パーキンソン病のわかりやすい総説 NEJM 2005;353:1021 プライマリ・ケア医にもわかるように 日本語で要点をまとめてみました
パーキンソン病の疫学 米国では,100万人,60歳以上の1% 日本では有病率100/10万人=12万人 →高齢化によって増加の一途 10以上の遺伝子変異が報告されているが,単一の遺伝子変異によるPDはまれ 一方,家族歴のあるPDは10-15%に上る [4] 永井正規ら (1996) 特定疾患治療研究医療受給者調査報告書 (1992年度分) その2. 受療動向に関する集計 ◎パーキンソン病のlife style (1). 野菜、海草を食べない (2). 酒、タバコを飲まない (3). 趣味がない (4). 仕事中心 (5). 運動量が少ない (6). 非社交性、臆病、内向的、深く考える (7). やせている
診断の原則 振戦,固縮,寡動の三徴が重要 姿勢反射障害は病初期には目立たないので,診断にはあまり役立たない 病初期からの頻回の転倒,痴呆,著明な起立性低血圧といった非定型的な症状が目立ったら,他の疾患を考える
パーキンソン病の振戦の特徴 片側に強く現れる 目立つのは:四肢に注意が向かない時 病歴を話している時 歩いている時(手の振戦)
パーキンソン病と本態性振戦の鑑別
寡動の特徴 粗大な動作より細かい動作が障害される 繰り返し動作が障害される カフスボタンをはめる 書字 歯磨き,キーボード,洗髪 卵を溶く,炒め物,米を研ぐ
座位・起立・歩行障害 車から降りる すくっと立ち上がれない 寝起き 深く腰掛けた時,ふかふかしたソファ 寝起き しかし初期から転倒が頻発するのはまれ →病初期からの頻回の転倒は他の疾患を考える
診断 病歴と診察で診断 生化学的マーカーはなし 画像診断は他疾患の除外のため レボドパによる治療的診断の価値は? PET & SPECTは非特異的 レボドパによる治療的診断の価値は? レボドパを試みに投与したからといって,診断ができなくなってしまうことはない
除外診断で大切なこと 薬剤性:プライマリケア場面では2割も 他の変性疾患によるパーキンソニズム ドグマチール,ナウゼリン,プリンペラン 病初期からの転倒,痴呆 左右対称性,Wide-based gait,眼球運度障害 著明な起立性低血圧,失禁 発症から5年以内に寝たきりに近くなる 1. 薬剤性パーキンソニズムは,薬剤中止後,どのくらいで回復するか もともと脳に親和性が高い薬は,脳内に入り込んで中々wash outできない薬もあるだろうから,大雑把に言って,数週間以上かかることもあると言っておこうか.ここで注意してもらいたいのは,薬剤性パーキンソニズムが強く疑われる例でも,パーキンソン病の症状がすっかり無くなってしまうとは限らないということだ.なぜだろうか. 私は,家族も患者さん自身も気づかない程度の,ごく初期のパーキンソン病の患者さんが,原因薬剤を服用してはじめて,症状が誰の目にも明らかになるのが薬剤性パーキンソニスムの大部分を占めるのではないかと思っている.その場合,原因薬剤を注しても,もともとあったごく軽いパーキンソニズムは消えずに,神経内科医が診察してはじめてわかるというわけだ.これはあくまで仮説なのだが,原因薬剤を中止しても症状が消えない場合の説明には便利である.
