「教室を借りる」から「教室を創る」へ -「夏休み学習ゼミナール」の試み-

Slides:



Advertisements
Similar presentations
QUIZLETの活用による 語彙学習の習慣化を促す試み(の失敗例) 名古屋学院大学 国際文化学部 講師 工藤 泰三 1.
Advertisements

高校野球選手における 練習意識に ついて ~監督の役割~ 高校野球選手における 練習意識に ついて ~監督の役割~ 保健体育専攻 指導教官:落合 優 指導教官:落合 優0451130武井 友史.
言語教師としての 役割と認知 平成 21 年度教員免許状更新講習 3 共立女子大学 02/08/2009 笹島茂 1.
販売行動を通した自発的コミュニケーションスキルの促進
研修のめあて 授業記録、授業評価等に役立てるためのICT活用について理解し、ディジタルカメラ又はビデオカメラのデータ整理の方法について研修します。 福岡県教育センター 教員のICT授業活用力向上研修システム.
「ストレスに起因する成長」に関する文献的検討
平成19年度 「長崎県国語力向上プラン」 地区別研修会
平成19年度長崎県国語力向上プラン地区別研修会
5 情報モラル教育 4.道徳や各教科等における  情報モラル.
日本の英語教育 c 奥田波奈.
和歌山大学全学FDワークショップ「授業改善に向けた私の工夫」
確率・統計Ⅰ 第12回 統計学の基礎1 ここです! 確率論とは 確率変数、確率分布 確率変数の独立性 / 確率変数の平均
表6-1 単元計画の例「明かりをつけよう」 次 学習活動 教師の支援・留意点 第1次 2時間 豆電球に明かりをつけよう
徹底活用するための校内研修パッケージ これから、「子どもの学びを支えるヒント集2」を活用した校内研修を始めます。
子ども達への科学実験教室の運営方法論 -環境NGO「サイエンスEネット」の活動事例をとおして- 川村 康文
富山大学教育学部 附属教育実践総合センター 助教授 小川 亮
「道徳の時間」の進め方について 球磨教育事務所  .
市場調査の手順 問題の設定 調査方法の決定 データ収集方法の決定 データ収集の実行 データ分析と解釈 報告書の作成.
マイクロティーチング 演習 指導案作成 模擬授業発表
教職院 ナッキョン 奈良市高畑町 得意: 授業での「つかみ」
情報教育の推進について 神奈川県立川崎北高等学校.
寺尾 敦 青山学院大学社会情報学部 atsushi [at] si.aoyama.ac.jp
eラーニングを活用した 盲ろう担当教員研修
授業におけるタブレット端末の活用 兵庫県教育委員会 1.
総合科目「学生による授業評価 アンケート」(マークシート方式)
統計学 第1週 9/27(木) 担当:鈴木智也.
教師教育を担うのは誰か? 日本教育学会第70回大会ラウンドテーブル 2011年8月24日 千葉大学 2108教室
総合科目「学生による授業評価 アンケート」(マークシート方式)
丹波市立西小学校 教諭 細見 隆昭 2007年2月25日(日) 神戸市ハーバーランドダイヤニッセイビル
千葉大学教育学部 小学校教員養成課程 ようこそ!教育心理選修へ.
寺尾 敦 青山学院大学社会情報学部 atsushi [at] si.aoyama.ac.jp
経済情報処理ガイダンス 神奈川大学 経済学部.
理論試験速報 理論問題部会長 鈴木 亨 先生 (筑波大学附属高等学校) にインタビュー.
4 ICTを活用した指導力の向上 3.指導案の作成.
少経験者を育てる「3+1授業研究」 今年度からの取組 立案(P) 研究授業(C) 実践(D) 次への抱負(A) 研究協議(A)
スライド資料 B3 ICT機器の活用 ③タブレット端末 兵庫県版研修プログラム.
自由席にしています。 資料のある席へお座りください.
夏休みボトムアップ企画 進路指導部 孫 一 進路指導部の孫一です。 本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。
小中連携を進めるために! 外国語教育における 三つのステップと大切にしたいこと 岐阜県教育委員会 学校支援課
ワークショップ型研修の進め方 .
学生の相互評価を用いた モデリング支援システムの開発
学びを促進する“インフォームドアセスメント” -学力評価の方向づけ機能に着目して-
システム演習C報告 ゼミ長(E.T) Satoshi Ueda.
徹底活用するための校内研修パッケージ これから、「子どもの学びを支えるヒント集2」を活用した校内研修を始めます。
学生の学力低下と化学教育における工夫 日本大学理工学部の教育事例紹介 私化連シンポジウム 日本大学 理工学部 物質応用化学科
数学や物理の宿題が全然わからない そんな日は今日で終わりにしませんか。 東大理数学院 塾長 西村 太一.
教師にとっての「生の質」 青木直子(大阪大学).
大学生における援助要請行動の 調査研究.
第4回目「これからの生涯学習推進の方向を探る」
黒はいや!   白のパンダにして!.
統計学の入門講義における 達成動機,自己効力感,およびテスト成績の関連
平成15・16・17年度 田辺市教育委員会指定研究校 『情報化社会を生きる児童の育成』
日本の高校における英語の授業は 英語がベストか?
平成31(2019)年度 ○○○立○○小学校 学力向上プラン(例)
学修する科目やプログラムの内容 名門ボーディングスクールプログラム in Lawrenceville
学修する科目やプログラムの内容 世界の留学生と交流学習プログラム in New York
(中学校)学習指導要領前文 これからの学校は 子どもたちの育成 教育課程を通して =「社会に開かれた教育課程」の実現
1.因子分析とは 2.因子分析を行う前に確認すべきこと 3.因子分析の手順 4.因子分析後の分析 5.参考文献 6.課題11
米国GAISEプロジェクトにおける 統計教育カリキュラムと評価方法
【研究題目】 視線不安からの脱却に 影響を与える要因について
理論研究:言語文化研究 担当:細川英雄.
松山大学学生意識調査 ~一般基礎演習と経済基礎演習は必要なのか~
教育情報共有化促進モデル事業報告 中学校数学 平成16年1月31日 岐阜県 学習システム研究会「楽しく学ぶ数学部会」
試行錯誤を重視した数学教育    群馬県立 吉井高等学校           大 塚 道 明.
回帰分析入門 経済データ解析 2011年度.
自由席にしています。 資料のある席へお座りください.
いじめは決して許されるものではありません。 ネットいじめにあった場合は大人に相談しましょう。
映像を用いた 「からだ気づき」実習教材の開発
平成20・21年度 国立教育政策研究所・教育課程研究センター指定
Presentation transcript:

