すばる望遠鏡、 主星の自転に逆行する 太陽系外惑星を発見 惑星の公転 主星の自転 国立天文台 太陽系外惑星探査プロジェクト室 成田 憲保 (日本学術振興会 特別研究員PD)
共同発表者と謝辞 佐藤文衛 テニュア・トラック助教 東京工業大学 グローバルエッジ研究院 平野照幸 大学院生 東京大学 大学院理学系研究科 佐藤文衛 テニュア・トラック助教 東京工業大学 グローバルエッジ研究院 平野照幸 大学院生 東京大学 大学院理学系研究科 田村元秀 准教授 国立天文台 太陽系外惑星探査プロジェクト室 Joshua N. Winn 助教授 マサチューセッツ工科大学
発表の流れ 太陽系の起源と太陽系天体の軌道について 太陽系外惑星の軌道とその理論的説明 逆行する太陽系外惑星の発見とその方法 今回の発見の意義と今後の展望 補足スライド
用語の解説 公転軌道傾斜角 主星(太陽など)の自転軸に対する惑星の公転軸の傾き 惑星と衛星の関係に対しても用いられる 軌道離心率 惑星の軌道のだ円の度合いを表わす量 0だと完全な円で、1に近いほど細長いだ円になる 順行 主星の自転の向きと惑星の公転の向きが同じこと 公転軌道傾斜角が90度以内の状態 逆行 順行の逆で、公転軌道傾斜角が90度以上の状態
太陽系の惑星は太陽と共に回転する原始惑星系円盤の中でできた 太陽系の形成理論 原始惑星系円盤 微惑星の形成・合体 地球型惑星 ぎょしゃ座AB星 Fukagawa et al. 2002 木星型惑星 すばる望遠鏡で観測された 原始惑星系円盤の例 ©Newton Press 太陽系の惑星は太陽と共に回転する原始惑星系円盤の中でできた
太陽系惑星の軌道の特徴 太陽系の惑星は全て順行して公転している 太陽系の惑星は全て軌道の離心率が小さい 太陽系の惑星の公転軸は、太陽の自転軸とほぼ7度以内でそ ろっている 太陽系の惑星は全て軌道の離心率が小さい 離心率が最大の水星でも0.2くらい
太陽系の逆行天体 小惑星の中には公転軌道傾斜角が大きく傾いていたり、逆行 しているものが存在する 逆行している小惑星は1999年に初めて発見され、 これまで24個発見されている 最初に発見された逆行している小惑星(asteroid)はつづりを逆さ にしてDioretsa と名付けられている 木星、土星、天王星、海王星の衛星にも、惑星の自転に対し て大きく傾いたり、逆行しているものが存在する 有名な逆行衛星は土星のフェーベ、海王星のトリトンなど
逆行天体の起源 最初から他の天体に逆行して誕生したとは考えにくい 他の巨大惑星などの重力によって散乱されて、現在の軌 道に落ち着いたと考えられる
太陽系天体の軌道のまとめ 惑星の場合 8つの惑星は全て順行している 惑星の公転する軸は太陽の自転する軸とほぼ揃っている 小惑星の場合 多くは公転軸が太陽の自転軸とよく揃って順行している 大きく傾いているものも多数ある 逆行して公転するものも既に24個発見されている 衛星の場合 木星、土星、天王星、海王星の全てに逆行衛星がある
太陽系外惑星について 1995年にスイスの研究者らによって初めて発見された 2009年10月末までに400個以上発見されている 系外惑星発見10周年記念研究会にて 左:Queloz氏、右:Mayor氏
木星のような巨大惑星がかなり内側の軌道にある 太陽系外惑星の軌道:主星からの距離 惑星の質量(木星質量) 木星 天文単位=太陽と地球の距離 主星から惑星までの距離(天文単位) 木星のような巨大惑星がかなり内側の軌道にある
水星よりも細長いような、だ円軌道の惑星が多い 太陽系外惑星の軌道:軌道の離心率 エキセントリックプラネット 惑星の軌道の離心率 木星 主星から惑星までの距離(天文単位) 水星よりも細長いような、だ円軌道の惑星が多い
太陽系外惑星の軌道の理論的説明 太陽系外惑星では太陽系の惑星とは全く異なった軌道の惑 星が多い しかし、太陽系外でも最初は内側に小さな地球型惑星、外側 に大きな木星型惑星ができると予想される 惑星が最初に形成された場所から現在の軌道へどうやって 移動したのかを説明する理論が提案されてきた 惑星落下モデル 惑星散乱モデル 古在移動モデル
惑星落下モデル 原始惑星系円盤の中で公転しているうちに、惑星が少しずつ主星 に向かって落下していくという移動モデル 太陽系のように、ほぼ円軌道の順行惑星ができる 太陽系外惑星の主星からの距離の分布を説明できる ただ、このモデルだけでは離心率の分布については説明できてい ない
