化学療法学 悪性腫瘍の病態と治療
主要死因別死亡率(人口10万対)の年次推移 1945~2015年 300 250 悪性新生物 結核 200 脳血管疾患 心疾患 150 肺炎 100 50 昭和20年 1945 25 1950 30 1955 35 1960 40 1965 45 1970 50 1975 55 1980 60 1985 平成2 1990 7 1995 12 2000 17 2005 23 2010 28 2015 人口動態統計 厚生労働省大臣官房統計情報部 注: 1995年の心疾患の低下および脳血管疾患の上昇は、ICD-10の適用と死亡診断書の改正による影響が考えられる。
悪性腫瘍の病態
悪性腫瘍 腫瘍・・・組織,細胞が過剰増殖することによってできる組織塊 悪性:浸潤,転移などによって宿主の生命に危機を及ぼす 固形がん 悪性:浸潤,転移などによって宿主の生命に危機を及ぼす 固形がん 癌腫・・・上皮性細胞から生じた悪性腫瘍 胃がん,肺がん,乳がん 肉腫・・・上皮性細胞以外の組織から生じた悪性腫瘍 骨肉腫,繊維肉腫 血液がん(造血器腫瘍) 白血病,リンパ腫
部位別がん死亡数(2012年) 男性 女性 胆嚢・胆管 リンパ 前立腺 その他 食道 結腸 直腸 肝臓 膵臓 胃 肺 白血病 食道 子宮 リンパ その他 女性 結腸 肝臓 膵臓 胃 肺 乳 直腸 卵巣 白血病 人
部位別がん罹患者数(2012年) 男性 女性 口腔・咽頭 甲状腺 腎・尿路 前立腺 リンパ その他 食道 結腸 直腸 肝臓 膵臓 胃 肺 白血病 口腔・咽頭 肝臓 腎・尿路 リンパ 甲状腺 その他 女性 結腸 直腸 子宮 卵巣 胃 肺 乳 人/10万人 食道 膵臓 白血病
がんの相対生存率 全がん協生存率調査(1999-2002初回入院治療症例) % 100 乳 前立腺 子宮体 子宮頸 80 胃 結腸 直腸 悪性 リンパ 全がん * 卵巣 60 * 食道 白血病 40 肝臓 胆嚢 胆道 肺 20 膵臓 * Matsuda T, et al., Jpn. J. Clin. Oncol. 2011; 41: 40-51. Ito Y, et al., Cancer Sci. 2014; 105: 1480-6. 5年生存率 10年生存率
がん治療成績(5年生存率)の推移 1975~1977 1993~1996 2003~2005 全部位 食道 胃 結腸 直腸 肝臓 膵臓 肺 乳房 子宮 卵巣 前立腺 リンパ 白血病
がんの組織型分類 扁平上皮がん・・・扁平上皮細胞を起源とする 皮膚がん,食道がん,子宮頸がん 腺がん・・・分泌組織を起源とする 皮膚がん,食道がん,子宮頸がん 腺がん・・・分泌組織を起源とする 胃がん,乳がん,子宮体がん 未分化がん・・・由来組織が明確でない。進行が早く,転移しやすい 小細胞肺がん 非小細胞肺がん 扁平上皮がん 肺がん 腺がん 大細胞がん 小細胞肺がん 未分化がん
悪性腫瘍の病態生理 臓器機能障害 がんの増殖や浸潤による各種臓器の破壊や機械的圧迫 栄養障害 消化管機能障害,がんによる栄養消費 がんの増殖や浸潤による各種臓器の破壊や機械的圧迫 栄養障害 消化管機能障害,がんによる栄養消費 悪液質・・・体重減少,全身衰弱 栄養障害,がん,炎症細胞からのサイトカインの過剰分泌 免疫力低下・・・日和見感染 生体防御系のひずみ,化学療法や放射線療法の副作用
悪性腫瘍の発生機序 がん関連遺伝子の多段階変異 正常大腸粘膜 ↓ ポリープ APC遺伝子(がん抑制遺伝子)変異 ポリープ肥大 初期がん 大腸がん APC遺伝子(がん抑制遺伝子)変異 K-ras遺伝子(がん遺伝子)変異 DCC遺伝子(ネトリン受容体)欠失 p53遺伝子(がん抑制遺伝子)変異
代表的な悪性腫瘍
