I. 信託の基礎 日弁連夏季研修広島会場「信託」

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I. 信託の基礎 日弁連夏季研修広島会場「信託」 2011年7月28日 寺本振透* * 九州大学大学院法学研究院教授、弁護士

I. 信託とは?

I.A. あるところに... あるところに、たいへんお金持ちで、孫をたいそう可愛がっているおばあさんが住んでおりました。

おばあさんの息子(つまり、孫のお父さん)は、たいへんな遊び人でした。 彼の妻(つまり、孫のお母さん)は、夫に愛想を尽かして、遠い国に行ってしまいました。

ああ、どうしよう! おばあさんは悩みました。 このまま私が死んでしまうと、私の財産を、遊び人の息子がすぐに使い果たしてしまうにちがいない。ドラ息子はともかく、孫が路頭に迷うのでは、死んでも死にきれません。 財産を孫に相続させても、ドラ息子が勝手に使ってしまうのは、わかりきっている。 誰か信頼できる方に私の財産を預けたって、ドラ息子がそれを引き出してしまえば、同じこと。 ああ、どうしよう!

信託は頭痛の特効薬。 そうだ! 正直で思慮深い弁護士さんに私の財産の権利を移してしまおう! そうすれば、ドラ息子は、もう財産に手がだせない。だって、それは、既に、弁護士さんの財産なんだから! 弁護士さんは、きっと、孫のために、財産を使ってくれますよ!

遊び人の父 (ドラ息子) 受託者 孫のために 適切に、 運用、管理、利用 財産 委託者 受益者 (未成年の子(孫)) (資産家である祖母) (正直で思慮深い弁護士) 遊び人の父 (ドラ息子) 受託者 孫のために 適切に、 運用、管理、利用 財産 委託者 受益者 (未成年の子(孫)) (資産家である祖母)

I.B. おばあさんの考えを法律的に表現すると... 財産権を他人(正直で思慮深い弁護士)に移転する。 財産権を移転しておかないと、おばあさんの相続人、相続人の債権者などが、財産に手を出すことを防げない。 その他人(正直で思慮深い弁護士)は、財産を、自分自身のためではなく、おばあさんの意図通りに、運用し、管理し、利用することが期待されている。

I.B. おばあさんの考えにはどんな法的リスクがありますか?

“他人” がいつまでも正直で思慮深いとは限らない。 どんなに正直で思慮深い人でも、大金を持つと、誘惑に打ち勝てず、自分のために使ってしまうかもしれない。 “他人” が忠実で思慮深くあり続けることを義務づける法制度が必要。

“他人” にも債権者が存在するはず。 財産権が “他人” に帰属した以上、“他人” の債権者は、その財産を、引当財産だと考えてしまう。 信じて託された財産を、“他人” の債権者から守る法制度が必要。

“他人” が破産するかもしれない。 正直で思慮深い“他人” といえども、事業に失敗して破産することが絶対にないとはいえない。せっかく信じて託した財産が破産財団に組み込まれて債権者への配当にまわされたのでは当初の目的が達成されない。 信じて託された財産を、 “他人”の破産から隔離するための法制度が必要。

“他人” が死ぬかもしれない。 正直で誠実な弁護士さんの相続人(例えば、夫)は、トンデモナイ悪徳弁護士で、信じて託された財産を使ってしまうかもしれない。 信じて託された財産を、相続財産から除外する法制度が必要。

財産権が移転するときに税金がかかると困る。 ふつうに考えると、莫大な財産が “おばあさん” から “弁護士さん” に移転したのだから、譲受人たる “弁護士さん” に課税可能な所得が発生したように見える。だが、 “弁護士さん” は、自身では何の利益も得ていないのに、課税されても困る。 利益を得る孫はともかくとして、弁護士さんに課税されないような税制が必要。

以上が、信託制度のessenceです。 おばあさん:委託者 弁護士:受託者 孫:受益者 他人を信頼して財産を託する。 信頼にこたえて、財産を管理、運用する。 孫:受益者 恩恵に浴する。

