第1章 実世界のモデル化と形式化 5.時間スキーマ 2011-02-15 第1章 実世界のモデル化と形式化 5.時間スキーマ 太田守重 morishige_ota@kkc.co.jp
ここで学ぶこと 地物は空間的な性質とともに、時間的な性質ももっている。実世界の現象は生起消滅するので、生まれた時から消滅した時までの期間は、地物の時間的な性質になる。また、交通事故のような、瞬間的な現象もある。これらは、時間的な幾何属性になる。地物同士には順序関係がある。これは時間位相と呼ばれる。つまり、空間属性と時間属性は両方とも幾何及び位相属性に分類することができる。 ここでは、私たちが時間属性として記述する時間のもつ性質を最初に学ぶ。次に、幾何及び位相属性について学ぶ。
日常の時間 時点 (t) 同士には先,同時,後の順序関係がある つまり、変化は時間が進む方向で起きる。 完全律: すべてのt0, t1に対して t0 → t1 または t1 → t0 が成り立つ。 反射律: t0 → t0 推移律: t0 → t1 かつ t1 → t2 ならば t0 → t2 反対称律: t0 → t1 かつ t1 → t0 ならば t0 と t1は等しい。 * a→bは,aはbと同時または先と読む *対称律( t0 → t1 ならば t1 → t0) は成立しない。 t0 日常われわれが感じている時間は、時点の集まりである。その時点同士には、順序関係が存在する。順序関係は、完全律、反射律、推移律及び反対象律で定義することができる。私たちは、時間はもとには戻らないと考えているので、対象律は成立しない。なお、完全律が必ずしも成立しない時間を考えることもできる。例えば現象AとBの先後関係は記録されているが、BとCの関係は不明、という場合がある。このような、不完全な順序関係は半順序関係という。これに対して完全律が保証されている順序関係は全順序関係という。 ところで、通常の空間では、A地点からB地点に行くことができれば、B地点からA地点に戻ることができる。この点が空間と時間の違いである。 t1 C E これはない
地物と時間の関係 多くの地物は時間と共に存在する 地物は発生し,その後消滅する。 地物は存続時間(発生から消滅までの時間)をもつ。 存続時間はその地物固有の性質(属性)である。 y y x 多くの建物のように、生成してから消滅するまで、位置や形状を変えない地物は、このスライドに示すように、空間上の形状は変化しないが、時間上に延びる形をとる。つまり立方体のような(4次元で考えると超立体)形状をとる。しかし、時空間内の形状を記述するためには、複雑な構造を考えなければいけないので、このような場合は、空間形状+生起してから消滅するまでの持続時間 (t0,t1)によって、空間的な性質及び時間的な性質を記録することになる。 t x t0 t1
地物の移動や変形は? 地物の移動や変形は,地物の形状を示す時空間範囲の,時間断面の変化のことである。 時間断面はその時点の空間属性の時系列で示すことができる。 変形や移動を伴わない地物は、時空間内では角柱(プリズム)のような形状をとるが、移動や変形を伴う場合は、スライドに見られるように、曲がったり変形したりする角柱になる。このような状況を単純に記述するためには、生存期間を一定の数の時間断面(Time slice)に区切り、その重なり(時系列)で表現するとよい。
時間スキーマ 地物の時間的な性質を時間属性という 時間属性は幾何と位相からなる 時間幾何は瞬間と期間をもつ 時間位相は時間ノードと時間エッジをもつ 地物同士には順序関係(継起)がある 地物の時間的な性質の形式表現モデルを時間スキーマという。
時間幾何 時間幾何属性は,瞬間と期間からなる。 瞬間は,計測機器で計れるよりも短い期間であり,その位置は時点で示される。 期間は,開始の瞬間(begin)から終了の瞬間(end)までの時間間隔である。 TM_GeometricPrimirive id:String 入学式や結婚式などは、一日を解像度とする時間においては、瞬間として表現される。しかし、分を解像度とすると、2010年5月日の12:00から14:00まで、というように、期間で表現される。このような訳で、瞬間は「計測する機器ではかれるよりも短い期間」という説明になる。 瞬間(Instant)は時点(TM_Position)を属性とする。これは空間における座標(Coordinate)に似ている。しかし、時点の表現は、日付、時刻、日付+時刻というように、様々な種類がある。期間(Period)は開始(begin)から終了(end)までの持続時間である。対象的に瞬間は、期間の開始(begunBy)または終了(endedBy)を示す。つまり、瞬間と期間の間には位相が潜んでいる。なお、瞬間も期間も時間幾何なので、その上位クラスとしてTM_Primitiveが定義されている。この抽象クラスは識別子(id)を保持する。 1 begin 0..* begunBy Instant Period position : TM_Position 1 end 0..* endedBy
