浅野 良輔 名古屋大学大学院教育発達科学研究科 日本学術振興会

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浅野 良輔 名古屋大学大学院教育発達科学研究科 日本学術振興会 2011/09/19 社心第52回大会@名古屋大学 社会心理学から見たマルチレベルモデル―理論と実証― マルチレベルモデルによる ダイアドデータの検討 ―関係効力性が愛着機能に及ぼす影響― 名古屋大学の浅野です。 よろしくお願いいたします。 浅野 良輔 名古屋大学大学院教育発達科学研究科 日本学術振興会

本発表の目的 ユーザーがマルチレベルモデルを使って論文を書く手順・心構え マルチレベルモデルをどのように活かすか 浅野・吉田 (2011, 心研) に基づいて この分析は決してすごくも怪しくもない 本発表では●私のようなユーザーがマルチレベルモデルを使って論文を書くための手順や心構えをお話しいたします。 私は統計学が得意なわけではありません。 私がお伝えするのは●この分析手法をどうやって社会心理学的に活かすかです。 本発表では●この分析が決してすごくも怪しくもないことを知っていただきたいです。 そして●マルチレベルモデルに対する特別視や逆に偏見をなくしたいと思います。 マルチレベルモデルに対する 特別視や偏見をなくす!

カップルのwell-beingを高めるには 「二人」の期待・信念 「自分たちはよい関係を築くためにお互いに適切に振る舞える」 カップル単位で行動を選択・決定することで、二人が幸せになれる 「片方だけ」がどれだけ信じてもダメ まず、私の研究の背景です。 私は●カップル二人のwell-beingを高めるには●二人の期待や信念が必要と考えました。 自分たちはよい関係を築くためにお互いに適切に振る舞えるというものです。 これにより●カップル単位で行動を選択したり決定したりすることで●二人とも幸せになれるのではと考えました。 片方だけの期待や信念では意味がないのです。 そこで●ダイアドレベルの検討が必要となりました。 ダイアドレベルの検討が必要

これまでの親密な関係研究 個人の期待・信念 ラブスタイル (Lee, 1977) 愛着スタイル (Shaver & Hazan, 1988) 拒絶感受性 (Downey & Feldman, 1996) 特性自尊心 (Leary & Baumeister, 2000) 自己制御 (Finkel & Campbell, 2001)                              etc. しかしこれまでの研究では●ラブスタイル●愛着スタイル●拒絶感受性●特性自尊心●自己制御といった個人レベルの概念ばかりでした。

新たな研究へのヒント collective efficacy 集団レベルの効力期待 個々人の自己効力感の総和とは違う ダイアドレベルに応用 集団全体の「うまくやれる」という期待・信念 個々人の自己効力感の総和とは違う 社会的認知理論 (Bandura, 1997, 2001) ソーシャル・キャピタル論 (Sampson, 1997) 私は新たな研究へのヒントとして●collective efficacyに注目しました。 これは集団レベルの効力期待で●集団全体の「うまくやれる」という期待や信念です。 Collective efficacyは個々人の自己効力感の総和とは違うといわれています。 Collective efficacyは●Banduraの社会的認知理論やそれに基づいたソーシャル・キャピタル論でも言われています。 私はこれをダイアドレベルに応用しました。 ダイアドレベルに応用

二人の間で共有された期待 関係効力性 (relational efficacy) ダイアドレベルの効力期待 YES! 関係効力性 (relational efficacy) ダイアドレベルの効力期待 二者全体の「うまくやれる」という期待・信念 「私たちはよい関係を築くため協力し合える」と両者が考えている状態 浅野 (2011, 社心研) それが関係効力性です。 関係効力性は●親密な二人の間で共有された●ダイアドレベルの効力期待です。 具体的には●「私たちはよい関係を築くために協力し合える」と●両者が考えている状態と定義しています。 関係効力性も●個々人の自己効力感の総和とは違うものと位置づけています。 このように●理論的な関心を前提にすることで●マルチレベルモデルは意味をなします。 理論的な関心を前提にすることで、 マルチレベルモデルは意味をなす

個人のwell-beingの源になる根拠 従属変数: 愛着機能 (Feeney, 2004) 安全な避難所機能 パートナーの問題解決・ストレス低減を促す 癒しの場としてのサポート (coming in) 安全基地機能 パートナーの目標達成・成長を促す 新たな挑戦に向けたサポート (going out) 従属変数には●愛着理論に基づいた愛着機能というものを取り上げました。 1つは安全な避難所機能といい●パートナーの問題解決やストレス低減を促すようなサポート機能です。 もう1つは安全基地機能といい●パートナーの目標達成や成長を促すようなサポート機能です。 これらは●親密な関係が個人のwell-beingの源になる根拠といわれています。 親密な関係が 個人のwell-beingの源になる根拠

