B型星のバルマー吸収線等価幅及び逓減率変換係数算出の試み 藤井 貢 (FBO)
Be星(B型輝線星 光度階級V~III)は、バルマー系列において顕著な輝線を示し、またその変動も見受けられる。そのバルマー逓減率を知る事は、星周圏の物理状態を解明する上で重要な手がかりを与えてくれる。 FBO(藤井美星観測所)の28cm反射 + 低分散分光器 FBSPEC-2 (R=500)を用い、既知の明るいBe星約250星について、低分散分光観測を行い、バルマーライン(Hα~Hδ)の等価幅値を得た。 観測されたスペクトルの1例を図1に示す。
観測した約250種のBe星についてバルマー逓減率を求めておきたい。 図1 FBOの低分散分光器で得たBe星の例 (HD56014) 観測した約250種のBe星についてバルマー逓減率を求めておきたい。
小暮1)に従い、バルマー逓減率Dnは次式で表される。 Dn = Gn・WE(Hn) / WE(Hβ) n =α,γ,δ….. 1) また WE = WS – Wob. 1-1) ここで WEは輝線のみの等価幅 Wsは輝線の無い本来の光球吸収線等価幅 Wob.は観測された等価幅 Gnは逓減率変換係数 Gn = Ic(Hn) / Ic(Hβ) 1-2) Icは放射流束 まずはWs とGnを知ることが必要
そこで今回はモデル大気によるWsとGnの算出を試みる。 輝線の無い光球吸収線等価幅Wsを求める。 GnとWsを得るため、前回は様々なサブクラスを含むB型標準星を直接観測し、その等価幅とFlux値を測定し、光球吸収線等価幅Wsと逓減率変換係数Gnを求めた。http://www1.harenet.ne.jp/~aikow/qa/Ws_G.ppt しかしばらつきの多い結果となる。 そこで今回はモデル大気によるWsとGnの算出を試みる。 モデル大気による方法は、星間赤化が含まれないので、その点有利ではないかと考えられる。 輝線の無い光球吸収線等価幅Wsを求める。
B型星における10段階のサブクラスのモデル大気の作成にはSPTOOL(竹田洋一氏)を、解析にはIRAF(NOAO)を利用した。 モデル大気作成に要するパラメータとして以下の4つが必要となる。 a. 有効温度(Teff) b. 表面重力加速度(log g) c. 元素組成比 d. ミクロ乱流速度 c.の元素組成比には太陽の組成比を、 d.のミクロ乱流速度は2km/sを採用する。
a.及びb.を求めるにあたり(B-V)値を利用してみる。 横尾2)よりB型主系列星サブクラスに対する(B-V)値を参考にする。B4とB6の(B-V)値が抜けているので、既知のものより1次近似式(図2) y = 0.0242X - 0.2948を得る。 近似式により得られたB型サブクラスに対する(B-V)値を表1に示す。 図2 B型主系列星サブクラスに対する(B-V)近似式 表1
有効温度(Teff)を(B-V)値より求める Gray3)より以下の近似多項式を利用する。 (B-V)<1.5 logTeff = 3.988 – 0.881(B-V) + 2.142(B-V)2 - 3.614(B-V)3 + 3.2637(B-V)4 - 1.4727(B-V)5 + 0.2600(B-V)6 2) 表面重力加速度(log g)を(B-V)値より求める Gray3)より以下の近似多項式を利用する。 -0.2<(B-V)<1.3 log g = 4.25 – 0.3124(B-V) – 0.5022(B-V)2 + 6.5320(B-V)3 – 9.9431(B-V)4 + 5.7581(B-V)5 – 1.1706(B-V)6 3)
Teffとlog gグラフを図2に、表2に求めた値を示す。
以上の準備を行い、SPTOOLにてモデル大気を作成する。作成されたB0型の例を図3に、B9型の例を図4に示す。 (何れも主系列星) B0V Hδ B0V Hγ B0V Hβ B0V Hα 図3 B0V型のモデル大気スペクトル 太陽組成比、ミクロ乱流速度は2km/s
B9V Hδ B9V Hγ B9V Hα B9V Hβ 図4 B9V型のモデル大気スペクトル 太陽組成比、ミクロ乱流速度は2km/s