時点(TM_Position) 時点は、日付 (Date)、時刻(Time)、または日付+時刻(DateTime)で表現できる。 時点の解像度が日であるときは、暦日が使われ、より細かいときは 日付+時刻や時刻が使われる。 任意の原点からの時間を表現するときは、Timeが使われる Dateは通常グレゴリオ暦。明治以降の日本では、これに変換できる和暦も使用している。 Timeは通常、協定世界時 (UTC)が使われる。 TM_Positionの属性timePointは次頁以降の規則に従って表記される時点を示す文字列になる。 TM_Position timePoint: String 時点は通常、日付(Date)、時刻(Time)、そして日付及び時刻(DateTime)で示す。このとき、標準的な日付としてはグレゴリオ暦が使われ、時刻については協定世界時(UTC : Coordinated Universal Time)が使われる。協定世界時とは、原子時計によって定義される時刻系である国際原子時(International Atomic Time)に、地球の自転速度の変化を補正するために不定期に挿入されるうるう秒を付加して記述する時刻系のこと。経度0を基準として計られるため、日本標準時は+9時間の時差をもつ。 なお、100m走の記録を示すときのように、任意の原点からの時間を示すときも、時刻(Time)が使われるが、これは時間座標とも呼ばれる。 Date DateTime Time
日付 (Date)の形式表現 年月日を用いて表す日付(暦日付) グレゴリオ暦による日付については、年は4桁の数字、月は2桁の数字、日は2桁の数字であらわす。これらの数字の間はーでつなぐ。 例: 2010-01-31 元号を使用する場合は、年の内の世紀の部分を省き、その代わりに元号を示す記号 (H, S , T, M) を頭に記述する。また、数字の区切りはピリオドになる。 例: H22.01.31 日付は、暦の種類、元号、年、月、日を属性としてもつデータ型である。しかし、そのインスタンスの表記法は、「JIS X 0301 – 日付と時刻の表記」で規定されている(時刻も同様)。ここで紹介するものはこの規格の「5.2.1 暦日付」の完全表記の内の拡張形式である。また、元号を用いた表記は、「5.2.4 元号による日付」に準拠している。
時刻 (Time) の形式表現 地方時の時刻表記は2桁の時、分、秒の列で示し、それぞれを:で区切る。数字の桁数が1の場合は0埋めする。時刻の解像度によって、秒、分を省略することも可。 例: 23:12:09 23:12 なお、秒を少数点つきの表記にしてもいい。 例: 23:12:09.5 協定世界時(UTC)との時差を表記するときは、地方時がUTCよりも進んでいるときは+、遅れているときはーの記号を前置きして、以下のように表す。 例: 23:12:09+05:30 時刻は、時分秒の列で表記し、UTCとの時差が明らかになれば、世界時との変換が可能になる。多くの時差は時間単位であるが、インドのように分単位の時差(+5時間30分)もあることに留意しよう。なお、日本の時差は+09である。
日付及び時刻 (DateTime)の形式表現
時間幾何のインスタンス表現 tmp02 date01 期間 date02 2008-09-23 2010-10-25 <Period id=“tmp02”> <association> <begin idref=“date01” /> </association> <end idref=“date02” /> </Period> <Instant id=“date01”> <position idref=“pos01” /> </Instant> <Instant id=“date02”> <position idref=“pos02” /> <Date id=“pos01” timePoint=“2008-09-23/> <Date id=“pos02” timePoint=“2010-10-25/>
時間位相 ・空間スキーマにおける位相属性と同様に,時間スキーマでも 位相時間プリミティブ (TT_Primitive) を定義することができる。 ・瞬間に対応する時間ノード(TNode)は,期間に対応する時間エッジ(TEdge)の 境界となり,時間ノードに接続する時間エッジはネットワークを形成する。 ・時間は後ろ向きには進まないので,このネットワークは有向非巡回になる。 TT_Primitive 時間が全順序時間と考えられる場合は、時間のネットワークは枝をもたない線形の構造をとるが、半順序時間になる場合は、枝をもつ有向非巡回のネットワークになる。 end 0..* previous TNode TEdge 0..* begin next
時間位相とそのインスタンス表現 例: ある地域(Re)に存在したA国とB国は、C国に統合されたが、その後の乱れによって、D、E、F国が生まれた。 <国 国名="A"> <association> <next idref=“e1”/> </association> </国> <国 国名="B"> <next idref=“e2”/> <国 国名="C"> <previous idref=“e1”/> <previous idref=“e2”/> <next idref=“e3”/> <next idref=“e4”/> <next idref=“e5”/> ・・・・・・・・・・ 以下省略 <TEdge id=“e1”> <association> <begin idref=“A”/> </association> <end idref=“C”/> </TEdge> <TEdge id=“e2”> <begin idref=“B”/> ・・・・・・・・・・ 以下省略 TNode TEdge 国 国名:String 後継国(): Sequence<String> A B e1 e2 ここでは、国に関連するTNodeとTEdgeのインスタンスを示す。この例では、具体的な時点(暦日や時刻)が示されていないので、国同士の時間関係は枝をもつ非巡回のネットワークで表現するしかない。これらの国々は地域Rに存在したので、これらの国々は地域Rの属性「存在した国々」の内容になるが、それぞれは、時間位相を示すネットワークのノードと関連することによって、後継する国を調べることができるようになる。 例えばC国はn3と関連するが、そのnextはe3, e4, e5である。それぞれの時間エッジの終点は、n4, n5, n6である。そしてそれらのノードが関連する国は、D, E, Fなので、結果として、Cの後継国はこれら3つの国々であることが明らかになる。 C e3 e5 e4 F D E
