東アジアのエネルギー環境政策選択        -開会挨拶とシンポジウムの意義- 東アジアのエネルギー・環境選択とE3モデリングの意義 李 秀澈

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李 秀澈 名城大学経済学部 slee@meijo-u.ac.jp      東アジアのエネルギー環境政策選択        -開会挨拶とシンポジウムの意義- 東アジアのエネルギー・環境選択とE3モデリングの意義 李 秀澈 名城大学経済学部 slee@meijo-u.ac.jp

本シンポジウムの背景と意義

本シンポジウムの目的は、環境と経済の両面で相互依存を深める日本・中国・韓国・台湾を中心とした東アジア において、それぞれが進めている持続可能な低炭素経済を目指した政策の現状と課題について、国際比較の観点から考察を行うものである。 その際、ケンブリッジエコノメトリクス社のE3MEモデルを中心に、各種の応用一般均衡モデルなどの先進的なE3モデル(経済・環境・エネルギーを総合的に分析するモデル)を用いて、各国が進めているエネルギー・環境関連の制度改革の効果を定量的に評価する。 こうして、各種の政策が自国だけでなく他国に及ぼす影響を評価した上で、さらに各種の制度の定性的な側面も十分に検討した上でエネルギー利用の持続可能性の実現、温室効果ガスの排出削減、およびグリーンビジネスの振興などを促すような、エネルギー・環境関連制度の改革の方向性を明らかにする。

近年、東アジアの国々は経済的な相互依存関係を強めているが、それは他方で、それぞれの企業や産業部門にとっては国際競争が厳しさを増していることを意味する。TPPや日中韓FTAなど、財やサービスのさらなる自由貿易のための国際的な取り決めが進展すれば、そのような傾向はさらに強まるであろう。 そのため、それぞれの政府にとっては、たとえ実効性のある環境・エネルギー政策措置であっても、国内産業に負担をもたらすようなものを導入することが難しくなってきている。他方で、石油をはじめとする化石燃料の価格が高騰し、時には乱高下するなかで、外国からの資源輸入の依存度の高さは東アジア諸国にとっては大きな難題である。 

気候変動防止を目的とするものか否かにかかわらず、再生可能エネルギー普及やエネルギー使用効率の改善は、化石燃料輸入費用の節約を通じて域内諸国にとっては経済的にプラスの貢献が期待される。そして、これを促進する政策措置の効果もまた、技術移転や関連製品の貿易を通じて、国境を越えて波及する性質のものである。 従って、これからの東アジア諸国のエネルギー・環境関連改革を考える際には、従来の一国の枠組みだけでなく、複数国間の経済と環境に及ぼすプラス・マイナスの影響をも視野に入れた、同時的・総合的な考察が必要となる。 このような観点から本シンポジウムは、経済・産業政策にも大きな影響を与えるエネルギー・環境政策に関連して、東アジア諸国間の政策協調につながる知見をもたらしうる議論の場として位置づけられよう。

本シンポジウムの大きな特徴は、各種の先進的なE3モデル(経済・環境・エネルギーモデル)を用いた研究成果に基づき、東アジアの関連制度改革の効果と相互作用を定量的に分析・評価している。 その中でも、欧州や国際機関で環境税制改革や気候変動政策等のさまざまな分析に力を発揮してきたマクロ計量モデルであるE3ME(An Energy-Environment-Economy Model at the European level)を、英国のCambridge Econometricsとの共同作業で独自のE3MG-ASIAモデルとして再構築し、分析に活用する点である。

東アジアの環境政策

経済・環境・エネルギーの観点から有効かつ望ましい経済的手法として、多くの環境経済学者が導入を推奨しているものに、排出権取引制度(Emissions Trading Scheme, ETS)と環境税制改革(Environmental Tax Reform, ETR)の二つの政策手段がある。 前者の代表例としては、工業・火力発電部門を対象とした欧州連合(EU)の大規模なキャップ&トレード制度(いわゆるEU-ETS)が2005年から実施され、さまざまな課題と成果が報告されている。 後者は、エネルギーなど環境負荷をもたらす財への課税を強化し、そこからの税収を他の税や社会保障負担の引き下げに用いるという政策であり、北欧諸国やドイツなど、欧州のいくつかの国々で先進的な事例が見られる。

韓国では排出権取引制度が2015年から導入されることが決まっている。ただしこれも、産業界の反対によって非常に緩やかな制度設計となっている。 後者については、これを実施することで「環境の改善」と「経済指標の改善(GDPや雇用の増加など)」が同時に実現するという「二重の配当」の可能性も示唆されている。このような政策は近年、日本や韓国など東アジアの先進工業国においても、導入に向けた取り組みが進められてきている。 日本ではついに2012年に、石油・石炭・天然ガスへの課税の上乗せという形で、アジア初となる「炭素税」が導入された。ただし、税率は二酸化炭素1トンあたりおよそ300円と低く、またその税収を明示的に他の税を減税に用いるものではないため、「二重の配当」を視野にいれた本格的な環境税制改革というわけではない。 韓国では排出権取引制度が2015年から導入されることが決まっている。ただしこれも、産業界の反対によって非常に緩やかな制度設計となっている。

日韓だけでなく台湾でも、実効性のある気候変動政策を実現するための努力が、強い政治的抵抗に直面しながらも政府レベルで続けられてきた。また、2011年の福島原発事故の後は、脱原発と再生可能エネルギー普及についての関心も高まっている。 中国も、国際的な気候変動政策の方向性にかなった取り組みを、何ひとつ進めていないというわけでは決してない。炭素税導入に関する政府レベルでの検討は過去数年間にわたって続けられてきた。 それだけではなく、深セン市などではすでにCO2排出枠の取引市場が立ち上がっており、他の主要都市でも随時市場を立ち上げ、最終的には国レベルの排出枠取引制度を2020年頃に開始する方針である。

