2012年度 九州大学 経済学部 専門科目 環境経済学 2012年10月15日,22日 九州大学大学院 経済学研究院 藤田敏之
1 環境経済学とは何か 1.1 自然環境と人間 社会システムは資源(エネルギー源)抽出,汚染排出を通じて,つねに自然環境に影響を与え続けてきた 環境問題自体はローカルな範囲では昔から存在し,多くの文明が環境の悪化により滅亡している 現代・・・人間活動の規模が拡大し,環境破壊がグローバル規模 地球環境問題の意味・・・地球の有限性の象徴 社会システム 自然環境 資源 汚染 廃棄物 生産・消費 自然と社会の関係(概念図) cf. マルサス『人口論』~ ローマクラブ『成長の限界』
出典:UNFPA国連人口基金東京事務所HP 世界人口の長期的推移 出典:UNFPA国連人口基金東京事務所HP http://www.unfpa.or.jp/p_graph/
出典:気象庁(2007)『IPCC第4次評価報告書第1作業部会報告書政策決定者向け要約』 二酸化炭素濃度の長期的推移 出典:気象庁(2007)『IPCC第4次評価報告書第1作業部会報告書政策決定者向け要約』 http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc/ar4/ipcc_ar4_wg1_spm_Jpn_rev2.pdf
出典: メドウズほか(1972)『成長の限界』大来佐武郎監訳,ダイヤモンド社 1900 2100 1900 2100 成長の限界モデルのシミュレーション結果 出典: メドウズほか(1972)『成長の限界』大来佐武郎監訳,ダイヤモンド社
1.2 環境の機能 ●環境の定義 人間をとりまき相互作用を及ぼしあう外部システムで,人間の生活基盤となるもの 1.2 環境の機能 ●環境の定義 人間をとりまき相互作用を及ぼしあう外部システムで,人間の生活基盤となるもの 環境は空間的,時間的広がりをもつ制御対象であり,公共財の性格(とくに非排除性)をもつ ●環境の基本機能 1)エネルギー資源供給源 2)アメニティ(快適性)供給源 3)汚染,廃棄物の吸収源 ●環境劣化の形態 資源枯渇,自然(環境)破壊,大気汚染,水質汚濁など→人の厚生低下をもたらす 地球環境問題・・・地球温暖化,オゾン層の減少,酸性雨,砂漠化など
1.3 環境経済学の課題 経済学とは,希少資源(ふつうのモノや資金,時間なども含む)を最大限効率的に(ムダなく)使うための仕組みを考える学問 1.3 環境経済学の課題 経済学とは,希少資源(ふつうのモノや資金,時間なども含む)を最大限効率的に(ムダなく)使うための仕組みを考える学問 環境問題の経済学的原因・・・環境を取引する市場が存在せず,適切な価格付けがなされないことによる環境の過剰利用 → 外部不経済による市場の失敗 市場の失敗を是正し,環境保全へのインセンティブを与えるための政府の介入(政策)が必要になる 環境経済学は環境の開発・管理にかかわる問題に対して経済学の手法を応用する学問分野.つまり環境という,いまや希少になった資源の有効利用を考える 目的・・・端的にいえば環境政策の評価を行うこと 環境問題への関心の高まりにより,環境経済学を専門とする研究者の数は増加しており,分野の標準化も急速に進んでいる
2 外部性と市場の失敗 2.1 外部性(1) 外部性(外部効果)・・・ある経済主体の市場における行動がその市場に参加しない主体の厚生に影響を与えること 技術的外部性(市場を通じない影響) 外部性 金銭的外部性(市場を通じた影響) 「外部経済」,「外部不経済」の代わりに「正の外部性」,「負の外部性」という表現がなされることもある 本講義では技術的外部性のみを考える 外部経済(良い影響) 外部不経済(悪い影響)
2.1 外部性(2) ●技術的外部経済の例 ・隣家の庭に咲く花がもたらす効用 ・養蜂業者と果樹園(双方向) ・教育による文化水準の向上 2.1 外部性(2) ●技術的外部経済の例 ・隣家の庭に咲く花がもたらす効用 ・養蜂業者と果樹園(双方向) ・教育による文化水準の向上 ●技術的外部不経済の例(外部費用がもたらされる) ・騒音による精神的苦痛 ・鉄道機関車の火粉による森林焼失(ピグー) ・工場の排水による漁獲費用上昇 ・CO2排出による地球温暖化(双方向) 以下,外部性の存在により効率的な資源配分がなされないことをモデルにより説明する
2.2 消費による外部不経済(1) ●部分均衡モデル 2.2 消費による外部不経済(1) ●部分均衡モデル 愛煙家A氏と嫌煙家B氏が同居している.Aによるタバコという財の消費はAに効用をもたらすが,同時にBに不効用(被害)をもたらす 金額 Aの限界効用 C 社会的限界費用 F G OP:タバコの価格 CD:Aの需要曲線 E P H Bの限界不効用 (限界外部費用) O Q* Q D タバコの数量 Aの純便益を最大にする均衡消費量はOQ → Aの純便益 CPE Bの不効用 FPE 総効用 CPG-FGE
