細胞と多様性の 生物学 第9回 修復、変異、多様化 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.

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細胞と多様性の 生物学 第9回 修復、変異、多様化 和田 勝 東京医科歯科大学教養部

個体、細胞、タンパク質 個体の活動=∑(細胞の働き) 細胞の活動=∑(タンパク質の働き) タンパク質の機能はその構造に依存 構造=アミノ酸の配列 アミノ酸の配列←遺伝子DNAの塩基配列

一塩基置換による点突然変異 DNAの塩基ATGCの1つが別のものに置換しておこる点突然変異 1)変わったコドンが指定するアミノ酸は変わらない(silent mutation) 2)変わったコドンは別のアミノ酸を指定するが、機能は変わらない(synonymous mutation)

3)変わったコドンは別のアミノ酸を指定し、アミノ酸は機能を果たさない(missense mutation) 4)変わったコドンが終止コドンになる(nonsense mutation) 影響大きい

点突然変異であっても プロモーターだと転写不能になる エクソンだと上述の影響が出る可能性 イントロンだと影響はでない Promotor Exon1 Exon2 Exon3 プロモーターだと転写不能になる X イントロンだと影響はでない X エクソンだと上述の影響が出る可能性 X

たとえばキモトリプシン キモトリプシンは、セリンプロテアーゼの一つで、膵臓から不活性型のキモトリプシノーゲンとして十二指腸へ分泌される ウシのキモトリプシンの一次構造 10 20 30 40 50 60 1 CGVPAIQPVL SGLSRIVNGE EAVPGSWPWQ VSLQDKTGFH FCGGSLINEN WVVTAAHCGV 60 61 TTSDVVVAGE FDQGSSSEKI QKLKIAKVFK NSKYNSLTIN NDITLLKLST AASFSQTVSA 120 121 VCLPSASDDF AAGTTCVTTG WGLTRYTNAN TPDRLQQASL PLLSNTNCKK YWGTKIKDAM 180 181 ICAGASGVSS CMGDSGGPLV CKKNGAWTLV GIVSWGSSTC STSTPGVYAR VTALVNWVQQ 240 241 TLAAN

突然変異の位置

一塩基置換による疾病例 この関係がもっとも直線的で明瞭な例は鎌状赤血球貧血症(sickle cell anemia)だろう

一塩基置換による疾病例 鎌状赤血球貧血症のヘモグロビンは、正常のヒトのヘモグロビンと異なるヘモグロビンSで、溶解しにくく、繊維状となるために赤血球が変形する この遺伝子は相互(共)優性で、ホモだと溶血や血栓などが起こり、長くは生きられない。

一塩基置換による疾病例 ヘモグロビンSの一次構造を調べると6番目のアミノ酸グルタミン酸がバリンに変わっていることが明らかになった VHLTPEEKSAV… 11p15.5 VHLTPVEKSAV… ヘモグロビン遺伝子に 突然変異 鎌状 赤血球 ヘモグロビンS ATG/GTG/CAC/CTG/ACT/CCT/GAG/GAG/AAG/TCT/GCC/GTT/... ATG/GTG/CAC/CTG/ACT/CCT/GTG/GAG/AAG/TCT/GCC/GTT/...

遺伝子型と表現型の関係 しかしながら、それほど単純では無い 分子A 分子B 分子C 酵素A 酵素B 酵素C 分子D 酵素AからCはタンパク質で、対応する遺伝子がある。この遺伝子のどれかに突然変異が起こっても、この代謝経路は止まってしまう。

遺伝子型と表現型の関係 前のスライドの例のように一つの形質の発現には多くのたんぱく質が関与する。 遺伝子 タンパク質 形質 たとえば花の色(紫かピンクか白か)

遺伝子型と表現型の関係 反対に、1つの遺伝子が多くの形質の発現に関与する場合もある。 形質1 形質2 形質3 形質4 遺伝子 タンパク質 たとえばアルビニズム(albinism)

メラニンの代謝 人の体色は、黒色素細胞(melanocyte)中の黒色素顆粒(melanin granule)によっている。 Pheo- DOPA quinone tyrosine DOPA Eumela-nin tyrosinase tyrosinase TRP1,2

これ以外にも 黒色素芽細胞の移動 黒色素芽細胞の分化 黒色素細胞での黒色素顆粒合成速度 黒色素顆粒の大きさ メラニン合成の速度 黒色素細胞の突起の数 顆粒をケラチン層へ送り込む速度   などの因子(遺伝子)が関与する

一塩基対の挿入・欠失による DNAの塩基配列中に塩基対が挿入あるいは欠失によりおこる突然変異 読み取り枠がずれるため、突然変異が起こった場所以降の意味が変わってしまう(frameshift mutation) 影響大きい

