赤外線でさぐる “宇宙のはて” 宮崎大学「情報科学入門」 特別講義 平成12年2月9日 松原 英雄(宇宙科学研究所)
講演内容 赤外線とは? 「宇宙のはて」ってどういうことか? 「宇宙のはて」で起こった銀河の誕生 赤外線で見ると何がわかるか? http://koala.astro.isas.ac.jp/~maruma/ 赤外線とは? 赤外線で見ると何がわかるか? 赤外線で見た銀河 「宇宙のはて」ってどういうことか? 宇宙の年齢と大きさ 「宇宙のはて」で起こった銀河の誕生 銀河の誕生とは? 原始銀河の候補? 宇宙赤外線背景放射の探索
赤外線の発見 ハーシェルの実験 (19世紀のはじめごろ) スリット プリズム 太陽 スクリーン 目で見える 光 赤外線 紫外線 温度計
光の波長について 波長の長い波(赤い光) 波長の短い波(青い光) 海の表面のさざなみ、音波等のように光も「波」のひとつである。波の山と山の間の距離のことを「波長」という。 波長の長い波(赤い光) 波長の短い波(青い光)
目でみえる光(可視光)よりも波長の長い (1ミクロン~300ミクロン)光のこと。 可視光で見るよりも低温のものが良く見える。 赤外線とは? 目でみえる光(可視光)よりも波長の長い (1ミクロン~300ミクロン)光のこと。 可視光で見るよりも低温のものが良く見える。 赤外線でみた 燃えるマッチを持つ人
可視光では見えない! 塵(固体微粒子)の雲に おおいかくされている。 赤外線では、この塵自身が光って見える! 赤外線で見えるもの:宇宙塵(星間塵) 星が生まれつつある雲の例 ハッブル宇宙望遠鏡による撮像 可視光では見えない! 塵(固体微粒子)の雲に おおいかくされている。 赤外線では、この塵自身が光って見える!
赤外線でみた星間塵 赤外線ではチリがかがやいて見える!
宇宙塵(星間塵)について 塵:英語ではdust 「ダスト」 星間塵の分類 惑星間塵: 太陽系内の塵 惑星間塵: 太陽系内の塵 星間塵: 星間空間の塵(星間物質の質量で約1%) 星間塵の分類 サイズによる分類 大きい塵:0.1ミクロン 小さい塵:0.01ミクロン(100A) 大変小さい塵:10A 組成で分類 シリケイト:珪酸塩(カンラン石、輝石。。) グラファイト:炭素(結晶あるいはアモルファス) アイス:水、二酸化炭素、アンモニア 炭素質(有機物質):例えばPAH 多環式炭化水素 (polyaromatic hydrocarbon)
赤外線でみた全天 銀河系内の星間塵からの赤外線放射 黄道光 (太陽系内の塵からの赤外線放射)
ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた 若い星のまわりのチリ円盤
HL Tau(生まれたばかりの星) 、波長1~2ミクロン 赤外線でかがやくチリ円盤! えん ばん ジェット(青) チリえんばん (緑~赤) 150天文単位 HL Tau(生まれたばかりの星) 、波長1~2ミクロン おく さい エリダヌス座イプシロン星(年齢10億歳)、 波長850ミクロン 惑星になれなかったチリの円盤か?
