知的財産の国際課税 ―使用料の範囲と源泉―

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知的財産の国際課税 ―使用料の範囲と源泉― 知的財産の国際課税 ―使用料の範囲と源泉― 立教大学法学部 浅妻章如

目次 国際取引への課税:概説 知的財産権使用許諾と情報提供との違い シルバー精工事件 情報に関する所得への課税の今後   事業所得:PEなければ課税なし / 資本所得:源泉徴収課税 知的財産権使用許諾と情報提供との違い   国際税制における区別 / 私法に依拠した場合の区別 / 国際税制独自の考慮? シルバー精工事件   裁判での争点と結論 / 仮想争点:脅しの対価 情報に関する所得への課税の今後   知的財産という線引き / 国家間課税権配分における実体的基準 / 事業活動の対価以外の要素

1 国際取引への課税:概説 R国のR社(供給者)――S国のS社(顧客) S国はどのような条件で外国法人(R社)の所得に課税できるか? 1 国際取引への課税:概説 R国のR社(供給者)――S国のS社(顧客) S国はどのような条件で外国法人(R社)の所得に課税できるか? 事業所得:PE*(支店等)なければ課税なし 資本所得:源泉徴収課税  (知的財産権使用料も含まれることがある) *PE:Permanent Establishment 恒久的施設

1-1 事業所得: PE(支店等)なければ課税なし 1-1 事業所得: PE(支店等)なければ課税なし 居住地国 R国 源泉地国 S国 国境 通常の法人税課税 課税できない 通常の法人税課税 対価 R社 提供 S社 提供 R社支店(PE) 供給者 対価 顧客

1-2 資本所得:源泉徴収課税 居住地国 R国 源泉地国 S国 源泉徴収課税 納税(10) 実際の支払(90) R社 S社 国境 1-2 資本所得:源泉徴収課税 居住地国 R国 源泉地国 S国 国境 通常の法人税課税 源泉徴収課税 納税(10) 実際の支払(90) 対価(100) R社 S社 提供 供給者 顧客

2 知的財産権使用許諾と情報提供との違い 知的財産権使用許諾に対する使用料であれば源泉地国は課税できることがある。 (例:特許権、著作権、営業秘密) 情報提供の対価であれば(PEが無い場合)源泉地国(S国)は課税できない。 (例:法学の講義)

2-1 国際税制における知的財産権使用許諾と情報提供との区別 2-1 国際税制における知的財産権使用許諾と情報提供との区別 従来 営業秘密の使用料vs.情報提供の対価 電子商取引勃興後 著作権の使用料vs.情報提供の対価 (例:ソフトウェア取引)   顧客が商業的使用をするか   顧客自身が使用・享受するか* *この場合も著作権法上の複製行為がありうるにもかかわらず

2-2 私法に依拠した場合の知的財産権使用許諾と情報提供との区別 2-2 私法に依拠した場合の知的財産権使用許諾と情報提供との区別 競業の規整・規制 ……顧客が情報を知っていても使用するためには許諾が必要 情報提供 ……顧客が既に情報を知っていたら支払をするはずがない この区別は国際税制に反映してないらしい。

2-3 国際税制独自の考慮? 中立性 (ソフト購入と有形物購入) 課税権配分をめぐる政治的交渉 (技術輸入国たるS国にせめて課税権は残す) 2-3 国際税制独自の考慮? 中立性 (ソフト購入と有形物購入) 課税権配分をめぐる政治的交渉 (技術輸入国たるS国にせめて課税権は残す) 執行の便宜 (費用控除なしの源泉徴収に適すか) S国における事業との関与 (S社の商業的使用の成否がR社の収入の多寡に影響……R社はS国の市場に経済的に参入) 交渉力 (事業の対価とはいえない要素? 後述)

3 シルバー精工事件 (最判平成16年6月24日判時1872号46頁) 3 シルバー精工事件 (最判平成16年6月24日判時1872号46頁) 国境 アメリカ 日本 ITC 源泉徴収? ブロック? キューム社 製造販売 和解金支払 シルバー 精工 製造 プリンター 市場の顧客 シルバー 子会社 販売&特許権侵害?

3-1 裁判での争点と結論 争点  シルバー精工からキューム社への和解金支払が日本源泉であるか否か (当該支払は特許権の使用料であるという前提) 結論  アメリカでの特許権侵害紛争を解決するための支払であり、日本国内での業務と関連した支払ではないから 、日本源泉でない (日本対応特許権は考慮外) 注:現在は日米租税条約が変更され、知的財産権使用料について源泉地国は(PEがなければ)課税できない。

3-2 仮想争点:脅しの対価 本件和解金支払は特許権使用料なのか? (特許権侵害訴訟では負けないと予想) (後に特許のクレームの重要部分が無効とされた) (シルバー精工が真に恐れていたのはアメリカ国際貿易委員会〔ITC〕の介入であった) 思考実験……特許権の裏付けなしにキューム社がシルバー精工に対しITCを利用した脅しをかけた場合の支払は、特許権使用料と同視されるか?

3-2 脅しの対価(続き) 特許権使用料と脅しの対価との類似点 キューム社の不作為義務とその対価 競業の制限(特許権/ITC) 3-2 脅しの対価(続き) 特許権使用料と脅しの対価との類似点 キューム社の不作為義務とその対価 競業の制限(特許権/ITC) キューム社が交渉力を有し、事業経費に対応する利得以上の利得を得る可能性がある。 (類似点の方が多いから使用料として扱って良いか?) 特許権使用料と脅しの対価との相違点 技術情報に関する支払という要素の有無

4 情報に関する所得への課税の今後 知的財産権という線引き 国家間課税権配分における実体的基準 事業活動の対価以外の要素

4-1 知的財産権という線引き R1社:R国で特許発明を行ない、S国のS1社に実施許諾。 →使用料につきS国で課税。 4-1 知的財産権という線引き R1社:R国で特許発明を行ない、S国のS1社に実施許諾。 →使用料につきS国で課税。 R2社:R国で特許発明を行ない、R国で商品を製造して、S国(PEなし)に輸出。 →事業所得につきS国で課税なし …R2社の受け取る販売代価にも使用料の要素が含まれている筈なのに、不整合がある。 (資料3頁註6文献参照)

4-2 国家間課税権配分における実体的基準 R1社の扱いに揃える場合 …S国の需要が所得の源泉であると考える。 4-2 国家間課税権配分における実体的基準 R1社の扱いに揃える場合 …S国の需要が所得の源泉であると考える。   R2社の扱いに揃える場合 …R国での製造等の事業活動(研究開発も含む)が所得の源泉であると考える。 (資料3頁註6文献参照)   →ではPEなければ課税なしを全ての場面で適用すべきか?

4-3 事業活動の対価以外の要素 脅しの対価の場合 …脅迫者の事業活動の対価か? …むしろ被脅迫者の事業活動が所得の発生源なのではないか? 4-3 事業活動の対価以外の要素 脅しの対価の場合 …脅迫者の事業活動の対価か? …むしろ被脅迫者の事業活動が所得の発生源なのではないか? 特許権の使用料であっても、研究開発に対応する利得を上回る部分*があるかも? (但しその区別は執行上困難かもしれない) (*資料11頁註39文献参照)