着させるものである.本邦では1994年に保険適応となり,臨床使用されている治療法である.

PMXの原理 グラム陰性菌の細胞壁を構成するリポ多糖(LPS)のリピドA部分が、ポリミキシンBのアミノ基とイオン結合するか、もしくはLPSの疎水性部分がポリミキシンBの疎水性鎖と疎水結合することで、トレミキシンは血中エンドトキシンを吸着除去する

医科診療報酬点数表2012 より抜粋 エンドトキシン選択除去用吸着式血液浄化法は、次のアからウのいずれにも該当する患者に対して行った場合に算定する。 ア)エンドトキシン血症であるもの又はグラム陰性菌感染症が疑われるもの イ)次の(イ)~(ニ)のうち2項目以上を同時に満たすもの (イ)体温が38度以上又は36度未満 (ロ)心拍数が90回/分以上 (ハ)呼吸数が20回/分以上又はPaCO2が32㎜Hg未満 (ニ)白血球数が12,000/㎜3以上若しくは4,000/㎜3未満又は桿状核好中球が10%以上 ウ)昇圧剤を必要とする敗血症性ショックであるもの(肝障害が重症化したもの(総ビリルビン10㎎/dL以上かつヘパプラスチンテスト40%以下であるもの)を除く。) 吸着式血液浄化用浄化器(エンドトキシン除去用)は2個を限度として 算定する。

手技量・償還価格 手技量 2000点 材料(償還)価格 34万7千円(平成23年時) 非常に高価な治療である

PMXの有効性を検証したRCT 〜EUPHAS study〜

EUPHAS study イタリアの10施設で2004年12月〜2007年12月の3年間に行われた多施設共同前向き無作為化比較試験 対象 腹腔内感染症によって緊急手術を必要とした重症敗血症または敗血症性ショックの患者64例

EUPHAS study 術後6時間以内に PMX群と対照群に割り付け

EUPHAS study PMX群 一次評価項目 二次評価項目 術後24時間以内にPMXによる血液吸着を2時間行い、2回目のPMXセッションを24時間後に行う 抗凝固剤はヘパリンを使用 一次評価項目 PMX施行前から施行72時間の平均血圧(MAP)および血管作動薬必要量の変化 二次評価項目 PaO2/FiO2比,SOFA scoreの変化,28日死亡率

EUPHAS study ベースライン 群間内に 有意差なし

結果 PMX群で、72時間後の血圧が上昇し、 血管作動薬の必要量が減った Primary Outcome MAPおよび血管作動薬必要量の変化 PMX群:MAP 76 (72~80) mmHg から 84 (80~88) mmHgへと有意に上昇 (p=0.001) 対照群:MAP 74 (70~78) mmHg と 75 (72~82) mmHgで有意差なし (p=0.37) PMX群で、72時間後の血圧が上昇し、 血管作動薬の必要量が減った

結果 28日死亡率は、PMX群で32%、対照群で53% →この結果をもとに試験は早期終了

EUPHAS study まとめ 結果はポジティブであるとされたが, 試験がCox比例ハザード回帰解析結果で早期終了されていること 死亡率に有意差がないこと 腹腔内感染症による敗血症にしては対照群の死亡率が高すぎること などの問題点が多数指摘された

今回の論文 〜ABDOMIX study〜

論文のPICO P 腹膜炎による敗血症性ショックによって緊急手術を必要とした患者 I PMX-DHPを使用 C PMX-DHPを使用しない 28日死亡率

Study Design 多施設(フランスの18施設)共同 無作為比較試験 対象患者:消化管穿孔による腹膜炎に対し緊急手術を施行し、術後12時間以内に敗血症性ショックを発症した243例 期間:2010年10月~2013年3月

Inclusion criteria ① 腹膜炎の診断で緊急手術を施行 ② 術後8時間以内に敗血症性ショックを発症し、 2時間以上遷延(鎮静の影響を加味して) ③ Sepsisを、感染症+SIRSと定義 Septic shockは、十分な補液にも関わらず、 収縮期血圧<90mmHg 平均血圧<70mmHg 収縮期血圧の低下が>40mmHg のどれかを満たす ④ 腹膜炎の診断は、術中に膿性の腹水、 もしくは腸管/胆管の穿孔が証明された場合、と定義

Exclusion criteria 18歳以下 妊娠中 48時間以内に死亡が予測される程、瀕死である 化学療法中や悪性腫瘍による骨髄抑制がある 手術をせずに治療 腹腔内臓器の穿孔がなかった 穿孔がない腸管虚血 外傷による穿孔 穿孔性虫垂炎 Child Cの肝硬変 術前72時間以内に心停止となった ヘパリンの禁忌(出血リスク/HITの既往) 進行期の悪性腫瘍を合併 同意が得られなかった場合

Protocol 中央割付方式により術後2〜10時間以内に2群に割り付け PMX群は手術から12時間以内にPMX-HPを2時間施行し、さらに24時間以内に2回目のPMX-HPを2時間施行 現実的には調査者・治療医から盲見化することはできない

Intervention 1日目の血液検査で炎症の指標としてIL-6の値を測定 手術の質は予後に大きく関連するため、独立・盲見化された一般外科医が質の評価を行った 手術の質は、適切、不適切、評価不能に分類 抗菌薬治療の質の判断も適切に行われた

