サルモネラ症(salmonellosis) 人獣共通

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サルモネラ症(salmonellosis) 人獣共通 サルモネラ属は、腸内細菌科(ブドウ糖を嫌気的に発酵する、芽胞を持たない、通性嫌気性のグラム陰性桿菌)で、周毛性鞭毛を持ち運動性がある。2500以上の血清型が知られており、チフス菌の学名は Salmonella enterica subspecies enterica serovar Typhi であるが、 Salmonella Typhi と略記される。 サルモネラは、感染した宿主の細胞内と細胞外の両方で増殖を行うことが可能な細胞内寄生菌(結核菌、ブルセラ、レジオネラ、リステリアなど)の一種である。ヒトの伝染病を起こすチフス菌やパラチフス菌は主にマクロファージに感染し、ヒトの食中毒を起こすサルモネラは腸管上皮細胞に感染する。 サルモネラは自然界において、様々な動物の消化管内に存在しており、動物種によって病原性が異なる。そのため、ヒトについては感染症法(腸チフス、パラチフス)と食品衛生法、家畜については家畜伝染病予防法によって特定の血清型が取り上げられている。

家畜伝染病としての家禽サルモネラ感染症 対象家畜: 鶏、あひる、七面鳥、うずら 対象家畜: 鶏、あひる、七面鳥、うずら 原因菌: S. Gallinarum(ひな白痢) と S. Pullorum(鶏チフス) 疫学: 主な伝播経路は介卵感染および同居感染。全血急速凝集反応による保菌鶏の摘発淘汰が進み、ひな白痢の発生はほとんどなくなった。日本では鶏チフスの発生報告はない。 元気喪失、羽毛逆立て、灰白色下痢、総排泄口周囲の汚れ ヒトへの病原性なし

家畜伝染病としてのサルモネラ症 対象家畜: 牛、水牛、しか、豚、いのしし、鶏、あひる、七面鳥、うずら 対象家畜: 牛、水牛、しか、豚、いのしし、鶏、あひる、七面鳥、うずら 原因菌: 家畜伝染病予防法では、Salmonella Dublin、S. Enteritidis、S. Typhimurium、S. Choleraesuis 感染を届出伝染病の「サルモネラ症」としている。 疫学: 飼料、ネズミ、野鳥などを介して、あるいは保菌動物の導入により農場に侵入したサルモネラは発症、あるいは未発症のまま容易に保菌化し、垂直・水平感染により農場内に感染を広げる。 予防・治療: 定期的な検査による保菌動物の摘発、隔離、汚染環境の徹底した消毒などの措置に加えて、保菌動物の導入阻止、飼育環境・器具の消毒など、衛生管理の徹底が必要である。抗菌剤投与による治療を行うが、Enteritidisを除く3血清型では多剤耐性を示す場合が多いので、薬剤の使用にあたっては分離菌の薬剤感受性を調べておくことが望ましい。

サルモネラ症届出頭羽数の推移 分離頻度の高い血清型は牛で Typhimurium と Dublin、豚で Typhimurium と Choleraesuis である。鶏からは多様な血清型が分離されるが、Enteritidis と Typhimurium 感染により症状を示した場合が届出伝染病に該当する。 50戸 2647頭 52.9頭/戸 いずれの家畜においても、口蹄疫や鳥インフルエンザの発生に伴う衛生管理の向上により、届出数は減少している。

戸数別にみると、牛のピークは2006年128戸、年平均84戸、豚のピークは2008年216戸、年平均108戸あった。 サルモネラ症発生戸数の推移

牛のサルモネラ症 疫学: 保菌牛の糞便、乳汁、腟分泌物中に排泄されたサルモネラの経口感染が主。排泄された本菌は約6ヵ月も生存するので、糞便に汚染された敷わら、飼料、飲水なども感染源となる。 病型: 急性敗血症型(チフス様疾患)では発熱、食欲不振、元気消失を呈した後、敗血症死する。下痢症型では悪臭を伴う下痢を主徴とし、急性例の場合は早期に死に至る。慢性に経過した場合、腸炎に起因する脱水・削痩などにより発育不良となる。上記の症状に加えて肺炎や流産を引き起こす場合もある。 悪臭を伴う黄灰白色泥状の下痢便

