中国周縁国の中国医学受容傾向 -現存古医籍の調査より- 茨城大学人文学部 真柳 誠 2004年12月9日 於 北京中医薬大学
アジア伝統医学の呼称 ギリシャ系アラブ医学:ユナニ(中近東~南アジア) インド医学:アユルヴェーダ(南アジア) 中国(東方医学) 中国医学→国医学→中医学→祖国医学→中医学 (清末) (民国期) (新中国) (文革期) (文革後) 日(韓)「東洋医学」 東医→漢方医学 韓方医学→ 韓医学 (李朝) (日本植民期) (80年代~) (90年代~) (蘭方) 皇漢医学→和漢医学→東洋医学 (維新後) (明治14 ~) (明治25~) (現代) 漢方 (漢医) 漢方医学 (江戸中期) (昭和初期)
中国周縁国の中国系医学 日本:漢方・東洋医学・和漢医薬学 韓国:韓医学・東洋医学、北朝鮮:朝医学(李氏朝鮮時代は東医) Viet Nam(越南):南医学 蒙古:蒙医学 Tibet(西蔵):蔵医学
現在まで実地調査した古医籍所蔵機関 日本:約30の図書館・特殊文庫 中国:約15の図書館、台湾は7図書館 韓国:4図書館 Viet nam:国家図書館、漢喃研究院 内蒙古:内蒙古図書館 アメリカ:国会図書館、ゲスト図書館、燕京図書館 イギリス:大英図書館、ウェルカム研究所、ニーダム研究所 イタリア:ローマ国立中央図書館、 ヴァチカン図書館 オランダ:ライデン大学図書館 ドイツ:国立ベルリン図書 館、ミュンヘン大医史学研究所
中国古医籍所在模式図
日本現存古医籍の特徴 数量ともに中国以外では最大 中国医書は漢代以降、全時代の書がある。写本は敦煌文献が最古。刊本は宋版以降の各版本が現存 日本版中国医書(和刻漢医籍)は漢代以降、全時代・全分野の書がある。出版回数の多い和刻漢医籍は8巻以内の書。明医書や明版医書の和刻が多い 朝鮮医書・朝鮮版医書も多い 日本医書は10世紀以降、全時代の書がある。写本は10世紀、刊本は16世紀以降の版本が現存
中国医書渡来記録回数の変化
中国医書和刻回数の変化
中国医書 和刻と渡来の記録上位10書 和刻書 卷數 :和刻數(前 中 後) 渡来書 卷數: 記録数(前 中 後)中國版 中国医書 和刻と渡来の記録上位10書 和刻書 卷數 :和刻數(前 中 後) 渡来書 卷數: 記録数(前 中 後)中國版 明 醫方大成論1卷 :26 (22 4 0) 明 万病回春8卷 :18 (15 3 0) 元 十四經發揮3卷 :17 ( 7 6 4) 漢 傷寒論10卷 :15 ( 1 4 10) 漢 金匱要略3卷 :14 ( 2 5 7) 宋 運氣論奧3卷 :13 (11 2 0) 元 格致餘論1卷 :13 (11 2 0) 元 難經本義2卷 :12 ( 9 2 1) 明 醫學正傳或問1卷 :10 ( 8 2 0) 金 素問玄機原病式1卷:10 ( 8 2 0) 明 本草綱目52卷 :34 (3 24 7) 55版 清 醫宗金鑑92卷 :31 (0 6 25) 28版 明 薛氏醫案10-24種 :28 (2 21 5) 18版 明 景岳全書64卷 :26 (0 18 8) 45版 清 錦囊秘録49卷 :23 (0 21 2) 11版 清 張氏醫通16卷 :22 (0 20 2) 10版 唐 千金要方30卷 :18 (4 10 4) 18版 清 瘍醫大全40卷 :18 (0 0 18) 12版 明 醫宗必讀10卷 :17 (1 14 2) 50版 明 證治準繩44卷 :17 (2 13 2) 11版
「内経」「針灸」書 和刻年・ 渡来記録年・中国刊年の差 「内経」「針灸」書 和刻年・ 渡来記録年・中国刊年の差 和刻中國醫書 初和刻年 差 渡来初記録年 底本刊年 難經本義 素問注證發微 素問入式運氣論奧 素問:周曰校本 甲乙經:醫統本 銅人兪穴針灸圖經 針灸節要 靈樞:單經本 難經:單經本 1607 1608 1611 1615-24 1648 1654 1655 1660頃 1660 3 4 7 31-40 47 10 56 1604 ? 1645 18 20? ? 1586 1584 1601 1584?
