林業地域に残された広葉樹林の役割 針葉樹で造林された林業地域にも広葉樹林が残されています。そのような広葉樹林が森林生態系で果たしている役割を生物の働きから明らかにし、林業地域の生物多様性の保全を考えます。 講師 永光輝義(森林遺伝研究領域)
日本の森林面積の42%が人工林 1950-1980年の拡大造林により、 英国に次ぐ世界2位の人工林面積率に達した 平成25年度林業白書
2千年間の日本の土地利用の変化 原生林が減り、農地や都市になり、 原野と草地が人工林になった 面積(千万ha) 森林性鳥類の種数 西暦 O原生林 M二次林 C原野 P人工林 G草地 A農地 ONFその他 面積(千万ha) 森林性鳥類の種数 西暦 原生林が減り、農地や都市になり、 原野と草地が人工林になった Yamaura et al. (2012)
原野と 草地の 消失= 狩猟牧畜・採草薪柴の衰退と 針葉樹造林 産業と生活の様式の変化と木材需要の増加
生物多様性の3つの危機のひとつ 第2の危機(アンダーユース): ヒトによる手入れや利用が減ったことによる 吉田信代(東北農研セ) 第2の危機(アンダーユース): ヒトによる手入れや利用が減ったことによる 動植物の過剰な増減(生態系のバランスの移行)
人工林面積は増えて安定したが、 1970年から伐採量は減った 供給量(千万m3) 自給率(%) 総量 板材 パルプチップ 合板 薪炭 外国材 国産材 高樹齢化し、伐採地や若齢林が減った Yamaura et al. (2012)
1980年から木材価格が低下し 伐採できない 平成25年度林業白書
2000年から製材物など木材需要が減少 1950-1970年に倍増、1970-2000年に安定 需要量(千万m3) 総量 板材 パルプチップ 雑チップ 合板 薪炭 1950-1970年に倍増、1970-2000年に安定 Yamaura et al. (2012)
将来の製材需要の低下により 半分以上の人工林面積は不要に 板材と合板の国内需要は約30百万m3/年(2012) 人工林の有効材蓄積速度は約6m3/ha年 需要を蓄積が満たす人工林面積は30/6=5百万ha 人工林面積は10.3百万ha(2012) Yamaura et al. (2012)
生産木材の価値を上げ(外国材は国産材より高いので伸びしろあり)、 価格と伐採(輸出)量を上げる または、 人工林の公益的価値を上げ、 維持管理し天然林化する
人工林面積のほとんどが針葉樹 スギ44%、ヒノキ25%、カラマツ10% 平成25年度林業白書
広葉樹天然林が混在する林業地域 拡大造林の際に尾根や谷に保残帯を設けた 造林しにくい場所に林を残した 不成績造林地となった 薪炭林として使われていた 土地所有権のため造林できなかった 保護林や公園として保全されていた
広葉樹天然林が混在する林業地域の 森林の公益的機能 山地災害防止と水源涵養の機能は、 針葉樹と広葉樹とで大きな違いはないとされる ただし、多くの針葉樹人工林は劣化しているので 広葉樹天然林の混在は公益的機能を補う
広葉樹天然林が混在する林業地域の生物多様性保全の機能 2010年に名古屋で 開催された 第10回生物多様性条約締約国会議で注目され、 SATOYAMAイニシアティブなどの活動が展開された
愛知目標 長期目標 2050年までに 「自然と共生する世界を実現する」 短期目標 2020年までに 「生物多様性の損失を止めるために 効果的かつ緊急な行動を実施する」
20の個別目標(5) 「森林を含む自然生息地の損失が少なくとも半減、 可能な場合にはゼロに近づき、劣化・分断が顕著に減少する」 木材自給率の上昇や認証木材の利用、海外植林の推進により、 木材輸入による海外での森林損失を減らす アンダーユースによる生息地損失を防ぐため人為的に関与する
20の個別目標(11) 「陸域の17%、海域の10%が保護地域等により保全される」 人工林を含む林業地域の一部を保護地域に組み入れる 漁業海域の保護区域への組み入れ(知床世界遺産)
かつての植林地が天然林に 熊本県菊池渓谷:江戸時代に植林されたが、現在は美しい渓谷林になっている
混在する天然林を活かして、 人工林の公益的価値を上げ、 生物多様性保全機能を発揮させ、 最終的には天然林化する 混在する天然林を活かして、 人工林の公益的価値を上げ、 生物多様性保全機能を発揮させ、 最終的には天然林化する
林業地域において広葉樹天然林が 生物多様性を保全する機能 茨城県北部をモデル地域にして 広葉樹天然林と針葉樹人工林とを比較する
森林性鳥類 針葉樹人工林(青) の海に浮かぶ 広葉樹天然林(緑) の島 天然林(島)の面積によって鳥の種数は増加するか? Yamaura et al. (2009)
森林性鳥類は 広葉樹林の面積とともに 種数が増える 渡りの時期(冬) 繁殖の時期(夏) 面積+1(ha)の自然対数 面積+1(ha)の自然対数 Yamaura et al. (2009)
ハナバチ(昆虫) 針葉樹人工林 広葉樹天然林 Taki et al. (2013)
単独性ハナバチは 広葉樹林で多く、 林齢とともに減る 個体数 種数 ○人工林 ●天然林 林齢(年) 林齢(年) Taki et al. (2013)
