認定看護師研修センター ホスピスケア 分野 がんのプロセスとその治療 3. がんの転移 2010年 生命基礎科学講座 小林正伸
転移 metastasis 形式による分類 血行性転移 肝臓 肺 骨 副腎 脳など リンパ行性転移 所属リンパ節 血行性転移 肝臓 肺 骨 副腎 脳など リンパ行性転移 所属リンパ節 体腔内播種 がん性腹膜炎、がん性胸膜炎 大腸癌の転移は、血行性転移、リンパ行性転移、腹膜播種がある。血行性転移は肝臓に始まり、ついで肺に転移し、最後に全身に広がる。
肺転移 精巣癌の肺転移 X線像 乳がんの肺転移CT scan 赤の矢印で示した3つの結節性陰影は、精巣癌の肺転移巣である。 赤の矢印で示した1つの結節性陰影は、乳癌の肺転移巣である。
乳がんの肝転移 肝臓の両葉に白い結節状の転移巣が多発している。
脳転移 治療前 治療後 卵巣癌の脳転移症例で、治療前とガンマナイフ(放射線治療)で治療1年語の縮小した様子。
骨転移 骨転移の頻度は原発臓器によって大きく異なる。乳癌、前立腺癌、悪性黒色種が骨転移の頻度の高いがんである。 骨シンチにて脊椎および仙腸関節部に集積がある。 CTにて脊椎の溶骨を認め、MRIにて脊椎に低信号部を認める。
循環血液中の癌細胞(CTC) 末梢血中の乳癌細胞を癌特異的抗原に対する抗体と磁性流体とで磁石で濃縮し、白血球を除去して数を数えることが可能となった。この方法を用いると、転移のない患者では癌細胞数が2個以下であった。転移のある患者では61%が2個以上であった。
循環血液中の癌細胞数と予後 化学療法前に癌細胞数が5個以上の患者で、化学療法後5個未満になるとほぼ長期予後が期待できるが、5個以上のままだと半数以上が半年未満となる。
胃がんのリンパ節転移 リンパ球集団が多く存在している黒い部分にピンク色をした腺管構造が認められる組織がリンパ節に認められた。胃癌のリンパ節転移(+)と診断された。
臓器嗜好性 原発がん 良く転移する臓器 腎がん 肺、骨、副腎 消化器がん 肝 前立腺がん 骨 小細胞肺がん 脳、肝、骨髄 (がんの好み) 臓器嗜好性は、一つは血行動態の特徴に基づく。例えば消化器がんはほとんど肝へ行くが、門脈を経由することが理由と思われる。 もう一つは、ある臓器で定着し(止まる必要がある)、そこで増殖することができる環境であることが必要である。 原発がん 良く転移する臓器 腎がん 肺、骨、副腎 消化器がん 肝 前立腺がん 骨 小細胞肺がん 脳、肝、骨髄 皮膚のメラノーマ 肝、脳、腸 眼のメラノーマ 肝 神経芽腫 肝、副腎 乳がん 骨、脳、肺、副腎、肝 甲状腺濾胞がん 骨、肺 血行動態は理解できるが、血行動態以外の臓器嗜好性のメカニズムは?
