気管支肺胞洗浄 Bronchoalveolar lavage:BAL

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気管支肺胞洗浄 Bronchoalveolar lavage:BAL The Japanese Respiratory Society 社団法人日本呼吸器学会 研修教育用DVD - 呼吸器病学を学ぶ人たちに - Ⅱ-40 気管支肺胞洗浄 Bronchoalveolar lavage:BAL 国立病院機構 近畿中央胸部疾患センター 呼吸不全・難治性肺疾患研究部 井上 義一 検査科病理 山田 佳子

内容 気管支肺胞洗浄(BAL)とは BALの目的は? BAL液に含まれるものは? どう解析するか? BALのガイドラインなど 回収洗浄液の処理 BALの報告書の内容 健常者のBALの細胞所見と分画 BALが診断にきわめて有用な疾患 BALでリンパ球増多を示すことのある疾患 BALで好中球増多を示すことのある疾患 BALで好酸球増多を示すことのある疾患 BAL細胞のフローサイトメトリー 各種疾患のBAL所見 参考文献

気管支肺胞洗浄 (Bronchoalveolar lavage:BAL)とは

BALは肺の末梢領域(肺胞領域,細気管支,気管支)を被覆する液相を,簡便にかつ侵襲少なく洗浄・回収し,解析する手技. 回収した検体は,肺胞領域,末梢気道に存在する細胞成分と非細胞成分(液性成分など)を含むが,肺胞領域からの回収が多くを占める.肺末梢領域の病理的,生理的状態を反映する. BALは感染症や癌の診断時に10~30mLで行う気管支洗浄(bronchial washing)や,肺胞蛋白症の治療で10~20Lで行う全肺洗浄(whole lung lavage)とは異なる手技である. 気管支肺胞洗浄(bronchoalveolar lavage: BAL)は,肺胞領域と気管支,細気管支上皮を被覆する液相〔上皮被覆液: epithelial lining fluid (ELF)〕を洗浄し回収する手技である.回収した検体は肺胞領域,末梢気道に存在する細胞成分と非細胞成分(液性成分など)が含まれる.BALは面積の比率から肺胞領域からの回収が多くを占め,肺の末梢領域の検索を簡便にかつ侵襲少なく行える有用な検査である.

BALの目的は? 5

びまん性肺疾患,原因不明の肺浸潤影の鑑別診断 (除外診断を含む).治療方針の参考. BALの目的は? 日常臨床検査として びまん性肺疾患,原因不明の肺浸潤影の鑑別診断 (除外診断を含む).治療方針の参考. 研究目的として 肺胞領域,末梢気道の病的,生理的状態の検索.

BAL液に含まれるものは? どう解析するか? 7

【BALで回収される液に含まれるもの】 炎症細胞 癌細胞 種々の蛋白質,ペプチド,脂質,ほか 病原微生物 粉塵(アスベスト小体など) どう解析するか? 【BALで回収される液に含まれるもの】 炎症細胞 癌細胞 種々の蛋白質,ペプチド,脂質,ほか 病原微生物 粉塵(アスベスト小体など) 薬物など

【BALの解析】 細胞数 細胞分画 細菌学的検査など 細胞診 フローサイトメトリー アスベスト小体確認 遺伝子解析 生化学的検査 どう解析するか? 【BALの解析】 細胞数 細胞分画 細菌学的検査など 細胞診 フローサイトメトリー アスベスト小体確認 遺伝子解析 生化学的検査 薬物濃度測定 薬剤リンパ球刺激試験 プロテオーム解析 9

BALのガイドラインなど 10

BALのガイドラインなど BALが臨床応用されてから30年以上たち世界中で実施されているが,BALの手技や評価法は国際的に統一されている,とは言えない.標準化を試みるガイドラインとして以下の歴史がある. ヨーロッパにてEuropean Society of Pneumology のTask GroupによりBALのガイドラインが1989年に発表された1,2). 米国でもAmerican Thoracic SocietyのBAL Cooperative Groupから1990年に報告あり3). わが国では,厚生省特定疾患びまん性肺疾患研究班のBAL研究部会においてBAL法の手技と応用に関する指針がまとめられ,それに基づき1995年気管支肺胞洗浄(BAL)法の臨床ガイドラインが出版された4,5). 1999年,非細胞成分(液性成分)の解析についても,European Respiratory Society Task Forceにより ガイドラインが発表された6). 2008年日本呼吸器学会びまん性肺疾患学術部会と厚生労働省難治性疾患克服研究事業びまん性肺疾患調査研究班から気管支肺胞洗浄(BAL)法の手引きが発行された(1995年発行されたガイドラインの改訂第2版)7). 11