衝突中の銀河の赤外線画像 NGC 4038 NGC 4039 衝突によって星がうまれたところのチリがあたためられて、赤外線で明るく見える。
銀河の放射スペクトル(1) 活発に星生成している銀河の場合(Arp220) 塵がない場合 の星の光〔予想〕 暖かい塵 銀河の光度(十の三十乗エルグ/秒) 暖かい塵 からの 熱放射 塵による減光を受けた、現実の星の光 波長〔ミクロン〕
銀河の放射スペクトル(2) 楕円銀河 (星生成があまり起こっていない銀河) の場合 銀河の光度(十の三十乗エルグ/秒) 星の光 (塵による 減光殆どなし) 冷たい塵 からの 熱放射 波長〔ミクロン〕
「宇宙のはて」とは? 。。。つまるところ、我々人類が知ることのできる宇宙は有限である。。 そして、人類が認識できる宇宙は、ビッグバンではじまった!(宇宙には「はじまり」がある。) つまり、「はじまり」のころの宇宙が、「宇宙のはて」である。
120~150億年という宇宙の歴史の中で、銀河は * いつうまれ、 * どのように進化して今のすがたになったのだろうか? 宇宙はビッグバンではじまった 120~150億年という宇宙の歴史の中で、銀河は * いつうまれ、 * どのように進化して今のすがたになったのだろうか? 宇宙の距離の単位 1光年=光の速さで1年間進んだ距離 つまり、1億光年の距離の天体の光は1億年前のものである。
宇宙は膨張している ハッブルの法則 遠くの銀河(距離D)ほど速い速度vで遠ざかっている: v[kms-1]=H0・D [Mpc]
宇宙膨張と赤方偏移 em:天体から出たときの光の波長 obs:観測される波長 obs=em(1+z) z: 赤方偏移パラメータ 宇宙は膨張している。より遠くの天体からの光の波長はより長いほうへずれる。 em:天体から出たときの光の波長 obs:観測される波長 obs=em(1+z) z: 赤方偏移パラメータ → 宇宙初期の星の光は、 赤外線になる (赤外線) (紫外線) 50億光年のかなたの天体の色 近くの天体の色
宇宙の年齢 ハッブル定数、密度パラメータ(減速パラメータ)など、宇宙モデルによってかなり異なるが、たぶん100~150億年くらい。 z=3の世界は年齢15~30億歳くらいの宇宙ということになる。
「宇宙のはて」で起こった 銀河の誕生 銀河の誕生とは? 銀河の誕生の姿を見るには? 原始銀河は見つかったか? 宇宙赤外線背景放射の探索 銀河のスペクトル進化 原始銀河は見つかったか? 原始銀河候補? 宇宙赤外線背景放射の探索
銀河の誕生とは? 従って銀河の誕生とは、 銀河とは、星の大集団である。 現象と考えることができる。 現在 楕円銀河 渦巻銀河 50億年前 原始ガスが凝縮して その中で最初の星生成がおこり、 やがて一千億個の星の集団となる 現象と考えることができる。 銀河とは、星の大集団である。 我々の銀河系:約1千億個の星 現在 50億年前 90億年前 120億年前 楕円銀河 渦巻銀河 ハッブル宇宙望遠鏡が見つけた宇宙初期の銀河
銀河の誕生についてわかっていること 銀河はいつ生まれたか? 誕生したばかりの銀河は非常に明るい? 典型的な銀河は100億個~1兆個の星の大集団 矮小銀河(典型的な銀河の1/100以下の質量)の形成は、現在まで続いていると考えられている(例えば大小マゼラン雲のように) 一方典型的なサイズの銀河(楕円銀河、渦巻銀河)は、z<3ではあまり姿が変わらないので、z=3以上で誕生したと思われている。 誕生したばかりの銀河は非常に明るい? z=3(宇宙年齢約20億年)までに、 100億個~1兆個の星を誕生させると、最低でも5個~500個/年の星生成率になる!(比較:我々の銀河では1個/年以下の星生成率) 爆発的星生成(“スターバースト”) このような銀河はハッブル宇宙望遠鏡や地上の大望遠鏡で充分に見つかるはずである。。。だが??
可視光でみた宇宙の「はて」 ハッブル宇宙 望遠鏡
すばる望遠鏡(国立天文台) 1999年1月より観測開始!
赤外線でみた宇宙のはて(?) ご覧になりたい方はhttp://www.naoj.org/outreach/press_releases/
原始銀河が見つからないのはなぜ? 《シナリオ1》 誕生した時の銀河は、大変小さかった。小さいので一個一個は大変暗く、観測にひっかからない。それらでの星生成がほぼ終了したころに、小さな銀河同士が合体して、100億~1千億個の星の集団としての、通常銀河となった。 このシナリオは、コールドダークマター理論に基づく宇宙構造形成論と良く合っている(小さな構造が先にでき、だんだん大きな構造ができる)。
【シナリオ1】の証拠? ハッブル宇宙望遠鏡は、110億光年の彼方に、予想外に数多くの比較的小さいが星形成の活発な銀河を見つけた。それぞれの銀河は我々の銀河の数10~100分の1の重さしかない。
原始銀河が見つからないのはなぜ? 《シナリオ2》 【シナリオ2】銀河スケールの構造が形成される前に、宇宙最初の星生成が起った(「種族3の星」仮説)。星生成の結果、重元素合成が起り、種族3の星が超新星爆発で死んだ時に、重元素が星間ガス中に撒き散らされ、そのかなりの割合が冷えて塵(固体微粒子)となった。その後大規模な星生成があり、通常銀河が誕生したが、この塵のために激しく減光されて可視光では観測にひっかからないのである。 実際、z=5のクエーサーにも重元素があることが観測的にわかっている。 また種族3の星の光を見るには、「宇宙赤外背景放射」を探るしかない。