温室効果ガス削減目標とエネルギー政策

東アジアのエネルギー供給の持続可能性に関連して、発電時にCO2を出さない原子力発電(原発)や再生可能エネルギーの利用も重要な論点である。 日本では従来、2020年までの温室効果ガス削減目標(1990年比で25%削減)を達成する政策の中心に、原発の大幅な拡大を据えていた。しかし2011年の福島第1原発事故によってこの方針が行き詰まり、政府は温室効果ガス削減目標を大幅に引き下げる考えを示している 他方、中国と韓国は日本での事故後も依然として原発を低炭素エネルギー政策の大黒柱と位置づけ、原発拡大路線を堅持している。だが原発の増加は、エネルギー需要の成長がこれまで通り続く中で必ずしも温室効果ガスの抑制につながるとは限らず、近隣諸国に対しても大きな潜在的リスクをもたらすものである

他方、再生可能エネルギーに関しては、2012年を境に、日本と韓国の普及政策が大きな転換期を迎えた。日本は従来のRPS(Renewable Standard Standard)からFIT(Feed-in Tariff)へ、そして韓国は逆にFIT からRPSへと転換したのである。 再生可能エネルギーの普及拡大に関する関心は世界的に高まっており、東アジアにおいても例外ではない。そしてその普及を促進する上記のFITやRPSは、欧米諸国のみならず世界中の多くの途上国でも採用が進められており、いずれの措置が普及促進効果や経済性において優れているのかについても議論が続けられてきた。 特に欧州では、FITを採用したドイツやスペイン等の国々が急速に再生可能エネルギーを普及させて来た一方で、RPSを採用した国々では普及が伸び悩んできたことから、FITの方が普及効果において優れているとの評価が優勢である。

ただし、近年ドイツやスペインなどでは、FITによる再生可能エネルギー普及拡大が、家計など経済主体へのエネルギー費用負担増加を招くことで制度の見直しも余儀なくされている。 他方、米国ではRPSを採用している州が多い。もちろん、現時点において市場競争力をもたない技術を普及させる措置であるから、いずれにせよ短期的に政策的な費用が発生することは避けられず、とくにFITの場合は、制度費用負担が明示されることが長所でもあり短所でもある。 そんな中、上記の日韓の政策転換はどのような意味を持つのか、中国その他の国々はどのような方法で再生可能エネルギーの普及を実現させるのか、目が離せないところである。

ある国の普及措置の効果が、関連設備・機器の輸入を通じて別の国に波及し、関連産業の育成につながることもある。 この点において、再生可能エネルギー関連政策においても、国を超えた政策効果の波及を十分に分析したうえで、有効な政策協調のあり方を論じることには大きな意義がある。

本シンポジウムの 3つのテーマ

東アジアにおけるエネルギー利用の持続可能性と安全性 東アジア諸国におけるエネルギーの需要・供給面に関わる政策、特に原子力推進・撤退政策、再生可能エネルギー普及政策、電力システムの改革経済的・環境的影響にいかなるメリットやデメリットがもたらされるかについて、FTTモデルとE3ME-ASIAモデルを用いた各種の政策シミュレーションの試算結果が示されることには大きな意義があろう。 例えば、ケンブリッジ大学気候変化研究所のJean-Francios博士が開発したFTT(Future Technology Transformation)Power モデルをE3ME-Asiaモデルに接続し、東アジアの多様な低炭素政策が、将来にかけて化石エネルギー、原発、そして再生可能エネルギーの電源ミックスを如何に選択させて行くかをプロジェクションする。

講演1 Jean-Francois Mercure (Senior Research Associate, Cambridge University) 「東アジアの電源選択の行方と環境・経済効果」 講演2 松本健一 (滋賀県立大学環境科学部) 「気候緩和シナリオ下のエネルギー構成・安全保障:東アジアを対象として」

環境と経済の両立を目指した環境税制改革 東アジア諸国の経済発展段階や政治状況を考慮した望ましい環境税制改革(ETR)の提案である。東アジア各国の税制の現状をふまえ、二重の配当が効果的に保障される改革案を提示する。その際、ETRが自国および他国に与える経済的・環境的影響についてのモデル分析結果を活用する。 その際にE3MG-ASIAモデルおよびCGEモデルを用いた分析に基づき、税収を法人税や所得税などの減税だけでなく、人的教育への投資を通じて経済と教育に還元する税収還元(tax recycling)に関して、環境と経済そして社会発展を両立させる最適な方法を各国別に提案する。

講演3 Pollitt Hector (Director, Cambridge Econometrics) 「東アジアにおける環境税の財政赤字補填効果:EUの経験を踏まえて」

自由貿易の進展と経済・環境影響 東アジアにおけるFTAおよびTPP参加が自国や他国の経済(GDP、雇用など)と環境(CO2、有害汚染物質など)に及ぼす影響を定量的に評価する。 それに基づき、この種の経済協定による経済活性化がもたらす温室効果ガス排出量の増加と、それを相殺するためのエネルギー・環境関連制度改革、政策協調のあり方について、その方向性を明らかにする。

講演4 伴ひかり(神戸学院大学)・藤川清史(名古屋大学) 「東アジア地域における自由貿易の環境・経済効果:CGE分析を用いて」

以上の研究を踏まえ、持続可能な低炭素経済に向けた各国のエネルギー・環境関連制度改革の成果と課題を明らかにし、低炭素経済への移行と経済活性化の両立を目指した持続可能な改革の具体案を提示し、東アジア域内における政策協調のあり方について提言する。

Thank you for your kind attention! 本シンポジウムは、JSPS科研費(A)25241030の助成を受けて開催されました。