Lawsonia菌による豚の回腸および大腸粘膜の肥厚を特徴とする疾病

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Lawsonia菌による豚の回腸および大腸粘膜の肥厚を特徴とする疾病 腸腺腫症候群 Lawsonia菌による豚の回腸および大腸粘膜の肥厚を特徴とする疾病

腸腺腫症候群 腸腺腫症候群は、離乳後肥育期の豚に発生し、小腸および一部大腸粘膜の過形成による肥厚を特徴とする急性あるいは慢性の疾病群であり、豚増殖性腸炎(PPE, porcine proliferative enteropathy )とも呼ばれる 。 粘膜の出血により多量の血便を排泄し、貧血を伴い急性経過で死亡する病型を増殖性出血性腸炎(PHE, proliferative haemorrhagic enteropathy )と称することもある。 臨床所見の違いから、慢性型の病型を増殖性腸炎あるいは腸腺腫症、急性型の病型を増殖性出血性腸炎として区別することが多い。 従来、病変部から分離される数種のカンピロバクターが原因菌として疑われていたが、偏性細胞寄生性の新菌種Lawsonia intracellularis が真の起因菌であることが明らかとなった。 増殖性出血性腸炎の病型を除いて、臨床症状に乏しく、間歇性の下痢、血便、発育不良がみられる程度である。

原因菌 増殖性腸炎の起因菌であることが確定した偏性細胞寄生性菌は、その後分類学的位置づけがなされ、デスルフォビブリオ科Desulfovibrionaceaeに属する新菌種Lawsonia intracellularis と命名された(McOristら、1995)。 Lawsonia intracellularis はグラム陰性、大きさ1.25~1.75μm ×0.5~1.5μmの湾曲桿菌で、鞭毛および線毛はなく、チール・ネルゼン染色で抗酸性を示す。 偏性細胞内寄生性で、腸管粘膜上皮細胞内でのみ増殖し、組織培養でのみ分離されている。 現在は、人工寒天培地での分離および培養には成功していない。

腸腺腫症候群の症状Ⅰ 増殖性腸炎は6~24週齢の離乳後肥育豚に発生するが、多くの例では臨床症状はきわめて少なく、発育不良、食欲不振まれに軽度の下痢がみられる程度である。 豚群で蔓延化した場合、発見は難しい。 そのような豚群においては、発育は良好であったが徐々に食欲不振に陥り消耗している豚、不定期性下痢を呈する豚、動作が緩慢で横臥することが多い豚は本病に罹患している可能性がある。 豚群での平均増体量、飼料効率の低下がみられた場合も本病を疑う必要がある。

腸腺腫症候群の症状Ⅱ 増殖性出血性腸炎は、肥育中期から後期あるいは繁殖豚での発生が多く、急激な腸管内出血と重度の貧血がみられるのが大きな特徴であり、大量のタール様血便を排泄し、体表は貧血により蒼白化する 。 発症豚の死亡率が50%にのぼることもあるが、耐過した場合は比較的短期間に回復する 。 と畜場で腸腺腫症あるいは増殖性腸炎として摘発される豚は、農場での顕著な臨床症状はみられず慢性に経過した罹患豚と急性の増殖性出血性腸炎に耐過した回復豚が混在しているものと考えられる。

腸腺腫症候群の病変Ⅰ タール様の血便を大量に排泄し、急性経過で死亡した豚では各臓器での貧血と体表の蒼白化が特徴である.回腸から回盲部にかけては血液塊が、大腸には血液と未消化物を混じた多量の黒色タール様内容物が充満する。 腸管粘膜の肥厚と皺壁形成がみられるが出血部位は明らかでない。 と畜場で摘発されることが多い慢性型の病型では、回腸末端部のホース状の腫大と腸間膜の水腫がみられるのが一般的である.回腸病変は回盲部から上部へ数10 cm程度のものから5 mにおよぶものまで様々である.回腸粘膜は著しい肥厚を呈し、多くの例では表面に炎症性滲出物が付着し偽膜が形成される .一部では肥厚した粘膜表面にヒモ状の血液凝固物がみられることもある.

腸腺腫症候群の病変Ⅱ と畜場で摘発されることが多い慢性型の病型では、回腸末端部のホース状の腫大と腸間膜の水腫がみられるのが一般的である。 回腸病変は回盲部から上部へ数10 cm程度のものから5 mにおよぶものまで様々である。 回腸粘膜は著しい肥厚を呈し、多くの例では表面に炎症性滲出物が付着し偽膜が形成される。 一部では肥厚した粘膜表面にヒモ状の血液凝固物がみられることもある。

腸腺腫症候群の病変Ⅲ 組織学的所見は、粘膜の肥厚は、陰窩上皮細胞の腺腫様過形成によるものであり、粘膜は伸張、拡張あるいは枝分かれ構造をもつ陰窩からなっている。 拡張した陰窩腔内に細胞頽廃物が貯留した陰窩膿瘍もしばしばみられる。 過形成した陰窩上皮は未分化で丈が高く、糸巻き状に濃染する有糸分裂像が観察され、重層化することが多い。 過形成した陰窩上皮細胞の細胞質の核上部にはWarthin-Starry染色あるいは電子顕微鏡による観察で、弯曲した桿菌が多数観察される。 この弯曲菌は過形成した陰窩上皮内にのみ存在し、陰窩腔、粘膜固有層、管腔内ではほとんどみられない。

腸腺腫症候群の診断 細菌学的診断 病理学的診断 増殖性腸炎の診断には、原因であるL. intracellularis の存在を証明することが必要であるが、本菌が偏性細胞寄生性菌であるために、発症豚の糞便あるいは病変部からの分離による直接証明を通常の診断施設で行うのは困難である。 L. intracellularis に対する高度免疫抗血清またはモノクローナル抗体を用いた蛍光抗体法、PCRによる検出が実用的な方法である。 現在では、糞便又は粘膜病変部を材料としたnested PCRによるL. intracellularis 特異バンドの検出が一般的である。 血清学的診断法としては、全菌体抗原を用いた間接蛍光抗体法あるいはELISA法が開発されている。 病理学的診断 細菌学的、血清学的診断法は確立されているものの、特殊な試薬、機器あるいは施設を必要とするため、確定診断は、病理組織学的診断とPCRによるL. intracellularis 検出が主体となる。 本病の診断は、臨床所見、肉眼所見および病理組織学的所見によってほぼ確実に行える。 その際には、細胞内微生物(L. intracellularis)の存在をWarthin-Starry染色によって証明するのが実際的であろう。

腸腺腫症候群の予防・治療 増殖性腸炎は多くの場合臨床所見に乏しいため、養豚場において重要な疾病として認識されることは少ないが、発育遅延、飼料効率の低下による経済損失は無視できない 。 本病の豚群での感染は、発症豚の糞便を介して経口感染が主体であるため、一般的な衛生管理の徹底が予防の基本となる 。 予防および治療には主にタイロシンを使用するが、チアムリン、クロルテトラサイクリンも有効とされている. 欧米では、経口生ワクチンがすでに応用されており、我が国でも使用が承認され、現在は使用されている。