Outcome Primary outcome : 28日死亡率 Secondary outcome 7, 14, 21, 90日死亡率 SOFA score 神経学的要素を除く  ➡︎鎮静、麻酔の期間中であり評価が困難であるため カテコラミン減少率 透析関連の合併症

Sample size コントロール群の28日死亡率を37%と予測 EUPHAS studyより、PMX群の28日死亡率を20%と予測(相対的リスク減少54%) αエラー0.045、power 94%として算出 サンプルサイズは各群120名必要 最初の解析はすべてITT解析を施行 その後per protocol 解析を施行した

ベースラインは両群間で変わりなし

腹膜炎の特徴 下部消化管穿孔が両群間とも8割程度 血液培養が陽性であった患者は25%程度で両群間で変わりなし 両群間とも約75%の患者がGNR感染であった

PMX群で死亡率が高い傾向(有意差なし) Primary outcome: 28日死亡率 PMX-DHP群(119例): 27.7% 標準治療群(113例): 19.5% p=0.14(OR 1.5872, 95%CI 0.8583-2.935) PMX群で死亡率が高い傾向(有意差なし) 3, 7, 14, 28, 90日死亡率はいずれも両群間で有意差なし

Secondary outcome 90日死亡率 PMX-DHP群で33.6%,標準治療群で24% p=0.10(OR 1.6128, 95%CI 0.9067-2.8685) day 0から7でのSOFAスコアの減少 PMX-DHP群:-5(-11 to 6) 標準治療群:-5(-11 to -9),p=0.78 各コンポーネントにわけてみても変わりなし Day3におけるカテコラミン使用量は、両群間で変わりなし 再手術となったのは、PMX群29名、標準値両群26名(有意差なし)

Hemoperfusion sessions PMX群において、  3名は一度もPMXが施行できず  (1名:技術的問題、2名:死亡or血圧不安定)  12名は二回目のPMXが施行できず  (2名:技術的問題、10名:死亡or血圧不安定)  回路が凝血し、25回途中で終了となった 2回のPMXが完璧に施行できたのは、  119名中89名(69.8%)

Per protocol analysis PMX群で1回目のセッションを完遂できなかった群 (n=6; 5%) を除き、以下の項目についてper protocol analysis を施行 28日死亡率 ➡︎有意差なし p= 0.30 PMX群 24.8% vs. 対照群 19.5% 7, 14, 21, 90日死亡率 ➡︎有意差なし

Post hoc analysis Day 1のIL-6値をもとに解析 最初のIL-6値が低い患者では、 標準治療群の方が死亡率が低いという結果

結果のまとめ 腹膜炎による敗血症性ショックに対するPMXは標準治療と比較して 死亡率の減少にはつながらず (むしろPMX群で死亡率が高い傾向) 臓器不全を改善させなかった

Limitation 盲検化されていない(治療上難しい) 予測死亡率が高すぎる(サンプルサイズが少ない可能性) 治療が完遂できなかった割合が30%と高い エンドトキシンを除去する治療にも関わらず、エンドトキシンを測定していない (エンドトキシンが高い患者では、効果があるのか?) そもそも数ある因子の中からエンドトキシンを吸着することだけで、予後を改善させることができるのだろうか

EUPHAS studyとの比較 EUPHAS study ABDOMIX study 患者群 腹膜炎による術後敗血症性ショック、下部と記載はないが消化管穿孔が41/65例 腹膜炎による術後敗血症性ショック、8割が下部消化管穿孔 患者数 PMX群 34例、対照群 30例 PMX群が119例、対照群113例 重症度 APACHEⅡ PMX群21点、対照群20点、SOFA PMX群11点、対照群9点 SOFA 両群とも10点 ベースライン NAd PMX群0.27γ、対照群0.24γ PMX群0.44γ、対照群0.41γ Primary outcome MAP(baseline-72hours) 昇圧剤の使用量 28日死亡率 MAP 72時間後のMAPは、PMX群で76→84、対照群で74→77 (p=0.001) MAPの記載なし SOFAの循環器コンポーネントは両群とも4→4 PMX群32%、対照群53% PMX群27%、対照群19%

EUPHAS studyとの比較 そもそもABOMIX studyの方が、昇圧剤の使用量は多く、重症度は高そう 死亡率はEUPHAS studyの方が高いが、重症度と死亡率の関係からするとEUPHAS studyの結果に疑問を感じる EUPHAS studyのPrimary outcomeである循環動態の改善が、ABDOMIX studyで認められてなかった理由は不明(そもそもその効果は本当にあるのか?、EUPHAS studyは早期に終えられており結果に疑問あり)

EUPHRATES study エンドトキシン血症(EA値≧0.6)を伴う敗血症性ショック患者を対象とし,標準治療+PMX-HP群と標準治療群を比較した米国・カナダ42施設共同二重盲検RCT

腹膜炎による敗血症性ショックに対してPMXを使用するか? 本研究では、limitationはあるものの、有効性を示した結果は何もなく、むしろ有意差はないものの、死亡率はPMX群で高い傾向である この結果をもとにPMXの使用を今後継続する理由はない 最終的な結論は、現在進行中のEUPHRATES studyを待つことにはなる