社会受容論考 -「元の身体に戻りたい」と思う要因についての検討 をめぐる「社会受容」概念についての一考察-

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社会受容論考 -「元の身体に戻りたい」と思う要因についての検討 をめぐる「社会受容」概念についての一考察- 社会受容論考 -「元の身体に戻りたい」と思う要因についての検討 をめぐる「社会受容」概念についての一考察- 第33回日本保健医療社会学会 2007年5月20日 立命館大学大学院先端総合学術研究科 田島明子 所属なんですが、抄録に書いてあります他に、都内介護老人保健施設で作業療法士として勤めております。

はじめに リハビリテーション領域では、「障害受容」は支援の目的となる重要な概念である。 「障害受容」については、上田[1980]の定義が大きな影響力を有してきた。 しかし、昨今、上田[1980]の「障害受容」に対する批判がなされるようになってきた。 なかでも、南雲の「社会受容論」は、他者・社会のあり様に視点のシフトを促した点で画期的だった。

社会受容論の概略 自己受容と社会受容 社会受容問題の1つの定式化として、ゴフマンのスティグマ論を紹介 ハーバート・ブルーマーのシンボリック相互作用論を援用しつつ、「相互作用」において形成される「意味」が社会的アイデンティティに与える影響力を指摘 ↓ 社会受容論とは・・・   ・障害を持つ人に対する他者や社会からの「排除」を問題の主眼   ・なぜなら、孤立化がその人に苦しみを生じさせ、適切な社会的アイデンティティの構築に支障をきたすから ・社会受容の具体的実践として、自立生活センターなどの自助グループに求めた ・南雲先生は、障害を持ったときに生じる“心の苦しみ”を2つに分け、1つが、“自分自身の苦しみ”、もう1つが、“他人から負わされる苦しみ”としました。そして、これまでの日本の障害受容論には第2の苦しみが抜け落ちてきたことを指摘し、第1の受容を自己受容、第2の受容を社会受容としました。 ・そして、社会受容問題の1つの定式化として、ゴフマンのスティグマ論を紹介しています。なぜスティグマ論に着目したかと言えば、スティグマ論が、社会の障害に対する見方や態度を示し、それが、障害を持つ人の社会的アイデンティティの形成に大きく影響を及ぼすという理由からです。問題とされる社会の見方や態度というのは、端的に言って「排除」です。 ・また、社会受容の具体的実践として、自立生活センターなどの自助グループに求めたことも、この論の1つの特徴だと思います。

社会受容論に対する3つの疑問 疑問1:苦しみは、他者や社会の態度からのみ生じ るものか 疑問1:苦しみは、他者や社会の態度からのみ生じ     るものか 疑問2:社会受容論における排除/受容の2項関       係では、承認や肯定の重要性が見過ごされ       がちになるのではないか 疑問3:障害で苦しむ人がいたとして、自助グループ     を形成するというような方法が唯一の解とは     ならない可能性があるのではないか そうした、社会受容論ですが、演者には、3つの疑問が生じました。

本研究の目的 ↑ 社会受容論に対する 3つの疑問を検討すること 「元の身体に戻りたい」と涙する事例 へのインタビュー結果を通して          ↑ 「元の身体に戻りたい」と涙する事例  へのインタビュー結果を通して ・そこで、本研究では、都内の介護老人保健施設で演者が作業療法の担当をした事例へのインタビューの結果を通して、この3つの疑問について検討していくことにしました。 ・この方にインタビューを行った理由としましては 1つは、訓練中に、現在の身体を否定し、涙する様子が多く見られたこと、 2つめは、演者との信頼関係がある程度できており、率直な語りが得られると考えられた、 ことの2点があげられます。

事例紹介 野中さんと演者との関わり 野中さん(仮名、女性、54歳) 事例紹介 野中さんと演者との関わり 野中さん(仮名、女性、54歳) 夫と子どもの3人暮らし。夫が野中さんの実家の家業を継ぎ、野中さんは家族の世話と同時に、家業の経理も担当 平成16年5月、左視床出血により右片麻痺を呈し、T病院入院 T病院外来通院におけるリハビリテーションを経て、演者の勤務する介護老人保健施設利用となる 演者は、野中さんの作業療法を担当

インタビュー方法 インタビュー日時:退所日が近い平成17年6月28日、13時30分~15時まで1時間30分程度実施 インタビュー場所:当施設内の、人の出入りのない静かな一室 インタビュー方法:   1) 野中さんには事前に「施設生活の不満やリハビリテーションに    関すること、障害に対する今の気持ち等、どんなことでもよいか    ら野中さんの現在の心情を聞かせてほしい」とインタビューの依    頼を行った   2) インタビューは、特に質問票は用意せず、自由面接法により自    由に語ってもらった 個人情報取り扱いに対する倫理的配慮:   インタビュー内容の録音について、また、インタビュー内容は本人が特定できないよう加工し、学術的な使用以外には一切用いないことの説明を行い、了解を得た。さらに、草稿が完成した段階で草稿に目を通してもらい、文章内における個人情報の扱いについて、御本人の希望どおり修正を行った

分析対象と方法 分析対象: 分析方法: 1)「元の身体に戻りたい」と思う背景要因としての価値意識や規範意識を探るために  1)「元の身体に戻りたい」と思う背景要因としての価値意識や規範意識を探るために  2)相互行為や関係性に焦点化し  3)価値意識や規範意識に関する逐語録部分を抽出し、分析の対象とした 分析方法:   重複する内容の逐語録は、よりその内容を説明出来る逐語録を掲載、逐語録から得られた情報は、すべて記録に反映した。

