口蹄疫: 基礎から国際的枠組みによる 制御までの概要 口蹄疫ウイルスの生態 鹿児島県獣医師会公衆衛生部会 口蹄疫: 基礎から国際的枠組みによる 制御までの概要 鹿児島大学 獣医公衆衛生学教授 岡本嘉六 口蹄疫ウイルスの生態 牛疫と並んで「疫」が付けられている口蹄疫は、家畜伝染病の中 で最も恐れられてきたが、牛疫が全世界から一掃されようとしている にもかかわらず、口蹄疫は今も世界各地で猛威を振るっている。 口蹄疫ウイルスの多様性と感受性動物種の多さが、口蹄疫制御 の大きな障害になっている。 牛疫(Rinderpest): ペストと言えば中世の暗黒時代の疫病であり、家畜生産においてそれに匹敵する被害を及ぼしてきた。「疫」が付けられている監視伝染病には、口蹄疫、牛肺疫、 小反芻獣疫を含めて4種がある。
新たに確認または大陸を超えたウイルス性疾病 疾病名 自然宿主 初発国 1957 1959 1967 1969 1976 1977 1981 1991 1993 1994 1997 1998 1999 2003 2009 アルゼンチン出血熱 ボリビア出血熱 マールブルグ病 ラッサ熱 エボラ出血熱 リフトバレー熱 エイズ ベネズエラ出血熱 ハンタウイルス肺症候群 ブラジル出血熱 ヘンドラウイルス病 高病原性鳥インフルエンザH5N1 ニパウイルス病 西ナイル熱(大陸移動) 重症急性呼吸器症候群(SARS) サル痘(大陸移動) 新型インフルエンザH1N1 ネズミ ? マストミス オオコウモリ? ヒツジ、ウシなど チンパンジー ネズミ? オオコウモリ カモ 野鳥 キクガシラコウモリ 齧歯類 人・豚・鳥 アルゼンチン ブラジル ドイツ ナイジェリア ザイール アフリカ ベネズエラ 米国 オーストラリア 香港 マレーシア 中国 全世界 メキシコ
口蹄疫ウイルスの生態 病原巣(reservoir;レゼルボア、自然宿主): 病原体が継続的感染によって維持されている動物種 ウイルスは生きた細胞の中でしか増殖できない。狂犬病を例にとれば、キツネ集団で感染が繰り返されることでウイルスが維持されており、それと遭遇した猟犬が都市部にウイルスを持込み、人間を含む様々な動物への感染源となる。 自然宿主 キツネ アライグマ スカンク コウモリ 人間社会の 自然宿主 イヌ ネコ 人間 牛、馬、豚 種々の野生動物 病原巣(自然宿主)の特徴 集団が大きい ↔ 免疫がない個体が常時いる 感染しても症状が軽い ↔ 宿主を殺したらウイルス自体が生存できない キャリアー(感染後の病原体保有状態)期間が長い 口蹄疫ウイルスは、どの動物種において維持されているのか?
口蹄疫は 何時ごろから存在したのか? 1898 口蹄疫ウイルスの発見(Loeffler and Frosch) 口蹄疫は 何時ごろから存在したのか? BC 350 アリストテレスが口蹄疫、牛疫と推測される記述 1546 イタリアにおける牛での流行(科学的記述の最初) 1776 計画感染による口蹄疫予防の試行 1744 牛疫の計画感染、 1796 Jenner 人痘法から牛痘法へ 1898 口蹄疫ウイルスの発見(Loeffler and Frosch) 46 35 27 10 5.1 4.4 3.7 2.1億年 500万年 ・・・ 8000年前 地球誕生 原始生物・ウイルス ラン藻類・光合成 緑藻類・真核生物 脊椎動物 陸上植物 陸上動物 哺乳類 人類の誕生 豚の家畜化 牛の家畜化 野生動物の間で生まれた口蹄疫ウイルスが家畜化された動物にも持ち込まれた・・・
World Reference Laboratory 野生動物 人間社会 自然宿主は? 感受性動物種が多い 環境中で長期生残 様々な経路で感染 牛科 アフリカ水牛 80%、5年以上 カモシカ 牛: 3年半 指標動物 羊: 9ヶ月 山羊: 4ヶ月 維持動物 イノシシ科 シカ科 カピバラ科 ラクダ科 ラクダ、ラマ、ビクーニャ ゾウ科 アルマジロ科 ハリネズミ科 20科70種が感受性 豚 増幅動物 予防・制御の困難性 (人間) 環境 (培地中で) 家畜においてキャリアーとなる個体割合は不明 有機物存在下での生存期間は極度に長くなる 凍結: 半永久的 4℃: 1年以上 22℃: 8~10週間 37℃: 10日間 World Reference Laboratory 現在知られている口蹄疫ウイルスの循環
FMD Reference Laboratories Information System - ReLaIS 動物園で発生 清浄 ワクチン接種の清浄多発地帯 風土病化 流行、散発発生 口蹄疫ウイルスが野生動物や家畜の中に根付いて、常時ウイルス循環がある地域が、1~7 のpool(ウイルス供給地帯)として図示されている。中間色があって見にくいが、これらのウイルス供給地帯における新たなサブタイプの誕生を止めることが可能か? FMD Reference Laboratories Information System - ReLaIS