銀河のスペクトル進化 爆発的に星が誕生しているときは遠赤外で非常に明るく、豊富にある塵雲に激しく減光されて可視光で非常に暗い。 楕円銀河の 理論計算の一例 爆発的に星が誕生しているときは遠赤外で非常に明るく、豊富にある塵雲に激しく減光されて可視光で非常に暗い。 5億年 銀河の明るさ(Jy) 10億年 30億年 40億年 やがて星の原料である星間ガス雲の大部分が星になり、星生成がほぼ終了すると、星をつつんでいた塵・ガスは吹き払われて星の光が直接見えてくる。 観測される波長〔ミクロン〕
銀河の誕生の姿を見るには? 宇宙初期の銀河のスペクトルは、進化している。 この可視からサブミリ波にわたる全スペクトルが、銀河の年齢を知る手がかりになる。
赤外線で銀河の誕生を探るには? → スペースからの観 測! 大気の熱放射 宇宙からの放射 大気の透過率 放射強度の対数 中間~遠赤外線(波長5~300ミクロン)観測は、「大気の窓」と呼ばれる一部の波長を除いて、地球大気の吸収のために地上からでは不可能。 → スペースからの観 測! 大気の熱放射 大気OH発光 宇宙からの放射 波長 (ミクロン)
スペースからの赤外線観測 ISO (赤外宇宙天文台) 1995年11月打ち上げ(ESA) (98年4月観測終了)
ハッブル望遠鏡の とった画像に、波長15ミクロンでのISO による観測(等高線)を重ねた。 赤外線でみた宇宙の最深部 写っている銀河の殆どは、40億光年以上のかなた。 楕円銀河は15ミクロンでは光っていない。15ミクロンで明るい銀河は、むしろ可視光では暗い。 ハッブル望遠鏡の とった画像に、波長15ミクロンでのISO による観測(等高線)を重ねた。
原始銀河は見つかったか? 原始銀河は非常に遠い(非常に昔)。 z>3を超えるような知られた天体はクエーサーや電波銀河が主体。 電波銀河に塵の赤外放射がないか? あった! 例:BR1202-0727〔z=4.7〕 塵からの赤外放射成分は、10個程度の電波銀河に見つかっている。
原始銀河?BR1202-0727 クエーサーなので、AGNからの光が強すぎて、星の光の成分があまり良く分別できない。従って年齢ははっきりしない。 銀河の静止系での波長 大量の星間塵・星間ガスの存在が確認されている。 (ガス雲:太陽3千億個分の質量) 光度の対数(エルグ/秒) 1000K(?)成分は、AGNに暖められたホットダストからの放射か? 観測周波数の対数 [Hz]
これからの展望 そこで ISOによる遠赤外サーベイとその追観測 宇宙の最深部を除く窓: ロックマンホール AGNに邪魔されずに宇宙初期の銀河のサンプルが欲しい。これには空のできるだけ広い領域を、丹念にサーベイして見つける必要がある。 そこで ISOによる遠赤外サーベイとその追観測 宇宙の最深部を除く窓: ロックマンホール
ISOによるロックマンホールの ディープサーベイ IRAS 波長100ミクロン ISO 波長95ミクロン ISO 波長175ミクロン
これからの展望(続) 数平方度の広さの領域しかサーベイできなかった。 ASTRO-F計画 AGNに邪魔されずに宇宙初期の銀河のサンプルが欲しい。これには空のできるだけ広い領域を、丹念にサーベイして見つける必要がある。 サーベイとは、その観測領域をくまなく探査すること ISOによる遠赤外サーベイとその追観測 宇宙の最深部を除く窓: ロックマンホール 数平方度の広さの領域しかサーベイできなかった。 ASTRO-F計画 【2003年夏に宇宙研が打ち上げる予定】 ISOと同じ性能で、全天を調べる!
ASTRO-F(IRIS) 「アストロF(アイリス)」 2003年夏にM-V6号機で打ち上げ予定
ASTRO-F計画 IRIS (InfraRed Imaging Surveyor) 口径70cmの冷却望遠鏡(寿命500日) 遠赤外で全天サーベイ+近中間赤外カメラでの撮像観測 2003年8月打ち上げ予定。
赤外線で銀河を見ると、その銀河の中の宇宙塵からの放射が主に見える。これは目で見える光では見えない。 講演のまとめ(1) 赤外線で銀河を見ると、その銀河の中の宇宙塵からの放射が主に見える。これは目で見える光では見えない。 「宇宙のはて」では銀河の誕生が起こったはずである。誕生のシナリオははっきりしないが、生まれたばかりの銀河は、遠赤外線で非常に明るいと予想される。 原始銀河を見つけるには、広い領域の遠赤外サーベイ観測が必要。 最後に:「情報科学に期待すること」 「宇宙のはて」で起こった銀河の誕生をさぐるもうひとつの手段として、宇宙赤外線背景放射がある。もし、時間があればこの話を続けますが。。。(チョットむづかしいです)
情報科学に期待すること 賢いコンピュータを衛星に載せられるようにしたい。 ASTRO-Fの観測装置のオンボードCPUは、なんと 80186! 宇宙環境(特に放射線)に耐えること スペースでの観測で得られた大量データを速く、且つ間違いなく、地上に送れるようにしたい。 ASTRO-Fでは毎日1GB 将来の天文衛星ではさらにこの10倍? マイクロ波通信はもう限界? スペース光通信?
