温室効果ガス排出権取引の エージェントベースシミュレーション -アメリカ不参加の影響- 岡野貴史
背景1 京都議定書の発効要件 以下の両方の条件を満たした後、90日後に発効 55カ国以上の国が締結 締結した附属書Ⅰ国の合計の二酸化炭素排出量の1990年の排出量が、全附属書Ⅰ国の合計の排出量の55%以上 2002年12月20日現在 京都議定書は、55ヶ国以上の国の締結と締結した附属書Ⅰ国の合計の二酸化炭素排出量の1990年の排出量が、全附属書Ⅰ国の合計の排出量の55%以上が得られたときに、90日以内に発効されます。昨年12月17日にカナダが批准し、19日にニュージーランドが批准し、12月20日現在では101ヶ国・地域が批准、附属書Ⅰ国の排出量のうちの43.9%の国々が批准という状況です。合計排出量はまだ55%を超えていません。 101ヶ国・地域が批准 附属書Ⅰ国の排出量の内の43.9%の国々が批准済み
背景2 附属書Ⅰ国の1990年の二酸化炭素排出量割合 ロシアが批准すると、アメリカ抜きで京都議定書の発効が可能 緑は批准国 EU 24.2% 中東欧・スイス 7.8% カナダ・ノルウェー・NZ・アイスランド 3.8% ロシア 17.4% 日本 8.5% オーストラリア 2.1% アメリカ 36.1% 次に、代表的な国の1990年の二酸化炭素排出量割合を表に示しています。ここで、緑色で書かれた国はもう批准しています。昨年末に全体の3.3%を占めるカナダが批准したことにより、ロシアが批准すれば、アメリカが不参加の場合でも京都議定書が発効されるという状況となりました。よって、アメリカが参加しないまま、議定書が発効され、排出権取引が始まるという可能性が出てきました。 緑は批准国 ロシアが批准すると、アメリカ抜きで京都議定書の発効が可能
目的 アメリカが参加する場合と参加しない場合のシミュレーションを行う 焦点: アメリカが不参加の場合、理論的な均衡価格は0ドルとなるが、実際の取引において取引価格はどうなるのか? そこで、今回の研究報告の目的は、アメリカが排出権取引に参加する場合としない場合のシミュレーションを行うこととしました。特に、アメリカが不参加の場合、理論的な均衡価格は0ドルとなるが、その場合では、取引価格はどのようになるかということに焦点をあてました。
エージェントの強化学習(GA)1 :エージェントの行動(国内削減、注文価格、注文量) 0100・・・101 1100・・・011 1101・・・100 0010・・・011 ・・・ 1 2 N 1100・・・011 0001・・・111 1001・・・010 1000・・・001 0101・・・000 0110・・・110 エージェントi エージェントの強化学習の方法は以前のままです。効用関数を各エージェントの利益とし、エージェントは自身の効用関数の値を高くするような行動を戦略的に選択していく事としています。 各エージェントは、他のエージェントの一世代前の最も優れた染色体に対して、より優れた染色体を選択 効用関数は各エージェントの利益とする 1、T. Ohkawara, K Tokoro, M Makino, and C Matsuya “Trading Simulation of CO2 Emission Permits and Electricity: Experiment Economics Approach and Multi-Agent Model Approach” Sep 2002, Society for Environment Economics and Policy Studies
試行条件 参加国(日米露など、主要10カ国) 各国の長期削減費用関数は、排出量の予想データ2および限界削減費用のデータ3により決定 取引期間(第一削減目標期間2008年~2012年) 各年において、国内削減、投資、取引を行う 投資(非可逆、タイムラグ1年) 1年間の取引回数5回 責任制度(売手責任) 取引方法は板寄せにおけるオークション ペナルティーは250、200、150、100、50($/t-C)の場合の5ケース 試行条件も今まで通りです。また、ペナルティーは250ドルのみではなく、200、150、100、50ドルのときもシミュレーションを行い、それぞれアメリカが参加する場合と参加しない場合のシミュレーションを10回ずつ行いました。 2. International Energy Outlook 2000 3. European Union Energy Outlook to 2020
