「あるべき税制」における税務執行問題の位置づけ 2007年9月19日 一橋大学 国際・公共政策大学院 渡辺 智之
報告の概要 1.なぜ、税務執行問題の検討が必要か? 2.税務執行問題を検討する際のポイントは何か?(特に課税情報と課税ポイント) 3.税務執行に関する課題は何か?(電子化、国際化への対応、課税ポイントの選択、執行体制) 付録:国際化と税制上の課題
「あるべき税制」の概念 「あるべき税制」とはどのような概念か? 「べき」という言葉から、税制に関する規範的な問題を検討しようとしていることが想像できる。 しかし、「あるべき」税制の姿は、当然ながら、人々の立場によって異なる。 税制改革の「提言」がどのような「あるべき税制」に関するビジョンに基づいているのかを明らかにする(何らかの税制改革の提案をする場合には、それがどのような価値判断に基づいているのかを明らかにする)ことが必要。
「税制」とその「改革」の範囲はどのようなものか? 「あるべき税制」を考えるという場合、そこで想定されている「税制」とは、どのような範囲のものか?(地方税・社会保険料なども含めて考えるのか、国税だけで考えるのか。また、税を独立させて、例えば、税収一定を前提にするのか、歳出規模も同時に考えるのか) 以下では、税そのものに焦点を絞り、税収一定を前提に、議論をする。 また、負担の「公平性」は、外生的に決められるものと考える。(例えば、具体的な税率の設定は基本的に政治マターであると考える。)
法人税の所得分配上の位置づけ? 年間収入十分位階級別の株式保有割合(2000年12月末) Ⅰ(~292):2%、Ⅱ(292~380):4%、Ⅲ(380~452):7%、Ⅳ(452~526):6%、Ⅴ(526~613):6%、Ⅵ(613~705):7%、Ⅶ(705~820):11%、Ⅷ(820~982):7%、Ⅸ(982~1247):14%、Ⅹ(1247~):36%(出所)総務省『平成12年貯蓄動向調査』 (注)()内は所得(単位:万円)。 出典:國枝・布袋(2007)
漸進的改革:「抜本改革」への疑問 頭の中で考えた税制改革は現実にはうまく機能しない場合が多い。むしろ、現行システムを出発点に、その具体的な問題に対処するためのアドホックな改革を続けていくべきではないのか? すなわち、租税政策の基本的なスタンスは、piecemeal social engineering (漸進的社会工学)であるべきであろう。 にもかかわらず、「抜本改革」が必要以上に叫ばれるのは、税制が人々に基本的・本質的に嫌がられる仕組みだからであろう。
税務執行面を考慮する必要(1) 実効性のない課税システムは無意味。 ところが、課税はもともと、払いたくない人に払ってもらうシステムだから、実効性を持たせるのはきわめて困難である。 実際に機能している課税システムは、よほどうまく作られている、と考えるべきであり、現行システムがなぜ機能しているのかをまず考察すべき。 課税システムの基本的な問題(本体)は執行であり、税制改革はシステムの限界的変化。
税務執行面を考慮する必要(2) 課税システムの実効性に関しては、税負担公平性の問題とは、一応、独立に議論できる。 現在、税制改革をめぐる論議は、歳入確保・経済活性化・格差是正、という同時には達成できない目標の間で、漂流している。このような時期にこそ、より基本的問題である税務執行面を考慮しておくことは有用ではないだろうか。 さらに、実際に行われた「改革」の効果に関し、執行の観点からの検証も重要である。
課税システムが機能するための条件 当局が、ある程度正確な課税情報を得るすべをもっていること。(会計情報の有無、取引情報vs資産評価) 課税ポイントの把握が可能なこと。(企業vs個人) 執行当局の組織がある程度確立していること。(国税当局vs地方税当局、社会保険庁) 当局がある程度の権限(課税、徴収、調査に関し)を有していること。
実際の税制はうまく機能しているか? おおむね順調に機能していると考えられるもの:源泉徴収所得税、消費税、個別消費税 あまりうまく機能しているとは考えられないもの:申告所得税、相続税 上記2つのケースの中間的だと考えられるもの:法人税、固定資産税、自動車税
国税の税務執行費用:推計 大野・芥川(2003)が推計した、各税目の税収100円当りの税務執行費用(2001年についての推計値)は以下のようになっている。 申告所得税(10.57円)、源泉所得税(0.33円)、所得税計(1.92円) 法人税(2.28円) 消費税(0.40円) 間接諸税(0.17円)、酒税(1.85円)、相続・贈与税(2.97円) 上記の値は、国税当局における税目別人員の推計に基づいた、きわめてラフなものに過ぎないが、取引ベースの課税と勘定ベースの課税の対比の一つの側面を示しているとも考えられる。 出典:大野裕之・芥川浩一(2003)「消費税の簡素性:税務執行費用の推計と他税との比較」『経済論集』29(1)東洋大学
