認知科学 思考と計算 2018年11月5日(月)
情報処理モデルや脳科学,人工知能などを題材に人間の「知」とコンピュータの「知」の共通性と限界について学ぶ. 本日の内容 情報処理モデルや脳科学,人工知能などを題材に人間の「知」とコンピュータの「知」の共通性と限界について学ぶ. もし思考が計算論的に記述できるとすれば? 計算は機械的に“プログラム”可能? 賢さって何だろう?
人間の知的活動 覚える(記憶) 思い出す(想起・再生) 考える(思考・推論) 学ぶ(学習) 伝える(言語) 理解する(概念) 感じる(知覚) 湧き上がる(感情) これらの知的活動(認知活動)を計算論的に説明することができるだろうか?
計算 ホッブス (Thomas Hobbes) 「いかなる推論も計算に過ぎない」 思考は,心に収納されている記号に対す る形式的な操作を使った,多くの場合無 意識的な,一種の計算として理解されう る. 2019年4月12日
頭の中の手続き(思考)を記号と その処理で記述することができる. 頭の中の手続きを記述 頭の中の手続き(思考)を記号と その処理で記述することができる. もっと複雑な知的活動を記述することができる だろうか? もし仮に記述可能だとしたらば,どんなことがで きるだろうか?
思考の意味 次の問題を考えているときの心の中の「声」を 記号を使ってノートに記録せよ. ここに8個の同形の物体がある.このうち7個までは重さがまったく同じだが,1つだけがやや重い.1台の天秤を使って,その重い1個を選び出すにはどうすればよいか.ただし,天秤の使用は2回かぎりとする.
思考過程は知覚によって獲得した情報や,長期記憶内の情報を,ある目的のために利用,操作し,新しい情報を生み出す認知過程である. 答え 答え 無作為に天秤に3つずつのせる. もし天秤が釣り合えば,重さの違うのは残りの 2つの内のどちらかである. もし天秤がどちらかに傾いたら,下になった皿 の上にある3つの物体のどれかである. その3つの内,無作為に2つとり天秤にそれ ぞれのせる. 釣り合ったら,残りの1つが重い物体.どちら かに傾いたら,下になった皿の方が重い物体. 思考過程は知覚によって獲得した情報や,長期記憶内の情報を,ある目的のために利用,操作し,新しい情報を生み出す認知過程である.
思考 決定論的 意味情報 白昼夢 計算 創造 帰納 演繹 計算をするための方法を選 択することはできるが,一度 ある手続きを選択したならば, 正解を得るための自由は奪 われる. 意味情報 ある命題によって,起こり得 る可能性のある事態を対象 から除外するほど,その命題 の含む情報は多くなる. 目的は存在するか 白昼夢 決定論的か 正確な目標が 存在するか 計算 創造 意味情報を 増大させるか 帰納 演繹 しない する はい いいえ 思考の分類
推論 (reasoning, inference) 人間の思考のうちで,原因と結果の対が明確である関係的知識を用いて,思考の連鎖をたどっていくはたらきのこと. 人間の思考の大部分は,知識構造の操作に関わ るものであり,これによって色々な結論を引き出す ことができる. 我々は次に何をするか決定し,何が起こるかを予 測し,なぜその事象が起こったのかを理解する.
推論のタイプ 演繹的推論 帰納的推論 類推的推論 Aという真なる知識とA→Bという原因・結果の関係的知識 (演繹規則)があったとき,論理的帰結としてBも真である と結論する推論の繰り返しによって最終的な結論を得るも の. 帰納的推論 観測された個々の事例からそれらを規定する一般化され た知識を確立する推論. 類推的推論 2つの事物がいくつかの性質あるいは関係をもっていれば, 他方もその性質や関係をもつだろうという推論.
演繹的推論 三段論法的推論 「顔のいい人は,スタイルも悪くないよ」 「それはまちがい」 父はいった. 「それはまちがい」 父はいった. 「木村の小母さん,戸田の小母さんを見てごらん.顔は ずいぶんまずいが,スタイルはかなりいいぞ」 「そらあまあ,そうだけど」 曽野綾子『太郎物語』より抜粋 条件文 太郎の信念 前提1 もし顔がよければ,スタイルもよい. 前提2 顔がよい. 結論 スタイルがよい.
演繹的推論 三段論法的推論 太郎の信念 前提1 もし顔がよければ,スタイルもよい. 前提2 顔がよい. 結論 スタイルがよい. 「顔のいい人は,スタイルもよくないよ」 「それはまちがい」 父はいった. 「木村の小母さん,戸田の小母さんを見てごらん.顔はずい ぶんまずいが,スタイルはかなりいいぞ」 「そらあまあ,そうだけど」 曽野綾子『太郎物語』より抜粋 前件 後件 太郎の信念 前提1 もし顔がよければ,スタイルもよい. 前提2 顔がよい. 結論 スタイルがよい.