2側面のwell-being (Ryan & Deci, 2001) hedonic well-being (≒安全な避難所機能) 苦痛の回避・快楽の追求 主観的幸福感、ポジ感情、ネガ感情の低さ eudaimonic well-being (≒安全基地機能) 人生における意味の探求・自己実現 個人的目標の達成、人間としての成長 愛着機能は●RyanとDeciによる2側面のwell-beingと対応しているでしょう。 まず●安全な避難所機能はhedonic well-beingと対応しています。 hedonic well-beingとは●苦痛の回避や快楽の追求を意味し●主観的幸福感やポジティブ感情●ネガティブ感情の低さによって定義されます。 また●安全基地機能は●eudaimonic well-beingと対応しています。 eudaimonic well-beingとは●人生における意味の探求や自己実現を意味し●個人的目標の達成や人間としての成長によって定義されます。 このように考えると本研究は●関係効力性というダイアドレベルの概念がwell-beingという個人レベルの概念に及ぼす影響を検討するものといえます。 ダイアドレベル→個人レベル (関係効力性→well-being)

調査対象者 恋愛カップル97組 男性97名 (平均22.01歳, SD = 3.96) 平均16.29ヵ月 (range = 1-71) 実際には、同性友人ペアとの比較も実施 ここから●具体的なデータについてご説明します。 本発表では●恋愛カップル97組のデータのみご報告いたします。

確認しておくべき値 (1) 各変数の級内相関係数 二人に共有された成分の割合 記述統計量と一緒に報告 非常に高い or 低いなら、マルチレベルモデルの必要なし (Kenny et al., 1998; Muthén, 1997) ダイアドデータなら、最低でも0.30くらい? HAD (清水ほか, 2006) で算出できる データを集めたら●確認しなければならない値が二つあります。 まず各変数の級内相関係数です。 ここでは●二人に共有された成分の割合と定義されます。 これが非常に高かったり低かったりすると●マルチレベルモデルを使う必要はなくなります。 私の経験では●ダイアドデータなら最低でも0.30はないと安定した結果が得られません。 級内相関係数は●論文上でも記述統計量と一緒に必ず報告すべきでしょう。 ちなみにJPSPなどの有名雑誌でも●級内相関係数をきちんと報告していない場合が多いです。 これはあまりよくない流れだと思います。 記述統計量と一緒に報告

記述統計量 M SD a ICC 関係効力性 3.64 0.64 .86 .37 *** 安全な避難所機能 4.22 0.67 .84 .17 * 安全基地機能 4.16 0.74 .88 私はいつもこのように報告しています。 二つの愛着機能の値はやや低いですが●すべての変数の級内相関係数が有意でした。 Note. Range = 1-5. ICC = 級内相関係数. † p < .10*p < .05, **p < .01, ***p < .001

確認しておくべき値 (2) 変数間の相関係数 各レベルにおける変数間の関連性 個人―集団レベル相関 (Kenny & La Voie, 1985) ペアワイズ相関 (Griffin & Gonzalez, 1995) 基本的な発想は同じ、どちらでもよい HAD (清水ほか, 2006) で算出できる 次に変数間の相関係数を確認しておくべきです。 これは通常のピアソンの相関係数ではなく●二つのレベルに分けた後の相関係数です。 方法としては●個人―集団レベル相関分析●あるいはダイアドデータに特化したペアワイズ相関分析があります。 基本的な発想は同じなので●どちらかでも構いません。 これも通常の分析と同じように●できれば報告したほうがよいでしょう。 通常の分析と同じように、 できる限り報告すべき

個人―集団レベル相関係数 1 2 3 1. 関係効力性 ― .93 ** .91 2. 安全な避難所機能 .37 *** 1.33 1. 関係効力性 ― .93 ** .91 2. 安全な避難所機能 .37 *** 1.33 3. 安全基地機能 .40 たとえば●このように個人―集団レベル相関係数を報告できます。 上段が集団レベル●下段が個人レベルの相関係数を示しています。 ちなみに集団レベルで●安全な避難所機能と安全基地機能の相関が1を超えています。 この外れ値は●両者の級内相関係数が低いためです。 こういう思わぬ事態もあり得るので●級内相関や単相関を見ておくことは重要です。 Note. 上段は集団レベル、下段は個人レベル † p < .10*p < .05, **p < .01, ***p < .001

マルチレベル構造方程式モデリング 因子分析のイメージ (Muthén, 1994) ダイアドレベル 個人レベル 私は●ダイアドレベルと個人レベルのプロセスを分けて検討するため●マルチレベル構造方程式モデリングを使っています。 この分析では●集団や二人のデータから●因子分析のように潜在変数を抽出します。 そして●二者間で共有された成分をBetweenとして推定します。 個人独自の成分をWithinとして推定します。 Betweenはダイアドレベル●Withinは個人レベルと解釈できます。 個人レベル