マイナス鎖RNAウイルスの増殖環 プラス鎖RNAウイルスの増殖環 プラス鎖RNAは、mRNAと同方向であり、ゲノム自体がmRNAの機能 - + 口蹄疫 ウエストナイル 日本脳炎 SARS インフルエンザ 牛疫 ニューカッスル 狂犬病 + 細胞膜の一部をまとって出芽エンベロープ マイナス鎖RNAウイルスの増殖環 遺伝子配列: 3'末端→5'末端方向 細胞を破裂させて放出 マイナス鎖RNAウイルスは、プラス鎖RNA(mRNA)の形に転写するための酵素を持っている。 プラス鎖RNAウイルスの増殖環 遺伝子配列: 5'末端→3'末端方向
Picornaviruses 小児麻痺 手足口病 口蹄疫 馬鼻炎 脳心筋炎 A型肝炎 鶏脳脊髄炎
口蹄疫ウイルスの遺伝子構造 約7.2~8.4 kbの一本鎖(+)RNA. 5’ 3’ カプシド蛋白質 非構造蛋白質 非構造蛋白質 3’ Pirbright Laboratory Poly(c): 配列の長さは分離株ごとに一定し,ウイルス株の同定に用いられる。 カプシド(capsid):内部の核酸をさまざまな障害から守る「殻」の役割をしている。抗原決定基。 非構造蛋白質はウイルス増殖に関与 2B: B細胞抗原決定基が存在する 3D: RNA依存RNAポリメラーゼである
BBSRC(FMD Reference Laboratory) 口蹄疫の血清型 O型: 1922年にフランスのOise地域で分離。ヨーロッパを中心に世界各国で発生、49%を占める。 A型: ドイツAllemagne地域で分離。全体の25%を占める。アジア、アフリカ、南米の一部で流行。 C型: 1926年にドイツ・レフラー研究所で発見(Germany/c.26)。 南アジア、東アフリカで流行。 SAT1型: 1948ボツワナ共和国で分離?( SAT1 Bechuanaland BEC/1/48)。アフリカ、アラビア半島で流行。 SAT2型: 1957年ケニアで分離? (SAT2 Kenya KEN/3/57)。アフリカ、アラビア半島で流行。 SAT3型: 1957年南アフリカで分離? (SAT3 South Africa SA/57/59)。 Asia 1型: 1954年パキスタンで分離(Asia1 PAK/1/54)。 アジア、南東ヨーロッパで流行。 BBSRC(FMD Reference Laboratory) SAT: Southern African Territories これらの7種の血清型のそれぞれに、サブタイプ(亜型)が存在しており、免疫学的に交差しないことから、ワクチンの開発と選択の隘路となっている。
2006年1~12月に口蹄疫患畜から分離されたFMDVの種類 EMPRESTADs: Foot-and-Mouth Disease (FMD)
バッファローの不顕性感染 南アフリカにおける口蹄疫の三角関係 アンテロープの口蹄疫 牛の口蹄疫 アンテロープ(レイヨウ;Antelope) は、ウシ科からウシ族とヤギ亜科を除いた残りで、インパラを含む約90種がいる。 アンテロープの口蹄疫 牛の口蹄疫
確率モデルを用いた500頭のバッファロー集団におけるSat型ウイルスの感染頻度 ARC-Onderstepoort Veterinary Institute, South Africa 群における新規感染個体数 調査成績: ウイルス陽性率は、乾季(1~4月)においては70%、5月には40%、6月以降は17%であった。これに基づく新規感染を確率計算したものであり、繁殖活動が大きく関与していると思われる。 キャリアー状態は、個体別では5年以上継続、群としては24年間続く。
持続感染状態のバッファローがウイルスを排出する際のストレスの役割 ARC-Onderstepoort Veterinary Institute, South Africa • 臨床例の2報告は飼育されているバッファローについてである • バッファローが接近してきた家畜を感染させ得るという強い状況証 拠がある • クルーガー国立公園(KNP: Kruger National Park)を脱出するバッ ファローのほとんどは成獣であり、実際に発症している幼獣ではない • 野外調査では、若い雌バッファローが病気を伝播している • ウイルス排出をもたらす要因をさらに研究する必要がある 東アフリカにおいてバッファローがO型とA型ウイルスのキャリアーとなっているか判らない (SAT型はバッファローだが・・・)