結果(取引価格) 世代数10000回のシミュレーションをそれぞれ10回ずつ行った時の平均価格 ペナルティー($/t-C) アメリカ参加 (アメリカ不参加) 250 77.6 57.9 200 76.1 59.8 150 75.8 58.8 100 68.6 56.2 50 44.9 45.0 取引価格の結果です。 アメリカが参加する場合、ペナルティーが高い場合、取引価格は均衡価格より高い値となっており、ペナルティーが低くなるにつれて、取引価格も下がる傾向にあります。また、ペナルティーが250ドル、200ドル、150ドルのときはほぼ近い価格となり、100ドルまで下がると、均衡価格付近となり、50ドルのときは均衡価格より低い値となっています。 アメリカが参加しない場合、均衡価格は0ドルにも関わらず、ペナルティーが高いときは取引価格は55~60ドル付近となりました。 これより、ペナルティーが高い場合、アメリカが不参加となっても取引価格が大幅に下がることはないことがわかりました。考察は後のスライドで述べます。 均衡価格 アメリカ参加の場合 アメリカ不参加の場合 67($/t-C) 0 ($/t-C) アメリカが不参加の場合、均衡価格は0($/t-C)だが、取引価格は大幅には下がらない
結果(各国のコスト) アメリカの不参加により、供給国(ロシア、東欧)は大幅に利益が減少する アメリカの不参加により、需要国はコストが減少する 単位B$ 上段がアメリカ参加、下段がアメリカ不参加の場合のコスト 次に、各国のコストを表に示しました。 この表より、アメリカが参加しない場合、供給国は大幅に利益が減少しています。これは、取引価格が下がり、また大型需要国がいないため、取引量も減るためと考えられます。 また、需要国に関しては、アメリカが参加しないほうが若干コストが減少しています。これも、価格が下がることが原因と考えられます。 ロシアが、アメリカが参加しない場合批准をしたがらない理由や、日本に高く排出権を買う約束をさせようとする原因が確認できると思います。 アメリカの不参加により、供給国(ロシア、東欧)は大幅に利益が減少する アメリカの不参加により、需要国はコストが減少する
考察 アメリカが不参加でも取引価格は大幅に下がらない原因として、供給国の売り惜しみの効果が考えられる 売り惜しみとは? 価格 供給曲線 取引量 P’ P’’ 売り惜しみ 供給曲線 需要曲線 次に、考察です。 アメリカが不参加でも取引価格が大幅に下がらない原因として、供給国側の売り惜しみが原因と考えられます。 売り惜しみの説明を下図で行います。 理論上、均衡価格は供給曲線と需要曲線の交点で決まる。このとき、売り手の利益は左の図の緑の領域の面積となります。 ここで、右図のように供給側が売り惜しみをし、価格をP’まであげると、売り手の利益は緑の面積まであがります。 この効果により、均衡価格が0ドルの場合でも、取引価格は大きく下がらないと考えられます。このことは、アメリカが参加している場合でも、ペナルティーが高い場合は取引価格が均衡価格より高くなっていることにもあてはまると考えられます。
考察 1、アメリカ不参加 2、アメリカ参加 ペナルティー250ドル ペナルティー250ドル 利益が最大となる取引価格 ペナルティー250ドル 2、アメリカ参加 ペナルティー250ドル 売り惜しみを確認するために、アメリカが参加する場合と参加しない場合において、供給国が売り惜しみにより吊り上げる価格とそのときの供給国の理論的な最大利益を計算してプロットした図を示しました。 横軸に価格、縦軸に利益をとっています。また、本研究では売り手の主体はロシアと東欧であり、ロシアが巨大供給国であることから、ロシアのみが売り惜しみをした場合と、ロシアと東欧がどちらも売り惜しみをした場合の2ケースを計算しました。 赤の曲線がロシアのみ、緑の曲線がロシアと東欧がどちらも売り惜しみをしたときをあらわしています。 アメリカが不参加でペナルティーが250ドルのとき、平均取引価格は57.9ドルでした。ロシアのみが売り惜しみをすると、もっとも利益が高い取引価格は36ドルであり、両国が売り惜しみをすると最も利益が高い取引価格は84ドルです。これより、ロシアのみでなく、ロシアと東欧がどちらもある程度売り惜しみを行ったということが推測できます。 実際に、シミュレーションにおける両国の国内削減量は、超過削減量の平均は-581(Mt-C)、-424(Mt-C)であり、戦略的に削減量を減らしています。 アメリカが不参加の場合も同様に、シミュレーションでは取引価格は77.6ドルであり、売り惜しみによって利益が最大になる取引価格はロシアのみで75ドル、両国で93ドルであり、どちらもある程度の売り惜しみをしたと推測できます。シミュレーションでは、両国の超過削減量は-474(Mt-C)、-295(Mt-C)であり、戦略的に削減量を減らしています。 利益が最大となる取引価格 36($/t-C) 84($/t-C) 利益が最大となる取引価格 75($/t-C) 93($/t-C)
結論 アメリカが不参加の場合、均衡価格は0ドルにも関わらず、取引価格は55~60ドルと比較的高い価格となった。 価格が均衡価格よりも高くなる原因として、供給国が戦略的に国内削減量を減らし、売り惜しみを行っていることが考えられることがわかった。 以上より、結論として、アメリカが不参加の場合、均衡価格は0ドルとなるにも関わらず、取引価格は比較的高い価格になることがわかりました。 その原因として、供給国が戦略的に国内削減量を減らし、売り惜しみを行っていることが原因として考えられることがわかりました。