II. 信託は何の役に立つのか? -信託の特徴と機能-

II.A. 信託の特徴 特定された財産を中心とする法律関係である。 受託者が財産権の名義者となる。 受託者に財産の管理・処分の権限が与えられる。 受託者の管理・処分の権限は排他的である。 受託者の権限は自己の利益のために与えられたものではなく、それは他人のために一定の目的に従って行使されなければならない。 法律行為によって設定される。 四宮和夫『信託法』(有斐閣、新版、1989年)7-14頁

II.A.1. 特定された財産を中心とする法律関係である。 (代理) (信託) 代理人 受託者 財産は 本質的要素 ではない。 財産が委託者 から受託者に 移転する。 本人 または 委託者

II.A.2. 受託者が財産権の名義者となる。 (代理) (信託) 受託者 代理人 財産は受託者名義 財産は本人名義 本人 または 委託者

II.A.3. 受託者に財産の管理・処分の権限が与えられる。 代理人 (代理) 受託者 (信託) 売却権限が 無いのに売却 すると無権代理。 売却できる。 本人 または 委託者

II.A.4. 受託者の管理・処分の権限は排他的である。 (代理) 代理人 (信託) 第三者 代理人を 通さずに 売却できる。 委託者は 売却できない。 本人 または 委託者

II.A.5. 受託者の権限は自己の利益のために与えられたものではなく、それは他人のために一定の目的に従って行使されなければならない。 譲渡担保権者 委託者 のため に活動 自分のため に活動 信託 譲渡担保 担保権設定者 または 委託者

II.A.6. 信託は、原則として、法律行為によって設定される。 善意取得のように、いつのまにか信託が設定されていた…ということはない。 もっとも、委託者と受託者が「信託」という言葉を明確に念頭においていなければならないわけではない。

明示的な信託契約が無い場合において、信託の存在を認定した裁判例 最一小判平成14年1月17日 判示事項 公共工事の請負者が保証事業会社の保証の下に地方公共団体から支払を受けた前払金について地方公共団体と請負者との間の信託契約の成立が認められた事例 裁判要旨 地方公共団体甲から公共工事を請け負った者乙が保証事業会社丙の保証の下に前払金の支払を受けた場合において,甲と乙との請負契約には前払金を当該工事の必 要経費以外に支出してはならないことが定められ,また,この前払の前提として甲と乙との合意内容となっていた乙丙間の前払金保証約款には,前払金が別口普 通預金として保管されなければならないこと,預金の払戻しについても預託金融機関に適正な使途に関する資料を提出してその確認を受けなければならないこと 等が規定されていたなど判示の事実関係の下においては,甲と乙との間で,甲を委託者,乙を受託者,前払金を信託財産とし,これを当該工事の必要経費の支払に充てることを目的とした信託契約が成立したと解するのが相当である

II.B. 信託の機能 次のような転換機能がある。 前掲四宮14-35頁 権利者を転換する機能 権利者の数を転換する機能 財産権の内容を転換する機能 財産の運用単位を転換する機能 前掲四宮14-35頁

II.B.1. 権利者を転換する機能 権利者の属性を転換する。 “おばあさん” から “弁護士” へ。 ふつうの市民から専門的な会社へ。 最初に掲げた例。 ふつうの市民から専門的な会社へ。 大きな屋敷の跡地を信託銀行に信託する。 有価証券を信託銀行に信託する。 死者から生者へ。 死ぬ前に、財産を信託銀行や弁護士に信託して、遺言通りに管理して使ってもらう。 外国人から内国民へ。 外国の実質株主が日本国内の会社に株式を信託することで、議決権の行使を効率よく行ってもらう。

II.B.2. 権利者の数を転換する機能 複数の権利者から、単一の権利者へ。 単一の権利者から、複数の権利者へ。 姉と弟がそれぞれ親から相続した土地の持分を信託銀行に信託して、他人に賃貸借する。 複数の投資家が一の者に金銭を信託して、大きなファンドをつくりだし、効率的に投資活動を行う(投資信託が典型)。 単一の権利者から、複数の権利者へ。 多くの財産を、得意分野に応じて様々な専門家に信託する。 一つの財産を信託して、多数の者を受益者とする。