臨床: かつては、牛のサルモネラ症の多くは、 S 臨床:  かつては、牛のサルモネラ症の多くは、 S. Dublin による乳用雄子牛などの肉用牛での発生が中心だった。主に黒毛和種に敗血症、胃腸炎、肺炎、流産などを起こしてきた。食肉衛生検査で本血清型が分離された場合全廃棄処分となる。 子牛での感染は胃腸炎型が最も多く、症状が激しく死亡率も高い。発熱、食欲不振、悪臭のある黄色下痢便、粘血便、削痩、脱水、ときに肺炎等の症状を示し、急性例では敗血症により数日以内に死亡する。回復しても予後不良となる場合が多い。 1990年代に入り、搾乳牛の S. Typhimurium が増加し、大きな流行を起こし膨大な経済的被害となっている。症状は子牛と同様、発熱、下痢、時に肺炎がみられ、重症例では死に至る。泌乳牛では産乳量低下と投薬による牛乳出荷停止により、経済的被害は甚大となる。また、発症した妊娠牛の一部で流産がみられる。

S. Typhimurium DT104 英国におけるヒトからの DT104分離症例数 日本でも1997年に初めて検出され、牛レバー刺が原因食の事例も出てきた。健康弱者(幼児、高齢者、免疫低下者など)では、敗血症を起こすことがあり、抗生物質が効かない事態を招く恐れがある。

北海道内の牛由来S. Typhimurium のPFGE型の推移 多剤耐性(ACSSuT) : DT 104 多剤耐性 (ASSuTK) DNAの特定配列部位を切断する制限酵素を用いて断片化した後でゲル電気泳動(pulsed-field gel electrophoresis、PFGE)を行い、断片サイズのパターンで型別する。

神奈川県内の酪農家で2009年に発生したS. Typhimurium 5月26日、63ヶ月齢の成牛1頭(❶)が41.5℃の発熱と食欲不振、その後血便及び水様性の下痢。隔離のため分娩房の個体(❹)と入れ替え。 ❺ ❷ ❶ ❸ ❹ 近接分房の2頭が発症。移動した(❹)も発症。さらに5頭目が発症。 6月29日までに24頭が発熱等の症状を示した。 成牛は牛舎内で東西に17頭ずつつ対尻式でつながれており、飼養頭数は成牛37頭、子牛3頭の計40頭であった。 清掃・消毒を徹底し、抗生物質と生菌剤を投与することで発症は止まった。環境の清浄性確認をしたら、飼槽、牛床、通路で菌が検出され、飼槽からは9月になっても分離された。牛糞が陰性となり、環境の清浄性が達成されたのは10月中旬であり、莫大な損失を蒙った。

牛サルモネラ症に対する生菌剤の使用に関するアンケート調査 北海道内の獣医師を対象に、牛サルモネラ症に対する生菌剤の使用実態をアンケート調査した。牛サルモネラ症治療経験のある獣医師の84.5%が生菌剤を使用しており、そのうち82.6%が効果を実感。 生菌剤の効果に対する考えとして、生菌剤を使用する獣医師が挙げた意見で、感染予防が最も多く、体内から除菌が続いた。症状緩和の即効性よりも、腸内細菌を整える緩徐な効果。 右: サルモネラ症治療経験のある獣医師が生菌剤を使用する割合

予防・治療: 予防には発症牛、保菌牛の隔離および感染牛の淘汰が行われる。また、飼育環境の改善、集団飼育牛では初乳飲用の励行、発生牛舎への子牛の導入禁止なども予防効果がある。治療には抗菌剤、抗生物質の投与が行われるが、本菌を排除することは困難なことが多い。休薬期間が設定されるので、感染個体を別に手絞りして廃棄処分する。 * 農場に入る車両の消毒、来訪者が歩く汚染区域と家畜を飼育する清浄区域を明確に分け、立入りを制限する。 * 牛舎内に小動物侵入させない(網、殺虫剤、作業後の戸締り等)。 * 飼槽、ウォーターカップの清掃や、パドックの水溜りの改善。 * 春~夏にかけての牛舎消毒と牛の暑熱ストレスの緩和。石灰塗布は舎内を乾燥し、牛床等の ㏗ を上げる. * 給与飼料の設計や給与方法の見直し:濃厚飼料の多給やバイパス蛋白などの使用により第1胃環境の急変が原因の1つとなる。 * 生菌剤の活用。

豚のサルモネラ症 疫学: 発生原因はネズミや野鳥のほか、保菌豚の導入や汚染飼料など様々である。子豚がかかりやすく集団発生する。 疫学: 発生原因はネズミや野鳥のほか、保菌豚の導入や汚染飼料など様々である。子豚がかかりやすく集団発生する。 臨床: 急性経過で敗血症死する全身感染と、下痢がみられる腸管感染に大別される。全身感染の場合は敗血症を起こし、発熱、立毛、黄灰白色下痢便などがみられ、耳翼や下腹部は赤味を失い青黒くなり2~3日以内に死亡する。腸炎型は離乳以後の豚がかかりやすく、黄灰白色泥状の悪臭便や粘血便を数日~数週間にわたって排泄し、発育不良になる。また、まれに肺炎症状を伴うことがある。 耳翼、下顎、下腹部、臀部などにチアノーゼ