BALの適応疾患と禁忌, 注意事項 12

びまん性肺疾患,原因不明の浸潤影を呈する疾患. 禁忌と注意事項 BALの適応疾患と禁忌,注意事項 BALの適応疾患 びまん性肺疾患,原因不明の浸潤影を呈する疾患. 禁忌と注意事項 明らかな膿性痰が認められ,明らかにBALによる感染症の悪化が予測される場合は禁忌である. 急性心筋梗塞後は病状不安定な時期は避けるべきであり,心筋梗塞後6週間の期間を おいて行う. 重篤な不整脈,全身状態がきわめて悪い場合など危険が予測される場合,慎重に適応を 決定する. 出血傾向のある患者ではBALでも出血が惹起されることあるので注意が必要である. 重篤な呼吸不全患者で増悪が予測される場合,利益とリスクを慎重に較べて実施するか否かを検討する.実施する場合,十分な酸素を投与しSpO2を90%以上に保ちながら検査を進める.Ⅱ型呼吸不全では高濃度酸素投与によるCO2蓄積にも注意をする.挿管下の施行も試みられることがある. 特発性肺線維症(IPF)患者でBAL後に急性増悪した症例がこれまで10例ほど報告されており,肺機能低下例に多かった.頻度は高くないものの進行したIPF患者のBALの適応は 慎重に判断する. 気管支喘息の病歴がある患者では,前処置として短時間作動型気管支拡張薬を検査前に吸入すると安全に施行できる. 13

BALの合併症 14

標準的な気管支鏡を用いてBALを適切に行えば重大な合併症はほとんどみられず,一般的に安全な検査法と考えられている. 一過性浸潤影出現(24時間以内に消失),一過性低酸素血症は軽微なものを入れると頻度は高いが,臨床的に問題となることは少ない.以下に合併症を列記する.多くは軽微なものであり,頻度は5%前後である5). 発熱,出血,気管支攣縮,感染症,狭心症,不整脈,気胸, 胸水,キシロカインショック,血圧低下,低酸素血症,高炭酸ガス血症,間質性肺炎の増悪,過換気症候群など. 15

BALの方法 (手技と検体処理と解析の流れ) 16

BALの方法(手技と検体処理と解析の流れ) 前投薬 細菌学検査など 気管支ファイバースコープ挿入と 局所麻酔 粘液成分除去 (滅菌ガーゼ1~2枚) 洗浄部位への楔入 遠心分離 滅菌生理食塩水の注入と回収 細胞成分 非細胞成分(液性成分) 総細胞数算定 細胞分画 各種染色 表面マーカー ほか 一般的と思われるBALの方法を示す. 通常の気管支鏡検査と同様に気管支鏡を行うが,検査の処置が多い場合は,血液などの混入を避けるため,生検などの処置の前にBALを行うことが望ましい.洗浄部位へ楔入した後,洗浄,回収し解析を行う. BALの一部は一般細菌,抗酸菌検査などに提出する.BALの回収液は無菌ガーゼで粘液成分などを除去してから遠心分離し,細胞数のカウント,各種染色を行う.細胞数の計算は回収された原液で行う場合と遠心後の細胞数から計算する場合がある.血球計算盤で計算する. 回収洗浄液の処理 生化学的解析ほか (日本呼吸器学会びまん性肺疾患学術部会,厚生労働省難治性疾患克服研究事業びまん性肺疾患調査研究班:気管支肺胞洗浄〈BAL〉法の手引き.克誠堂出版,東京,2008) 17