日本古医籍と漢方の特徴・傾向 日本は中国全時代の影響を受けつつ医学を固有化し、漢方として17世紀以降の江戸時代に急速に発達。江戸末期までの日本著述の医薬書は一万種を越す 江戸前期は明医学の影響が強く、同時に『内経』系医書の研究書も著される 中期は清医学の『傷寒論』研究に触発されて古方派が勃興し、仲景医書の研究書も著され、日本化が進む 後期はより独自化が進み、清朝考証学を医学古典研究に導入して考証医学派も生まれ、一層日本化が進展。中国古本草書の復元も行われた
韓国ソウル大学 奎章閣
奎章閣閲覧室
韓国国立中央図書館
韓国国立中央図書館古典籍閲覧室
韓国国立中央図書館古典籍閲覧室
韓国現存古医籍の特徴 李朝末期までの韓医籍は三百種ほどが現存する。医書出版は李朝初期に多かった。現存数が少ないのは李朝時代に医薬書の商業出版が殆どなかったことが大きな原因。中国医書は漢代以降、全時代の書があるが、明清代の書が大部分。中国刊本はほぼ清版以降しか現存しない 朝鮮版中国医書も多くはなく、大部分は明医書の復刻で、他は『素問』の復刻が1点あるのみ。『素問』以外の内経系医書や仲景医書・本草書の復刻書は見当たらない。一方、法医学書『洗冤録』の研究書が多く復刻されている 出版回数の多い朝鮮版中国医書はすべて明代の医学全書 日本統治のため、日本と中国の全時代の医書が江戸刊本・写本として多く現存する
韓医籍と韓医学の特徴・傾向 韓医学の独自化は李朝初期1433年の『郷薬集成方』 85巻の編纂で明瞭となる。 1477年の『医方類聚』266巻は、唐~明初の医書153種以上の引用からなり、日中韓3国で最大の医書。 特に1611年の『東医宝鑑』 25巻は評価が高く、復刻が重ねられた 以上3書は勅撰の医学全書で巻数も多いが、他に巻数の少ない簡便な啓蒙医書が多く勅撰・刊行された 19世紀末の『東医寿世保元』 3巻は中国医学にない独自の四象医学を築くが、書名は明代・龔廷賢の『寿世保元』に因む 韓医籍の大多数は臨床医学書で、基礎医学の内経系医書の研究書は1点現存、仲景医書・中国本草の研究書は見当たらない
Viet nam 院研究漢喃
Viet nam漢喃研究院の古典籍閲覧室
Viet nam 国家図書館
Viet nam 国家図書館文献検索室
Viet nam現存古医籍の特徴 1945年の阮朝滅亡以前の古医籍を漢喃研究院に305種、国家図書館に77種の確認したが、Viet nam全体では500種を越えるだろう 大部分が19-20世紀の鈔本。Viet nam刊本は50種以下で、みな19世紀の版本 中国医書は明清代の書が大部分。中国刊本は清版しか見なかった Viet nam版中国医書も少ないが、大部分は明医書の復刻で、『医学入門』および龔廷賢『万病回春』『寿世保元』など、分かりやすい医学全書という点が特徴的 内経系医書や仲景医書・中国本草書のViet nam版やViet nam研究書は見当たらない
Viet nam医籍と南医学の特徴・傾向 Viet nam医薬書は南薬や国訳を書名に冠することが多く、多くは漢字と喃字を併用したViet nam文 内容がViet namu化した18世紀以前の現存医書を見なかったが、医薬学の顕著なViet namu化は16世紀以降かも知れない 1770年の医学全書『海上懶翁医宗心領』65巻にViet namu化した南医薬学が集大成されている 地理的要因で福建医学・医書の影響が大きい Vie nam医籍の大多数は臨床医薬学書で、基礎医学の内経系医書・仲景医書・中国本草の研究書は見当たらない
内蒙古自治区内蒙古図書館
蒙古古医籍『本草簡解』鈔本
北京刊蒙古語版『保産機要』
内蒙古現存古医籍の特徴 蒙古医学の特徴・傾向 内蒙古の全図書館に現存する古医籍は1600種近いが、大多数は中国書の中国版・和刻版。次いで日本書の和刻版、朝鮮書の朝鮮版。蒙古書は100種以下だろう 蒙古版は極めて少なく、蒙古鈔本も多くはない 現存する蒙古医書の最も早い成立は康煕ころ、鈔本では乾隆時代が比較的多い 内蒙古図書館で見た蒙古鈔医書は18種あり、多くは中国書の転写ないし抜粋。蒙文に一部漢字を使用した訳本もある 全て臨床医薬学書で、外科・眼科・産婦人科・本草の書。蒙文馬医書が一点あって特徴的だが、Tibet書の訳本 古典籍の研究書は見当たらなかった
日本・韓国・Viet namにおける 中国医学受容の共通傾向 初期は唐代『外台秘要方』等の影響で、中国医書から自国に適した部分を引用し、自国化した医学全書を編纂:日本の『医心方』(984)、朝鮮の『医方類聚』 (1477) 同時に自国固有の医方も集成:日本の『大同類聚方』(808、散佚)、朝鮮の『郷薬集成方』(1433) 中期は主に明代医学全書の影響を受け、より自国化した医学全書を編纂:日本の『啓迪集』(1574)、朝鮮の『東医宝鑑』 (1611)、Viet namの『医宗心領』(1770) 同時に明中期の医学全書『医学入門』『万病回春』『寿世保元』『医学正伝』等を復刻。南京医学の影響
中国医学受容における日本の特異性 日本には内経医書・仲景医書などの中国医学古典、それらの中国研究書の復刻があるが、韓国・Viet nam(蒙古)にはない 内経医書・仲景医書などの中国医学古典、『新修本草』『本草綱目』など中国薬書の「研究書」が日本には9世紀以降から大量にあるが、韓国・Viet nam(蒙古)にはない 日本の特異性の原因(仮説):根本因子は日本だけが島国 ①中国との往来が極めて困難→難解な中国古典を中国人から学ぶ機会が極端に少ない→自分で研究 ②日本だけ中国に支配されたことがない→中国文化の基本にも反感がない→古典まで研究(韓国・Viet namは中国臨床医書を「利用」するが、反感のため古典を「研究」しない)