材料系物理工学 第3回 鉄はなぜ磁気をおびる?

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材料系物理工学03.10.20 第3回 鉄はなぜ磁気をおびる? 量子機能工学 佐藤勝昭

角運動量磁気モーメント 量子論によると角運動量は を単位とするとびとびの値をとり、電子軌道の角運動量はl=Lである。Lは整数値をとる =-(e/2m) に代入すると 軌道磁気モーメントl=-(e/2m)L=- BL ボーア磁子 B=e/2m =9.2710-24[J/T]

復習+発展 3d遷移金属イオンの角運動量 3価遷移金属イオンの軌道、スピン、全角運動量 イオン 電子配置 L S J 多重項 Ti3+ [Ar]3d1 2 1/2 3/2 2D3/2 V3+ [Ar]3d2 3 1 3F2 Cr3+ [Ar]3d3 4F3/2 Mn3+ [Ar]3d4 5D0 Fe3+ [Ar]3d5 5/2 6S5/2 Co3+ [Ar]3d6 4 5D4 Ni3+ [Ar]3d7 9/2 4F9/2 前回の問題

ピエールキュリーは「種々の温度における物体の磁気的性質」(1895)で、多くの金属、無機物、気体の磁性を調べて論じた。 これだけは覚えておいて キュリーの法則 ピエールキュリーは「種々の温度における物体の磁気的性質」(1895)で、多くの金属、無機物、気体の磁性を調べて論じた。 キュリーの法則とは、「物質の磁化率が絶対温度に反比例する」という法則である。(これは「常磁性物質」において磁界が小さい場合に成り立つ) χ=M/H=C/T キュリーの法則=C/Tの例 CuSO4K2SO46H2O (中村伝:磁性より)

ランジェバンの常磁性 (佐藤・越田:応用電子物性工学)

ちょっと面倒な式が続きますが ランジェバンの理論 原子(あるいはイオン)が磁気モーメントをもち、互いに相互作用がないとする。 磁界Hの中に置かれると、そのエネルギーは E=- ・Hで与えられるので、平行になろうとトルクが働くが、これを妨げるのが熱運動kTである。両者のせめぎ合いで原子磁気モーメントの向きが決まる 統計力学によると磁界方向に極軸をとって、θとθ+Δθの間にベクトルを見出す確率は

ちょっと面倒な式が続きますが ランジェバンの理論つづき 従って、磁界方向のの平均値は次式で与えられる。 ここにL(x)はランジェバン関数と呼ばれ、次式で表される

ランジェバン理論により キュリー則を導く x=H/kTが小さいとして、展開の第1項のみをとると、1モルの原子数Nとして M=N・(H/3kT)=(N2/3kT)H が得られる。 これを磁化率の定義式χ=M/Hに代入すると、χ=N2/3kTが得られ、キュリーの式 χ=C/Tが得られた。 ここにキュリー定数はC=N2/3kである。 =neffBとおく。ここにneffはボーア磁子を単位にしたときの原子磁気モーメントの大きさを表し、有効ボーア磁子数と呼ばれる。 C=(NB2/3k) neff2

古典的ランジェバンの式と比較して、有効ボーア磁子数は 右のように得られる。 量子論による ランジェバンの式 外部磁界のもとで、相互作用-・Hによって、MJ=J-1, J-2,…-J+1,-Jの縮退した状態は2J+1個に分裂する。温度Tでこれらの準位にどのように分布するかを考慮して平均の磁気モーメントを計算する。結果を先に書いておくと、磁界が小さいとき、近似的に次式で表される。 古典的ランジェバンの式と比較して、有効ボーア磁子数は 右のように得られる。

ちょっと面倒ですが 量子論によるランジェバンの式の導出 温度TにおいてMJが 2J+1個の状態のうち1つをとる確率は次式のようになる。 磁界方向の平均の磁気モーメントは、gBMJにP(MJ)をかけてMJについて和をとれば良く下記のようになる。