薬物治療の原則 診断確定即治療開始ではない ドパミンアゴニスト/レボドパで開始する アーテンやシンメトレルは補助的に アーテンも捨てたもんじゃない 昨今のEBM流行下でも、トリヘキシフェニジル(商品名アーテン他)のような、安価な、古典的な薬のRCTをやろうなんて健気な向きの仕事はなかなか日の目を見ない。最新のRCTでも17年前だという。そんな悪条件の中で、.Cochraneがレビューを出してきた。結論は“可”。少なくともプラセボには勝てた。 アーテンは,効果が弱い割には、口渇はともかく、記銘力障害やせん妄が、とくに高齢者に起こりやすいので、使いにくい面があるのだが、何しろ安価で、振戦に対してはよく効き、レボドパを伝家の宝刀として温存できるという点で、見直してもいいと、私は考える。ドパミンアゴニストの値段と、アーテンの値段が何倍違うか、あなた知ってます?知ってから、どちらを選ぶか、考えましょうね。。ドパミンアゴニストの副作用だって馬鹿になりませんよ。アーテンなら、どんな副作用にせよ、勝手知ったるものですからね。 Katzenschlager R and others. Anticholinergics for symptomatic management of Parkinson's disease.Cochrane Database Syst Rev. 2003;(2):CD003735. Review
レボドパの使い方 米国:3ヶ月かけて最低1000mgまで増量 日本:標準維持量が600-750mg エンタカポンの併用効果は? 治療無反応の時,検討すべきこと 併用薬は悪さをしていないか 投与量は十分か 診断はよいか:薬剤性、器質的病変
ドパミンアゴニストの使い方 単剤療法では,運動系副作用が少ない 結局レボドパの併用は避けられない 痴呆症例は避ける:幻覚惹起可能性 突発性睡眠の副作用 麦角系には線維症,心弁膜症のリスク→非麦角系が好まれる傾向→エビデンスは? 麦角系:パーロデル,ペルマックス 非麦角系:ビ・シフロール
その他の薬剤 抗コリン系薬剤:あくまで補助的 MAO-B阻害薬:レボドパとの併用が原則 アマンタジン 自律神経系副作用 痴呆→70歳以上には使わない MAO-B阻害薬:レボドパとの併用が原則 SSRIとの併用禁忌 アマンタジン すくみ足が強いときに試みる 幻覚症状が出ることあり
外科手術 早期のパーキンソン病,薬剤でコントロールができている例は対象外 視床切除術,視床DBS (deep brain stim) 振戦に対して 淡蒼球切除術,淡蒼球・視床下核DBS 運動系の副作用が強い例に対して
今後の課題 レボドパをいつから開始するか レボドパとドパミンアゴニストのどちらで治療を始めるか 神経保護作用を持つ薬剤の開発
プライマリケア医とパーキンソン病 PC医でも診断は十分可能 病歴,診察所見による診断 PC医こそが治療・管理への関わりを 糖尿病に似た慢性疾患管理 身体障害,合併症の治療・管理 在宅医療,福祉 パーキンソン病の診療にはプライマリ・ケア医の関わりが不可欠 パーキンソン病は,日本国内でも推定患者数12万人と,アルツハイマー病に次いで多い神経変性疾患である.発症は40歳以上で,高齢になるにつれて有病率が高くなるため,高齢化社会で患者数は今後も着実に増加するだろう.そういう状況の中で,パーキンソン病の診療は,専門医だけでは対応し切れない.患者数の多さもさることながら,病悩期間が長期に及ぶ慢性疾患であること,日常生活動作障害が大きな問題となるため,保健・福祉の分野との密な連携が要求されることから,プライマリ・ケア医の関わりが必須である.決して専門医しか診療ができないというわけではない.いつでもどこでも専門医がいるわけではないし,直ぐに気軽に紹介できるわけでもない.緊急性のある疾患ならいざ知らず,パーキンソン病の診断確定だけのために,何時間もかけて通院してもらうのは忍びないという状況は,日本全国あちこちで起こっているだろう. そんな時の,プライマリ・ケア医がパーキンソン病を診療できれば,どんなに患者さんは楽だろう. パーキンソン病は慢性疾患の一つ プライマリ・ケア医の方は,神経変性疾患ということだけで特別視しがちだが,それが誤解である理由は以下の通り明らかである.パーキンソン病の診断は病歴と診察で行われる.また,慢性疾患であり,複数ある治療手段や薬剤の組み合わせで長期にわたって,経過を見ながら治療のさじ加減を考える点では,糖尿病や高血圧症によく似ている.このようなパーキンソン病の診療の特徴は,プライマリ・ケア医の日常診療によく当てはまる.薬の副作用としてしばしば起こる消化器症状や,進行期の患者に起こる様々な合併症への対処は,専門医よりもプライマリ・ケア医の方がふさわしい. 自分達専門医にしか診療できないとして,共有可能な診療知識を秘事口伝のように隠すことは,患者から治療の機会を奪っていることになる.パーキンソン病の診療は決して専門医にしかできない難しいものではないことは,糖尿病の治療と比べていただければよくわかる.いくつかの種類がある薬剤を患者さんの状態に合わせて処方し,モニタリングと生活指導を行っていく点で,パーキンソン病の治療は糖尿病の治療によく似ている.外来で糖尿病が診療できるのなら,パーキンソン病の診療もできることを請合おう.幸い, NEJMの総説は,大変わかりやすく,簡潔に書かれているので,日本語で要点をまとめておいた.