「教室を借りる」から「教室を創る」へ -「夏休み学習ゼミナール」の試み- 「教室を借りる」から「教室を創る」へ -「夏休み学習ゼミナール」の試み- 東京大学大学院教育学研究科 日本学術振興会 村山 航

「教育心理学研究」における介入研究

なぜこんなに少ないのか そもそも介入することに意義を見出していない 「基礎研究の積み重ね=介入への示唆」という信念 介入よりも「メカニズム」「プロセス」自体に興味がある. 「基礎研究の積み重ね=介入への示唆」という信念 やりたいけどやるのが難しい(特に大学院生) 質問紙,実験,授業観察から脱却できない

やりたいけどやるのが難しい(特に大学院生) 質問紙,実験,授業観察から脱却できない

なぜやるのが難しいか 外部の人に授業をさせてくれる学校は非常に稀 学校との信頼関係が前提 こちらの立場としても,気が引ける 教員免許を持たない大学院生だとなおさら 学校との信頼関係が前提 大学院生の期間で,そこまでの関係を結ぶのは難しい こちらの立場としても,気が引ける たとえ,教室を「借りる」ことができても制約が多い

たとえ,教室を「借りる」ことができても制約が多い

教室を「借りた」介入研究の限界点 学校のカリキュラム上の制約 クラス間で異なった処遇を行うことへの抵抗 進度を無視した単元や「学習方略」などの授業は難しい クラス間で異なった処遇を行うことへの抵抗 介入の効果を検出することが難しい 授業自体は教師が行うことになる(ことが多い) 少なくとも,教師の監督下で授業を行うことになる よりベターだと思われる実験的統制も難しい 要因の交絡・検出力の低下などで,重要なメカニズム,因果関係を過大評価/見落とす可能性 もちろん,私たちのアプローチでも,「片方のクラスが悪くなればよい」と思っているわけでは決してない.