図3,4,のようにバルマーラインには他のさまざまな元素のラインがブレンドされている。 これらブレンドラインを除去するために、IRAF(NOAO)のsplotタスク ”x” コマンドを利用した。 ブレンドラインを除去したスペクトル例として、B9V型について図5に示す。
B9V Hδ B9V Hγ B9V Hβ B9V Hα 図5 ブレンドラインを除去したスペクトルの例 (B9V)
ブレンドラインを除去したスペクトルから、B型星本来の光球吸収線等価幅 Wsを求める。測定はIRAFのsplotタスク “e” コマンドを利用した。測定結果を表3に示す。 表4 B型(主系列)のサブクラス別バルマーライン等価幅
表4をグラフ化したものを図6に示す。またHα~Hδおのおのについて2次近似式を得る。 B型主系列サブクラスに対する、モデル大気のバルマー吸収線等価幅Wsの関係。2次近似式を得る。
ここでXはB型の分光サブクラス X (X=1,2,…9) 以上よりB型主系列星の光球吸収線本来の等価幅Ws値として以下の2次近似式を得た。 Ws (Hα) = 0.0198X2 + 0.5727X + 1.7354 4-1) Ws (Hβ) = 0.0159X2 + 1.1206X + 2.2518 4-2) Ws (Hγ) = 0.0073X2 + 1.1367X + 2.0873 4-3) Ws (Hδ) = 0.0020X2 + 1.3064X + 2.2775 4-4) ここでXはB型の分光サブクラス X (X=1,2,…9)
また得られた2次近似式で再計算した値を表3に示す。 表5 4-1)~4-4) 近似式で得た光球吸収線本来の等価幅Ws
次にバルマー逓減率変換係数Gn値を求める。 Gn = Ic(Hn) / Ic(Hβ) n =α,γ,δ….. 1-2) Icは放射流束 黒体放射強度におけるバルマーライン比をそのまま用いることができないだろうか? 安易過ぎか?
黒体放射強度比でのGn値算出を試みる。 Gray3)より単位波長あたりの黒体放射強度Bλは次の式で表される。 Bλ(T) = (2hc2 / λ5) ・ (1 / (exp(hc/λkT) – 1) ) 5) ここで hはプランク定数 cは光速 λは波長 kはボルツマン定数 Tは有効温度
ここで(B-V)値を利用した 2)式で求めたTeff を 5)式に代入し得られた黒体放射スペクトルの1例を図7に示す。 (B-V)値から得られた有効温度16905K(B5V型相当)で表した黒体放射スペクトル
Hα~Hδの各中心波長とB型サブクラス別有効温度を5)式に代入しBλを算出した結果を表6に示す。また算出のBλを用い、Hβとの比をとった結果を表7に示す。 黒体放射におけるHα・Hβ・Hγ・Hδの強度。 5)式より 表7 黒体放射におけるHβに対するHα・Hγ・Hδの強度比を逓減率変換係数Gとみなす。
表7の結果をグラフ化し、B型サブクラスに対するバルマー逓減率G値の1次近似式を求めた結果を図8に示す。 黒体放射強度比から求めたバルマー逓減率変換係数G。 薄太ラインは小暮1)より近似式Gα=0.333+6.67x10-3Xの結果を表す。
ここでXはB型の分光サブクラス X (X=1,2,...9) 以上よりB型のバルマー逓減率変換係数Gn値として以下の1次近似式を得た。 Gα = +0.0142X + 0.3324 Gγ = -0.0241X + 1.4923 Gδ = -0.0581X + 2.0284 ここでXはB型の分光サブクラス X (X=1,2,...9) 前回観測より求めたWs値及びGn値に比べ、より信頼性が増したように思う。 この値を用いて様々なBe星のバルマー逓減率を求めておきたい。
参考文献 1. 小暮智一 著 輝線星概論 宇宙物理学講座4巻 ごとう書房 2. 横尾武夫 編 新・宇宙を解く 現代天文学演習 恒星社 3. DAVID F. GRAY The observation and analysis of stellar photospheres Cambridge Astrophysics Series 20