2.2 消費による外部不経済(2) C F G E P H O Q* Q D 2.2 消費による外部不経済(2) 金額 Aの限界効用 C 社会的限界費用 F G E P H Bの限界不効用 (限界外部費用) O Q* Q D タバコの数量 しかしタバコの量をOQから少し減らすことによるBの効用増加分(青)がAの便益減少分(赤)よりも大きいことから,消費量の減少によるパレート改善の余地があることがわかる パレート最適なタバコの量はOQ*→ Aの純便益 CPHG Bの不効用 GPH 総効用 CPG (均衡よりFGE増加)
2.2 消費による外部不経済(3) C F G E P H O Q* Q D ●以上の分析からわかること 2.2 消費による外部不経済(3) 金額 Aの限界効用 C 社会的限界費用 F G 市場の失敗による損失 E OQ:市場均衡 OQ*:パレート最適 P H Bの限界不効用 (限界外部費用) O Q* Q D タバコの数量 ●以上の分析からわかること 1)市場均衡では外部不経済をもたらす活動は過大になる→ 市場の失敗 外部経済をもたらす活動が過小になることも同様に示すことができる 2)しかし外部不経済を完全になくすのが最適であるわけではない
2.3 生産による外部不経済(1) 次に一般均衡モデルを扱う(ある財の消費が他の財の市場に与える影響を考慮) ●モデル 2.3 生産による外部不経済(1) 次に一般均衡モデルを扱う(ある財の消費が他の財の市場に与える影響を考慮) ●モデル 製紙工場が川に汚水を流すことによって下流での漁獲高が減少する状況を分析する X:紙の生産量,Y:魚の生産量 生産要素は労働のみ.各財に投入される労働量をLX, LYとおく (一定) 生産関数 仮定: (外部不経済)
2.3 生産による外部不経済(2) ●生産可能曲線 以上の仮定のもとで生産可能性曲線が下図の青線のように描かれる Y 2.3 生産による外部不経済(2) ●生産可能曲線 以上の仮定のもとで生産可能性曲線が下図の青線のように描かれる Y 生産可能性曲線の接線の傾きの絶対値 =限界変形率 Y1 (社会でXを1単位増加させるためにYをどれだけ減らす必要があるか) Y2 LY O X1 X X2 LX1 LX2 LX
2.3 生産による外部不経済(3) ●限界変形率の評価 ある状態からLXをΔL増加させてX, Yの変化を調べる Xの増加は 2.3 生産による外部不経済(3) ●限界変形率の評価 ある状態からLXをΔL増加させてX, Yの変化を調べる Xの増加は LYはΔL減少するので よって限界変形率は 労働シフトによる影響 外部不経済による影響
2.3 生産による外部不経済(4) ●市場均衡 生産者行動 賃金を1と基準化してX, Yの価格をpX, pYとする 2.3 生産による外部不経済(4) ●市場均衡 生産者行動 賃金を1と基準化してX, Yの価格をpX, pYとする 各部門の生産者の利潤最大化より 消費者行動 効用関数をu(X, Y)とすると消費者の効用最大化より 以上より均衡では よって (価格比=限界代替率) が成り立つ
2.3 生産による外部不経済(5) ●均衡の非効率性 パレート最適な生産量の組合せは消費者の効用を最大にする点であり,そのための条件は 2.3 生産による外部不経済(5) ●均衡の非効率性 パレート最適な生産量の組合せは消費者の効用を最大にする点であり,そのための条件は 右図は生産可能性曲線を再掲したものである (限界変形率=限界代替率) Y 無差別曲線 (u(X,Y) = 一定) パレート最適点は生産可能性曲線が無差別曲線と接する点P 一方 より均衡での 限界代替率は限界変形率よりも小さい 右図より均衡は生産可能性曲線上でPの右下に位置することがわかる(点M) P M X O
2.3 生産による外部不経済(6) ●以上の分析よりわかること 2.3 生産による外部不経済(6) ●以上の分析よりわかること 市場均衡では紙の価格が相対的に低く,紙の過大生産,魚の過小生産が生じ,結果として社会の得る効用が最適な状態と比べて小さくなってしまう 紙の相対価格が紙の生産による外部不経済を反映しないことが原因 → ここでも市場の失敗が生じることが示される これらの市場の失敗を是正するための政府の介入(政策)が必要になる
参考図書 ●部分均衡モデル 細田衛士・横山彰『環境経済学』有斐閣アルマ,第2章,pp .51-57. ●一般均衡モデル