三陸沿岸海域における 底質中ダイオキシン類について

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三陸沿岸海域における 底質中ダイオキシン類について ○先山孝則 (大阪市立環境科学研究所)  川合真一郎, 山本義和 (神戸女学院大学 人間科学部)  宮崎信之 (東京大学 海洋研究所) ダイオキシン類は、陸上での産業活動により非意図的に発生している。 そして、大気や河川を通じて沿岸海域に流入し、底質中に堆積し、長期間残留することが知られている。 特に人口が集中する都市部周辺には、ダイオキシン類の発生源も多く存在するため、底質中に高濃度のダイオキシン類が残留していることが明らかになってきた。 一方、都市部から離れた地域では、ダイオキシン類の発生源も少なく、底質から検出されるダイオキシン類の濃度は低い。 しかし、このような海域は、一般的に水産資源が豊富であることから、食品を通した人間への暴露など、ダイオキシン類の環境影響を考える上では非常に重要な地域であると考えられる。 そこで我々は、普段、我々が研究フィールドとして扱っている大阪など都市域周辺との比較データの収集の目的も含めて、水産資源が豊富で非常に綺麗だとされている岩手県の三陸沿岸海域の底質中のダイオキシン類に調査し、これら水産資源が豊富な海域の底質中のダイオキシン類濃度の把握と、それらダイオキシン類の組成から同海域の汚染の特徴について考察した。 目的 ・水産資源が豊富な海域の底質中ダイオキシン類濃度の把握 ・ダイオキシン類の成分組成から汚染の特徴について考察

調査地点 Yamada Bay Otuchi Bay Ofunato Bay 試料採取:2000.7.25 2001.7.30 St.7 St.3 St.4 St.5 St.2 St.6 St.1 0 2 4 km Otuchi Bay 0 0.5 1.0 Ofunato Bay 試料採取  (1)1999.7.26  (2)2000.7.24  (3)2001.7.31 0 2 4 Yamada Bay 試料採取:2000.7.25  2001.7.30 1999.7.26 1999.7.27 調査地点したは、岩手県の三陸沿岸域の宮古湾、山田湾、大槌湾、釜石湾、大船渡湾の五湾。 宮古湾、釜石湾では、1999年に陸上から岸壁近傍の底質を各1地点採取。 宮古湾は、湾北東部の湾口部に近い宮古港から、釜石湾は湾奥部の釜石漁港から採取。 山田湾、大槌湾、大船渡湾では、船を使い湾外を含めた各7地点から底質を採取。 山田湾は2000年に、大船渡湾は2001年に採取した。 大槌湾では、1999、2000、2001年の三回試料採取を行った。

各湾の底質中ダイオキシン類の平均濃度は、実測濃度で大槌湾が930、大船渡湾が2100、山田湾が500、宮古湾が1400、釜石湾が5300pg/gで TEQに換算すると、それぞれ3.9、5.8、1.6、4.9、7.9pg-TEQ/gであった。 これらの結果は、平成11年度に環境省が行った調査結果とよく一致した。 2000-2001年度に環境基準の常時監視調査として岩手県が行った調査結果と比べると、やや高い結果であった。 各湾濃度を比較すると、実測濃度、TEQともに釜石湾が最も濃度が高く、大船渡湾、宮古湾、大槌湾の順で、山田湾で最も濃度が低く、最高でも3.0pg-TEQ/gでしかなかった。 底質中のダイオキシン類濃度

日本沿岸海域の底質中ダイオキシン類濃度の比較 今回調査した三陸沿岸海域の底質中ダイオキシン類濃度を、我々がこれまで調査した他海域と比較した。 同海域は、大阪港を含む大阪湾や東京湾など、周辺に高度に都市化された地域を持つ海域と比べると明らかに濃度が低いことが分かった。 また、特に濃度の低かった山田湾は、太平洋側の室戸岬沖や、日本海の大和堆など、沖合海域に相当する非常に低濃度であることが分かった。 日本沿岸海域の底質中ダイオキシン類濃度の比較