消化肝癌の肝転移 消化管の癌細胞が静脈内に侵入すると、必ず肝臓へ運ばれる。そこで毛細血管に引っかかる。
臓器嗜好性 (がんの好み) 臓器嗜好性のメカニズム(可能性) 1.ケモカインの関与 乳がんはCXCR4などのケモカイ ンレセプターを発現しており、骨髄 などの転移しやすい臓器はケモカ インを産生しているという観察。 (ケモカインによって引っ張られている?) 2.臓器の血管内皮に臓器特異性が ある?(接着因子発現など) (番地が書いてある?) マウスモデルにおいて転移臓器を選り好みするクローンを選択できることを示した実験
癌の転移機構 原発巣での増殖 血管新生 血管内への侵入 血管外への侵出 血管内皮への接着 標的臓器での増殖 転移こそ悪性腫瘍と良性腫瘍を分ける最大の特徴であり、悪性腫瘍のみが、発生局所(原発巣)以外の遠隔臓器に同じ腫瘍性病変を形成する。 原発巣から新生されてくる血管内に侵入(Invasion)し、血流に乗って遠隔臓器に運ばれる。その臓器の血管内皮細胞に接着(Adherence)し、血管外へ侵入(Extravasation)して増殖する。
転移に必要なステップに働く因子 1.血管新生 2.血管内への侵入 3.標的臓器の血管内皮細胞への接着 4.血管外への侵出 1)血管新生因子 2)血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞 3)遊走能、遊走因子、接着因子 2.血管内への侵入 1)遊走能、遊走因子、接着因子 2)コラゲナーゼなどプロテアーゼ 3.標的臓器の血管内皮細胞への接着 1)接着因子 2)接着因子の活性化因子(サイトカインなど) 4.血管外への侵出 5.標的臓器での増殖 1)増殖因子 2)抗アポトーシス因子
血管新生のスイッチ 生きた細胞はすべて、毛細血管から100-200 mmの距離内にある。腫瘍が大きくなってくると、血管新生因子と血管新生阻害因子のバランスが崩れる。これが血管新生スイッチと呼ばれている。
血管新生の各段階 図12.2 uPAR uPAR 血管拡張と血管透過性 血管透過性の亢進 VEGF NO 血管透過性の抑制 Angiopoietin-1 両者のバランスが重要 基底膜の分解 MMPファミリー蛋白 は基底膜の破壊とともに、以下の増殖因子の遊離を促進する。 FGF、VEGF、IGF-1 Angiopoietin-1 MMP-2などを活性化する。 内皮細胞の増殖と遊走 遊走因子 VEGF FGF Angiopoietin-1 支持細胞の動員と血管の融合 PGDF Angiopoietin-1
血管新生スイッチの入るメカニズム Adamらの文献(Head Neck, 21:149, 1998)より引用 正常皮下組織 癌組織 癌組織ではがん細胞の成長にともなって血管からの距離が遠くなって酸素濃度が低下する。この低下した酸素濃度がセンサー(HIF-1)によって感知され、血管新生を誘導するVEGFなどの血管新生因子が産生される。 嫌気性代謝 血管新生 血管拡張 造血 HIF-1 適応のための遺伝子 酸素濃度低下 細胞
低酸素誘導遺伝子群 血管新生に必要な遺伝子としてあげられたものを矢印で示す。
癌組織における腫瘍血管 癌組織では、血管新生因子の無秩序な産生のために無秩序な血管新生がおこり、血流のうっ滯がおこる。 造影剤を動脈内に注入してレントゲン写真をとると,左のように腫瘍全体に造影剤が染まって見える。これらが腫瘍血管と呼ばれている。 これだけ血管があるのだから,十分量の酸素と栄養が供給されている!? 血流が悪いから染まるのであって,むしろ時間あたりの動脈血流量は少ない。つまり血流は不足!! 癌組織では、血管新生因子の無秩序な産生のために無秩序な血管新生がおこり、血流のうっ滯がおこる。
転移に必要なステップに働く因子 1.血管新生 2.血管内への侵入 3.標的臓器の血管内皮細胞への接着 4.血管外への侵出 1)血管新生因子 2)血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞 3)遊走能、遊走因子、接着因子 2.血管内への侵入 1)遊走能、遊走因子、接着因子 2)コラゲナーゼなどプロテアーゼ 3.標的臓器の血管内皮細胞への接着 1)接着因子 2)接着因子の活性化因子(サイトカインなど) 4.血管外への侵出 5.標的臓器での増殖 1)増殖因子 2)抗アポトーシス因子
原発巣からの離脱、血管内への侵入 癌細胞が原発巣から離脱して、血管内やリンパ管内へ侵入するのは、腫瘍全体が血管内へ浸潤するというメカニズムもありうる。あるいは腫瘍の血管構築が異常なために腫瘍細胞が血管内に入りやすいのかもしれない。 癌細胞が原発巣から離れるためにはカドヘリンなどの接着因子の発現低下が原因とも考えられている。また癌細胞の運動を刺激する走化性因子が働いているからとも考えられる。