BALの手技の実際 BAL法の手技は施設によって異なる場合が多い. 本邦で標準的と考えられる方法を中心に説明する. 18

【前投薬と局所麻酔】 患者へ検査の手技の流れをよく説明し,不安を除去する. BALの手技の実際 【前投薬と局所麻酔】 患者へ検査の手技の流れをよく説明し,不安を除去する. 通常の気管支鏡と同様に前投薬(ペンタゾシンなど)の投与.前投薬は統一されていないが,緑内障や前立腺肥大で排尿障害がある患者では,抗コリン薬(硫酸アトロピンなど)の使用を避ける. 2%または4%リドカイン(2.5~5mL)を口腔から噴霧吸入させる. 良いBALを行うポイントは,咳をコントロールし,洗浄部位の楔入をしっかり行うことである. 19

【気管支ファイバースコープの挿入と局所麻酔】 BALの手技の実際 【気管支ファイバースコープの挿入と局所麻酔】 通常仰臥位で実施. 通常経口的に挿入するが,経鼻的に挿入することもある.また挿管チューブを介して挿入することもある.不用意な口腔内の吸引は避ける. 検査中SpO2,心拍数モニター.必要に応じ心電図モニターや静脈ライン確保. BALの処置中SpO2は数%~10%低下する.酸素吸入を気管支鏡施行前から終了30分後まで行えば,びまん性肺疾患のBALと経気管支肺生検は通常安全に行われる5).SpO2は90%以上に保つことが基本である. 2%リドカインを散布,吸引しながら気管支鏡を挿入.リドカインは総量10mLを超えないように注意する. 20

BALの手技の実際 【洗浄部位】 びまん性肺疾患では,中葉あるいは舌区(S4,S5)の洗浄で肺全体を代表しうると考えられる.中葉,舌区は仰臥位で楔入固定しやすく,回収も良好である. ただし中葉,舌区では非特異的病変があることに注意. 良いBAL検体を得るためには,楔入と固定をしっかり行うことがポイントである.BAL報告書には洗浄部位を忘れずに記入する. (解説は次頁) 21

BALの手技の実際 【洗浄部位(解説)】 中葉,舌区のB4,B5は通常の仰臥位では楔入固定しやすく回収も良好である.下葉では回収率は20%ほど少なくなる.ただし中葉,舌区では非特異的病変があることも忘れてはならない.CT画像所見と,肉眼的所見として気管支入口部の大きさ,気管支の分岐状態を参考に洗浄部位を選ぶ.軽く吸引し気管支が虚脱すれば確実に楔入されている根拠になるが,この操作で圧をかけすぎると気管支粘膜を損傷し血液成分が混入することにもなるので注意が必要である. 洗浄部位を選択するとき,安易に先端を気管支に挿入,抜去を繰り返さないこと.気管支粘膜を傷つけ血液成分の混入の原因となる.また一度決定した洗浄部位に楔入した後は,不用意に気管支鏡自体,気管支鏡の先端を動かさないことが肝要である.良いBAL検体を得るためには楔入と固定をしっかり行うことがポイントである.BAL報告書には洗浄部位を忘れずに記入する. 22