時間位相とそのインスタンス表現 時間ネットワーウ上の操作 A国は最終的にどの国々になったか? B A 操作 後継国()を使うことによって、以下の推論が可能になる。 Aのnextはe1であり、そのendはCである。 Cのnextはe3, e4, e5であり、それらのendはD, E, Fである。 Dのnextはない。 Eのnextはない。 Fのnextはない。 従って、D, E, Fが答えになる。 A B e1 e2 C e3 e5 D e4 F E
地物継起 (Feature Succession) 置換(1:1) 分裂(1:n) 融合(m:1) 組み換え(m:n) 消滅 分裂 置換 組み換え 融合 現存 Succession 発生 置換 分裂 融合 組み替え 消滅 現存 地物同士の時間関係のことを地物継起という。時間位相の構造から直接に導き出せる、継起に関わる現象は、発生、置換、融合、組み替え、消滅及び現存である。家系図、生物の系統樹などは、この地物継起の実例と考えることができる。 発生 家系図 系統樹 固定資産の変遷 etc
応用スキーマの中で「変化」を扱う(1/2) プロパティは時間とともに変化することがある。 例えば、建物(島田邸)を増築するとか。 <Building id="bd01" name="島田邸"> <sequence> <shape idref="shp01"/> <shape idref="shp02"/> </sequence> </Building> <TemporalSurface id="shp01" > <association> <exterior idref="r1" /> </association> <span idref="pd01"/> </TemporalSurface> <TemporalSurface id="shp02" > <exterior idref="r2" /> <span idref="pd02"/> 建物 “bd01” 形状 “shp01” 形状 “shp02” 期間 “pd01” 期間 “pd02” Building ここでは、二つの形状が建物の歴史を表現しているが、両者は期間を属性にしているので、自動的に、開始の瞬間と終了の瞬間をもつ。二つの形状はsequenceの要素なので、すでに順序が示されているが、もしpd01の終点とpd02の始点が一致すれば、両者は連続的な関係をもつことになる。 name:String shape: Sequence<TemporalSurface> <<DataType>> TemporalSurface span:Period Surface r1, r2は外壁を示す輪である。
応用スキーマの中で「変化」を扱う(2/2) 地物の変化は地物継起 。 例えば、森が宅地に置き換わるとか。 森 “f01” 宅地 “h19” <Forest id="f01"> <association> <begin idref="re01" /> </association> <end idref="re02" /> </Forest> <HousingArea id="h19"/> <begin idref="re02" /> <end idref="re03" /> </HousingArea> Reason id="re01" why="発生"> <association> <next idref="f01"> </Reason> <Reason id="re02" why="置換"> <previous idref="f01"/> </association> <next idref="h19"/> <Reason id="re02" why="現存"> <previous idref="h19"/> 森 “f01” 宅地 “h19” TEdge Forest Land この例では、地物を時間エッジ、地物継起を時間ノード、そして時間ノードに継起の理由 (Reason) に関連づけることによって、地物同士の時間関係をより明確に表現している。 HousingArea TNode Reason why:Succession
まとめ この節では、地物の時間特性について学んだ。時間は向きのついた一次元の空間であり、その中の時点は順序関係をもつので、順序関係をグラフィックに表現すると、非巡回有向グラフになる。 幾何的な時間は全順序時間であり、瞬間と期間からなる。瞬間は時点をもち、これは一般的には日付、時刻及びそれらの組み合わせで表現される。時間は空間と同様に位相ももち、時間ノードと時間エッジで表現される。地物同士の時間関係は地物継起と呼ばれ、発生、置換、融合、分裂、組み替え、消滅、そして現存のいずれかになる。