ちょっと面倒ですが 量子論によるランジェバンの式の導出 ちょっと面倒な数学的手続きによって、<J>は次のように求められる。 ここにBJ(x)はブリルアン関数と呼ばれ、xの増加とともにはじめは1次関数的に増大し、xの大きな極限では1に飽和する非線形な関数である。xの小さな時次のように展開できる。

参考 ブリルアン関数 磁化の磁界依存性はブリルアン関数で表され、H/kTが小さいときは直線で、大きくなると飽和する。 y=M/M0 x=gBJH/kT y=M/M0 1.0 0.0 2.0 3.0 4.0 5.0 J=1/2 J=3/2 J=5/2 J=7/2

参考 ブリルアン関数に従う常磁性磁化曲線 常磁性塩の磁気モーメントのH/T依存性(Henry:PR 88 (’52) 559) 強磁界、低温では常磁性磁化は飽和する

ちょっと面倒ですが 量子論によるランジェバンの式の導出 単位体積あたりN個の磁性原子が存在するときMはN<J>で表され、磁化率はM/Hで表されるから、結局次式を得る。 (Hが小さいとき)

復習+発展 3d遷移金属イオンの角運動量と磁性 実測した常磁性磁化率から得られた有効ボーア磁子数neffは、全角運動量Jから理論的に求めた値         を使ってうまく説明できず、JではなくSを使って説明できる。 イオン 電子配置 基底状態 neff実測値 Ti3+ [Ar]3d1 2D3/2 1.55 1.73 1.7 V3+ [Ar]3d2 3F2 1.63 2.83 2.8 Cr3+ [Ar]3d3 4F3/2 0.70 3.87 3.8 Mn3+ [Ar]3d4 5D0 0.00 4.90 4.8 Fe3+ [Ar]3d5 6S5/2 5.92 5.9 Fe2+ [Ar]3d6 5D4 6.71 5.5-5.2 Co2+ [Ar]3d7 4F9/2 5.59 5.2-4.4

復習+発展 4f希土類イオンの角運動量と磁性 希土類イオンの有効ボーア磁子数は(Sm, Euをのぞき) Jによってよく説明できる。 イオン 電子配置 基底状態 neff実測値 Ce3+ 4f15s25p6 2F5/2 2.54 2.5 Pr3+ 4f25s25p6 3H4 3.58 3.6 Nd3+ 4f35s25p6 4I9/2 3.62 3.8 Pm3+ 4f45s25p6 5I4 2.68 Sm3+ 4f55s25p6 6H5/2 0.84 1.5 Eu3+ 4f65s25p6 7F0 0.00 Gd3+ 4f75s25p6 8S7/2 7.94 7.9 Tb3+ 4f85s25p6 7F6 9.72 9.7 Dy3+ 4f95s25p6 6H15/2 10.63 10.5 Ho3+ 4f105s25p6 5I8 10.60 Er3+ 4f115s25p6 4I15/2 9.59 9.4 Tm3+ 4f125s25p6 3H6 7.57 7.2 Yb+ 4f135s25p6 2F7/2 4.54 4.5

復習+発展 遷移金属イオンと希土類イオン 3d遷移イオン:磁気モーメントの実験値:スピンのみの値に一致(軌道角運動量は消滅している) 4f希土類イオン:磁気モーメントの実験値:全角運動量による値と一致(軌道は生きている)

強磁性はなぜおきる 常磁性体に誘起される平均の磁気モーメントは室温でB=100mTの磁界のもとでも10-2emu/cc程度の小さな量である。 ワイスは、原子の磁気モーメントが周りの磁気モーメントからの場(分子場)を受けて整列しているというモデルを立てて、強磁性体の自発磁化を説明した。