食道がん 大部分が扁平上皮がん 男性に多く,発生率は増加傾向 周囲に浸潤しやすく,リンパ節転移多い 悪性度が高く,予後は極めて悪い 症状:食道がしみる感じ,嚥下障害,声のかすれ 危険因子:喫煙,飲酒 腫瘍マーカー:SCC抗原 治療:手術療法,放射線療法+化学療法 長期生存は約30%
胃がん 胃粘膜細胞由来 発生は減少傾向 胃部レントゲン撮影,内視鏡検査により早期発見可能 症状:胃痛,胃部不快感 → 食欲不振,吐血,下血 危険因子:ピロリ菌感染 → ピロリ菌除菌療法による予防 治療:手術療法・・・治癒切除の予後は比較的良好 化学療法の感受性は低い 長期生存は約70%
大腸がん(結腸がん,直腸がん) S字結腸,直腸にできるがんが多い 発生は横ばい 他の悪性腫瘍と比べて進行は遅い 便潜血反応,内視鏡検査により早期発見可能 症状:血便,便秘・下痢を繰り返す,排便障害 危険因子:家族性大腸ポリポーシス 遺伝性非ポリポーシス性大腸がん 高脂肪・高タンパク食 腫瘍マーカー:CEA 治療:手術療法・・・治癒切除の予後は良好 化学療法:FOLFOX6などによる延命 長期生存は約70%
肝臓がん 大部分は肝細胞がん 発生は減少傾向 自覚症状はほとんどなく,早期発見は困難 危険因子:C型慢性肝炎,B型慢性肝炎 腫瘍マーカー:AFP,PIVKA-Ⅱ 治療:手術療法 エタノール注入療法,肝動脈塞栓術 長期生存は20%未満
膵臓がん 大部分は膵管がん 発生は増加傾向 極めて予後が悪い 自覚症状はほとんどなく,早期発見は困難 症状:腹痛,黄疸,血糖値上昇 腫瘍マーカー:CA19-9 治療:手術療法 化学療法による延命 長期生存は10%未満
肺がん 日本におけるがん死因の第1位,近年増加傾向 発生は男性で横ばい,女性で増加傾向 早期発見は困難で予後は悪い 非小細胞肺がん 扁平上皮がん 腺がん 大細胞がん 小細胞肺がん・・・進行早く,高転移性,抗がん剤感受性 危険因子:喫煙 症状:咳,胸痛,血痰 腫瘍マーカー:SCC抗原,CYFRA21-1(扁平上皮がん) CEA(腺がん),NSE(小細胞がん) 治療:手術療法 放射線療法,化学療法による延命 長期生存は約20%
乳がん 大部分は乳管由来 発生は増加傾向 触診,マンモグラフィーにより早期発見可能 予後は比較的良好 リンパ節転移,骨転移,肺転移,肝転移 腫瘍マーカー:CA15-3 治療:手術療法・・・乳房温存手術が主流 術後放射線療法 ホルモン療法(抗エストロゲン) 化学療法・・・治癒が期待できる 長期生存は約80%
子宮がん 子宮頸がん(約50%) 30代後半~40代前半が罹患者数のピーク 子宮体がん(約50%) 発生は増加傾向,比較的予後は良好 子宮頸がん(約50%) 30代後半~40代前半が罹患者数のピーク 子宮体がん(約50%) 発生は増加傾向,比較的予後は良好 頸がんは細胞診により早期発見可能 症状:月経時以外の出血 危険因子:子宮頸がんはヒトパピローマウイルス感染 腫瘍マーカー:SCC抗原(頸がん) 治療:手術療法 放射線療法 ホルモン療法(体がん) 化学療法・・・感受性低い 長期生存は約80% 予防:ヒトパピローマウイルスワクチン(頸がん)
卵巣がん 組織型は多様 発生は増加傾向 自覚症状はなく,早期発見は困難 腹膜播種,リンパ節転移をおこす 治療:手術療法 化学療法・・・比較的感受性が高い 長期生存は約50%
前立腺がん 発生は増加傾向 進行は遅い 症状:排尿困難,頻尿,残尿感 診断:前立腺特異抗原(PSA)検査 腫瘍マーカー:PSA,PAP 治療:手術療法 放射線療法 ホルモン療法(抗アンドロゲン) 長期生存は80~90%
悪性リンパ腫 発生は増加傾向 症状:リンパ節腫大,発熱,体重減少,盗汗(寝汗) → 白血化 治療:化学療法,放射線療法・・・効果は高い → 白血化 治療:化学療法,放射線療法・・・効果は高い ホジキンリンパ腫(ホジキン病)・・・全体の約1割 放射線療法,化学療法・・・80~90%が長期生存 非ホジキンリンパ腫・・・約7割がB細胞性 化学療法,(放射線療法) 長期生存は小児で約90%,成人で約50%
