NFT栽培において塩ストレス処理したトマトの 収量および糖蓄積に関する研究 収量および糖蓄積に関する研究 生命環境科学研究科 生物圏資源科学専攻 斎藤岳士
背景 ・消費者嗜好の多様化によって、蔬菜の品質向上が重要である。 ・トマトの品質には、糖含量が大きく影響する。 ・現在、水ストレス、塩ストレス、根域制限処理などの栽培技術に よる高糖度トマト栽培が行われている。 ・高糖度トマトは、通常のトマトの糖度と差別化できる8~9%以上が目標糖度になっている(阿部,1997)。 ・これらの根圏へのストレスによるトマト果実の高糖度化は、濃縮 が主な要因であるとされている(Sakamotoら,1999)。
問題点 ・高糖度トマト栽培に適した品種、ストレス強度、処理開始時期、 処理期間についての詳細な検討はなされていない。 ・果実肥大抑制による小玉化、Ca2+欠乏が原因の尻腐れ果の 発生率増加による収量の低下。 尻腐れ果 高糖度トマト 通常のトマト
目的 NFTを用いた二段摘心栽培において、塩ストレス処理による 高糖度トマト栽培のため、 ・塩ストレスによる果実肥大抑制の原因究明 ・塩ストレスによる果実肥大抑制の原因究明 ・高糖度トマト生産に最適な品種と塩ストレス処理の設定 ・塩ストレス処理と他の栽培技術を組み合わせることによる 高糖度トマトの高収量、更なる高品質化 ・塩ストレス下における糖代謝メカニズムの解明
NFT栽培装置 栽培槽 培養液タンク 送液ポンプ 二段摘心栽培 摘心 第二花房 第一花房
1-1 塩ストレス強度の違いがトマト果実の糖蓄積 に及ぼす影響と品種の選抜 1-1 塩ストレス強度の違いがトマト果実の糖蓄積 に及ぼす影響と品種の選抜 供試植物:トマト‘桃太郎’、‘ハウス桃太郎’ ‘瑞光102’、‘おおみや163’ 処理区:対照区(EC2.5dS・m-1)、EC5.0区、EC8.0区
図 塩ストレス強度および品種が総収量ならびに 果実糖度に及ぼす影響 20000 減耗果 18000 16000 14000 対照区 12000 総収量(g) EC5.0区 10000 8000 EC8.0区 6000 桃太郎 瑞光102 4000 2000 図 塩ストレス強度が販売可能な果実の収量に及ぼす影響 ‘ハウス桃太郎’ ‘桃太郎’ ‘瑞光102’ ‘ おおみや163’ 図 塩ストレス強度および品種が総収量ならびに 果実糖度に及ぼす影響
‘ハウス桃太郎’ ‘桃太郎’ ‘瑞光102’ ‘ おおみや163’ 図 EC8.0区の品種別各種減耗果発生率
1-2 NaClならびにKCl処理がトマト果実の 糖蓄積に及ぼす影響 糖蓄積に及ぼす影響 供試植物:トマト‘ハウス桃太郎’、 ‘瑞光102’ 処理区:対照区(EC2.5dS・m-1) NaCl区(EC8.0dS・m-1) KCl区(EC8.0dS・m-1)
エラーバーは標準誤差を示す.
図 NaClまたはKCl処理が果実糖度に及ぼす影響 b b b b a a ‘ハウス桃太郎’ ‘瑞光102’ 図 NaClまたはKCl処理が果実糖度に及ぼす影響 異なる文字間にはFishierのPLSDにより5%水準で有意差がある. エラーバーは標準誤差を示す.