社会性ハナバチは林齢とともに増え、 人工林と天然林で 差がない 個体数 ○人工林 種数 ●天然林 林齢(年) 林齢(年) Taki et al. (2013)
広葉樹天然林は針葉樹人工林より 生物多様性が高い傾向がある 例外を除き、多くの生物群で、 天然林は人工林より種数と個体数が多い (広葉樹を好み、人為撹乱に弱い種が多い) 林齢が若いと種数と個体数が多い (遷移初期種が多い)
動物と植物とのかかわりあいは? 訪花と花粉媒介(送粉)で結ばれたハナバチとサクラ
研究の目的 訪花 送粉 採餌と営巣 交配と結実 ハナバチ サクラ 景観構造 人工林と天然林の面積と配置
研究のデザイン ハナバチの採餌と営巣 樹木や林内の要因 ハナバチの数量と組成 景観構造の要因 サクラの 結実と交配 ツツハナバチの 野外営巣実験 開花木・毎木調査 ハナバチの採餌と営巣 樹木や林内の要因 ハナバチの数量と組成 バケツトラップ による捕獲 景観構造の要因 サクラの 結実と交配 植生図のGIS解析 カスミザクラ種子の遺伝解析
18 バケツトラップ (2012黄丸12サイト、 2013白丸と黄丸14サイト) 19 カスミザクラの結実交配 (2012, 2013 茨城県北部の15km四方の林業地域 18 バケツトラップ (2012黄丸12サイト、 2013白丸と黄丸14サイト) 19 カスミザクラの結実交配 (2012, 2013 緑線12サイト) ツツハナの 営巣実験 (2013 白丸と黄丸 14サイト) 黒が広葉樹林、グレーが針葉樹人工林
バケツトラップで昆虫を捕獲し、 ハナバチの数量を測る
単独性ハナバチは広葉樹林面積とともに増えるが、マルハナバチは増えない 2012 2013 2012 2013 個体 数 重量 広葉樹林面積 広葉樹林面積
ツツハナバチの採餌と営巣 複数雄と12雌の繭を入れた120本の巣筒を4つ設置して、営巣させた。 営巣した筒を調べ、巣数、巣あたり子の数、子あたり貯食重量から総貯食重量を求めた。
ツツハナバチは広葉樹林面積とともに貯食量を増やす 巣あたり子数 総貯食量 子あたり貯食量 巣数 広葉樹林面積
カスミザクラの結実と交配 結実期に12母樹から枝を採集 枝先の花序痕と果実数を記録 果実の湿重と食害を測定 葉の葉緑素濃度SPADを測定 16以上の果実の胚の生死を記録 枝の葉と16果実の胚からDNAを抽出し8座のSSR遺伝子型を決定 2012と2013年に、12サイトのルート(長さ200-500 m)で、すべての開花木の位置と幹周囲を記録
結実の変数の分布と年変動 花序あたり果実数 果実重(mg) 種子充実率
交配の変数の分布と年変動 自分自身との交配を自殖、他個体との交配を他殖という 他殖において、相手との血縁度が高い交配を近親交配という 他殖率 両親の血縁度 父親構成の単純性 自分自身との交配を自殖、他個体との交配を他殖という 他殖において、相手との血縁度が高い交配を近親交配という 子の間で父親が一致する確率を父性相関といい、父親数の逆数となり、父親構成の単純性を示す
広葉樹林面積が増えると、種子が充実し、 近親交配が減り、 父親数が増える 種子充実率 両親の血縁度 広葉樹林面積率 広葉樹林面積率 広葉樹林面積が増えると、種子が充実し、 近親交配が減り、 父親数が増える 父親構成の単純性 広葉樹林面積率
まとめ ハナバチの採餌と営巣 樹木と林内の要因 ハナバチの数量と組成 景観構造の要因 サクラの 結実と交配 高標高で巣あたり子数が少ない。 成熟した林で巣数が多い。 50ha以内の広葉樹林が広いと貯食が増える マルハナバチ数量:女王蜂は林内・景観要因と独立し、働き蜂は500haの広葉樹林が広いと減る。 樹木と林内の要因 クリやカスミザクラが優占すると増える ハナバチの数量と組成 10ha以内の広葉樹林が広いと増える 景観構造の要因 開花木密度が高いと父親数は多い 結実は母樹の資源に制約され高標高で高い。近親交配は避けられている。 種子充実(5ha)と交配多様性(100-500ha)は広葉樹林が広いと高い サクラの 結実と交配
まとめ 送粉機能の景観依存性:広葉樹林が広いと、ハナバチの営巣が盛んになり、その数量が増え、サクラの種子の発育と交配の多様化を促進する 送粉機能の要因多様性:景観構造でない要因、林内環境がハナバチの営巣・数量に、開花木密度がサクラの交配に影響している 送粉機能の頑健性:景観構造や林内環境とは別にマルハナバチの数量とサクラの結実量が決まり、自家不和合性により自殖が回避されている
林業地域に残された広葉樹林の役割 日本では、原野や草地が減り、高齢人工林が増え、生態系のバランスが崩れています 将来の木材需要の減少により、人工林の半分以上は木材生産のために不要になり、公益的機能が求められます 日本では、針葉樹人工林が広葉樹天然林と混在し、林業地域で生物多様性を保全することができます 林業地域の生物多様性の保全には、広葉樹天然林を適切に配置することが重要です
謝辞 石金卓也・前田孝介・峰翔太郎・村尾未奈 (東京農業大学) 加藤珠理・滝久智・菊地賢 (森林総研)