土壌管理学講義 「酸性降下物が土壌系におよぼす影響」
土壌pH値: 土壌試料に2.5倍量の純水もしくは1規定塩化カリウム溶液を添加して、1時間振とうさせた、けん濁液中のpH値 土壌の酸性化: 「強度因子である土壌pHの低下、あるいは容量因子である酸中和量(Acid Neutralization Capacity)あるいは緩衝能の減少」として定義される.
かつては、もっぱら酸性の強い(pHの低い)雨のことのみに関心が寄せられ、それを「酸性雨」としていた。 しかし、現在ではより幅広く、「酸性雨」は湿性沈着及び乾性沈着を併せたものとしてとらえられている。(正確には「酸性沈着」という用語が使用される。) 二酸化硫黄、窒素酸化物等の大気汚染物質は、大気中で硫酸、硝酸等に変化し、再び地上に戻ってくる(沈着)。 それには大きく分けて2つの種類がある。(資料の表①参照) ●「湿性沈着」:雲を作っている水滴に溶け雨や雪などの形で沈着する場合 ●「乾性沈着」:ガスや粒子の形で沈着する場合
降雨中のpH値の分布
酸性化のメカニズム(その1) ●降雨に溶解した炭酸ガスや土壌呼吸による炭酸ガスの放出
降雨に溶存する炭酸ガスの働き(資料 ③参照) 降雨に溶存する炭酸ガスの働き(資料 ③参照) 大気と平衡にある純水=pH5.6,溶存炭素濃度=10-5M → 降雨100mmがあると10モル/haの炭酸が運び込まれる。 1. 土壌溶液に炭酸ガスが溶解・・・HCO3- + H+ (解離して水素イオンを与える。) 2. 土壌中の交換性塩基と水素イオンが置換されて酸性化する。 3. 多量に水素イオンが吸着すると、粘土鉱物は不安定となり、 アルミニウム八面体のSi-O-Al結合が切断される。 4. Alイオンが遊離され、水素イオンに換わってAlイオンが 陽イオン交換基の大部分を占める。 ※ アジサイの花びらの中の成分分析から、アルミニュウムはアントシアニンと共同して赤から青へと発色を変えていることが知られている。
酸性化のメカニズム(その2) ●窒素酸化物、イオウ酸化物由来の硝酸、硫酸(酸性雨、酸性沈着)
●石油を1kg燃やすと次のガスが排出される。 ・窒素酸化物(NOx) ・・・ 0.0019 kg これらが大気中で酸性雨(霧)のもととなる。 ・二酸化窒素NO2は NO2 + H2O => HNO3 硝酸 ・二酸化硫黄SO2は SO2 + H2O => H2SO4 硫酸 ● SO2の乾性沈着が大気中で硫酸になる反応・・・ オゾンとともに雲粒に取り込まれると SO2 + O3 + H2O → H2SO4 + O2 過酸化水素水ともに雲粒に取り込まれると SO2 + H2O2 → H2SO4
SO2の乾性沈着が直接降下すると・・・ 樹木葉面あるいは土壌表面で水と反応してSO2・H2O(亜硫酸)になり、水素イオンを放出する。 また、土壌中の鉄、マンガンの触媒作用で SO2・H2O → SO32- + 2H+ 2SO2 + 2H2O + 2O2 → H2SO4
●施肥(硫安)や有機物の分解により放出されたアンモニア態窒素が硝化(硝酸化成)された場合。 酸性化のメカニズム(その3) ●施肥(硫安)や有機物の分解により放出されたアンモニア態窒素が硝化(硝酸化成)された場合。 NH4+ +2O2 → NO3- + 2H+ + H2O NH4+ 硝化細菌 NO3- SOIL - - - - 2H+ 植物による吸収 - - Mg2+ 溶脱・地下水へ
酸性化のメカニズム(その4) ●たん水中の水田土壌など、還元的環境では、Fe2+やMn2+が交換性陽イオンとして土壌溶液中に存在する。 しかし、それが落水によって土壌断面が好気的な環境になった場合は・・・・ 4Fe2+ + 2O2 + 10H2O → 4Fe(OH)3 + 8H+
●植物根系がカチオン(陽イオン)を取り込むときにH+との交換で吸収する。 酸性化のメカニズム(その5) ●植物根系がカチオン(陽イオン)を取り込むときにH+との交換で吸収する。 塩化カリウムや硫酸アンモニュウムなどの陽イオン成分の吸収が陰イオン成分の吸収より多い塩を施肥すると土壌は酸性に傾く。(生理的酸性肥料) SOIL Mg2+ - - - 2H+ - - Mg2+ - 2H+