II.B.3. 財産権の内容を転換する機能 不動産、有価証券、知的財産権等から金銭へ 金銭、不動産、知的財産権などから有価証券へ 不動産等の財産を信託銀行に信託して、金銭の交付を受ける権利に転換する。 金銭、不動産、知的財産権などから有価証券へ 種々の財産を信託して、受益権を有価証券化して、転々譲渡または管理がしやすいようにする。 複数の種類の有価証券を、一種類の有価証券へ

II.B.4. 財産の運用単位を転換する機能 零細な資金を合同運用して、意味のある効率的な投資ができるようにする。 合同運用金銭信託、貸付信託、投資信託など

II.C. 信託は、なぜ、何のために、役に立つのか 信託の機能と特徴から導き出される結論。 あるいは、その逆。 そのような目的を達成させるために、このような機能と特徴を持つ「信託」という制度がかたちづくられてきた、というべきか。

私は、その財産を、管理、運用できない! 私よりもっと上手に財産を管理、運用できる人がいるはず! 自分で財産を管理、運用するのは、面倒、あるいは不便だ! 身内が信用できない! 私自身の気が変わるかもしれない!あるいは、相手が私を信用していない! こんな少しの財産、一人で運用しても意味がない! 兄弟姉妹で喧嘩しないで!    他にもいろいろ....

II.C.1. 私は、その財産を、管理、運用できない! 住宅を信託 賃貸 収益の交付 賃料

II.C.2. 私よりもっと上手に財産を管理、運用できる人がいるはず! 金銭を信託 市場で運用 収益の交付

II.C.3.自分で財産を管理、運用するのは、面倒、あるいは不便だ! 農地を信託(とりあえず農地法は無視) 収益の交付 耕作、 収穫、 収穫物の販売

II.C.4. 身内が信用できない! 学費、生活費などを 随時交付 財産を信託 信用できないドラ息子

II.C.5. 私自身の気が変わるかもしれない! あるいは、相手が私を信用していない! 学校を成績5番以内で卒業したらお家をあげるよ。 ママは、すぐ気が変わるから信用できないな。 では、正直で誠実な 弁護士さんに お家を信託しておきましょう。 成績5番以内で卒業 したことを確認したら 財産を引渡す。

II.C.6. こんな少しの財産、一人で運用しても意味がない! 少しずつの財産を信託 まとめて運用

II.C.7. 兄弟姉妹で喧嘩しないで 賃貸による収益を 金銭で平等に交付 一つしかない 家を専門家に 信託 賃貸

III. 信託が信託であるために -受託者の義務と信託財産の保護- 現代社会においては、他人を信じて財産を託するためには、法律が、受託者に対する厳しい規律を定めるとともに、第三者から信託財産を保護する手段を用意しておく必要がある。 受託者の義務 善管注意義務 忠実義務 誠実義務 公平義務 分別管理義務 信託財産の保護 物上代位性 独立性 受託者の相続財産からの除外 受託者の債権者からの保護 受託者の破産財団からの排除 相殺の禁止

III.A.1. 善管注意義務 (受託者の注意義務) 信託法29条 受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければならない。 信託法29条  受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければならない。 2  受託者は、信託事務を処理するに当たっては、善良な管理者の注意をもって、これをしなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる注意をもって、これをするものとする。

III.A.2. 忠実義務 (忠実義務) 信託法30条  受託者は、受益者のため忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければならない。