図 塩の種類の違いが減耗果発生率に及ぼす影響 対照区 NaCl区 KCl区 対照区 NaCl区 KCl区 ‘ハウス桃太郎’ ‘瑞光102’ 図 塩の種類の違いが減耗果発生率に及ぼす影響
1-3 塩ストレス処理期間の違いがトマト果実の 糖蓄積に及ぼす影響 1-3 塩ストレス処理期間の違いがトマト果実の 糖蓄積に及ぼす影響 供試植物:トマト‘ハウス桃太郎’ 処理区:対照区、Total区、Early区、Late区
耕種概要 播種 定植 第一花房 第二花房 収穫 開花 開花 3/13 4/29 5/6 5/11 6/16~7/6 Total区、Early区で 塩ストレス処理開始 (培養液にNaClを添加) Early区で塩ストレス終了 Late区で塩ストレス開始 第一果房開花20日後(5/26) 耕種概要 播種 定植 第一花房 第二花房 収穫 開花 開花 3/13 4/29 5/6 5/11 6/16~7/6 塩ストレス処理による培養液ECの推移 対照区 0.8dS・m-1 1.6dS・m-1 2.4dS・m-1 Total区 0.8dS・m-1 8.0dS・m-1 Early区 0.8dS・m-1 8.0dS・m-1 2.4dS・m-1 Late区 0.8dS・m-1 1.6dS・m-1 8.0dS・m-1
果肉細胞調査 A:果肉半径測定部 B:平均細胞径=1mm内の細胞数/1mm 1mm A パラフィン切片を 作成して顕微鏡で観察 A A:果肉半径測定部 B:平均細胞径=1mm内の細胞数/1mm 推定細胞数(A/B)=果肉半径(A)/平均細胞径(B)
開花後49日目の細胞写真 対照区 Total区 Early区 Late区
アルファベットの異符号間にはFishierのPLSDにより5%水準で有意差がある。
第一果房 第二果房 図 塩ストレス処理期間の違いが 各果房の尻腐れ果発生率に及ぼす影響
塩ストレスによる果実肥大抑制の原因 果実の細胞分裂は開花までにほぼ終了 塩ストレスによる細胞への水分流入制限 細胞肥大抑制 果実肥大の抑制、内容成分の濃縮
高糖度トマト生産に最適な品種と 塩ストレス処理の設定 高糖度トマト生産に最適な品種と 塩ストレス処理の設定 品種:供試した4品種中では、糖度が上がりやすく、尻腐れ果発生率 が低い‘ハウス桃太郎’が適していた。 塩ストレス強度:培養液EC8.0dS・m-1で、5.0dS・m-1より安定して糖度が 増加した。 塩の種類:尻腐れ果発生率の点からKClよりNaClが適していると 考えられた。 塩ストレス処理期間:第一花房開花後20日目からの処理によって 全期間処理よりも減耗果発生率が低く、果実 肥大抑制の小さい高糖度トマトが得られる。
2-2 養液栽培トマトにおける塩ストレス処理の 実用化のための栽培技術の確立 2-2 養液栽培トマトにおける塩ストレス処理の 実用化のための栽培技術の確立 供試植物:トマト‘ハウス桃太郎’ 塩ストレス処理区:対照区、Total区、Late区 栽植密度区:低密度区、高密度区 側枝処理区:0枚区、4枚区、6枚区 調査項目:収量、糖度、滴定酸度 糖代謝関連酵素活性
耕種概要 第一花房開花20日後 Late区で処理開始 (3/21) Total区で処理開始 (培養液にNaClを添加) 播種 定植 第一花房 第二花房 収穫 開花 開花 2004年 2005年 12/23 2/17 3/1 3/9 4/19~6/13 塩ストレス処理による培養液ECの推移 対照区 0.8dS・m-1 11.6dS・m-1 2.4dS・m-1 Total区10.8dS・m-1 8.0dS・m-1 Late区 20.8dS・m-1 1.6dS・m-1 8.0dS・m-1
処理区設置図 4 6 対照区 Total区 Late区 低密度区 高密度区 高密度区 低密度区
塩ストレス処理と他の栽培技術を組み合わせることによる高糖度トマトの高収量、更なる高品質化 NFTシステムにおいて、塩ストレス処理したトマト二段摘心栽培を 9,000~10,000株/10a程度の高密度で行うことにより、収量をある 程度確保しつつ、果実の高糖度化を達成できる可能性が示された。また、4~6枚程度の果房直下の側枝を利用することで、更なる糖度増加も期待できると考えられる。
月 図 塩ストレス処理した二段摘心栽培の年間最大作付け(A) および夏季を除く作型(B)の周年生産体系シミュレーション
今後の課題 苗供給 : 閉鎖型育苗装置の利用、挿し芽苗の利用 年間栽培スケジュールの確立 : 月別は種による生育所要日数の把握 今後の課題 苗供給 : 閉鎖型育苗装置の利用、挿し芽苗の利用 年間栽培スケジュールの確立 : 月別は種による生育所要日数の把握 夏季高温期の栽培 : 育苗時の根圏冷却 尻腐れ果対策 : 適切なCa剤散布方法(時期、回数、濃度、部位)確立 酵母抽出物の利用 省力化と高所得化 : 単為結果品種、マルハナバチの利用 ブランドの確立(食味だけでなく機能性もアピール)
塩ストレスによるトマト果実の糖蓄積
図 塩ストレスおよび果房直下の側枝が,第一果房直下の葉位の 光合成速度に及ぼす影響.図中のエラーバーは標準誤差を示す.
