(財)環日本海経済研究所 名誉研究員、元理事長 吉田 進 2017年1月28日

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(財)環日本海経済研究所 名誉研究員、元理事長 吉田 進 2017年1月28日  新段階に入った日ロ関係 (財)環日本海経済研究所   名誉研究員、元理事長         吉田 進     2017年1月28日

1.これまでの日ロ交渉経緯 1956年10月 日ソ共同宣言、国交回復。      1.これまでの日ロ交渉経緯 1956年10月 日ソ共同宣言、国交回復。 1960年1月 1951年に締結された日米安保条約が岸内閣によって改定 された。 グロムイコ外相の“NO”の時代、日ソ共同宣言の2島返還は 無効と宣言。 1993年10月 東京宣言 ゴルバチョフ大統領と海部首相:4島の帰属 問題を歴史的・法的事実に立脚し、法と正義の原則を基礎として解決 し、早期の平和条約締結を目指す。 1996年11月 プリマコフ外相の共同経済特区提案。 1997年11月 クラスノヤルスク合意 橋本首相・エリツイン大統領会 談。「2000年までに平和条約を締結するよう全力を尽くす」と合意

クラスノヤルスクにおける橋本首相とエリツイン大統領

  1.これまでの日ロ交渉経緯(2) ・1998年4月 川奈提案 橋本首相が択捉島とウルップ島の間に国境 線を画定し、4島の日本の主権を確認する一方で、ロシアの施政権を 認めると提案。 ・1998年11月 日ロ両政府が「共同経済活動委員会」設置で合意 ・2001年3月 イルクーツク声明 森首相が歯舞・色丹の返還と国後 ・択捉の帰属の問題を並行的に協議する。 ・2006年12月 面積等分論 麻生外相が衆議院外務委員会で、4島の 面積を2等分する解決策に言及。 ・2012年3月 引き分け論 プーチン大統領が外国記者との会見で、 「引き分け」という言葉を引用し、両国が受け入れられる形で解決を 図りたいと発言した。

   2001年3月イルクーツク声明発表

2.2016年5月の安倍・プーチン会談(ソチ)以降の日ロ交渉 ・5月会談 安倍首相・プーチン大統領が今までの発想にとらわれな い「新しいアプローチ」につき合意。 ・9月ウラジオストク会談 安倍首相が日ロ経済協力プランを提案し トルトネフ副首相兼極東連邦管区大統領全権代表を団長とするロシア の代表団が来日、その内容を詰めた。 ・11月8-10日谷内正太郎・国家安全保障局長がモスクワを訪問。ロ シアのパトルシェフ安全保障会議書記と会談。「日ロ共同宣言に基づ きロシアが歯舞、色丹の2島を引き渡した場合、日米安全保障条約を もとに「米軍基地は置かれるのか」と尋ねたパトルシェフ氏に、谷内 氏は日本政府の原則論として『可能性はある』と答えた」(日経 2016.12.26.)夏には日本がJOGMEC経由で国営大手石油企業“ロスネ フチ”のロシア政府保有株数千億円を取得する案が浮上したしかし「 日本側に『経済協力を食い逃げされる』との懸念が出て、11月に見送 りが決まった。

   安倍首相の5月訪ロ     2015年5月6日ソチにて

   記者会見におけるトルトネフ副首相          2017年5月18日

2.2015年5月の安倍・プーチン会談(ソチ)以降の日ロ交渉(2) ロシアではロスネフチ株の売却への「国民的関心が高かったことからロシア 側の落胆は大きく、政権内で領土問題での強硬論が高まった一因になったと される」(日経 2017.1.15.) ・国内最大手の石油会社「ロスネフチ」の株式19.5%を取得 したのは、スイスの資源商社「グレンコア」およびカタールの投資ファンド「カタール投資庁」 ・11月20日ペルーでは1時間10分間の会談が行われ、そのうち35分は通訳を入 れた二人だけの会談だった。プーチン大統領は、「君の側近が『島に米軍基 地がおかれる可能性はある』と言ったそうだが、それでは交渉は終わる」と 述べ、原則論を強く打ち出した。安倍首相:「『それは全くの誤解だ』首相 はそう答えると言葉を続けた。『原則論を言えばそうだ。だが、我々はその ことについて本音で話をしたい。嫌なら言ってくれ。これから交渉しよう』 両首脳は日米同盟をめぐって意見を交わした」(日経 2016.12.26.) ・首相は会談後、平和条約交渉について「解決に向けて道筋が見えてはきて いるが、一歩一歩進んでいかなければいけない。大きな一歩を進めるという ことはそう簡単ではないが、着実に一歩一歩前進していきたい」と記者団に 述べ、会議が難航したことを示唆した(日経 2016.12.26.)