【洗浄液の注入,回収】 洗浄液は通常,36℃,無菌生理食塩水. BALの手技の実際 【洗浄液の注入,回収】 洗浄液は通常,36℃,無菌生理食塩水. 中葉,舌区の亜区域容量から,1回50mL,3回洗浄,総量150mLで洗浄する方法が標準的5).各分画50mLで4回洗浄し,最初の50mL分を気道成分分画とし,残りの3回分を合わせて解析する方法,50mLを3~4回行い,各分画を別々に解析する場合もある.〔米国(ATS)では1回60mLを4回,計240mL,ヨーロッパでは総量100~300mLを推奨〕 注射用シリンジと気管支鏡のチャンネルの間に短い延長チューブをつける.吸引用チューブをクランプし,助手が用手的に注射用シリンジを用いて洗浄液を50mL注入し回収.過度な陰圧は気管支の虚脱を招き回収率が低下する. 注入量と回収量を記録(回収率).平均的な回収率は総注入量の50~70%程度.回収率が25%以下の検体では解析結果の評価は困難. 吸引チューブをクランプした後,気管支ファイバースコープチャンネルを通して,用手的に注射用シリンジを用いて洗浄液を50mLずつ,ゆっくりかつスムーズに注入する.気管支内腔のビデオ像を見ながら実施する.なお,延長チューブの先端がしっかりチャンネルのキャップに差し込まれていることを確認する.注射用シリンジに充填した洗浄液に,数mLの空気を加え(チューブやファイバーの死腔相当)注入の最後に空気を入れることで効率よく注入洗浄ができる. 回収は注射器によりそのまま用手的に回収する方法と吸引器を用いる機械的方法があるが,用手法が一般的である.いずれの方法も,陰圧のかけ過ぎに注意を払う(機械的方法では吸引圧は100mmHg以下で行う).過度な陰圧は気管支の虚脱を招き回収率が低下する.術者は注入,回収中不用意にファイバースコープとその先端を動かさないこと,患者が咳き込みはじめても,あわてず患者に声をかけて安心させ咳を鎮める.注入終了後,回収前に1回深呼吸させるとよいとの報告もあるが,実際は咳反射を誘発しやすく,直ちに回収に移るほうがよいようである. 23

【検査の終了と注意事項】 気管支鏡の楔入を解除するときに咳を誘発しやすい. BALの手技の実際 【検査の終了と注意事項】 気管支鏡の楔入を解除するときに咳を誘発しやすい. 吸引チューブのクランプを解除し,楔入解除前に軽く陰圧をかけ,液が出てこないことを確認. 楔入解除後も,楔入していた気管支の入り口で気管支鏡先端を固定し,呼吸し,溢れてくる液を十分に吸引. 他に行う検査がなければ,気管支内腔を十分に吸引し,気管支鏡を抜去. BAL施行後,しばらくSpO2低下が持続することがある. 胸部X線写真で洗浄部位に一致し異常陰影が残ることがあるが,24時間後にはほぼ消失する. 24

回収洗浄液の処理 25

BAL液を用いて細菌培養を行う場合は,注射用シリンジから検体の一部を直接,滅菌スピッツに無菌的に分注する. 回収洗浄液の処理 びまん性肺疾患の場合,1回目の回収液を含めて注射シリンジに回収された3つの分画を一括混和して解析するのが一般的である5).それぞれ分画として解析する場合もある. BAL液を用いて細菌培養を行う場合は,注射用シリンジから検体の一部を直接,滅菌スピッツに無菌的に分注する. 注射用シリンジに入った検体は,粘液様物質を除去するため,滅菌ガーゼ 1~2枚を通して濾過し,プラスチック容器,あるいはシリコンコーティングされたガラス容器に入れる. 回収後の検体は4℃に保ち,1時間以内に速やかに処理する. 総細胞数算定,細胞分画,細胞表面マーカー検索,非細胞成分の解析を 行う. 通常1回目の回収率は少なく,気管支上皮や好中球などの気道成分が多く含まれている5). 滅菌ガーゼで濾過された検体を用いて,総細胞数算定,細胞分画,細胞表面マーカー検索,非細胞成分の解析を行う.細胞数とその分画は濾過された検体から直接計算する方法と,いったん遠心分離し細胞成分と非細胞成分に分けてから細胞成分を再浮遊させて計算する方法とがある.遠心分離は240~250Xgで10分間遠心する. 26

【細胞数算定と細胞標本】 細胞数算定 わが国ではガーゼ濾過した検体を直接用いて算定する方法が推奨されている5). 回収洗浄液の処理 【細胞数算定と細胞標本】 細胞数算定 わが国ではガーゼ濾過した検体を直接用いて算定する方法が推奨されている5). 細胞数の測定は通常の血球計算盤を用いる. 細胞数の表現は,1mL当たりの細胞数で表現するのが一般的であるが,全回収量中の総細胞数で表現する場合もある. 細胞標本 細胞遠心法(サイトスピン,オートスメアほか)などによる細胞標本を作製する. May-Giemsa染色あるいはWright-Giemsa染色,Diff-Quik染色にて細胞分画を計算する. (解説は次頁) 27