インタビューの結果 発障前の生活 脳出血を起こしたとき 心情 夫との関係 他の利用者とのかかわり インタビューの結果ですが、・・・・・・の5つの項目に分けて、整理をしています。詳しい内容につきましては、お手元にお配りしております資料をご覧いただければ、と思います。

考察1 野中さんの価値意識・規範意識 「よい妻」「よい母」であるべきという規範意識が強い。 考察1 野中さんの価値意識・規範意識 「よい妻」「よい母」であるべきという規範意識が強い。 「よい妻」「よい母」を実践してきた自分には自己肯定感を有している。 「自分でできることがよい」-「相手に迷惑をかけることは悪い」という価値観を形成し、自己規範化している。 野中さんと夫との関係は、これまで、支配―被支配的関係と言えるほど、夫の意向が優先されてきたようだ。 野中さんの価値意識・規範意識について、特徴となるところを整理しますと、次の点が明らかになりました。

考察2 野中さんの心的状況 ~「価値」の内実~ 考察2 野中さんの心的状況        ~「価値」の内実~ 「~すべき(それがよい)」という価値観(価値a)は、野中さんにとって重要な他者(夫、家族)からみて自己を肯定的に位置づけ、良好な関係を形成するべく自己を形成するための自己規律装置 身体状況A→Bに変化 価値aは、身体Bを否定的にみる 身体Bを肯定できる価値bが創出できればよいが… 価値bに移行できない理由:   ・野中さんにとって重要な他者の視点による自己の肯定性 を保障できない   ・自己の肯定性を保障できる価値bがみあたらない

考察3 社会受容論の批判的検討1 疑問1:苦しみは、他者や社会の態度からのみ生じ るものか 考察3 社会受容論の批判的検討1 疑問1:苦しみは、他者や社会の態度からのみ生じ     るものか 野中さんの苦しみの発生要因は、他者や社会の態度や見方が直接的な原因としてあるわけではない ポイントとは3つ。(1)(野中さんにとって)重要な他者とのこれまでの関係のあり方、(2)関係性における行動の指針となる価値意識や規範意識の存在、(3)その価値意識や規範意識が現在の身体(能力)をどうみるか ・そうした結果を受け、社会受容論に対する、まず1つの疑問を検討していきます。 ・ちなみに、資料には記載していないですが、夫やご家族は、御本人の受け入れを拒否するどころか、むしろ、過保護なくらいで、とにかく、家にいてさえくれればいい、とそういった態度でしたが、 疑問1は、~ということでしたが、 ① ② ・むしろ、野中さんの苦しみは、他者や社会を迂回して、図らずも、自己が自己を苦しめてしまっている、という図式で捉えられるかと思います。

考察3 社会受容論の批判的検討2 野中さんにとって、妻や母としての役割や仕事は、自己の肯定性を保障するための手段として必要 考察3 社会受容論の批判的検討2 疑問2:社会受容論における排除/受容の2項関係では、承認や肯定の重要性が見過ごされがちになるのではないか 野中さんにとって、妻や母としての役割や仕事は、自己の肯定性を保障するための手段として必要 受容や参加によって苦しみが軽減するのではなく、苦しみの軽減は受容や参加の「あり方」に規定されると考える 承認や肯定の観点から、受容や参加の実質を確定していくことがむしろ重要 次に2つめの疑問、~ですが… ① ・資料にはないですが、ご主人は、再発を恐れて、なるべく、御本人に無理をさせたくないので、御本人はできることはやりたい気持ちがあるんですが、家事一切、とにかくやらせない、という状況でしたけれども ・ただ、御本人は、「やらせてあげる配慮」からある役割を行えたとしても「やらせてもらっている」感覚が拭えない、つまり、自己の肯定性が得られないわけですから、受容や参加の「あり方」が重要なのではないか ③ですから、

考察3 社会受容論の批判的検討3 疑問3:障害で苦しむ人がいたとして、自助グルー     プを形成するというような方法が唯一の解     とはならない可能性があるのではないか 自助グループは、 現在の身体状況を肯定できる価値を発見・創出・共有できる他者との出会いの場である可能性はあるが、その価値は、長年を経た夫婦や家族の関係のなかから生成されてきた価値とは異なるものであり、夫や家族との関係において摩擦、あるいは亀裂を生じさせる可能性がある ・疑問3は、~ですが、 ・逆に、でも、価値の多様性をうまく活用して、これまで以上に、夫婦や家族との関係を柔軟に築ける可能性もあるかも知れません。その辺は、セルフ・ヘルプ・グループのアウトカム研究について、さらなる実証研究が必要になってくるところではないかと考えます。

いづれにせよ、価値転換の困難はある、というのが今回の話し… 考察4 価値転換の困難=支援の困難   障害受容論      社会受容論 (障害に対する)価値観を-から+にしましょう SHG に期待 個人の変容 に期待 方法論違い ・最後に支援の問題につなげたいと思いますが ・障害受容論、社会受容論とも、障害に対する価値観を-から+へ変えましょう、ということでは同じ論理構造を持っているわけですが、方法論に違いがあるわけです。 ・ただ、今回の話ですと、どちらにしても、価値転換の困難があることが示されたわけです。 ・少なくとも、価値転換の困難性を前提に、支援のあり方を考えていく必要があるだろう ・例えば、「価値転換」というのは、それによってなにかを失うこともあるわけで、そうした得失の問題なども含めて、今後、現実に即した理論・実践の構築をしていくことが重要なのではないかと考えます。 しかし いづれにせよ、価値転換の困難はある、というのが今回の話し…