底質中ダイオキシン類 の分布 Yamada Bay Otuchi Bay Ofunato Bay 10 5 pg-TEQ/g.dry St.7 St.3 St.4 St.5 St.2 St.6 St.1 0 2 4 km Yamada Bay St.7 St.3 St.4 St.5 St.2 St.6 St.1 0 2 4 km Otuchi Bay St.7 St.3 St.4 St.5 St.2 St.6 St.1 0 0.5 1.0 km Ofunato Bay 5 10 pg-TEQ/g.dry 山田湾、大槌湾、大船渡湾での、底質中のダイオキシン類の水平分布を示す。 山田湾:湾中央部から南部で濃度が低い。     河川が流入している湾北から西部で比較的濃度が高くなる傾向があるものの、湾外と同レベル。 大槌湾:三回の調査での平均値で表示、濃度の幅を表示。     湾口部から湾外にかけて濃度が急激に低下する傾向。     湾北西部の河川河口域では濃度が低く、少し離れた地点で濃度が高くなる傾向。     湾北部のST.7で最も濃度が高かった。     調査年による濃度のバラツキ大きいことや、近くにドックがありドラム缶などで小規模な廃棄物の処理の形跡。     ごく狭い範囲に比較的高濃度の汚染スポットがある可能性が考えられる 大船渡湾:湾内に比べ湾口部ではダイオキシン類濃度が極めて低いことが分かった。      湾内では若干湾中央部で濃度が高くなる傾向があるものの、各調査地点での濃度に大きな差はない。      本研究の共同研究者の山本らのグループの長尾らの行った重金属類分布とよく一致。      同湾は、岩手県水産試験場の宮沢らにより、チリ地震による津波被害の後に建設された湾口部防波堤の影響で湾内の水の停滞による水質の悪化が報告されている      我々の調査の結果から、ダイオキシン類についても、湾外との水交換の悪さのため、陸上から湾内に流入したダイオキシン類は、ほとんどが湾内に留まり、湾外へ拡散しにくいことがわかった。 底質中ダイオキシン類 の分布

底質中ダイオキシン類の化合物組成(実測濃度) これらの海域の底質中のダイオキシン類の成分組成の特徴をみた。 まず、ダイオキシン類を構成するPCDD,PCDF、Co-PCBといった化合物種の実測濃度での存在割合を見た。 実測濃度では、いずれの海域においてもPCDFの存在割合が最も小さかった。 山田湾では、PCDDの割合が最も高く、大船渡湾、大槌湾、宮古湾、釜石湾では、地点による差はあるものの、Co-PCBの割合が最も大きかった。 特に釜石湾では、Co-PCBの割合が大きく90%以上を占めていた。 底質中ダイオキシン類の化合物組成(実測濃度)

底質中ダイオキシン類の化合物組成(TEQ) これらをTEQに換算すると、実測濃度とは逆にいずれの湾においてもPCDFの全TEQに対する寄与率が最も大きく、PCDD、Co-PCBの順となった。 底質中ダイオキシン類の化合物組成(TEQ)

底質中ダイオキシン類の同族体組成(PCDD) 大槌湾 山田湾 大船渡湾 宮古湾  釜石湾 各湾のPCDDの同族体組成を見た。 大槌湾のSt.7を除いた全ての地点で、5、6、7塩化物に対して4、8塩化物の割合が大きくなる傾向が見られた。 比較的ダイオキシン類濃度が高かった大槌湾のSt.7と釜石湾では、OCDDの割合が最も大きいものの、同族体間の割合の差は小さかった。 底質中ダイオキシン類の同族体組成(PCDD)

底質中ダイオキシン類の同族体組成(PCDF) 山田湾 大槌湾 宮古湾  釜石湾 大船渡湾 PCDFの同族体組成は、山田湾のSt.3と7を除いて、低塩素化ほど割合が大きく、塩素数が多くなるに従って割合が小さくなる傾向があった。 山田湾のSt.3では、逆に高塩素化体ほど割合が高くなる傾向を示し、同地点のPCDFの同族体組成は、他の地点と明らかに異なっていた。 St.7も、他の地点の異なる傾向を示すように見えるが、同地点のダイオキシン類濃度は0.063pg-TEQ/gと今回調査した地点の中で最も濃度が低かったことから、測定のバラツキを含んだ結果であると予想される。 底質中ダイオキシン類の同族体組成(PCDF)

底質中ダイオキシン類の異性体組成(1) 次に異性体組成について詳しく見てみた。 底質中のダイオキシン類の異性体組成についても、同族体組成同様に若干の差はあるものの概ね類似した特徴的な組成を示していた。 ここに示すのは、要旨にも載せたと同じ図で、異性体組成を見るためにSP-2331とDB-5MSで得られたGCクロマトグラムをグラフ化したものである。 これは、大槌湾の底質中ダイオキシン類の異性体組成を示すためにグラフ化したものである。 これを見ると、地点により割合に差はあるもののTeCDDでは1368-、1379-が主成分となり、TeCDFでは2468-を含むピークが主成分となる特徴を示していた。 これらの特徴は、水田除草剤として使用されたCNPに含まれるダイオキシン類の成分の特徴と合致する。 また、このような成分的な特徴を示す地点では、PeCDDでは2番目の12368-が最も大きく、1番目の12468-/12479-の合算ピーク、4番目の12379-の順に割合が高く、HpCDFでは1番目の1234678-と3番目の1234689-の割合が高くなるといったCNPで見られる異性体組成の特徴も示していた。 このことから、今回調査した三陸沿岸海域は、広い範囲でCNP由来のダイオキシン類の影響を受けていることが窺えた。 しかし、大槌湾のSt.7や釜石湾のように比較的濃度が高かった一部の地点では、TeCDDにおける1368-、1379-や、TeCDFにおける2468-を含むピークの割合が小さくなっていた。 そして、PeCDDでは2番目の12368-に比べ1番目の12468-/12479-のピークの割合の方が大きくなり、HpCDFでも三番目の1234689-の割合が小さくなっていった。 このような成分組成の特徴は、燃焼系発生源の成分組成の特徴と一致し、大阪港など都市域周辺のダイオキシン類濃度の極めて高い底質でよく見られる組成とよく似ていた。 このことから、同海域で濃度が比較的高くなっている地点は、燃焼系発生源からの影響を強く受けた結果によるものであると予想される。 底質中ダイオキシン類の異性体組成(1)