惑星散乱モデル 3つ以上の巨大惑星ができた場合に、惑星同士が重力でお互いを はじきとばして(散乱して)移動モデル 2つの巨大惑星でも起こる場合がある シミュレーション結果では、内側と外側に1つずつ惑星が残り、1 つが惑星系から放り出される場合が多い 離心率を持った惑星、大きく傾いたり、逆行する惑星を予言 放り出された惑星
古在移動モデル 連星(2つの恒星がお互いに公転している)の一方に惑星がある場 合、もう一方の恒星(伴星)の影響で惑星の軌道が変化する 伴星の公転する軸と惑星の公転する軸が傾いている場合に起 きる(主星の自転する軸とは無関係) 惑星散乱モデルと組み合わせたモデルを東工大の長沢特任助 教、井田教授らが提案し、大きな反響を得ている 離心率を持った惑星、大きく傾いたり逆行する惑星を予言 (惑星にとっての)主星 伴星
我々の研究のモチベーション 太陽系外惑星がどのような過程を経て現在の軌道にあるの かを観測の立場から解明したい そのために太陽系外惑星の公転軌道傾斜角を測ることはで きないだろうか?
太陽系外惑星のトランジット(食) 太陽系でのトランジット 太陽系外惑星のトランジット 惑星が恒星の前を通過する現象 2006年11月9日 「ひので」撮影 水星のトランジット 惑星が恒星の前を通過する現象
この現象を利用して、トランジット惑星がどのような経路を通って トランジット惑星のロシター効果 近づく側を隠す → 遠ざかって見える 遠ざかる側を隠す → 近づいて見える 惑星 主星 この現象を利用して、トランジット惑星がどのような経路を通って 主星の前を通過したかがわかる
これまでのロシター効果の理論的研究 2005年に東京大学の太田博士、樽家助教、須藤教授らがロシ ター効果と公転軌道傾斜角を結びつける関係式を発表 2006年にはヨーロッパで、2007年にはアメリカで同様な関係式 が発表された 2009年10月に東京大学の平野大学院生らが、観測と比較する のにより適した新たな関係式を発表
惑星の公転方向とロシター効果の関係 遠ざかる 近づく 遠ざかる 近づく 恒星の見かけの速度 恒星の見かけの速度 星ナビ2005年2月号 解説記事より作成
我々から見た主星の自転軸に対する惑星の公転軸の傾きを測定できる ロシター効果の観測でわかること 惑星の公転面 惑星 恒星 惑星の公転軸 主星の自転軸 我々から見た主星の自転軸に対する惑星の公転軸の傾きを測定できる
ロシター効果の観測:恒星の視線速度 視線速度 = 近づいているか、遠ざかっているかの速度 光のドップラー効果を使うことで、遠く離れた天体の視線速 度を測ることができる すばる望遠鏡に搭載された高分散分光器(HDS)などの装置 で観測可能(だが、解析が非常に複雑) 日本では2002年に佐藤特任助教らが解析ソフトを開発
すばる望遠鏡での恒星の視線速度測定 HDS すばる望遠鏡 ヨードセル
これまでのロシター効果の観測的研究 1924年にロシター氏らが食連星系で検出を報告 2000年にQueloz氏らが系外惑星で初めて検出を報告 2005年にWinn氏らが同じ惑星で検出を報告 2006年にWinn氏らが2つ目の惑星で検出を報告 2007年に成田らが3つ目の惑星で検出を報告 すばる望遠鏡 2007年8月23日プレスリリース それ以来、世界で計16個の惑星でロシター効果が観測され、論文 として報告されている すばる望遠鏡では未発表も含めて10個の惑星で観測を行った
今回の発見について:要約 ロシター効果の観測からトランジット惑星HAT-P-7bが主星 の自転に逆行している観測的証拠を得た 査読を受けて学術雑誌に掲載された発見としては世界初 まだ査読中の発見が別に1件報告されている(補足) 惑星散乱モデル、または古在移動モデルで移動した惑星が 実在する有力な証拠 2つのどちらのモデルなのかはまだ判別できていない 太陽系外惑星の公転軌道の多様性と起源を理解する上で 重要な一歩