III.A.3. 誠実義務 (利益相反行為の制限) 信託法31条 受託者は、次に掲げる行為をしてはならない。 信託法31条  受託者は、次に掲げる行為をしてはならない。 一  信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を固有財産に帰属させ、又は固有財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を信託財産に帰属させること。 二  信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を他の信託の信託財産に帰属させること。 三  第三者との間において信託財産のためにする行為であって、自己が当該第三者の代理人となって行うもの 四  信託財産に属する財産につき固有財産に属する財産のみをもって履行する責任を負う債務に係る債権を被担保債権とする担保権を設定することその他第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるもの 2  前項の規定にかかわらず、次のいずれかに該当するときは、同項各号に掲げる行為をすることができる。ただし、第二号に掲げる事由にあっては、同号に該当する場合でも当該行為をすることができない旨の信託行為の定めがあるときは、この限りでない。 一  信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき。 二  受託者が当該行為について重要な事実を開示して受益者の承認を得たとき。 三  相続その他の包括承継により信託財産に属する財産に係る権利が固有財産に帰属したとき。 四  受託者が当該行為をすることが信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合であって、受益者の利益を害しないことが明らかであるとき、又は当 該行為の信託財産に与える影響、当該行為の目的及び態様、受託者の受益者との実質的な利害関係の状況その他の事情に照らして正当な理由があるとき。 3  受託者は、第一項各号に掲げる行為をしたときは、受益者に対し、当該行為についての重要な事実を通知しなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。 4  第一項及び第二項の規定に違反して第一項第一号又は第二号に掲げる行為がされた場合には、これらの行為は、無効とする。 5  前項の行為は、受益者の追認により、当該行為の時にさかのぼってその効力を生ずる。 6  第四項に規定する場合において、受託者が第三者との間において第一項第一号又は第二号の財産について処分その他の行為をしたときは、当該第三者 が同項及び第二項の規定に違反して第一項第一号又は第二号に掲げる行為がされたことを知っていたとき又は知らなかったことにつき重大な過失があったときに 限り、受益者は、当該処分その他の行為を取り消すことができる。この場合においては、第二十七条第三項及び第四項の規定を準用する。 7  第一項及び第二項の規定に違反して第一項第三号又は第四号に掲げる行為がされた場合には、当該第三者がこれを知っていたとき又は知らなかったこ とにつき重大な過失があったときに限り、受益者は、当該行為を取り消すことができる。この場合においては、第二十七条第三項及び第四項の規定を準用する。 信託法32条  受託者は、受託者として有する権限に基づいて信託事務の処理としてすることができる行為であってこれをしないことが受益者の利益に反するものについては、これを固有財産又は受託者の利害関係人の計算でしてはならない。 2  前項の規定にかかわらず、次のいずれかに該当するときは、同項に規定する行為を固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることができる。ただし、第二 号に掲げる事由にあっては、同号に該当する場合でも当該行為を固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることができない旨の信託行為の定めがあるとき は、この限りでない。 一  信託行為に当該行為を固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることを許容する旨の定めがあるとき。 二  受託者が当該行為を固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることについて重要な事実を開示して受益者の承認を得たとき。 3  受託者は、第一項に規定する行為を固有財産又は受託者の利害関係人の計算でした場合には、受益者に対し、当該行為についての重要な事実を通知しなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。 4  第一項及び第二項の規定に違反して受託者が第一項に規定する行為をした場合には、受益者は、当該行為は信託財産のためにされたものとみなすことができる。ただし、第三者の権利を害することはできない。 5  前項の規定による権利は、当該行為の時から一年を経過したときは、消滅する。

III.A.4. 公平義務 (公平義務) 信託法33条  受益者が二人以上ある信託においては、受託者は、受益者のために公平にその職務を行わなければならない。

III.A.5. 分別管理義務 (分別管理義務) 信託法34条  受託者は、信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを、次の各号に掲げる財産の区分に応じ、当該各号に定める方法により、 分別して管理しなければならない。ただし、分別して管理する方法について、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。 一  第十四条の信託の登記又は登録をすることができる財産(第三号に掲げるものを除く。) 当該信託の登記又は登録 二  第十四条の信託の登記又は登録をすることができない財産(次号に掲げるものを除く。) 次のイ又はロに掲げる財産の区分に応じ、当該イ又はロに定める方法 イ 動産(金銭を除く。) 信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを外形上区別することができる状態で保管する方法 ロ 金銭その他のイに掲げる財産以外の財産 その計算を明らかにする方法 三  法務省令で定める財産 当該財産を適切に分別して管理する方法として法務省令で定めるもの 2  前項ただし書の規定にかかわらず、同項第一号に掲げる財産について第十四条の信託の登記又は登録をする義務は、これを免除することができない。