突然変異の種類

染色体突然変異 切断(breakage) 欠失(deletion) 逆位(inversion) 転座(translocation) 重複(duplication)  によって大きな影響が出る

体細胞突然変異と 生殖細胞突然変異 突然変異は、体細胞系列の細胞に生じることも、生殖系列細胞の細胞に生じることもある。     生殖細胞突然変異 突然変異は、体細胞系列の細胞に生じることも、生殖系列細胞の細胞に生じることもある。 前者を体細胞突然変異(somatic mutation)、後者を生殖細胞突然変異(germline mutation)という。

突然変異のおこるとき 自然突然変異(natural mutation) 複製時の誤り 活性酸素による障害 誘発突然変異(induced mutation) 紫外線、放射線、化学物質の暴露による

突然変異を防ぐため 自然突然変異(natural mutation) 複製時の誤り←修復機構 活性酸素による障害←修復機構 誘発突然変異(induced mutation) 紫外線、放射線、化学物質の暴露による←修復機構

防ぐのに失敗すると 体細胞突然変異 癌化につながるが 次世代に影響を及ぼすことは無い 生殖細胞突然変異 次の世代に伝わる

再びDNA polymerase 複製はDNA-dependent DNA polymeraseが行なっているが、哺乳類のこの酵素にはたくさんの種類がある。 DNAポリメラーゼα:RNAプライマー合成 DNAポリメラーゼδ:ラギング鎖合成 DNAポリメラーゼε:リーディング鎖合成 DNAポリメラーゼγ:ミトコンドリアで

複製過程における校正 DNAポリメラーゼは、鋳型鎖の塩基と相補的な塩基を持ったヌクレオチドを取り込んで、合成を進める。 塩基のミスマッチがおこると、少し戻ってその部分をDNAポリメラーゼに同居しているエクソヌレアーゼが切り取って、正しいヌクレオチドを入れなおす。

この他に修復機構 DNAポリメラーゼη:チミンダイマーを越 えて合成を進める DNAポリメラーゼκ:損傷乗り越え型              えて合成を進める DNAポリメラーゼκ:損傷乗り越え型 DNAポリメラーゼβ:切り取り修復 DNAポリメラーゼλ:修復

DNAポリメラーゼβ

DNAポリメラーゼβ DNAポリメラーゼβは、誤り部分を切り出して、正しい塩基に置き換える。

再び突然変異 このように、DNAは複製の過程の誤りを正し、損傷を修復して、DNAを次の世代に伝えてきた。

変異は一定の割合で、、 DNAの塩基配列を比較することにより、DNAの塩基の変異は一定の割合で起こっていることがわかっている。 生殖細胞の複製の過程で起こるミスマッチが訂正されなかったり、突然変異が起こったのであろう。

変異の固定 ダーウィンは遺伝の実体も遺伝子の存在も知らなかったが、この変異がどのように世代から世代に伝えられていくかを示した。 ある変異が、生息している環境に適応していれば子孫を残せる(自然選択)という考え方である。すなわち、、

自然選択により変異が伝わる 1)生物の集団に変異(variations)が 存在すること 2)変異は親から子に伝わること  存在すること 2)変異は親から子に伝わること 3)環境の収容力が繁殖力よりも小さ  いこと 4)その環境のもとでは、変異に応じて  次世代に子を残す期待値に差が生  じること

変異の固定 個体群が、何らかの理由で分かれて、両者の個体間で自由な交配ができなくなる(隔離)。 環境に適応した変異が個体群の中で広がっていく。 元の個体群とは異なる表現型を持った種ができる(種分化)。

個体群内の変異

個体群内の変異 ヒトの場合、背の高さ、体重、皮膚や髪の毛の色など複数の遺伝子がかかわる。

変異、自然選択、進化 変異はDNAのレベルで起こる。 自然選択は個体のレベルで起こる。決して遺伝子のレベルでは起こらない。 進化は個体群で起こる。決して個体のレベルでは起こらない。

集団遺伝学 そこで個体群(集団、population)を対象とした、集団遺伝学の考えが重要になる。 集団遺伝学では、次のように考える。

集団遺伝学 個体群を構成している各個体は、すべての遺伝子座について、全く同一な対立遺伝子(allele)を持つのではない。 個体群を構成する各個体の持っているすべての遺伝子座の対立遺伝子を合わせたものを、その個体群の遺伝子プール(gene pool)と呼ぶ。

遺伝子プール内の変異は、それぞれの遺伝子座に対応する対立遺伝子の相対的な比率で表すことができる。 これを、対立遺伝子頻度あるいは単に遺伝子頻度(gene frequency)と呼んでいる。 この遺伝子頻度を取り扱うのが集団遺伝学。