宇宙赤外線背景放射とは? 宇宙のはてから我々までの間に存在するすべての赤外線放射源(銀河など)からの赤外線の総和(積分光) 観測者 1個 8‐1=7個 27‐8=19個 64‐27=37個 宇宙のはてから我々までの間に存在するすべての赤外線放射源(銀河など)からの赤外線の総和(積分光) 光源が一様な空間密度で分布していれば、遠方天体だろうと近傍天体だろうと、背景放射への寄与はほぼ同程度 赤方偏移のために波長が長いほど、遠方の天体からの積分光を見るのに有利。
赤外線背景放射の探索 観測ロケット K-9M-77(1984年1月)、 K-9M-80(1987年2月) (宇宙研・名古屋大学・カルフォルニア大学) 代表的な実験: K-9M-77(1984年1月)、 K-9M-80(1987年2月) 搭載装置(77号機):波長1~5ミクロンの近赤外測光器 搭載装置(80号機):波長100~1200ミクロンの遠赤外・サブミリ波測光器 S-520-11(1990年2月)、 S-520-15(1992年2月) 搭載装置(11号機):波長1.4~2.6ミクロンの分光器など 搭載装置(15号機): 波長1.4~4ミクロンの近赤外分光器 波長100~190ミクロンの遠赤外測光器
赤外線背景放射の探索(続き) COBE(Cosmic Background Explorer:宇宙背景放射探査機) DIRBE FIRAS 1989年11月打ち上げのNASAの天文衛星(打ち上げから約1年観測) 搭載装置 DIRBE (Diffuse Infrared Background Experiment) ビーム0.7角、 波長1.25 -- 240 ミクロンにわたる 10バンド測光器 FIRAS (Far-infrared Absolute Spectrometer) ビーム7 波長100~1000ミクロンの分光器
DIRBEが得た全天の遠赤外マップ 銀河系内の星間塵からの赤外線放射 黄道光 (太陽系内の塵からの赤外線放射)
COBE/DIRBEの発見した 赤外宇宙背景放射 銀河系内星間塵からの熱放射成分を、星間(水素)ガスの分布をもとに差し引いて得られた、全天からほぼ一様にやってくる赤外線放射(波長100~240ミクロン) 。
赤外線背景放射のスペクトル 放射強度の対数(ナノワット/平方メートル・ステラジアン) DIRBE (黒丸) FIRAS 波長の対数 (ミクロン) ハッブル宇宙望遠鏡のHDFで見えている銀河光の総和 FIRAS DIRBE (黒丸) S-520-15 S-520-11
赤外線背景放射の正体の解明 赤外線背景放射には、宇宙初期の星(及び星に暖められた塵)からの光だけでなく、より手前(現在に近い)の銀河の光も混在している。 これらの手前の銀河をできるだけ暗いものまで見つけ出すことにより、本当に宇宙初期の星のつくる赤外線背景放射を見つけたい。 観測者 ここまでは全部銀河を拾い出せる ここまでだと明るいものだけ拾い出せる 単位立体角あたりに含まれる、ある明るさまでの銀河の数を拾い上げることを、銀河カウントという。
赤外線背景放射への 比較的近い銀河の寄与 放射強度の対数(ナノワット/平方メートル・ステラジアン) 波長の対数 (ミクロン) ハッブル IRAS銀河 カウント 地上大望遠鏡 Kバンドカウント ISO銀河カウント 地上 銀河カウント
講演のまとめ(2) 「宇宙のはて」で起こった銀河の誕生をさぐるもうひとつの手段として、宇宙赤外線背景放射がある。その実在が、観測ロケット・COBEにより確認された。 現在、各波長で、赤外線背景放射から手前の銀河の放射の寄与を差し引く試みが進行中で、21世紀初頭にはそのかなりの部分の解明が終了するだろう。