癌細胞の遊離 細胞間接着を維持する機構 カドヘリン E-カドへリン P-カドへリン N-カドへリン カテニン α-カテニン β-カテニン
カドヘリンによる細胞接着 接着因子にはカルシウムが必要なものと必要でないものがあるが、カドヘリンは カルシウムが必要なぶんしであったため、カドヘリンと命名された。カドヘリンは、細胞と細胞の間に濃縮していて、ジッパーのように細胞同士を接着させる。カドヘリンがないと細胞の結合が非常にルーズになり、離れやすくなる。 カドヘリンを赤で染色し、アクチンを緑で染色すると、細胞同士が接着している部位が黄色く染色される。この部位にカドヘリンが存在する。
細胞が動くとは? 細胞が動く際には、左図にあるようにアクチン繊維が重合してラメリポディア(葉状仮足)が形成される。ラメリポディアは細胞が運動する際、先端部で構築されるメッシュ状のアクチン繊維で、駆動力を発生し細胞をうごかすエンジンである。右図にラメリポディアを示す。
HGF−METの働き 細胞を培養すると、Cのように凝集して増殖する。ここにHGFを添加していくと、用量依存性に細胞がバラバラになって行くことが観察される。 癌細胞の原発巣から離脱する過程の一段階と考えられる。 HGFはMETという受容体(レセプター)に結合して働く。
転移に必要なステップに働く因子 1.血管新生 2.血管内への侵入 3.標的臓器の血管内皮細胞への接着 4.血管外への侵出 1)血管新生因子 2)血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞 3)遊走能、遊走因子、接着因子 2.血管内への侵入 1)遊走能、遊走因子、接着因子 2)コラゲナーゼなどプロテアーゼ 3.標的臓器の血管内皮細胞への接着 1)接着因子 2)接着因子の活性化因子(サイトカインなど) 4.血管外への侵出 5.標的臓器での増殖 1)増殖因子 2)抗アポトーシス因子
血管内皮細胞への接着機構 3. Adhesion 2. Triggering 1. Rolling 4. Transendothelial セレクチンなど 1. Rolling (ブレーキ) 2. Triggering (接着因子のケモカイン による活性化) 3. Adhesion 4. Transendothelial migration ケモカイン 細胞 血管内皮細胞 接着因子 発現はサイトカインなどで制御されている
低酸素環境下でのSialyl Lewis a/x 発現 大腸癌細胞株SW480を低酸素下で培養し、その後正常酸素分圧下で培養した時のSialyl Le a/x 発現量をFACSにて解析した。矢印のごとく発現量が亢進する。 Sialyl Le a/xはセレクチンのリガンドであり、癌細胞の標的臓器内血管内皮細胞への接着を亢進させる可能性がある。
転移に必要なステップに働く因子 1.血管新生 2.血管内への侵入 3.標的臓器の血管内皮細胞への接着 4.血管外への侵出 1)血管新生因子 2)血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞 3)遊走能、遊走因子、接着因子 2.血管内への侵入 1)遊走能、遊走因子、接着因子 2)コラゲナーゼなどプロテアーゼ 3.標的臓器の血管内皮細胞への接着 1)接着因子 2)接着因子の活性化因子(サイトカインなど) 4.血管外への侵出 5.標的臓器での増殖 1)増殖因子 2)抗アポトーシス因子
腫瘍細胞の血管外への脱出 血管内皮細胞への接着 接着因子 CD44 インテグリン(avb3) 血管内皮細胞間を通過 マトリックスプロテアーゼ MT1-MMP MMP-2,9 プロテアーゼ阻害因子 TIMP-2 腫瘍細胞は、まず血管内皮細胞に接着して、接着しながら血管内皮細胞間をすり抜けるために蛋白分解酵素によって蛋白を分解しながら脱出する。
転移が、ランダムで偶然に支配されるような過程ではなく、特異的な過程であることを示唆している。 臓器嗜好性がある 特定の因子が転移に関与している 転移が、ランダムで偶然に支配されるような過程ではなく、特異的な過程であることを示唆している。
転移の非効率性 転移はランダムな過程なのか? 1.腎細胞がんの手術直前の患者11人から血液サンプルを採取して、 血液中の癌細胞数を検討した成績によると、1日あたり107-109個 くらい放出されていると推定している。(Graves et al., 1988) 2.悪性腹水のために腹壁静脈シャント術を行った患者でも、血中 への多数の癌細胞の放出はあるものの、転移形成は増加しない と報告されている。 3.動物実験で、癌細胞を尾静脈より105個注入しても10−100個の 肺転移巣が認められるにすぎない。(0.01-0.1%) 転移はランダムな過程なのか?