パーキンソン病診療のtips 専門医でなくても治療していいのか? 薬剤性パーキンソニスムはどの位で戻るか レボドパを投与してしまうと診断の妨げにならないか? 下腿の浮腫 体重減少 レビー小体痴呆の問題:幻覚,妄想,痴呆 診療のtips 診療の基本については,別紙NEJM総説の訳と解説を参照していただくとして,ここでは,パーキンソン病診療で覚えておくと役に立つ知恵をご紹介しよう. 1. 自分で勝手に診断して,勝手に治療を始めて,専門医がご機嫌を損ねないか? 前述のように,パーキンソン病は神経変性疾患の中でも有病率が高く,かつ経過が長いので,多くの神経内科医は,実は外来にたくさんのパーキンソン病の患者さんを抱えて難渋している.それでも音を上げないのは,下手に専門医の誇りがあるからだ.でも,プライマリ・ケア医のあなたが助けてくれれば,こんな嬉しいことはない. 具体的には,次のようにするとよい.あなた自身がパーキンソン病を疑ったら,(紹介先がひどく込んでいたり,遠かったりして紹介が無理な場合は別として)いったん神経内科医に紹介する.その時に,診断が確かで,治療方針が決まれば,いつでもこちらで診ますよと,紹介状に一言書いておく.外来がパーキンソン病患者さんで一杯で困っている場合には,渡りに船で患者さんを戻してくれるだろう. 2. 薬剤性パーキンソニズムは,薬剤中止後,どのくらいで回復するか もともと脳に親和性が高い薬は,脳内に入り込んで中々wash outできない薬もあるだろうから,大雑把に言って,数週間以上かかることもあると言っておこうか.ここで注意してもらいたいのは,薬剤性パーキンソニズムが強く疑われる例でも,パーキンソン病の症状がすっかり無くなってしまうとは限らないということだ.なぜだろうか. 私は,家族も患者さん自身も気づかない程度の,ごく初期のパーキンソン病の患者さんが,原因薬剤を服用してはじめて,症状が誰の目にも明らかになるのが薬剤性パーキンソニスムの大部分を占めるのではないかと思っている.その場合,原因薬剤を注しても,もともとあったごく軽いパーキンソニズムは消えずに,神経内科医が診察してはじめてわかるというわけだ.これはあくまで仮説なのだが,原因薬剤を中止しても症状が消えない場合の説明には便利である. 3. プライマリ・ケア医がレボドパを投与してしまうと,専門医の診断の妨げにならないか? 心配することはない.レボドパを投与して効いた場合には,パーキンソン病としてそのままプライマリ・ケア医が経過を追うだろうから,専門医に紹介するのは,レボドパが効かない場合だけだろう.そうすると,紹介する時点でも症状は変わらないわけだし,レボドパが効かないということ自体も診断の参考になりさえすれ,邪魔にはならないから,レボドパの反応性がどうあろうと,専門医の診断の妨げにはならない. 4. レビー小体痴呆の問題 レビー小体痴呆は,痴呆の上にパーキンソニズムが加わった神経変性疾患である.以前はアルツハイマー病の症状の一部としてパーキンソニズムが見られることがあると解釈されていたのだが,そういう例は,実は神経病理学的にもアルツハイマー病ではなくて,黒質以外にもレビー小体が見られるレビー小体痴呆と診断されることが多くなった.診断は臨床症状をもとに行われ,バイオマーカーは存在しないし,画像も他疾患の除外に補助的に使われるだけである.決して稀な病気ではない可能性があるから,プライマリ・ケア場面でも,パーキンソン病を疑われる症例の中に,このレビー小体痴呆が混在してくる可能性を考えておかなくてはならない.普通のパーキンソン病にしては,病初期から,痴呆,幻覚妄想や譫妄がひどくておかしいなと思ったら,この病気を疑って,それこそ専門医に紹介しよう.神経内科でも精神科でも,どちらでもいい. 5. 下腿の浮腫はなぜ起こる パーキンソン病では,下腿の浮腫が高率に生じるが,その理由は不明である.浮腫を起こすほどの心臓,肝臓,腎臓,あるいは内分泌代謝障害は通常見つからない.この病気の自律神経症状(血管運動神経の障害)の一環とも,薬剤性とも言われる.患者さんや家族は心配するが,このことを心得ている医者は気にしないので,外来での葛藤の種の一つとなる. 6. これまた厄介な原因不明の体重減少 パーキンソン病における原因不明の体重減少も,しばしば医者泣かせである.数ヶ月の経過で10kgの減少なんてのも,ざらである.パーキンソン病の患者さんの多くは癌年齢ということもあって,すわ一大事とばかり,体の動かない患者さんに無理をお願いしてさんざん悪性腫瘍を検索しても,多くの場合,何も出てこない.神経内科医はこの繰り返しである.