分析結果 (Mplusを使用、最尤法) 統制変数 モデル適合度 性別、関係継続期間、かけがえのなさ、 愛着スタイルの二軸 性別、関係継続期間、かけがえのなさ、  愛着スタイルの二軸 モデル適合度 χ2(0) = 0.000, p = .000, CFI = 1.000, RMSEA = .000, SRMR (Between) = .004, SRMR (Within) = .000 分析は●Mplusというソフトウェアにより●最尤法で推定しました。 統制変数をいくつか投入しています。 モデル適合度は十分でした。

分析結果 (非標準解) Between (ダイアドレベル) 安全な避難所機能 e 関係効力性 安全基地機能 e Within (個人レベル) 0.64* 関係効力性 R 2 = .96* 0.01 安全基地機能 0.63† e R 2 = .91* Within (個人レベル) 安全な避難所機能 e 0.39*** 分析結果です。 Betweenの結果は●関係効力性の高いカップルが●二人とも安全な避難所機能や安全基地機能を高めることを示しています。 つぎにWithinの結果は●関係効力性を高く感じている人が●安全な避難所機能や安全基地機能を高めることを示しています。 ここには●説明率と誤差間相関にレベル間で大きな違いがあるという特徴があります。 Betweenの説明率が.90という非常に高い値になっているのは●級内相関係数の低さ●あるいはそれによって集団レベル相関が1を超えていたことも関与しているかもしれません。 実際●このモデルは飽和モデルにも関わらず●収束基準を非常に小さく設定しないとχ2が0にならないという問題も起きています。 関係効力性 R 2 = .18** 0.10** 安全基地機能 0.50*** e R 2 = .24**

解釈する時の注意 レベルに合わせた解釈を! 心理学者は、いつの間にか個人レベルで ロジックを考えてしまう 言葉の選択を慎重に 心理学者は、いつの間にか個人レベルで ロジックを考えてしまう Between → 関係効力性の高いカップルは、二人ともwell-beingが高くなる Within → 関係への自己効力感の高い人は、well-beingが高くなる 結果を解釈する時には●それぞれのレベルに合わせてしなければいけません。 これは私の経験ですが●心理学者は知らず知らずのうちに個人レベルでロジックを考えてしまいがちです。 きちんと●Betweenの結果は●関係効力性の高いカップルは●二人ともwell-beingが高くなると考えます。 Withinの結果は●関係への自己効力感の高い人は●well-beingが高くなる●と考えます。 言葉の選択を慎重にしなければなりません。 ダイアドレベルでは●今まで無自覚に使っていた個人レベルの用語が使えないこともあります。 ×関係効力性の高いカップルは、サポートをすることでwell-beingが高くなる ○関係効力性の高いカップルは、サポートをし合うことで二人ともwell-beingが高くなる 言葉の選択を慎重に

ダイアドレベル―個人レベルの違い 説明率と誤差間相関を総合して Between (ダイアドレベル) Within (個人レベル) 関係効力性が強く予測している Within (個人レベル) 関係への自己効力感だけでは予測できない 特性自尊心や社会的スキルなども? 本データでは●BetweenでもWithinでもパス係数は有意あるいは有意傾向となりました。 しかし●従属変数の説明率と誤差間相関に違いがみられました。 以上より●Betweenでは●関係効力性が愛着機能を強く予測しているといえます。 Withinでは●関係への自己効力感だけでは予測できず●特性自尊心や社会的スキルなどによる効果も残っていると考えられます。 これは●マルチレベルな理論と分析によりはじめて得られた知見です。 マルチレベルな理論と分析により はじめて得られた知見

Take-home messages 「理論」に基づいた「分析」 理論のレベル ≠ 分析のレベル 基礎的な数値の確認 社会心理学的な背景なしには理解されない マルチレベルモデルへの欲求はその後に 理論のレベル ≠ 分析のレベル ダイアドレベル→個人レベルという仮説は、Betweenで検証できる 基礎的な数値の確認 級内相関係数・レベルごとの変数間の関連 最後に●私からお伝えしたいメッセージを3点にまとめます。 一つめは●理論に基づいて分析することが大前提ということです。 社会心理学的な背景のない研究は●他者に理解してもらえません。 マルチレベル分析への個人的な欲求はその後です。 そのためには●分析の話をせずに仮説を導けるとよいでしょう。 二つめは●清水先生のご発表にあったように●理論のレベルと分析のレベルを分けて考えるということです。 ダイアドレベルの概念が個人レベルの概念に影響するという仮説は●Betweenモデルで検証できることもあります。 Betweenモデルを必ずしもダイアドレベルの概念と解釈する必要はありません。 三つめは●基礎的な数値をきちんと確認しておくということです。 級内相関係数やレベルごとの変数間の関連を見ておくことは●通常の分析と同じように大切です。 そうしないと●誤った解釈をしかねません。 このように●社会心理学と統計学の両方に真摯な態度を持つことが●私は重要と考えています。

E-mail: asano.r@nagoya-u.jp ご清聴 ありがとうございました E-mail: asano.r@nagoya-u.jp