伊勢田哲治 名古屋大学大学院 情報科学研究科助教授 iseda@is.nagoya-u.ac.jp 環境倫理学の視点から 環境科学を考える 伊勢田哲治 名古屋大学大学院 情報科学研究科助教授 iseda@is.nagoya-u.ac.jp
この講演の問題設定 学際領域としての環境科学全体をどのようにイメージするべきなのか 環境問題を見るための大枠の視点としてどういう視点が要求されるのか
モード論 ギボンズによって提唱された考え方 モードI 科学 モードII 科学 学術的な関心によって組織される科学 それぞれの学術分野の内部で研究可能 物理学、生物学など モードII 科学 実際的な問題解決のために組織される科学 学術分野を横断した協力が必要 工学(製品開発)、環境科学など
モードII科学としての 環境科学 環境科学を構成する三つの要素 現状の 把握 問題点の 認識 対策
モードII科学としての 環境科学 例:化学物質の環境リスク 現状の把握 物質の特定----化学 毒性の評価----生化学、医学 暴露量の評価----疫学、生態学、社会学 リスクへの態度----社会学、心理学
モードII科学としての 環境科学 例:化学物質の環境リスク 対策 排出規制をする----法学的、経済学的対策 排出量を減らす----工学的、教育学的対策 暴露量を減らす----生態学的、心理学的、社会学的対策 予防、事後的な治療→疫学的、生化学的、医学的対策
モードII科学としての 環境科学 現状を把握する上でも対策を考える上でも何が問題かを理解するのは重要 何を問題と考えるかで、何をどう調べるかが変わってくる さまざまな対策はお互いに関係しあうので、全体としての統一を確保する必要がある
モードII科学としての 環境科学 しかし何を問題とみなすかは人によって違う →統一的な視点を持たない環境科学は機能不全に陥る危険性をはらむ
モードII科学としての 環境科学 環境科学を構成する三つの要素 現状の 把握 問題点の 認識 対策 接着剤としての 環境倫理学的視点
環境倫理学とは 環境問題についての倫理学的分析 本当に維持すべき「よい環境」とは何か ←自然科学的手法では答えられない ←単なる社会調査にも還元できない しかし理性的な議論が不可能なわけでもない
よい環境についての 様々な考え方 未来世代をどこまで考慮に入れるか 人間中心主義 vs. 有感主義 vs. 生態系中心主義 環境正義を取り入れるか否か
よい環境についての 様々な考え方 未来世代をどこまで考慮に入れるか 住みやすい環境や資源については先に来た現在世代の我々に優先権があるのか いつ生まれるかに関わらず誰もが権利を平等に持つのか
よい環境についての 様々な考え方 人間中心主義vs. 有感主義 vs. 生態系中心主義 環境のよしあしはあくまで人間への影響で測られる(人間中心主義) 人間以外の感覚をもつ生物への影響も考慮に入れるべき(有感主義) 生態系そのものの価値も考慮に入れるべき(生態系中心主義)
よい環境についての 様々な考え方 環境正義を取り入れるか否か 環境正義=環境汚染についての受益者負担(汚染によって利益を得るものと汚染の被害を受けるものは同じでなくてはならない) 環境を総体としてよくすればよいという考え方との対比
環境倫理学は価値観の対立を どう処理するか 理性的な議論による擦り合わせ 環境プラグマティズム 選好の平等な配慮に基づく調停
理性的な議論による 擦り合わせ 環境問題に限らず、価値観の違う者同士の議論においても理性的な議論は可能 曖昧なところの明確化 整合性の要求 共通の土台の発見
理性的な議論による 擦り合わせ 曖昧なところの明確化 非現実的な立場ではないか (未来世代との平等性の要求など) 一見違うように見えた立場が実は同じだということもありうる (生態系をなぜ現状のまま維持するのかの根拠は実は人間中心主義的でありうる)
理性的な議論による 擦り合わせ 整合性の要求 同じ原則をいろいろな場面にあてはめて矛盾やおかしなところは生じないか (人間だけを諸生物の中で特権化する根拠はあるのか、その根拠は女性差別や人種差別と同根のものではないのか) (環境正義の実現が環境の全体としての悪化につながってもかまわないと考えるのか)
理性的な議論による 擦り合わせ 共通の土台の発見 お互いの立場を比較するために関係者全員が一致して受け入れることのできる決定方法や一般原則はないか (われわれの子供の世代の利害をまったく考慮する必要がないと言う人はまずいない、等)
環境プラグマティズム 唯一の正しい価値観があるという前提をすてる 異なる価値観の持ち主が合意に達する民主的な手続きとして論争を理解 →手続き的正義による価値観の擦り合わせ
選好の平等な配慮に 基づく調停 関係する人々の環境問題に関する価値観(選好)を平等に配慮 選好の強さに応じて重み付けする(一種の功利主義的手法) 人々の選好をもっともよく満足する解決法を探す →実質的正義による価値観の擦り合わせ
まとめ モードII 科学としての環境科学を体系づけるには問題点の認識が重要 しかし目標となる地点が何かについては多様な価値観があるのが現状 環境倫理学はこの問題について簡単な正解は与えないが、取り組むための指針や少しでもましな解答を出す方法を与える