発想の転換 学校 大学

発想の転換 大学=地域のリソースの1つ (市川, 1998) 学校 大学 2+3=5 5-7=-2 きてもらう,というと,何か偉そうに聴こえますが,大学を「地域のリソース」と考えると自然な発想だと思います.

「夏休み学習ゼミナール」 地域の中学生(希望者)を夏休みに大学に呼んで,授業を行う 授業者は主として大学院生 参加は無料 地域のリソースとしてのプログラム:「学びのポイントラリー」 授業者は主として大学院生 各院生が,自分の専門を生かした教育プログラム 教育プログラムの効果を検討

教室を「借りた」介入研究の限界点 学校のカリキュラム上の制約 クラス間で異なった処遇を行うことへの抵抗 進度を無視した単元や「学習方略」などの授業は難しい クラス間で異なった処遇を行うことへの抵抗 介入の効果を検出することが難しい 授業自体は教師が行うことになる(ことが多い) 少なくとも,教師の監督下で授業を行うことになる よりベターだと思われる実験的統制も難しい 要因の交絡・検出力の低下などで,重要なメカニズム,因果関係を過大評価/見落とす可能性

教室を「創る」介入研究のメリット 学校のカリキュラム上の制約 クラス間で異なった処遇を行うことへの抵抗 進度を無視した単元や「学習方略」などの授業は難しい クラス間で異なった処遇を行うことへの抵抗 介入の効果を検出することが難しい 授業自体は教師が行うことになる(ことが多い) 少なくとも,教師の監督下で授業を行うことになる よりベターだと思われる実験的統制も難しい 要因の交絡・検出力の低下などで,重要なメカニズム,因果関係を過大評価/見落とす可能性

教室を「創る」介入研究のメリット 学校の制約を離れた柔軟な授業作りが可能 クラス間で異なった処遇を行うことへの抵抗 教材・教える内容ともに従来の枠に捉われない クラス間で異なった処遇を行うことへの抵抗 介入の効果を検出することが難しい 授業自体は教師が行うことになる(ことが多い) 少なくとも,教師の監督下で授業を行うことになる よりベターだと思われる実験的統制も難しい 要因の交絡・検出力の低下などで,重要なメカニズム,因果関係を過大評価/見落とす可能性

教室を「創る」介入研究のメリット 学校の制約を離れた柔軟な授業作りが可能 クラス間で異なった処遇を行うこともある程度可能 教材・教える内容ともに従来の枠に捉われない クラス間で異なった処遇を行うこともある程度可能 もちろんどのクラスにも質の高い授業をすることが前提 授業自体は教師が行うことになる(ことが多い) 少なくとも,教師の監督下で授業を行うことになる よりベターだと思われる実験的統制も難しい 要因の交絡・検出力の低下などで,重要なメカニズム,因果関係を過大評価/見落とす可能性 「異なった処遇」な何回もいうが,留意しなくてはいけない点.

教室を「創る」介入研究のメリット 学校の制約を離れた柔軟な授業作りが可能 クラス間で異なった処遇を行うこともある程度可能 教材・教える内容ともに従来の枠に捉われない クラス間で異なった処遇を行うこともある程度可能 もちろんどのクラスにも質の高い授業をすることが前提 研究者(大学院生)自身が,授業を行うことが可能 研究者としての貴重な“教師体験” よりベターだと思われる実験的統制も難しい 要因の交絡・検出力の低下などで,重要なメカニズム,因果関係を過大評価/見落とす可能性

教室を「創る」介入研究のメリット 学校の制約を離れた柔軟な授業作りが可能 クラス間で異なった処遇を行うこともある程度可能 教材・教える内容ともに従来の枠に捉われない クラス間で異なった処遇を行うこともある程度可能 もちろんどのクラスにも質の高い授業をすることが前提 研究者(大学院生)自身が,授業を行うことが可能 研究者としての貴重な“教師体験” ある程度の実験的な統制が可能 ランダムアサインメントなど,通常の学校では不可能

「夏休み学習ゼミナール」の概要 ※ 対象:中学2年,期間:5-7日間,場所:東京大学教育学部 実施時期 2001年夏 2002年夏 2004年春 2004年夏 参加人数 約80人 約140人 約20人 約150人 中学生は,教育委員会を通して連絡してもらうか,区役所で調べさせてもらって,案内の手紙を出しています. 英語・数学国語・社会 数学・理科国語・社会 数学・理科国語 英語・数学 国語・理科社会・情報 教科