●植物の根系からクエン酸、シュウ酸、フルボ酸などの有機酸が分泌される場合。 酸性化のメカニズム(その6) ●植物の根系からクエン酸、シュウ酸、フルボ酸などの有機酸が分泌される場合。 酸性化のメカニズム(その7) ●土壌中の有機物が微生物に分解される過程で生成される有機酸の一部が溶存有機物として土壌へ浸透する。 C6H12O6 +6O2 = 6CO2 + 6H2O → HCO3- + H+ (土壌呼吸) C6H12O6 +3O2 = 6HCOOH → 6HC0O- + 6H+ 有機酸(シュウ酸)
●パイライト(Pyrite,FeS2)を含む海成粘土層が基盤整備などで大気に触れ、酸化した場合。 酸性硫酸塩土壌 酸性化のメカニズム(その8) ●パイライト(Pyrite,FeS2)を含む海成粘土層が基盤整備などで大気に触れ、酸化した場合。 土地開発、灌漑農業等による表土の流出に伴って、還元状態にあったパイライト(FeS2)を含む海成粘土層が露出し、パイライト1モルあたり2モルの硫酸が生成することによって形成される。通常はpH2.0~3.0の強い酸性を示す。 このような土壌は地球上に約1000万ヘクタール存在し、そのうちの約半分がアジア地域に存在する。 例)メコンデルタのほぼ全域は、沖積世(5~6,000年前) の海進では海面下に没し海底となっている.この時期にメコン河上流部から流れ込む土砂に含まれた Fe (鉄) と 海水中に含まれる SO4 (硫酸塩)が海底で結合した結果,黄鉄鉱 (pyrite) が生じ、農地開発で酸性硫酸塩土壌の出現という問題を作っている.
塩類集積 酸性土 沖積土
土壌のpH緩衝能 Step1 炭酸塩の溶解 遊離炭酸塩が多量に存在する場合、例えば石灰施肥などを行った土壌では CaCO3 + H+ → Ca2+ + HCO3- この反応は炭酸カルシウムが存在する限り継続し、土壌pHの変化はない。
2NaAlSi3O8+9H2O+2H+→2Na+4H4SiO +Al2Si2O5(OH)4 Step2 造岩鉱物の風化・陽イオン交換 造岩鉱物に作用して金属イオンあるいはアルカリ土金属イオンを溶脱させ、粘土鉱物を風化させる。 曹長石 カオリナイト 2NaAlSi3O8+9H2O+2H+→2Na+4H4SiO +Al2Si2O5(OH)4 灰長石 2CaAlSi3O8+H2O+2H++NO3-→2Ca2+2NO3- +Al2Si2O5(OH)4
Step3 アルミニウム・ケイ酸塩の溶解 カオリナイト Al2Si2O5(OH)4 + 6H+ → Al3+ +3H4SiO4 + H2O ※ この場合はアルミニウムの可溶化・・・・生育障害
アルミニウム処理されたドイツトウヒ苗根端に形成されたカロース(矢印) 処理1日後のカロース形成量 カロース(多糖類、1,3-ベータグルカン):植物にできる防御物質の一つで、病原菌の侵入、傷、さまざまなストレスなどに反応して分泌することが知られています。構造は、樹木の主要な構成成分の一つであるセルロース(1,4-ベータグルカン)とほぼ似てる。
大豆の細根 生長点付近の細胞が崩壊している。 セルロース合成を阻害するという報告もある。
1. 溶液中のH+が増加する =土壌溶液のpH低下、溶液のANCが低下 さらに土壌に「強酸」を添加すると・・・ 1. 溶液中のH+が増加する =土壌溶液のpH低下、溶液のANCが低下 2. H+の一部が土壌交換基へ移動する。=溶液のANCは増加、固相のANCが低下 3. その際、二次鉱物(層状ケイ酸塩)に保持されたH+は、その骨格と反応して破壊(風化)させるので、交換性H+は減少してアルミニウムイオンが溶出する。=固相のANCは変化なし 4. Al3+ + H2O ⇔ AlOH2+ + H+ 強酸の添加=固相ANCの低下 1.へもどる
H2CO3 = HCO3- + H+ 土壌に土壌呼吸で生産された「炭酸」が添加されると・・・ 土壌溶液のpH低下、溶液のANCは変化なし =溶液のANCは増加、固相のANCが低下=相殺される。 3. 降雨が継続して、土壌溶液が下層へ移動するとHCO3- が溶脱される。 表層土では、土壌溶液のANCが低下 下層土では、逆に増加する。 炭酸の添加=ANCは変わらず、pHが少し低下
酸性沈着などで土壌pHが低下することの影響 交換性塩基の減少 2. アルミニュウムの可溶化 3. 窒素過剰供給 4. 土壌微生物活性の変化 5. 重金属の可動化 6. 透水性の変化 粘土鉱物が著しく分散する傾向にあるため、排水不良やそれにともなう表土侵食が増大する。