ARC-Onderstepoort Veterinary Institute, South Africa インパラが牛を感染させている証拠 • 歴史的なSAT-1分離株の1D遺伝子はインパラから得られたのであ り、牛からの株は1971~1981年に解読された。 • インパラの発生は1971~1981年の間に5回あったが、その内4回が 牛での発生に関係している • 3回の流行において、インパラからウイルスが分離されてから5~ 6ヵ月後に牛の感染例が報告されており、野生動物から牛に広がると いう方向性が確認された • 牛における一回の発生は、クルーガー公園内に発生したバッファ ロー・ウイルスに関連するKNPグループによって起きた • これらのことから、牛における発生のどれもがインパラの発生と関 連している訳でない ARC-Onderstepoort Veterinary Institute, South Africa
• 原因となるウイルスは、一般的に、SAT型である • 野生動物による感染の維持(制御が極めて困難) 病原巣 南アフリカにおける口蹄疫の概要 • 原因となるウイルスは、一般的に、SAT型である • 野生動物による感染の維持(制御が極めて困難) 病原巣 • アフリカ・バッファロー集団において独特に適応した継続性 • SAT型ウイルスを保有するバッファロー集団が周辺のその他 の偶蹄類への感染源となっていることを経験が教えている • 拡大する象集団による防護柵の破壊 • 国境横断保護地域(TFCA: Transfrontier Conservation Area)の設定 動物疾病の革新的な越境管理のための国際的枠組み (GF-TADs: Global Framework for the Progressive Control of Transboundary Animal Diseases)
2001年に流行したO型ウイルスのサブタイプ(亜型) WRLFMD FMDV O Topotypes - 2001 2001年に流行したO型ウイルスのサブタイプ(亜型) 東アフリカ 中近東・南アジア 東南アジア 西アフリカ 欧州・南米 中国 インドネシア IAH Samuel, A.R. & Knowles, N.J. 2001. Foot-and-mouth disease type O viruses exhibit genetically and geographically distinct evolutionary lineages (topotypes). J. Gen. Virol. 82: 609-621.
中国ではAsia-1型が2005~6年に流行し、近隣諸国への拡大が懸念された 2003~6年 サブタイプの 遺伝的近縁性 Group 2 Group 3 Group 4 Group 6 Group 1 Group 5 Group 2 Group 6 不明 Group 1+2 Group 2+6 Group 3 1954年にパキスタンで初めて分離されたAsia 1型は6種類のサブタイプに分けられるが、それらの中でも遺伝子が微妙に違う多くのウイルス株が存在する。すなわち、変異を繰り返しており、ワクチンの有効性に関わる。 Group 4 Group 1 Group 5 EMPRESTADs
牛の推定飼育密度 牛肉よりもアヒル肉が最高級の中国では飼育密度は高くないが、シヴァ神の乗り物とされているインドの飼育密度は際立って高い。 EMPRESS 牛肉よりもアヒル肉が最高級の中国では飼育密度は高くないが、シヴァ神の乗り物とされているインドの飼育密度は際立って高い。 インドの牛は農耕に運搬にと大活躍し、大事なお客様を泊める寝室の壁などは道で拾い集めた牛糞が塗られているとか?
EMPRESS: Focus on Asia-1 豚 中華料理は豚肉が基本である。全土で飼育密度が高い。 EMPRESS: Focus on Asia-1 水牛 主に役畜として飼育されている。
アジアにおける口蹄疫ウイルスの自然宿主は? 保護 牛 インドの 循環 水牛 瘤牛(ゼブー) 野生動物? この他にも ヤク カシミア(山羊)
O型 A型 C型 Asia 1型 SAT1型 SAT2型 SAT3型 口蹄疫ウイルスの生態 ウイルスの誕生は数十億年前? 約8000年前の家畜化の際に野生動物から侵入? 現在のウイルス供給地帯は世界に6か所。 7種の血清型のそれぞれに多数のサブタイプがある。 偶蹄類を中心に20科70種の動物が感受性。 現在の自然宿主は? O型 A型 C型 Asia 1型 SAT1型 SAT2型 SAT3型 牛: 指標動物 羊/山羊: 維持動物 豚: 増幅動物 アフリカ・バファロー アンテロープ 家畜 野生動物?