授業風景

市川(2003):「人に教えること」を通して理解を深める 授業内容:数学の“順列と組み合わせ” 「人に教える」という活動を通して理解を深める 一斉授業・問題演習のあと,,, 小グループに分かれて,教え合い活動 各グループには,学校の先生・院生などのアシスタント 単元を通して「勉強のしかた・方法」に焦点

村山(2003):テスト形式が学習方略に与える影響 授業内容:社会科の“近現代史” 中学2年生80人を3群に無作為配置 空所補充クラス 記述-非添削クラス 記述-添削クラス 毎回の授業後に確認テストを実施 従属変数:方略使用(質問紙)・ノートの分析 テストの点数など,交絡要因をある程度統制

結果

結果 ATI効果 習得目標

結果

授業内容自体の評価 質問項目 平均点(7点満点)とSD 授業自体を楽しむことができた 学校で同じテーマをやれば,よく理解できると思う 6.04 (1.01) 5.71(1.13) 実験授業だからといって質が低いというわけではない

強み 要因の交絡可能性が低い 「毎回のテスト」という場面を設定し,いくつかの変数を統制することによって,通常の介入研究では検出しにくかった現象を炙り出した

よくある誤解 「実験授業」:研究だけが目的のようで冷たくみえる 学校現場での介入研究に比べ,生態学的妥当性が低いのではないか 先述したように,どのクラスも授業自体の質は高い.また事前に,授業内容の検討を行うようにしている. 学校現場での介入研究に比べ,生態学的妥当性が低いのではないか “生態学的妥当性”(Neisser, 1978)の意味のはきちがえ(森, 2002) あくまで「学校での介入に役立つ心理メカニズムの同定・介入プログラムの提案」を目指すために,いったん枠を離れているだけ “認知研究が生態学的妥当性をもつということは,要するにその研究で明らかにされた事実や法則が,認知機能が生きて働いている日常世界での認知過程の「重要で本質的な」側面を捉えているということに他ならない.(中略)たとえ日常的な状況での日常的な題材を取り扱ったとしても,それが日常世界の認知過程の「重要で本質的な」側面を捉えていない限り,決して生態学的妥当性が高い研究とはみなせないことになる”(森, 2002).

難しいところ・悩み 参加希望者の偏り 実施のためのコスト “授業のダイナミクス”と“統制された実験”のジレンマ やはり親が熱心な人が多い 院生への負担が大きい “授業のダイナミクス”と“統制された実験”のジレンマ 授業に慣れれば慣れるほど見えてくる問題 授業のその場で作られる“学びの機会”をどうするか 授業の流れ・クラスの雰囲気など,こちらが予期せぬ形で,事態が次々と変化 松江中などでの授業検討の経験も話す.今年になって,特に自分にとって大きな問題点. 学びの機会:例えばA君を当てると,こちらの期待とは違うが,なんか「これは発展しそうだ」というような返答が返って来る.そのときに授業をスケジュール通り進めるのか,この学びの機会を拾い上げるのか クラスの雰囲気:1人がうるさくて,それをほっておくと,あっという間にクラス中に伝播して,「うるさいくらす」のできあがり. 統計的には観測値は独立で,1人のうるさい生徒というのは,そのクラスの中に偶然1人迷い込んでいた,値が極端な生徒にすぎないのに, その人が,他の人にも同じような影響を与えてしまう.観測値の独立性って,,,.

参考文献 ≪夏休み学習ゼミナールについての解説≫ 市川伸一 (2004) 学ぶ意欲と学習スキルを育てる 小学館 市川伸一 (2004) 学ぶ意欲と学習スキルを育てる 小学館 植木理恵・市川伸一 (印刷中) 大学を地域の学習リソースに -研究者が企画・実施する実践型アプローチ- 鹿毛雅治(編) 教育心理学の新しいかたち 誠信書房 ≪今日解説した授業について≫ 市川伸一 (2003) 大学で開く中学生向けゼミナールの試み 学校臨床研究, 2(1), 87-91. 村山航 (2003) テスト形式が学習方略に与える影響 教育心理学研究, 51, 1-12.

ご清聴ありがとうございました ご意見・質問は murakou@orion.ocn.ne.jp まで