概念上の勘定と現実の勘定 概念上の勘定 現実の勘定 個人 理念型 非存在(課税情報なし)(注1) 概念上の勘定 現実の勘定 個人 理念型 非存在(課税情報なし)(注1) 企業 (理念型)(注2) 存在(課税情報あり) (注1)個人「事業」を営む場合、その事業に関する勘定はある場合もあるが、個人のプライベートな経済活動まで含む勘定は通常ない。 (注2)企業においても、現実の会計とは異なる、「概念上の勘定」を想定することは可能。それは、仮にすべての資産や負債についての完全な時価評価が可能であった場合に作成される、経済的な意味での貸借対照表のようなものであろう。
課税方法の比較(取引と勘定) 申告所得税 法人税 源泉徴収 消費税 企業情報の利用 なし 全体情報 個別情報 個別情報 申告所得税 法人税 源泉徴収 消費税 企業情報の利用 なし 全体情報 個別情報 個別情報 納税主体 個人 企業 企業 企業 納税義務者 個人 企業 個人 企業 取引or勘定 勘定 勘定 取引 取引 (参考) 直接税・間接税 直接 直接? 直接 間接 人税・物税 人税 物税? 人税? 物税
課題(1):税務執行の電子化 バックオフィス(KSK) フロントオフィス(電子申告) ミドルオフィスの効率性向上にどこまで役立つか いずれにせよ、大幅な定員増が望めないなかで、電子化は不可欠な方向。 他のシステムとのインターフェイス(電子申告・電子納税・電子データを用いた調査などの税務システムと企業会計システム、国税システムと地方税システム、国税システムと社会保障システム)を構築していければ、納税者サイドにも大きなメリットが生じうる。
国税庁の定員と業務 年度 1975 1997 2007 定員(人) 52,440 57,202 56,185 ①(千件) 7,327 20,023 23,494 ②(千件) 1,482 2,793 2,977 ③(千件) 117 - - ④(千件) - 2,521 3,766 合計(千件) 8,926 25,337 30,237 ①:確定申告件、②:法人数、③物品税課税場、④:消費税課税事業者 出典:国税庁レポート
電子化の効果(NACCSの例) NACCS(Nippon Automated Cargo Clearance System)は、1978年に導入された。 輸入許可件数 輸出許可件数 1978年 190万(15%) 380万(0%) 2005年 1700万(98%) 1400万(98%) 上記、( )内は、NACCSによる処理率 上記の期間中、税関職員数は、約8千人でほぼ一定である。 出典:財務省関税局資料
課題(2):国際化への対応 国境のない経済活動に関する課税は困難化。(「経済に国境なし。税に国境あり。) 国際化の進展は、税務執行の困難性を深める。 海外における経済活動についての把握(情報取得)の困難。 海外の納税者の把握の困難。 海外の課税当局との税収をめぐる利害対立。 税務執行における国際協力(ルール透明化)
課題(3):課税ポイントの選択 電子化によって、個人の課税情報収集が効率化し、一方、国際化によって法人課税が困難化する。この結果、今後は、従来は効率的であった企業が課税ポイントとして機能しにくくなり、個人に直接課税する方向に進まざるを得ないという見解がある。 一方、課税プロセスにおいては、課税情報だけでなく、徴収手続きも重要であり、総合的に考えれば、今後とも企業の重要性は変わらないのではないだろうか?
課題(4):税務執行体制の検討 国税、地方税(県税・市町村税)、社会保険料(年金・医療・介護)は、それぞれ、概ね、国税庁、地方自治体、社会保険庁によって担われている。 ただし、上記分担の例外はあり、例えば、地方消費税は国税庁が執行し、所得税確定申告事務の一部は地方自治体が引き受け、国民健康保険(国保)の徴収は地方自治体が行っている。 類似の税目の執行機関を統合するなど、執行体制を効率化する余地はあり、それによって、企業・納税者の納税コスト削減も可能となる。
付録:国際化と税制上の問題 海外の当局との税務執行の共通化・協力関係の強化は重要だが、限界あり。 国際化は、税制面でも、制約を大きくする。特に、国際的な経済活動に対して、高い限界税率を維持することは困難になる。 課税による所得再分配を達成することが困難になる。(仮に「格差是正」が政策的に必要ならば、税制以外の方法で対応せざるを得なくなる。)