ワイスの分子場理論 1つの磁気モーメントを取り出し、その周りにあるすべての磁気モーメントから生じた有効磁界によって、考えている磁気モーメントが常磁性的に分極するならば自己完結的に強磁性が説明できる これを分子場理論、有効磁界を分子磁界または分子場(molecular field)と呼ぶ。 Heff 周りからの磁場Heff=H+AMが働く 磁化M

分子場理論 分子場係数 磁化Mをもつ磁性体に外部磁界Hが加わったときの有効磁界はHeff=H+AMと表される。Aを分子場係数と呼ぶ。 分子場係数AはJexを交換相互作用係数、zを配位数としてA=2zJex/N(gB)2で与えられる。 この磁界によって生じる常磁性磁化Mは、 M=M0BJ(gBHeffJ/kT)という式で表される。 M0=NgBJはすべての磁気モーメントが整列したときに期待される磁化。

分子場理論 自発磁化が生じる条件を求める Heff=H+AMであるから、H=0のときHeff=AM 自発磁化が生じるにはHeff=AMをM=M0BJ(gBHeffJ/kT)に代入して  M/M0=BJ(gBJHeff/kT)=BJ(gBJAM/kT) が成立しなければならない。 Aに分子場係数の式A=2zJex/N(gB)2 を代入して M/M0= BJ(2zJexgBMJ/ N(gB)2kT) ここでM0=NgBJを使って書き直すと M/M0= BJ((2zJexJ2/kT) M/M0)を得る。

M/M0= BJ((2zJexJ2/kT) M/M0)を解く y=M/M0、x=(2zJexJ2/kT) M/M0とすると、上の方程式を解くことは、曲線y=BJ(x)と直線 (2zJexJ2/kT) y=xを連立して解くことと同じである。 温度が上がると 1.0 y=M/M0 キュリー温度においては 直線はブリルアン関数の接線 J=5/2のブリルアン関数 (2zJexJ2/kT) y=x;Tが大きいとき 解が存在しない:自発磁化なし (2zJexJ2/kT) y=x;Tが小さいとき 解が存在する:自発磁化あり 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 x=gBJH/kT

分子場理論 キュリー温度 温度が低いとき、直線の傾斜はゆるく、ブリルアン曲線と直線ははy=M/M0 =1付近で交わる。 温度が上昇するとyの小さいところ交わる。 高温になると、0以外に交点を持たなくなる (2zJexJ2/kT) y=xの勾配とy=BJ(x)の接線の勾配が等しいときがキュリー温度を与える。 x=0付近ではyx/3であるから、3y=xと書ける。 従って、Tcは2zJexJ2/kTc=3によってきまる。即ち Tc=2zJexJ2/3kとなる。

分子場理論 自発磁化の温度変化 さまざまなJについて、分子場理論で交点のM/M0をTに対してプロットすると磁化の温度変化を求めることができる。ニッケルの磁化温度曲線はJ=1/2でよく説明される。 ×は鉄、●はニッケル、○はコバルトの実測値、実線はJとしてスピンS=1/2,1,∞をとったときの計算値

分子場理論 キュリーワイスの法則 キュリー温度Tc以上では、磁気モーメントはバラバラの方向を向き、常磁性になる。分子場理論によれば、このときの磁化率は次式で与えられる。 この式をキュリーワイスの法則という。 Cはワイス定数、pは常磁性キュリー温度という 1/をTに対してプロットすると1/=(T- p)/Cとなり、横軸を横切る温度がpである。

分子場理論 キュリーワイスの法則を導く Heff=H+AM M/Heff=C/T (MとHeffの間にキュリーの法則が成立すると仮定する) M/(H+AM)=C/T→MT=C(H+AM) 従って、M(T-CA)=CHより =M/H=C/(T-CA)となる。CA=pと置けば キュリーワイスの法則が導かれる。すなわち =C/(T- p)

演習コーナー ブリルアン関数を使って強磁性体のM-T曲線を求めよ J=1/2のブリルアン関数を用い、各Tにおいて自発磁化の大きさを求め、Tに対してプロットせよ。