回収洗浄液の処理 【細胞数算定と細胞標本(解説)】 米国ではガーゼ濾過した遠心前の検体を用いた細胞数の測定が推奨され,ヨーロッパでは遠心前か遠心後再浮遊した検体を用いることが多い.遠心再浮遊した液を用いる場合,細胞数が操作により減少する可能性があり,わが国ではガーゼ濾過した検体を直接用いて算定する方法が推奨されている5).再浮遊した液を用いる場合は,FCSを含まない細胞培養液(Hanks,PBS,RPMI1640,MEM)で浮遊させる. 細胞数の測定は通常の血球計算盤を用いるが,再浮遊しない検体の場合,細胞数が少ないため特殊な計算盤(TATAI計算盤)を用いる.自動計算法(Coulter counter)を用いることもあるが,血液に比べて細胞形態の変化が大きく誤差が生じやすい.細胞数の表現は,1mL当たりの細胞数で表現するのが一般的であるが,全回収量中の総細胞数で表現する場合もある. 28

BALの報告書の内容 29

患者基本情報,喫煙歴やステロイドなど薬剤使用歴 施行年月日,術者名 洗浄部位 注入量と回収量(回収率) 総細胞数(通常1mL中の細胞数) BALの報告書の内容 患者基本情報,喫煙歴やステロイドなど薬剤使用歴 施行年月日,術者名 洗浄部位 注入量と回収量(回収率) 総細胞数(通常1mL中の細胞数) 細胞分画(マクロファージ,リンパ球,好中球,好酸球ほか) リンパ球などの表面マーカー〔CD4/CD8,(CD1α,CD3など)〕 鏡検所見(アスベスト小体,粉塵,炭粉などの有無,マクロファージやリンパ球の形態,気道繊毛上皮の有無,背景の異常所見,その他) その他コメント(術中の出血やトラブル) 特殊染色(グロコット染色,パパニコロー染色,鉄染色,PAS染色など) 細菌塗抹培養検査 細胞の分類だけでなく,細胞の形態,背景の所見も診断に有用である. 30

健常者のBALの細胞所見と分画 31

【BALで認められる細胞所見(健常喫煙者)】 マクロファージ 好酸球 リンパ球 好中球 マクロファージ May-Giemsa染色 32

【健常非喫煙者のBALの細胞分画5)】 総細胞数 1~2 x 105 cells/mL マクロファージ 85~90% リンパ球 10~15% 性別 n 総細胞数(x105/mL) マクロファージ (%) リンパ球 (%) 好中球 (%) 好酸球 (%) その他 (%) 男性 191 1.28±0.84 87.0±7.4 11.4±7.1 0.9±1.3 0.3±0.7 0.3±0.5 女性 81 1.23±0.79 89.5±6.7 8.9±6.5 0.9±1.2 0.2±0.5 0.5±0.9 計 272 1.27±0.84 87.8±7.3 10.7±7.0 0.3±0.6 総細胞数 1~2 x 105 cells/mL マクロファージ 85~90% リンパ球 10~15% 好中球,好酸球など 0.5~1% 好塩基球,マスト細胞 0.5~1%未満 CD4/CD8 1.0~2.0 健常者でも喫煙者,回収率の悪い場合,好中球比率が増加する. 好塩基球,マスト細胞は固定法,染色法によって変動が大きい. 33

BALが診断にきわめて 有用な疾患 34

好酸球性肺炎 肺胞蛋白症 ニューモシスチス肺炎 肺胞出血 肺胞上皮癌,癌性リンパ管症 BALが診断にきわめて有用な疾患 HRCT画像所見,臨床データ,経気管支肺生検所見,細菌培養,細胞診を合わせて総合的に判断することが重要である. 35

BALでリンパ球増多を 示すことのある疾患 36

以下リンパ球増多を認めることがあるが一定しない. 非特異性間質性肺炎(NSIP) 薬剤性肺炎 膠原病肺 肺結核 肺胞蛋白症 癌性リンパ管症 BALでリンパ球増多を示すことのある疾患 サルコイドーシス 過敏性肺炎 慢性ベリリウム症(慢性ベリリウム肺) 特発性器質化肺炎(COP) リンパ球性間質性肺炎(LIP) 悪性リンパ腫 他のリンパ増殖性肺疾患 以下リンパ球増多を認めることがあるが一定しない. 非特異性間質性肺炎(NSIP) 薬剤性肺炎 膠原病肺 肺結核 肺胞蛋白症 癌性リンパ管症 37