ハーディ-・ワインベルグの法則 「一定の理想的な状況のもとでは、有性生殖をおこなう集団における対立遺伝子の頻度は、一世代で一定となり、その後、世代を越えて一定に保たれる。また、遺伝子型の頻度は、この遺伝子型を構成する遺伝子の頻度の積で表すことができる。」 1908年に標記2人が独立に発見。

成立の条件 1)新しい対立遺伝子が生じない 2)離脱・流入個体がなく、新しい対立遺 伝子が入ることも、出て行くこともない  伝子が入ることも、出て行くこともない 3)個体群は十分大きく、頻度の有意な  変化が偶然におこることはない 4)すべての個体が繁殖可能になるまで  生き残って同等に繁殖する 5)有性生殖によってランダムに混ぜ合  わせられる

具体的に ある個体群の遺伝子プールが次のような対立遺伝子を持つとすると、 A と a 遺伝子型は AA、Aa、aa となる。

具体的に それぞれの遺伝子型を持つ個体が同数いるとすると、 AA=Aa=aa=0.3333 したがってAとaの頻度は A=a=0.5 これが親の代。それではF1は?

組み合わせは9通り AA x AA AA x Aa AA x aa Aa x AA Aa x Aa Aa x aa aa x AA

F1世代は? AAx AA AAx Aa AAx aa Aa x AA Aa x Aa Aa x aa aa x AA aa x Aa 雄の配偶子 A AA 雌の配偶子

F1世代は? AAx AA AAx Aa AAx aa Aa x AA Aa x Aa Aa x aa aa x AA aa x Aa

F1世代は? 4 x AA 2 x AA 2 x AA 4 x Aa 2 x AA 2 x Aa 1 x AA 2 x Aa 1 x aa 合計 9 x AA 18 x Aa 9 x aa

F1世代は? 遺伝子型の比は AA:Aa:aa=9:18:9=1:2:1 表現型の比は (AA+Aa):aa=3:1

F2世代は? AAx AA Aa x AA AAx Aa Aa x Aa AAx Aa Aa x Aa AAx aa Aa x aa の16通りの組み合わせ

F2世代は? AA Aa aa AAx AA 4 AAx Aa 2 2 2 2 AAx aa 4 Aa x AA Aa x Aa 1 2 1 4  2 2   2 2 4 1 2 1 2 1

F2世代は? 合計 16 x AA 32 x Aa 16 x aa 遺伝子型の比は AA:Aa:aa=16:32:16=1:2:1 表現型の比は (AA+Aa):aa=3:1 遺伝子頻度はA=16x2+16、 a=16+16x2でともに48で頻度は0.5

ハーディ-・ワインベルグの法則 「一定の理想的な状況のもとでは、有性生殖をおこなう集団における対立遺伝子の頻度は、一世代で一定となり、その後、世代を越えて一定に保たれる。」 「また、遺伝子型の頻度は、この遺伝子型を構成する遺伝子の頻度の積で表すことができる。」

ハーディ-・ワインベルグの法則 0.25 0.5 (AA+2Aa):aa=0.75:0.25 となる。

法則の一般化 対立遺伝子の頻度を文字を使って表して、対立遺伝子のAの頻度をp、aの頻度をqとする。 当然、p+q=1

法則の一般化 (p+q)2=p2+2pq+q2 (pA+qa)2=p2AA+2pqAa+q2aa p2 pq q2 (A) p (a) q

法則の応用 ハーディー・ワインベルグの平衡状態にある個体群では、対立遺伝子の頻度から遺伝子型の頻度を計算できる。 たとえば、A(p)を0.60、a(q)を0.4としてみよう。 AAの頻度=p2 = (0.60)2 = 0.36 aaの頻度=q2 = (0.40)2 = 0.16 Aaの頻度=2pq=2x(0.60)x(0.40)=0.48

法則の応用 上に述べた対立遺伝子の頻度を持った500頭の個体群がいたとすると、それぞれの遺伝子型をもった個体の数はどうなるだろうか。 AAの個体数=0.36x500=180 Aaの個体数 =0.48x500=240 aaの個体数 =0.16x500= 80

法則の応用 逆に遺伝子型の頻度がわかれば、遺伝子頻度が計算できる。 集団遺伝学では、このハーディー・ワインベルグの法則を出発点とする。 日本人全体を一つの近似的に理想的な個体群とみなして、遺伝子頻度の計算に数学的な取り扱いを適用する。このような集団をメンデル集団と呼ぶ。