底質中ダイオキシン類の異性体組成(2) PCDF同族体組成 もう一つ、PCDFの同族体組成で他地点と明らかに違った組成を示していた山田湾のSt.3では、異性体組成においても低塩素成分では、他の地点と同様にTeCDFで2468-を含むピークの割合が大きくなるなどのCNPの特徴を示すような組成割合を示していたが、HpCDFでは3番目の1234689-の割合が最も大きくなるといった特徴的な組成を示した。 この特徴は、CNPと同じ農薬として使用されたPCPの不純物として含まれるダイオキシン類の成分組成の特徴と非常によく似ている。 また、PCDD、PCDFともに高塩素化成分の割合が大きいことなどから、山田湾のSt.3はPCPからの影響が相対的に大きい地点である可能性が示唆された。 底質中ダイオキシン類の異性体組成(2)

各異性体の底質中TEQへの寄与率 最後にTEQに対するダイオキシン類の各成分の寄与率をグラフ化した。 実測濃度で計算した同族体組成や異性体組成と同様に、各成分のTEQへの寄与率についても殆どの地点で、12378-PeCDD、23478-PeCDF、#126のCo-PCB(33’44’-PeCB)の寄与が大きくなるといった共通した傾向を示していた。 しかし、同族体組成や異性体組成で、他と異なる傾向を示した地点は、各成分のTEQへの寄与割合でも差が見られた。 まず、PCPの影響が相対的に大きいと予想された山田湾のSt.3では、HpCDDやHxCDDなどの成分の寄与率が他と比べて大きくなり、TEQに対してもPCP由来のダイオキシン類成分の割合が相対的に大きくなっていることが窺えた。 また、トータルTEQが相対的に高かった大槌湾のSt.7や釜石湾などでは、他の地点に比べて、12378-PeCDDの寄与率が若干小さくなり、逆に23478-PeCDFや#126の寄与率が若干大きくなるといった傾向が見られた。 各異性体の底質中TEQへの寄与率

まとめ 三陸沿岸海域の宮古湾、山田湾、大槌湾、釜石湾、大船渡湾における底質中のダイオキシン類濃度は、0.063〜13pg-TEQ/g.dryの範囲にあった。 調査した三陸沿岸海域の底質中ダイオキシン類濃度は、大阪や東京など都市域周辺海域と比べて明らかに低かった。 ダイオキシン類の組成から、これらの海域の底質では農薬不純物由来のダイオキシン類の影響が相対的に大きいことが窺えた。また、比較的濃度の高い地点は、燃焼系発生源由来のダイオキシン類の影響を強く受けている可能性が示唆された。 以上の結果をまとめると、 ・・・の範囲にあることが分かった。 ・・・明らかに低いことが分かった。 特に同海域で最も濃度の低かった山田湾は、太平洋や日本海の沖合海域と同レベルであることが分かった。 これら海域の底質中ダイオキシン類の成分組成の特徴は、CNPなど農薬不純物の特徴とよく似ており、濃度は低いものの、農薬不純物由来のダイオキシン類が相対的に強く、広く範囲に分布していることが明らかになった。 しかし、比較的濃度の高い一部の地点は、都市域周辺の底質などで見られる燃焼系発生源由来のダイオキシン類の組成的な特徴を示しており、ダイオキシン類濃度が高くなった一因として、燃焼系発生源からの影響を強く受けている可能性が示唆された。

Finish

宮古湾 (宮古港) 採取年月日:1999.7.26

釜石港 (釜石漁港) 採取年月日:1999.7.27

各湾底質中ダイオキシン類の化合物毎の濃度比較 実測濃度 Co-PCB PCDD PCDF Co-PCB PCDD PCDF TEQ 各湾底質中ダイオキシン類の化合物毎の濃度比較