セーチン社長は、 ロスネフチの株式譲渡を提案した。         セーチン社長は、     ロスネフチの株式譲渡を提案した。

 3.12月15日のプーチン来日と会談の結果 (1)北方領土における共同経済活動、元島民の自由往来 ・構想:日ロ共同宣言で引き渡しが明記されている2島のロシア現住 民の大陸への移住なしに、4島で共同経済活動を行う。同時に日本の 元住民が自由に4島を訪問できるようにする。 ・条件:共同経済活動をロシアの法律に縛られない「特別な制度」の もとで行う。 ・形式:4島に共同経済特区を設置して、優遇税制などを実施する。 ・分野:漁業、海面養殖、医療、環境、観光 ロシアのクリル諸島への投資額:特区の22事業‐193億ルーブル(370.6億円)、 16-25年の投資額‐689億ルーブル(1322.9億円)計:882億ルーブル(1693.5億円) ・問題点: ①両国の官僚主義の衝突が懸念される(外務省、農水省、厚生労働省 、環境省などが関与して、前例のない特別制度の機構と条例を作る)

    クリル諸島―北方4島

3.12月15日のプーチン来日と会談の結果(2) ②米軍駐在問題。日米安保条約の適用範囲が2島には敷延 しない合意が日米間で必要。  元駐日ロシア大使パノフ氏は次のように述べている。「 両国の法的な立場を害さない制度作りには多くの困難があ るが、双方に強い政治的意思があれば、迅速にまとめられ る。重要なのは安倍晋三首相とプーチン大統領が頻繁に会 い、双方の事務当局に圧力をかけ続けることだ。官僚組織 はこうした新しい試みには極めて消極的なのが常だからだ 」(日経 2017.1.15.) ②米軍駐在問題。日米安保条約の適用範囲が2島には敷延 しない合意が日米間で必要。

     パノフ元駐日大使

(2)日ロ経済協力について 8項目の経済協力プラン (2)日ロ経済協力について       8項目の経済協力プラン  12月15日に8項目の経済協力プランの枠内で政府間12件、民間68件の 合意書が締結された。60年間の日ソ・日ロ関係史で初めての画期的な 出来事。 その内容は、 ①最先端病院の建設など医療・健康分野 ②都市交通網整備など都市づくり ③中小企業同士の交流や協力の拡大 ④石油・ガスなどエネルギー開発 ⑤産業の多様化と生産性向上の取り組み ⑥極東地域での産業振興やインフラ整備 ⑦原子力やITなど先端技術分野                            ⑧若者やスポーツ・文化交流分野の人的交流  経済協力と領土交渉は平和条約締結の両輪をなす。

世耕経済産業大臣 兼ロシア経済分野協力担当大臣の訪ロ         世耕経済産業大臣     兼ロシア経済分野協力担当大臣の訪ロ

(2)日ロ経済協力について 8項目の経済協力プラン(2) (2)日ロ経済協力について       8項目の経済協力プラン(2)

(2)日ロ経済協力について 8項目の経済協力プラン(3) (2)日ロ経済協力について       8項目の経済協力プラン(3)

(2)日ロ経済協力について 8項目の経済協力プラン(4) (2)日ロ経済協力について       8項目の経済協力プラン(4) ・ワニノ港石炭ターミナル建設プロジェクトに関 する覚書(丸紅、コルマール社)は民間のプロジ ェクトリストに入った。 ・その他の国土交通省のプロジェクトは入らなか った。 ・北方領土4島の観光事業には、国土交通省が入 る。4島の港はすべて貧弱で、沈没船なども多い   サルベージと港湾の改造が必要だ。

    4.ロシア国内の反響 日ロ間で平和条約を結ぶための一歩を踏み出した。モスクワ・カネーギセ ンター・ドミトリー・ストレリツォフ教授は「日ロ首脳が平和条約に道筋を つけるための双方受け入れ可能な形態を見出した。こうした共同経済活動は 前例がないが、まだ、未決定の部分が多いとしても、双方は前進する基盤を 作った。未解決の領土問題にも陽が射した」と述べている。 元駐日大使アレクサンドル・パノフ氏は、日本の立場をロシア国民に説明 し、平和条約への前進だと言う。「日本は事実上経済封鎖には加わっていな い。経済的制限は撤廃され米欧に関わりなく関係が発展する。双方の合意履 行に口を挟む官僚がいるが、合意のレベルは高く、平和条約に向けて前進し た」 ロシア国際ビジネス会議・アンドレイ・コルトノフ総裁は、会談の結果は 日本の期待に沿える内容ではなかったと率直に語った。「会議は、前進した が、日本側が期待した奇跡は起こらず、プーチン大統領は西側経済封鎖の壁 に突破口を開ける勝利を得たが、日本側はもっと実質的な譲歩を期待してい た(BEDOMOSTJ 2016.12.19)