BALで好中球増多を 示すことのある疾患 38

以下好中球増多を認めることがあるが一定しない. 特発性肺線維症(IPF) 膠原病肺 塵肺 過敏性肺炎 Wegener肉芽腫症 喫煙者 BALで好中球増多を示すことのある疾患 細菌性感染症 成人呼吸促迫症候群(ARDS) 以下好中球増多を認めることがあるが一定しない. 特発性肺線維症(IPF) 膠原病肺 塵肺 過敏性肺炎 Wegener肉芽腫症 喫煙者 回収率が少なく気道成分が増加した場合 39

BALで好酸球増多を 示すことのある疾患 40

以下好酸球増多を認めることがあるが一定しない. 気管支喘息 アレルギー性気管支肺アスペルギルス症 剥離性間質性肺炎 薬剤性肺炎 寄生虫疾患 BALで好酸球増多を示すことのある疾患 急性好酸球性肺炎 慢性好酸球性肺炎 Churg-Strauss症候群 以下好酸球増多を認めることがあるが一定しない. 気管支喘息 アレルギー性気管支肺アスペルギルス症 剥離性間質性肺炎 薬剤性肺炎 寄生虫疾患 41

BAL細胞のフローサイトメトリー 42

Langerhans細胞組織球症 (肺好酸球性肉芽腫症)ではCD1aの増加(≧5%) サルコイドーシス BAL細胞のフローサイトメトリー BALでCD4/CD8の異常を認める場合 高値  . 慢性ベリリウム症(慢性ベリリウム肺) 肺結核 その他 低値 イソシアネートによる過敏性肺炎 COP 喫煙者 Langerhans細胞組織球症 (肺好酸球性肉芽腫症)ではCD1aの増加(≧5%) サルコイドーシス 農夫肺 夏型過敏性肺炎 43

各種疾患のBALF (気管支肺胞洗浄液 Bronchoalveolar lavage fluid) 所見 44

【サルコイドーシスのBALF所見】 総細胞数 6.7X105/mL マクロファージ 62% リンパ球 36% 好中球 1% 好酸球 1% マクロファージ 62% リンパ球 36% 好中球 1% 好酸球 1% CD4/CD8 4.5 サルコイドーシス患者のBALF所見である.リンパ球の増多と多核マクロファージが認められる.CD4/CD8は高値を示す.赤血球は気管支鏡挿入時に混入したものと考えられる. 45

【夏型過敏性肺炎のBALF所見】 総細胞数 8.4X105/mL マクロファージ 49% リンパ球 46% 好中球 3% 好酸球 2% マクロファージ 49% リンパ球 46% 好中球 3% 好酸球 2% CD4/CD8 0.02 夏型過敏性肺炎患者のBALF所見である.リンパ球が著増しCD4/CD8は低値を示す.過敏性肺炎のなかでも農夫肺ではCD4/CD8は高値を示すことが多い. 46

【慢性好酸球性肺炎のBALF所見】 総細胞数 3.5X105/mL マクロファージ 42% リンパ球 16% 好中球 7% 好酸球 35% マクロファージ 42% リンパ球 16% 好中球 7% 好酸球 35% CD4/CD8 1.5 慢性好酸球性肺炎患者のBALF所見である.急性好酸球性肺炎でも同様に好酸球が増多する. May-Giemsa染色 47

【特発性非特異性間質性肺炎(idiopathic NSIP) のBALF所見】 総細胞数 4.3X105/mL マクロファージ 64% リンパ球 29% 好中球 4% 好酸球 3% CD4/CD8 1.7 特発性NSIPのBALF所見.リンパ球の増多が認められる. 48