III.B.1. 物上代位性 (信託財産の範囲) 信託法16条  信託行為において信託財産に属すべきものと定められた財産のほか、次に掲げる財産は、信託財産に属する。 一  信託財産に属する財産の管理、処分、滅失、損傷その他の事由により受託者が得た財産 二  次条、第十八条、第十九条(第八十四条の規定により読み替えて適用する場合を含む。以下この号において同じ。)、第二百二十六条第三項、第二百二十八条 第三項及び第二百五十四条第二項の規定により信託財産に属することとなった財産(第十八条第一項(同条第三項において準用する場合を含む。)の規定により 信託財産に属するものとみなされた共有持分及び第十九条の規定による分割によって信託財産に属することとされた財産を含む。)

III.B.2.a. 信託財産の、受託者の相続財産からの除外 (受託者の死亡により任務が終了した場合の信託財産の帰属等) 信託法74条  第五十六条第一項第一号に掲げる事由により受託者の任務が終了した場合には、信託財産は、法人とする。 2  前項に規定する場合において、必要があると認めるときは、裁判所は、利害関係人の申立てにより、信託財産法人管理人による管理を命ずる処分(第六項において「信託財産法人管理命令」という。)をすることができる。 3  第六十三条第二項から第四項までの規定は、前項の申立てに係る事件について準用する。 4  新受託者が就任したときは、第一項の法人は、成立しなかったものとみなす。ただし、信託財産法人管理人がその権限内でした行為の効力を妨げない。 5  信託財産法人管理人の代理権は、新受託者が信託事務の処理をすることができるに至った時に消滅する。 6  第六十四条の規定は信託財産法人管理命令をする場合について、第六十六条から第七十二条までの規定は信託財産法人管理人について、それぞれ準用する。

III.B.2.b. 信託財産の、受託者の債権者からの保護 (信託財産に属する財産に対する強制執行等の制限等) 信託法23条  信託財産責任負担債務に係る債権(信託財産に属する財産について生じた権利を含む。次項において同じ。)に基づく場合を除き、信託財産に属する財産に対 しては、強制執行、仮差押え、仮処分若しくは担保権の実行若しくは競売(担保権の実行としてのものを除く。以下同じ。)又は国税滞納処分(その例による処 分を含む。以下同じ。)をすることができない。 2  第三条第三号に掲げる方法によって信託がされた場合において、委託者がその債権者を害することを知って当該信託をしたときは、前項の規定にかか わらず、信託財産責任負担債務に係る債権を有する債権者のほか、当該委託者(受託者であるものに限る。)に対する債権で信託前に生じたものを有する者は、 信託財産に属する財産に対し、強制執行、仮差押え、仮処分若しくは担保権の実行若しくは競売又は国税滞納処分をすることができる。ただし、受益者が現に存 する場合において、その受益者の全部又は一部が、受益者としての指定を受けたことを知った時又は受益権を譲り受けた時において債権者を害すべき事実を知ら なかったときは、この限りでない。 3  第十一条第七項及び第八項の規定は、前項の規定の適用について準用する。 4  前二項の規定は、第二項の信託がされた時から二年間を経過したときは、適用しない。 5  第一項又は第二項の規定に違反してされた強制執行、仮差押え、仮処分又は担保権の実行若しくは競売に対しては、受託者又は受益者は、異議を主張することができる。この場合においては、民事執行法 (昭和五十四年法律第四号)第三十八条 及び民事保全法 (平成元年法律第九十一号)第四十五条 の規定を準用する。 6  第一項又は第二項の規定に違反してされた国税滞納処分に対しては、受託者又は受益者は、異議を主張することができる。この場合においては、当該異議の主張は、当該国税滞納処分について不服の申立てをする方法でする。