仮言三段論法 前提1 「p ならば q」 条件文の1つを前提2とし,他方を結論とするような三段論法のことを仮言三段論法という. 「AならばB,BならばC,ゆえにAならばC」というような一般的な三段論法は定言三段論法という. 顔がいい人はスタイルも悪くない→条件文 顔がよい→前件 スタイルがよい→後件 pとする qとする 前提1 「p ならば q」
自分がこれだ(T,F,S)と思うものに手を挙げてください. 仮言三段論法の結論と真偽 ¬pはpの否定 ¬qはqの否定 真(T),偽(F),ときに真(S) 自分がこれだ(T,F,S)と思うものに手を挙げてください. 前提1 前提2 結論 T S F 1 2 3 4 5 6 7 8 p ならば q 〃 p ¬p q ¬q
仮言三段論法の結論と真偽 ¬pはpの否定 ¬qはqの否定 真(T),偽(F),ときに真(S) 前提1 前提2 結論 T S F 1 2 3 4 5 6 7 8 p ならば q 〃 p ¬p q ¬q ○
論理学の用語による説明 肯定式:式1のように前件を前提2とし,後件を結論とする推論.つ ねに真である.したがって式2はつねに偽である. 否定式:式8のように後件の否定を前提2とし,前件の否定を結論 とする推論.つねに真である.したがって式7はつねに偽である. 前件否定の誤り:式3,4の場合 後件否定の誤り:式5,6の場合 式 前提1 前提2 結論 結論の真偽 1 2 3 4 5 6 7 8 p ならば q 〃 p ¬p q ¬q T F S
人間の演繹的推論は必ずしも論理学的帰結とは同じにならないことがある 人間の推論 人間の演繹的推論は必ずしも論理学的帰結とは同じにならないことがある Rips & Marcus (1977)の実験 式 前提1 前提2 結論 結論の真偽 T S F 1 2 3 4 5 6 7 8 p ならば q 〃 p ¬p q ¬q 100 5 21 23 4 57 79 77 82 39 16 2 14
人間の推論 対偶は真である 逆は必ずしも真でない Rips & Marcus (1977)の実験 「顔はずいぶんまずいが,スタイルはかなりいいぞ」という父の発話は,実は論理的には説得力がない(反例になっていない).にもかかわらず太郎はなんとなく納得してしまっているのは,人間ならではの推論をしてしまっているからと考えられる. 反例としてならば,「顔はよくても,スタイルがひどい」実例を挙げればよい. 対偶は真である 逆は必ずしも真でない Rips & Marcus (1977)の実験 式 前提1 前提2 結論 結論の真偽 T S F 1 2 3 4 5 6 7 8 p ならば q 〃 p ¬p q ¬q 100 5 21 23 4 57 79 77 82 39 16 2 14
4枚カード問題 (Johnson-Laird & Wason, 1970) A K 4 5 上のような4枚のカードを被験者に見せる. 「もしカードの片面にローマ字の母音が書いて あれば,その裏面の数字は偶数である」という 規則が守られているかどうかに必要なカード(1 枚もしくは複数枚)はどれかを選択させる.
真理値表 真 偽 p ならば q Aのカード:母音である(p) Kのカード:母音でない(¬p) 4のカード:偶数である(q) 5のカード:偶数でない(¬q)
答え A 5 「母音であれば偶数」という条件文は,「子音であっても 偶数」という可能性を排除していない. “pならばq”が真であれば,“qでなければpでない”(否 定式)も真である.
コンピュータの論理計算は常に数学的な正しさを示す 人間の思考 因果関係をしばしば取り違える. p→q と q→p はまったく違う論理. 「否定」の論理的思考があまり得意では ない. コンピュータの論理計算は常に数学的な正しさを示す なぜ人はそれが苦手なのだろう?
我々は形式論理学の通りに推論することが苦手である.しかし日常生活の中でも,我々はかなり複雑な演繹的推論を行なっている. 日常生活における推論 我々は形式論理学の通りに推論することが苦手である.しかし日常生活の中でも,我々はかなり複雑な演繹的推論を行なっている. なぜ? 問題が非日常的なものであれば困難なことが多 いが,日常的な場面の問題として,あるいは十分 な文脈情報と共に提示すれば意外に容易である. 我々の日常の推論は必ずしも形式論理学の規則 を援用する方法で行なわれているのでないことを 暗示している.
日常の算術 問題 ハンカチあるいは1枚の紙を用意してください. その3分の2を,さらに4分の3にした大きさはどれくらいですか? 学校では数学が苦手で落第したのに,競馬・オート・競輪・ ボート・パチンコ・パチスロ・トト・ロト・点棒計算が妙に得意 な人. 問題 ハンカチあるいは1枚の紙を用意してください. その3分の2を,さらに4分の3にした大きさはどれくらいですか?
環境・状況・身体 生きているからこそ利用可能なリソース 動物の「賢さ」の意味とは何か? 人工知能は賢く振る舞えるか? →身体性(実世界の中に体をもつこと) 「認知する」とはどういうことか?
帰納的推論 いくつかの前提から一つの結論を導く推論過程であるが,その結論は演繹的推論とは異なり,必然的に真であることは保証されず,ある程度の確率で妥当性をもつような結論となる. 前提1 雪が降っているときは普通は寒い. 前提2 雪が降っている. 結論 寒い. この場合,普通は寒いという前提があるので,寒いという 結論がいつも真であるとはいえない.
仮説の真偽をどのようにして確かめればいいのだろう? 仮説の信憑性をどのように評価しつつ仮説をたてているのだろう? 帰納的推論における 結論の妥当性 演繹的推論のように,その結論が真か偽かを 論理的に決定できないので,帰納的推論の結 論は一つの仮説であると考えることができる. できるだけ真である可能性の高い仮説を立て ることが,帰納的推論の目的といえる. 仮説の真偽をどのようにして確かめればいいのだろう? 仮説の信憑性をどのように評価しつつ仮説をたてているのだろう?
来週の予定(11/12) 知識表現 意味ネットワーク スクリプト フレーム表現モデル 認知的経済性 心理学的妥当性