生命科学における倫理: 理論から実践へ 講義その 11

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生命科学における倫理: 理論から実践へ 講義その 11 本講義に関する追加の情報は、以下のスライドに設けられた右の各リンクボタンより参照可能です。 ビデオリンク 追加情報 1

1. 目次 規範倫理学と記述倫理学 応用倫理学 新生命倫理と文化的影響力 我々の実践の検討と変更 スライド 2-6 スライド 7–12 スライド 13–14 我々の実践の検討と変更 スライド 15-21 注釈:本講義の目的は、我々がどの様に善・悪を判断するべきであるのか、その点を考察するため規範倫理学の考えを紹介することにある。本講義では、応用倫理学、記述倫理学、メタ倫理学及びその他の倫理学の種類が紹介されるように、 哲学分野において異なる類型の倫理的思考方法が議論されていることを紹介する。本講義では、全ての異なる倫理学を詳細に議論する必要は無く、どの様に人々が善・悪の判断を行えるかを理解するための哲学的アプローチとして、規範的倫理学の役割を説明することにある。 2

2. 倫理学における異なるアプローチ 記述倫理学:自己および他者は何が正しいと考えるか?という問に関する学問 規範倫理学: 自己および他者はどの様に思考・行動するべきか?という問に関する学問 応用倫理学: 自己および他者がどの様にして 「道徳」的知識を行動に移すか?という問に関する学問 3

3. 規範倫理学 規範倫理学は、「行動の正当性もしくは不当性をいかにして人々が考察するべきであるか?」を問題にしている。 この問題には二つの方法が存在している: 目的論的倫理学 – 行動に関する道徳的判断は行動の結果に基づいて行われると主張する。 義務倫理学 – 行動に関する決定は義務と権利に基づいて行われるべきであると主張し、幾らかの事柄は常に正当であるかもしくは不正であると理解される。 4

4. 規範と記述の相克 我々は、記述(人々が実際に行うこと)から規範(人々が何を行うべきか)を理解することは出来ない。 文化的相対主義は異なる文化を同等に受け入れるべきであると主張する。 しかしこのような立場は、意見の相違が存在している場合、問題の解決につながる質問や解決案を提示しない。 5

5. 規範倫理学 – 目的論的方法 結果主義 – 行動の「善」「悪」はその行動の結果に基づいて判断される。 功利主義は倫理学における結果主義である。– 最大多数の最大幸福の推進、快楽の最大化と苦痛の最小化を目的としている。 (倫理的判断において、)結果がその他の考察に優越する傾向がある。 目的論的倫理学 – Jeremy Bentham, James Mill, John Stuart Mill, David Hume, Henry Sidgwick, R.M. Hare, Peter Singer, G.E.M. Anscombe. 我々は生命科学研究の利用にあたり、人々がどの様に善・悪を判断すべきかを考察しているため、ここではデュアルユースのシナリオにける規範的倫理学に注目する。 生命科学者と生命倫理学者は、新たな規範の定義を取り扱っており、この取り組みは規範倫理学に関する考察と、それに関係している既存の倫理的方法の考察を含んでいる。 規範倫理学には、目的論的倫理学および義務論的倫理学という二つの見解が存在している。 目的論的倫理学は一般に(別の理解も存在しているが)「結果主義」若しくは「功利主義」と理解されている。これらの倫理的方法は、政治的には自由主義的な集団に採用される傾向がある(必ずしもそうではない)。結果主義・功利主義といったタイトルは多くの哲学者の書物に由来しており、一般的に行動の善悪はその行動により発生した結果によって判断する見解であると考えられている。 結果主義によると、例えば、短期的には爆弾が多くの人間を殺傷したとしても、その結果が、長期的により多くの人間を殺傷する可能性のある爆弾製造者も殺害した爆弾は、善と判断される。明らかにこのような見解には問題がある。 そして、最大多数の最大幸福に寄与するような行動の結果を「善」であると理解する立場が功利主義的見解である。この見解によると、他者の困難を避ける目的において、さらには他者が明確な利益を獲得する目的において、若干名の人間が苦しむことは許容される可能性がある。再び、この見解にも問題がある。 しかしながら、目的論的方法に伴う明白な否定的結果にもかかわらず、これらの見解は、生活の社会的、政治的、経済的およびそのたの場面において一般的に広く採用されている。 6

6. 規範倫理学 – 義務論的方法 行動の結果に関わらず「善」「悪」の判断を行い行動する者がいる。 我々は、何が正しい行動かを特定できる場合、それを実施することが我々の(倫理的)義務となる。 倫理的絶対主義とは必ずしも同じではない。 義務論者の中には「不正な」行動が良い結果を生み出せば、(倫理的に)許容可能であると判断する者もいるが、反対意見も存在する。 義務論的倫理学:Immanuel Kant, Thomas Aquinas, John Locke, W.D. Ross, C.D. Broad この義務論的見解は、行動の善悪の判断の基準として「行動の結果」は不十分な要因であると理解する。義務論的方法は政治的には保守主義的な集団に採用される傾向がある(必ずしもそうではない)。 (一般的に)この見解によると、特定の行動は常に不正、もしくは正当であるとされる。例えば、殺人は常に不正であるとされ、潜在的な連続殺人犯を殺害することは、たとえ将来の被害者を救う目的であっても、不正とされる。 また、この見解によると、生命を救うことは常に正しいとされ、個人が耐え難い苦痛もしくは苦悩に苦しむような生活の質にあっても生命の維持が望まれる。 多くの宗教的判断はこの見解に基づいて下されているが、政治的場面、社会的状況および刑事司法制度というように、その他の生活圏においても、義務論的方法が価値判断に採用されている。 この見解は、多くの場合、倫理絶対主義と関係している(必ずしもそうではない) 。 7