豚サルモネラ症の血清型による特徴 S. Choleraesuis S. Typhimurium 感染源 感染豚の直接伝播、器物汚染 糞便、ネズミ、昆虫類 発症時期 肥育期~出荷、発育不良 離乳期~育成期 なし~敗血症・呼吸器症状 肉眼病変が明瞭 なし~慢性的下痢・軟便 肉眼病変が軽微 病状 発生 一過性~突発的 慢性的~継続的 複合疾病の憎悪要因 散発的な生産性低下 下痢、複合疾病の憎悪要因 慢性的な生産性低下 農場被害 影響 農場被害 食肉汚染、耐性菌、公衆衛生 環境から菌分離困難 死亡豚からの菌分離 抗体検査で浸潤調査 糞便からの菌分離 薬剤耐性検査 抗体検査で浸潤調査 診断 抗生物質が有効 洗浄・消毒、有機酸、生菌剤 抗生物質が効きにくい 洗浄・消毒、有機酸、生菌剤 対策

予防: 発生農場では常在化しやすいので、発生豚群はオールアウトによって根絶する(困難な場合は空き豚房毎に実施)。 ①温水、洗剤を使った洗浄(目視で汚れを確認)、 ②しっかりと乾燥、 ③消毒:理想は2種類のことなる消毒薬で実施、発泡消毒は接触時間が延長され効果的、 ④しっかりと乾燥 飼養衛生管理の徹底 ①踏み込み消毒槽の設置、 ②長靴・衣服の交換、 ③器具の消毒、 ④一方向性の豚の移動と作業動線、➄ハエ・ネズミの防除

家禽のサルモネラ症 病原体: 届出伝染病としては、 採卵鶏の S. Enteritidis、採卵鶏とブロイラーの S. Typhimurium が問題となる。 疫学: 日本の種鶏は輸入に依存しており、S. Enteritidis の特定ファージタイプ(欧州でPT4、北米でPT8)が1970年代に出現し、80年に日本に侵入した。鶏は軽症で産卵を続け、卵黄内に菌が入るため垂直感染によって広がり、それが卵の生食と相俟って80年代後半から食中毒を引き起こした。 ブロイラーで伝染病指定されていない S. Infantis が広がっており、「トリ刺」ブームに乗ってこの血清型の食中毒が増加中。 Typhimurium は鶏だけでない。 様々な血清型で食中毒が起きている。 鹿児島では湯通しまたは表面を焼いており、実際は「タタキ」なのだが、 「トリ刺」の名前から大阪や東京で生食するようになった。

東北地方の食中毒で2006年度に分離されたサルモネラの血清型 (上位の一部を抜粋) サルモネラは2500以上の血清型があり、ミドリガメ、イヌ、ネコなどのペットおよび野生動物も保有している。それらの糞便中に排出された菌が、様々な経路でヒトに感染しているので、制御が難しい。

食肉およびその加工品が原因となった食中毒事故サルモネラ血清型別件数(2000~2009年、厚労省) O4群:Typhimurium、Saintpaul、Derby O7群:Infantis、Thompson、Virchow O8群:Newport、Litchfield、 Narashino O9群: Enteritidis

食品の食中毒菌汚染実態調査の結果(厚労省) 大腸菌 サルモネラ 2010  2011  2012 2010  2011  2012 ミンチ肉(牛) ミンチ肉(豚) ミンチ肉(鶏) 牛レバー ステーキ肉 牛結着肉 牛たたき 鶏たたき 馬刺 ローストビーフ 60.9%  65.7%  58.6%   0%  2.9%   1.0% 71.3%  68.8%  69.1%   1.7%  1.4%   2.9% 85.9%  79.9%  81.6%  53.5%  55.3%  47.9% 65.1%  70.7%  73.8%   1.0%   0.9%  1.7% 54.2%  40.4%  58.6%    0%    0%    0% 69.3%  73.2%  71.9%    0%    0%    0% 15.6%  23.1%  50.0%   1.1%    0%    0% 68.8%  87.9%  92.0%  12.5%   3.0%  8.0% 25.7%  10.3%  19.3%    0%    0%   0%  3.2%   2.8%  1.0%   1.1%   0%   0%

生菌剤(プロバイオティクス、Probiotics)