白血病 症状:発熱,貧血,易出血性 → 免疫力低下による日和見感染 化学療法による寛解導入率は80%以上 完全寛解(CR):血液中に白血病細胞を認めない状態 小児急性リンパ性白血病(ALL)・・・小児白血病の約7割 化学療法に高感受性・・・70~80%が長期生存 小児急性骨髄性白血病(AML) 化学療法に高感受性・・・約50%が長期生存 成人急性リンパ性白血病 化学療法・・・長期生存約30% 成人急性骨髄性白血病・・・成人白血病の約8割 化学療法・・・長期生存30~40% 慢性骨髄性白血病(CML) イマチニブ投与により80~90%が長期生存
多発性骨髄腫 形質細胞の腫瘍化 → 異常グロブリン(Mタンパク)の生産 症状: 骨髄での造血障害 → 倦怠感,感染症,出血傾向 骨髄での造血障害 → 倦怠感,感染症,出血傾向 骨髄腫細胞による骨破壊 → 骨の痛み,骨折 Mタンパク → 腎機能障害 治療:化学療法・・・効果は低い 5年生存率は30~35%
悪性腫瘍の治療
悪性腫瘍の治療法 がんの三大治療法 その他のがん治療法 手術療法 ホルモン療法(内分泌療法) 放射線療法 エタノール注入療法・・・肝臓がん 手術療法 放射線療法 化学療法 その他のがん治療法 ホルモン療法(内分泌療法) エタノール注入療法・・・肝臓がん 温熱療法 免疫療法 遺伝子治療
悪性腫瘍の手術療法 開腹や内視鏡などによるがん病変の外科的切除 対象疾患:固形がん 唯一の根治療法であることが多い リンパ節郭清による転移防止を同時に行う場合もある 拡大切除 → 病理診断による局所切除 末期がん患者の痛みや呼吸困難などの緩和
悪性腫瘍の放射線療法 γ線,X線,電子線による局部照射 対象疾患:悪性リンパ腫,頭頸部がん,食道がん,乳がんなど 適応 ・切除しないで機能や形態を温存させたいとき ・手術よりも放射線療法のほうが効果を得られる場合(悪性リンパ腫) ・脳幹部の脳腫瘍のように手術の不可能な部位にある場合 ・手術後の再発防止や転移抑制 ・末期がん患者の痛みや呼吸困難などの緩和 放射線障害による副作用
悪性腫瘍の化学療法 抗悪性腫瘍薬(抗がん剤)による多剤併用療法 Total Cell Kill 血液がんの根治治療 末期固形がんの延命療法 副作用は大きい
がん化学療法の評価法 RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumor) ガイドライン 最長径の和で評価 CR(complete response) 完全奏効 すべての標的病変の消失 PR(partial response) 部分奏効 ベースライン最長径和と比較して標的病変の 最長径の和が30%以上減少 PD(progressive disease) 進行 治療開始以降に記録された最小の最長径の 和と比較して標的病変の最長径の和が20% 以上増加 SD(stable disease) 安定 PRとするには縮小が不十分,かつPDとする には増大が不十分
がん化学療法の実際 CR(%) CR+PR(%) 平均生存期間 生存率 延命効果 主として化学療法により治療されるもの 主として化学療法により治療されるもの 白血病(AML) 80 − − 5年 30% ++ 悪性リンパ腫(NHL) 75 − − 5年 40% ++ 小細胞肺がん 35 75 12ヵ月 2年 10% ++ 化学療法を含む集学的治療法により治療されるもの 睾丸腫瘍 65 95 − 5年 70% ++ 卵巣がん 35 65 − 5年 50% ++ 頭頸部がん 20 60 − 2年 40% ++ 進行がんにのみ化学療法が施行されるもの 乳がん 15 60 20ヵ月 − ++ 肝がん − 40 12ヵ月 − ++ 非小細胞肺がん 10 40 10ヵ月 − + 胃がん 5 35 7ヵ月 − ± 大腸がん − 60 24ヵ月 − ++