観測天体について 主星:HAT-P-7 (読み方は、ハット ピー セブン) 白鳥座の方向、太陽系からの距離はおよそ1000光年 質量は太陽の1.5倍ほど、大きさは太陽の1.8倍ほど 惑星:HAT-P-7b (系外惑星の名前は主星にb,c,d…をつけていく) 2008年にハーバード大学のBakos氏らによるトランジット惑星探索 プロジェクト「HATNet Project」で発見された 質量は木星の1.8倍ほど、大きさは木星の1.4倍ほど 公転周期は2.2日、軌道離心率はほぼ0 トランジットをする「ホットジュピター」のひとつ
観測と解析の方法 成田ら 2008年5月30日にすばる望遠鏡HDSで観測 佐藤特任助教の解析ソフトを用いて視線速度を計算 平野大学院生のロシター効果の関係式を用いて、惑星の公 転軌道傾斜角を計算 Winn氏ら 2009年7月1日にすばる望遠鏡HDSで観測 彼ら独自の解析ソフトと関係式により独立に解析
Narita et al. (2009) より作成 観測日:2008年5月30日 日本グループの観測結果 Narita et al. (2009) より作成 観測日:2008年5月30日
Winn et al. (2009) より作成 観測日:2009年7月1日 アメリカグループの観測結果 Winn et al. (2009) より作成 観測日:2009年7月1日
得られた結果と発見の意義 2つの独立な観測・解析によって、HAT-P-7bが主星の自転 に逆行している観測的証拠を得た 太陽系外惑星で惑星落下モデル以外の惑星移動が実際に 起こったことを示す観測的証拠 多様な太陽系外惑星系がどのようにして形成したのかを理 解する上で鍵となる観測結果のひとつ
ロシター効果の観測の現状
今後の展望:HAT-P-7bに対して 惑星散乱モデルと古在移動モデルの判別はできていない 惑星散乱モデルでは外側に放り出された巨大惑星があるはず 古在移動モデルでは外側に伴星があるはず 外側にあるはずの巨大惑星や伴星を探索することで、この惑 星系での惑星の移動モデルを判別することができる 田村准教授らがすばる望遠鏡で進めている直接撮像による惑 星探査プロジェクト「SEEDS」によって探索が可能
今後の展望:新たな観測対象 これまでのロシター効果の観測は巨大惑星に対してのみ
まとめ
補足スライド 最近報告された別の逆行惑星WASP-17bについて 本研究に関連した研究と国内の専門家について
WASP-17bに関する日本語記事 ナショナルジオグラフィック公式日本語サイト アストロアーツ天文ニュース、星ナビ11月号 2009年8月18日 「スカスカの系外惑星、公転軌道を逆走」 研究結果は8月11日発行のアストロフィジカルジャーナル誌(ApJ) に掲載されたとあるが、8月11日にApJは発行されておらず、2009 年11月4日現在までに掲載は確認できない アストロアーツ天文ニュース、星ナビ11月号 2009年8月14日 「軌道を逆走する系外惑星WASP-17b」 イギリスのプレスリリースの翻訳版 論文がまだ査読を受けていないことには触れていない
3つの研究チームと論文の経緯 日本 Narita et al. アメリカ Winn et al. ヨーロッパ Anderson et al. 望遠鏡 すばる望遠鏡 オイラー・スイス望遠鏡 惑星名 トランジット観測日 HAT-P-7b 2008/05/30 2009/07/01 WASP-17b 2009/04/19 論文投稿日 2009/08/05 2009/08/12 - アーカイブ 投稿日 2009/08/11 論文受理日 2009/08/27 2009/08/21 論文掲載日 2009/10/25 2009/10/01 記者発表日 2009/11/04
本研究に関連した研究の国内の専門家 太陽系の形成理論(林モデル・コア集積モデル) 林忠四郎 名誉教授(京都大学) 林忠四郎 名誉教授(京都大学) 井田茂 教授(東工大)、小久保英一郎 准教授(国立天文台) 太陽系の惑星・小惑星など 渡部潤一 准教授(国立天文台) 太陽系外惑星のカタログ(発見数情報を含む) http://exoplanet.eu/catalog.php 視線速度観測 佐藤文衛 特任助教(東工大)
本研究に関連した研究の国内の専門家 ロシター効果の理論 平野照幸 大学院生、樽家篤史 助教、須藤靖 教授(東大) さまざまな惑星移動モデルの理論 井田茂 教授、長沢真樹子 特任助教(東工大) 古在共鳴の理論 古在由秀 博士(ぐんま天文台台長) すばる望遠鏡での直接撮像による系外惑星探査プロジェクト 田村元秀 准教授(国立天文台)