III.B.2.c. 信託財産の、受託者の破産財団からの排除 (信託財産と受託者の破産手続等との関係等) 信託法25条  受託者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても、信託財産に属する財産は、破産財団に属しない。 2  前項の場合には、受益債権は、破産債権とならない。信託債権であって受託者が信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負うものも、同様とする。 3  第一項の場合には、破産法第二百五十二条第一項 の免責許可の決定による信託債権(前項に規定する信託債権を除く。)に係る債務の免責は、信託財産との関係においては、その効力を主張することができない。 4  受託者が再生手続開始の決定を受けた場合であっても、信託財産に属する財産は、再生債務者財産に属しない。 5  前項の場合には、受益債権は、再生債権とならない。信託債権であって受託者が信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負うものも、同様とする。 6  第四項の場合には、再生計画、再生計画認可の決定又は民事再生法第二百三十五条第一項 の免責の決定による信託債権(前項に規定する信託債権を除く。)に係る債務の免責又は変更は、信託財産との関係においては、その効力を主張することができない。 7  前三項の規定は、受託者が更生手続開始の決定を受けた場合について準用する。この場合において、第四項中「再生債務者財産」とあるのは「更生会社財産(会社更生法第二条第十四項 に規定する更生会社財産又は金融機関等の更生手続の特例等に関する法律第百六十九条第十四項 に規定する更生会社財産をいう。)又は更生協同組織金融機関財産(同法第四条第十四項 に規定する更生協同組織金融機関財産をいう。)」と、第五項中「再生債権」とあるのは「更生債権又は更生担保権」と、前項中「再生計画、再生計画認可の決定又は民事再生法第二百三十五条第一項 の免責の決定」とあるのは「更生計画又は更生計画認可の決定」と読み替えるものとする。

III.B.2.d. 相殺の禁止 (信託財産に属する債権等についての相殺の制限) 信託法22条  受託者が固有財産又は他の信託の信託財産(第一号において「固有財産等」という。)に属する財産のみをもって履行する責任を負う債務(第一号及び第二号 において「固有財産等責任負担債務」という。)に係る債権を有する者は、当該債権をもって信託財産に属する債権に係る債務と相殺をすることができない。た だし、次に掲げる場合は、この限りでない。 一  当該固有財産等責任負担債務に係る債権を有する者が、当該債権を取得した時又は当該信託財産に属する債権に係る債務を負担した時のいずれか遅い 時において、当該信託財産に属する債権が固有財産等に属するものでないことを知らず、かつ、知らなかったことにつき過失がなかった場合 二  当該固有財産等責任負担債務に係る債権を有する者が、当該債権を取得した時又は当該信託財産に属する債権に係る債務を負担した時のいずれか遅い 時において、当該固有財産等責任負担債務が信託財産責任負担債務でないことを知らず、かつ、知らなかったことにつき過失がなかった場合 2  前項本文の規定は、第三十一条第二項各号に掲げる場合において、受託者が前項の相殺を承認したときは、適用しない。 3  信託財産責任負担債務(信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負うものに限る。)に係る債権を有する者は、当該債権をもって固有財 産に属する債権に係る債務と相殺をすることができない。ただし、当該信託財産責任負担債務に係る債権を有する者が、当該債権を取得した時又は当該固有財産 に属する債権に係る債務を負担した時のいずれか遅い時において、当該固有財産に属する債権が信託財産に属するものでないことを知らず、かつ、知らなかった ことにつき過失がなかった場合は、この限りでない。 4  前項本文の規定は、受託者が同項の相殺を承認したときは、適用しない。

IV. 信託に関する重要な法律群の関係 信託法 信託業法 金融商品取引法

V. 文献紹介 四宮和夫『信託法』(有斐閣、新版、1989年) 能見善久『現代信託法』(有斐閣、2004年) 米倉明『 信託法・成年後見の研究』(新青出版、1998年) 寺本昌広『逐条解説 新しい信託法』(商事法務、2008年) 寺本振透ほか『解説 新信託法』(弘文堂、補訂版、2007年) 新井誠『信託法 第3版』(有斐閣、2008年) 能見善久『信託の実務と理論』(有斐閣、2009年)

“I” おわり。