複対立への法則の拡張 ABO式血液型 糖鎖の違いである

ABO式血液型 -・・・-Gal-GlcNAc-Gal(ABO抗原の前駆糖鎖) -・・・-Gal-GlcNAc-Gal(H(O)型糖鎖)                    |                   Fuc アセチルガラクトサミン 転移酵素(酵素A) ガラクトコース 転移酵素(酵素B) Gal-GlcNAc-Gal-GalNAc(A型糖鎖)             |            Fuc Gal-GlcNAc-Gal-Gal(B型糖鎖)             |            Fuc

ABO式血液型 この3種の酵素を遺伝子がコードしている。 A型 B型 AB型 O型 IAIA, IAi "H", "A" A, H 遺伝子型 酵素 赤血球 表面糖鎖 血清中の 抗体 A型 IAIA, IAi "H", "A" A, H anti-B B型 IBIB, IBi "H", "B" B, H anti-A AB型 IAIB "H", "A", "B" A, B, H なし O型 ii "H" H anti-A, anti-B

ABO式血液型 AとBの間には優劣関係がなく、AとBはOに対して優性である。 ABO遺伝子は、第9染色体上にある (9q34)。A遺伝子はA酵素を、B遺伝子はB酵素をコードしている。354アミノ酸。 O遺伝子は、A遺伝子の88番目のコドンのG 塩基が欠失しフレームシフトが起こり117個のアミノ酸、酵素活性ない。

法則の拡張 (pA+qB+rO)2= p2AA+2prAO+ q2BB+2qrBO+ 表現型A 2pqAB+ r2OO 表現型B 表現型AB

具体例 日本人の献血者の全国資料によると、A型は1,725,950人、B型は988,996人、AB型は444,979人、O型は1,305,924人 (合計4,465,349人) A型 =0.386521(p2+2pr) B型 =0.221482(q2+2qr) AB型=0.099540(2pq) O型 =0.292457(r2)

具体例 ここからrはすぐに求められる。 r2 =0.292457なのだから r =SQRT(0.292457)  =0.540793

具体例 pとqはチョット工夫をして q =1-(p+r)=1-SQRT((p+r)2) =1-SQRT(p2+2pr+r2)  =0.175999 p =1-(q+r)=1-SQRT((q+r)2)  =1-SQRT(q2+2qr+r2)  =1-SQRT(0.221482+0.292457)  =0.283104

具体例 したがって、日本人というメンデル集団のABO式血液型を支配する遺伝子A (IA)、B(IB)、O(i)の頻度は、それぞれ 0.283、0.176、0.541である。 この遺伝子頻度は、民族によってそれぞれ異なっている。

集団遺伝学 集団遺伝学では、遺伝子型頻度でなく遺伝子頻度を基本の数量とする。 これは、遺伝子頻度のほうが不連続性がない、集団の中の遺伝子頻度は変化しにくいので数量化モデルをあてはめやすい、ためである。 集団遺伝学は、交配実験が行なえない集団に対して有効。

実際には ハーディー・ワインベルグの法則が成り立つのは、5つの条件を備えた理想的な個体群においてである。 しかし、実際にはこのような個体群はありえない。 突然変異によって新たな対立遺伝子が生じ、個体群間の個体の移動によって遺伝子の流入や離脱が起こる。

実際には また、すべての個体が繁殖に参加できるとは限らないし、個体群の大きさによっては、偶然的は変動が起こることがある。 すなわち、遺伝子頻度に変化が起こる。 これは、進化が起こるということである。

進化は 1)新しい対立遺伝子が生じない 突然変異(mutation) 2)離脱・流入個体がなく、新しい対立遺   伝子が入ることも、出て行くこともない 遺伝子流(gene flow) 3)個体群は十分大きく、頻度の有意な   変化が偶然におこることはない 遺伝的浮動(genetic drift) 4)すべての個体が繁殖可能になるまで   生き残って同等に繁殖する 自然選択(natural selection) 5)有性生殖によってランダムに混ぜ合   わせられる 非ランダム交配(non-random mating)

進化は 「進化」を集団遺伝学の立場から見るとこれらの5つの要因が、単独あるいは複合して個体群にはたらき、遺伝子頻度に変更を加えることだと定義することができる。

遺伝子頻度変化の要因は 新しい対立遺伝子が生じるのは 突然変異、遺伝子流 遺伝子が世代を受け渡されるとき変更が生じるのは 自然選択、遺伝子浮動非ランダム交配

変異、自然選択、進化 変異はDNAのレベルで起こる。 自然選択は個体のレベルで起こる。決して遺伝子のレベルでは起こらない。 進化は個体群で起こる。決して個体のレベルでは起こらない。