13Cトレーサー法 摘心 第一 花房 上位 下位 1.植物体全体を透明なビニール袋で密閉、 Ba13CO3+50%乳酸 摘心 第一 花房 透明なビニール袋 上位 下位 13Cトレーサー法 1.植物体全体を透明なビニール袋で密閉、 袋内でBa13CO3に50%乳酸を加え、13CO2 を発生、4時間同化させて、袋をはずす。 2.同化48時間後に、果実、根、側枝、 上下(茎、葉身、葉柄)に分けてサン プリ ングし、 80℃で乾物にする。 3.乾物重測定後、粉砕機で粉末にする。 4.13Cアナライザーを用いて13C含有量 (μg/DWmg)を計測する。
66.8 68.8 85.1 84.9 結果 含量48 図 塩ストレスおよび果房直下の側枝が13CO2処理後48時間の 無側枝区 側枝区 対照区 Total区 66.8 68.8 85.1 84.9
28.0 37.9 31.5 26.9 結果 転流量48 無側枝区 側枝区 対照区 Total区 無側枝区 側枝区 対照区 Total区 図 塩ストレスおよび果房直下の側枝が13CO2処理後48時間の トマト各部位への13C分配率に及ぼす影響. 図中の数字は,果実への13C分配率を示す. 28.0 31.5 37.9 26.9
Source organ 活性を調査した 成熟ステージ IMG1 IMG2 MG B R DAA 18 26 42 49 53
可溶性酸性インベルターゼ活性 (μmol glucose/min/gF.W.) 細胞壁結合型インベルターゼ活性 (μmol glucose/min/gF.W.) 成熟ステージ 図 塩ストレス処理が各成熟ステージの可溶性および細胞壁結合型 酸性インベルターゼの活性に及ぼす影響.エラーバーは,標準誤 差を示す(n=3).成熟ステージは,それぞれIMG1:未熟期1,IMG2: 未熟期2,MG:緑熟期,B:催色期,R:赤熟期を示す.
図 塩ストレス処理が各成熟ステージのスクロースシンターゼの活性 に及ぼす影響.エラーバーは,標準誤差を示す(n=3).成熟ステージ は,それぞれIMG1:未熟期1,IMG2:未熟期2,MG:緑熟期,B:催色 期,R:赤熟期を示す.
塩ストレス下における高糖度化のメカニズム 光合成産物の果実への転流量、分配率の増加 トマト果実の糖代謝酵素活性増加 果実のシンク強度増加 光合成産物の果実への転流量、分配率の増加 果実の高糖度化
本研究の結論 ・塩ストレスによる果実肥大抑制の原因が、細胞数の減少 ではなく、細胞肥大の抑制であることが確認できた。 ・最適な塩ストレス処理の設定、品種の選抜により、 比較的果実肥大抑制の小さい高糖度トマト果実が 得られた。 ・塩ストレス下における濃縮効果以外の、トマト果実の 高糖度化のメカニズムが示唆された。 ・塩ストレス処理に他の栽培技術を総合的に組み合わせ ることで、収量をある程度確保しつつ、果実の高糖度化 を達成できる可能性を提示した。