【特発性肺胞出血のBALF所見】 総細胞数 2.0X105/mL マクロファージ 79% リンパ球 15% 好中球 4% 好酸球 2% マクロファージ 79% リンパ球 15% 好中球 4% 好酸球 2% CD4/CD8 1.0 肺胞出血の患者では肉眼所見で血性の赤いBALFが吸引される.多数の赤血球に加え,出血後48時間以上経過するとヘモジデリン含有マクロファージが認められる.本患者は特発性肺胞出血と診断された. May-Giemsa染色 49

【特発性(自己免疫性)肺胞蛋白症のBALF所見】 総細胞数 1.7X105/mL マクロファージ 66% リンパ球 31% 好中球 3% 好酸球 0% CD4/CD8 1.9 May-Giemsa染色 肺胞蛋白症患者では洗浄液は左に示すように米のとぎ汁様で放置すると沈殿する.無構造の汚い背景のなかに泡沫状に膨化したマクロファージと小さな未分化なマクロファージが認められ,リンパ球分画が増加する.沈着している無構造の物質はPAS陽性である. May-Giemsa染色 PAS染色 50

【塵肺(アスベスト肺)のBALF所見】 総細胞数 2.0X105/mL マクロファージ 95% リンパ球 3% 好中球 1% 好酸球 1% マクロファージ 95% リンパ球 3% 好中球 1% 好酸球 1% CD4/CD8 3.0 アスベスト肺の患者ではアスベスト小体が認められる.BALFでアスベスト小体を1個/mL以上認める場合,アスベストの職業性曝露の可能性がある.BALF中のアスベスト小体の定量化の試みもされている.BALの総細胞数は増加し,細胞分画では好中球と好酸球の軽度増多を伴うマクロファージ優位所見を認める. CD4/CD8は上昇することがある. アスベスト小体 May-Giemsa染色 51

【塵肺(鉄肺)のBALF所見】 総細胞数 1.5X105/mL マクロファージ 90% リンパ球 5% 好中球 3% 好酸球 2% マクロファージ 90% リンパ球 5% 好中球 3% 好酸球 2% CD4/CD8 1.3 鉄工所勤務患者に認められた塵肺(鉄肺)である.炭粉沈着に加えマクロファージは多量の鉄陽性粒子を担っている. May-Giemsa染色 鉄染色 52

【ニューモシスチス肺炎のBALF所見】 May-Giemsa染色 Grocott 染色 各種疾患のBALF所見 53

【癌性リンパ管症】 総細胞数 2.4X105/mL マクロファージ 87% リンパ球 8% 好中球 5% 好酸球 0% 各種疾患のBALF所見 【癌性リンパ管症】 総細胞数 2.4X105/mL マクロファージ 87% リンパ球 8% 好中球 5% 好酸球 0% CD4/CD8 1.2 癌性リンパ管症患者BALF中で認められた癌細胞塊. May-Giemsa染色 54

参考文献 55

参考文献 Report of the European Society of Pneumology Task Group. Technical recommendations and guidelines for bronchoalveolar lavage (BAL). Eur Respir J 1989; 2: 561-85. Report of the European Society of Pneumology Task Group on BAL. Clinical guidelines and indications for bronchoalveolar lavage (BAL). Eur Respir J 1990; 3: 937-6. BAL Cooperative Group steering committee: Bronchoalveolar lavage constituents in healthy individuals, idiopathic pulmonary fibrosis, and selected comparison groups. Am Rev Respir Dis 1990; 141: S169-202. 厚生省「びまん性肺疾患」調査研究班(編):びまん性肺疾患における気管支肺胞洗浄法(BAL)の手技と応用に関する指針.1991. 米田良蔵:BALの手技.田村昌士(編):気管支肺胞洗浄[BAL]法の臨床ガイドライン,第1版.克誠堂出版,東京,1995. Haslam PL et al: Report of ERS Task Force: guidelines for measurement of acellular components and standardization of BAL. Eur Respir J 1999; 14: 245-8. 日本呼吸器学会びまん性肺疾患学術部会,厚生労働省難治性疾患克服研究事業びまん性肺疾患調査研究班:気管支肺胞洗浄〈BAL〉法の手引き.克誠堂出版,東京,2008.