ロシアの世論調査会社レバダ・センターが今年5月末に実施した世論調査によれば、北方領土の日本への引き渡しに「反対する」との回答が78%に上った。

   5.12月会談の成果 (1)共同経済活動は、現時点で日ロ双方が合意できる平和条約を結 ぶための入口 共同経済活動は、ロシアの主権のもとで行われる、と多くのロシア 関係者が述べていたが、声明文には、調整された経済活動の分野に応 じて、しかるべき法的基盤の諸問題が検討されると記された。 両首脳が「南千島諸島における日ロによる共同経済活動に関する協 議を開始することが平和条約締結に向けた重要な一歩になりうるとの 相互理解に達した」(12月19日ウシャコフ大統領補佐官) この70年間は論議だけで、具体的には何の動きもなかった。 (2)対象が4島となった(ロシアは南クリル諸島と言っている) (3)島民が自由に行けるようになる。従来は、ロシアの現住民が日 本の元島民に招待状を出してのみ訪問が可能となった。 (4)共同経済活動の5分野が明記された。

(5)平和条約締結の時期について 「我々の時代に解決しよう」と安倍首相。   (5)平和条約締結の時期について 「我々の時代に解決しよう」と安倍首相。 「両首脳は、上記の諸島における共同経済活動に関する交渉を進める ことに合意し、また、平和条約問題を解決する自らの真摯な決意を表 明した」(16.12.17 共同経済活動に関する声明)  プーチン大統領は、2018年に再選されると任期は2024年まで。安 倍首相は、自民の総裁任期を「連続3期9年」に延長することが決まっ たので、2018年9月に再選されれば2021年まで。これが一つの時期を 現わしている。  歴来の合意は、両当事者が変わると、そこで終わり、そのあとは引き継が れない(例えば、橋本首相・エリツイン大統領の関係)。従って長期政権中 に解決すべきである。歴史的経験からして今回のチャンスを逃がしたら、再 び、近い将来の解決は無理であろう。  もし4島返還を固持するなら、ロシアは、4島を韓国、中国に開放し、日本 の入る余地はなくなる。

      6. 今後の見通し すでに具体化の動きが始まっている。12月15日に「南クリル諸島の 共同経済活動の条件、形式、分野で合意するための詳細な折衝を開始 するよう指示する」とウシャコフ大統領補佐官。 トルトネフ副首相兼極東連邦管区大統領全権代表は、12月20日に共 同経済活動をどう進めるかについての案を来年1月はじめにプーチン 大統領に示す考えを表明した(日経 2016.12.26.) 安倍首相は、山口県下関で開いた後援会の会合で挨拶し「今年前半 にロシアを訪問したい」と表明した(日経 2017.1.9.)12月20日の東 京都内での講演でも早期の訪問に意欲を示した。 世耕経済大臣は、1月11日にロシアを訪問、経済協力プランの具体 化を図った。 安倍首相が4月に訪ロすることが決定(シュワロフ第一副首相 2017.1.11日)

    6. 今後の見通し(2) 2月26日 相木俊宏欧州局審議官がサハリン州知 事コジエミャコフ氏と会談。中央政府同士で具体 的な協議をするが、サハリン州政府との意思疎通 も図る。 3月1日 秋場外務審議官とモルグーロフ外務次官 の会談が3月1日に行われる。二国関係以外に北方 領土4島における共同経済活動、元島民の自由往 来が議題として審議される。

     6. 今後の見通し(3) 先に両首脳の任期に触れたが、その期間内に平和条約締結の条 件は整うのか。考えられることは、 (1)アメリカとの交渉が成立して、日米安全保障条約は引き渡され る2島には敷延しない協定が結ばれる。 (2)2島の主権が日本に渡ったのちにも、多くのロシア住民が4島の 日本企業に就職し、不可欠な労働力になり、4島の共同経済特区は相 当期間存続する。 (3)共同経済事業がかなりの成果を上げ、北海道経済との融合が起 こる。 (4)松輪島のロシアの海軍基地が完成し、国後、択捉島の軍事基地 の役割は相対的に低下する。 (5)SVOBODNYIのロケット発射基地が正式の運用に入る。 以上のような条件が成熟す中で、2島の引き渡し交渉が始まり、 引き渡しが行われる。