血行性転移のステップと制御免疫エフェクター 1)原発巣での増殖 CTL,Mφなど 2)血管内移動 NK細胞など 3)転移巣での増殖 CTL,Mφなど 癌細胞は原発巣ばかりではなく、転移の過程においても免疫担当細胞の攻撃を受ける。特に血管内においては免疫担当細胞の餌食となりやすい。
転移巣から取った細胞が、一貫して原発巣から取った細胞よりも高い転移能を持つことは確認できなかった。(Weiss, 1990) 転移の非効率性に加えて転移がランダムな過程であることを示唆? 臓器嗜好性や転移に必要な特異的な因子の存在などは、転移過程が特異的である可能性を示唆する。 ランダムな要素と特異的な要素の両方が転移に関与している。
転移に関する仮説と考えるべき要因 仮説 1.Seed and Soil(種と畑)仮説 2.Random転移仮説 3.特異的転移仮説 1.癌細胞は接着していないと生存シグナルを1つ喪失する。 (Anchorage-dependent growth) 2.分泌されるケモカインは血管内にはいると静脈へと流される。 一方癌細胞は動脈側からくる。したがって血管内ではケモカイ ンの濃度勾配はできない。
肝転移がある症例に対する診療の流れ 1.原発巣の同定と病期の評価 腫瘍マーカーなどの血清学的検査,各種画像診断 腫瘍マーカーなどの血清学的検査,各種画像診断 (CT,MRI,US)はもとより,消化管原発の場合が多 く,上部,下部内視鏡検査は必須である 2.他の遠隔転移の検索 3.転移性肝癌の治療決定因子の評価 4.治療法の選択
原発巣の同定と病期の評価に必須の検査 1.原発巣精査 CT、超音波、MRI、上部・下部内視鏡 原発巣不明の場合:FDG-PET 2.肝内病変の精査 CT、超音波、造影MRI 3.肝外病変の精査 CT(肺)、MRI、FDG-PET、骨シンチ
他の遠隔転移の検索 1.肝転移をきたしている状況では,他の遠隔転移も 伴っている場合が多い。肺転移は同じ血行性転 伴っている場合が多い。肺転移は同じ血行性転 移であり,胸部X線写真に加え,肺CTは必須である。 2.FDG-PETも全身の遠隔転移検索には有用である。
転移性肝癌の治療決定因子 1.原発巣 1)原発部位 2)病期(リンパ節転移の有無など) 3)組織型 2.肝転移巣 1)個数、分布、大きさ 1)原発部位 2)病期(リンパ節転移の有無など) 3)組織型 2.肝転移巣 1)個数、分布、大きさ 2)同時性、異時性 3.肝外転移 1)部位 2)切除の可否 4.患者因子 1)年齢 2)performance status
肝転移の画像診断 A.探索的な存在診断 B.徹底的な存在診断 C.検出された病変の質的診断 すでに原発巣の存在が確認されている,あるいは治療後経過観察中の進展 度診断の一環として,肝転移の存在が検索される場合が相当する。 B.徹底的な存在診断 肝転移に対する治療法の選択として,局所療法とくに肝切除術の適応が検討 される場合には,術前に可能な限り詳細に腫瘍の個数・大きさおよび局在を把 握する必要がある。 C.検出された病変の質的診断 探索的な存在診断で,非特異的な腫瘍が検出された場合には,肝原発悪性腫 瘍や良性腫瘍さらには非腫瘍性病変を含めた鑑別診断を進める必要がある。
肝転移の探索的存在診断 原発病巣の局所進展度あるいは局所再発の有無や,リンパ節を含めた広範囲の転移検索を目的として,造影CTをまず施行する。 肝実質と腫瘍のコントラストがもっとも高くなる肝実質相を撮像する。 小病変検出のため,画像スライス厚は5mm程度にして観察することが望ましい。横隔膜下を含めた肝縁を丁寧にみること,グリソン鞘の分岐を確認しながら観察する
転移性肝癌に対する手術療法の成績 1995年以降の肝切除の在院死亡率は0~4.4%で安全な手術であり,5 年生存率も26~46%と報告されている. 外科切除による長期生存例の存在から大腸癌における肝転移の一部はlimited diseaseである可能性が高い。
大腸癌の肝転移症例に対する治療方針 癌研有明病院外科 近年の全身化学療法の成績の向上から術前補助療法を行う戦略が考えられている。この戦略は2つの患者群に分けて考える必要がある。1つは切除可能な肝転移に対する術前療法,もう1つは切除不能な肝転移に対するものである。前者の目的は肝切除成績の向上にあるが,後者の主たる目的は切除率の向上にある。
大腸癌肝転移症例に対する化学療法後の肝切除術の成績 大腸癌の肝転移の治療として切除不能と判断された患者のうち、化学療法を受けた結果、肝切除が可能となったパーセントが13%ー51%あり、肝切除術を受けた症例の5年生存率が33%ー50%であった。つまり肝転移を肝切除不能と判断されたような末期状態であっても化学療法で肝切除が10%以上の確率で切除可能となり、そのうちの1/3が治癒することを意味している。