7. 応用倫理学 応用倫理学には異なる分野が存在する: 医療倫理学、 環境倫理学、 研究倫理学、 生命倫理学、 その他、 これらの分野の幾つかは、生命科学分野におけるデュアルユース問題に関する倫理的立場の合意に向けて役立つと考えられる。 8

8. 応用医療倫理学の立場から 我々は次の項目に関する理想的な倫理的行動を展望できる: 人間の命の尊厳、 我々が命を絶つ能力、 我々が命を改善する能力、 我々が生命過程を干渉する能力、 私的存在と公的存在の間の権力関係そして研究者間における権力関係 9

9. 応用環境倫理学の立場から 我々は次の項目に関する理想的な倫理的行動を展望できる: 我々が現在知る環境の保護、 人間の生活の質の維持、 人間以外の生命体の維持、 生物学的生命の価値そして環境の内在的価値 Singer, Peter. " Environmental Values. The Oxford Book of Travel Stories. Ed. Ian Marsh. Melbourne, Australia: Longman Chesire, 1991. 12-16. 追加情報. 10

10. 応用研究倫理学の立場から 次に挙げる分野は、人間を研究の対象とするため、その考察を通じて倫理的に理想的な責任のあり方を理解することが出来る: プライバシー、匿名性および秘匿性、 自律性、同意、情報への権利 自己決定、 害を与えないための予測、 (研究実施の)利益に関する合理的な要件、 我々の研究内容の合理的な公表の予測 11

11. 応用生命倫理学の立場から 人間に対する新たな技術と知識の影響をどのように考察するのか、その理想的な方法を理解できる。 例えば、 生命科学における技術の利用価値とその限界をどのように理解することができるのか? 我々はどのようにして生物工学技術の潜在的な不正利用を理解することができるのか? 12

12. 共通要素 上記で確認した全ての応用倫理学分野において幾つかの共通点が存在する。 力(能力および権力)の関係、 (集合的権利より)個人の権利、 単独および複数の他者(人間・その他の生物・環境)に関する責任の概念、 害を防止するための規制もしくは規則による取り組み、 結果の予測に関する正確もしくは確定したモデルの欠如 13

13. 新たな応用倫理学: デュアルユース生命倫理学 13. 新たな応用倫理学: デュアルユース生命倫理学 力の関係 - 科学者と科学の不正利用者の間における関係そして科学者と公的社会の間における関係 個人および集団の権利、 より広い世界へ対する責任の概念、 害を予防するための規制若しくは指針の定義する取り組み、デュアルユース上の危険を回避もしくは最小化するための取り組み、 結果に対する正確で、確定的な予測の欠如。 本分野において我々は明確な結果を予測できる。 ビデオリンク 14

14.デュアルユースリスクの文化的影響 これまで紹介した全ての特徴は我々の技術的進歩に伴うものであり、次に挙げる項目に影響を与える。 社会生活および政治生活、 経済生活、 および生活における宗教的側面、 そして自己主張(言語)、公正さ、もしくはその欠如 注釈:デュアルユースに関する問題は、公的もしくは科学者・活動家といったあらゆる種類の集団において、社会的、政治的、宗教的、技術的、経済的もしくは言語的な影響をもたらす。 ある特定の集団はその他の集団とデュアルユース上の文化的影響を共有する。どの集団が、なぜ、最も影響力をもつのであろうか?その理由は、通常、社会における獲得物は経済的、政治的もしくは宗教的な内容を含むが、その他の要素も重要な役割を果たす。その一つが科学的進歩である。 15

15. デュアルユース生命倫理における行動 これら倫理的考察を我々は適当な場面において導入し、応用する必要がある。 時と場合において、次に挙げる文脈に関する倫理的考察は全ての生命科学者に紹介することが出来る。 教育的文脈において、 職業的文脈において、 査読および研究情報・資材交換の文脈において、 世界的な文脈において、 16

16. 大学(高等教育)において デュアルユースの難しい問題を教育の文脈において取り扱うことにより、生命科学者は科学者としての早い時期から当該問題に関する意識を培うことが可能となり、 (通常)プレッシャーの少ない環境でデュアルユース問題を議論することが可能となり、 彼ら・彼女らの将来の科学研究の倫理哲学的基礎を構築することが可能となる。 17

17. 職業的場面において 技術的進歩に伴うデュアルユース上のリスクを認識しそれを軽減するための措置を講じることにより、 情報へのアクセスおよびその分析に関し、研究実践に変化をもたらし、 科学者個人もしくは研究グループに対して問題を問いかけ、 外部関係者と協業する必要が生まれる可能性が生じる。 18

18. 研究者間の情報・資材交換において 生命科学分野の発展におけるリスクの軽減は次の活動を含む可能性がある。 研究者間のコミュニケーションにおける変化、 会議へのアクセス、を通じた情報の普及活動における変化、論文の部分的省略およびオンラインを通じた会議等の議事録公表過程を含む研究会議における変化、 リスクの低い論文の公表とリスクの高い論文の公表指し止めといった、科学誌公表過程における変化。 19

19. 科学的実践における変化 多くのリスク軽減措置は、科学的方法の妥協を伴うことが明らかとなる。 合意された研究指針、支援および生命科学における実践の公正性を担保するため科学者と非科学者は協力する必要がある。 科学的方法においてデュアルユース上の危険を考察することが一般的に受け入れられる様な新たな、公正な科学的文化が必要とされる。 20

20. 個人からより広い世界へ デュアルユースに関する倫理的考察は個人レベルから始まる必要があり、次に挙げる異なるレベルに高められる必要がある。 研究グループにおいて、 研究分野において、 商業的・産業的文脈において、 国内的文脈において、 そして、国際的・世界的文脈へ 21

参考文献と質問 参考文献 質問