非ユークリッド幾何学入門 2016/03/21 大阪大学理学部数学科 4 回生

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非ユークリッド幾何学入門 2016/03/21 大阪大学理学部数学科 4 回生

参考文献  [1]土橋宏康、双曲平面上の幾何学、pdfファイル (↑残念ながら現存しない)  [2]深谷賢治、双曲幾何、岩波書店、1996  [3]雪江明彦、代数学1群論入門、日本評論社  [4]雪江明彦、代数学2環と体とガロア理論、日本評論社  [5]ウィキペディア、Cayley transform

予備知識  高校までの数学と群論と位相の初歩ぐらい 。  知らなくても大丈夫です 。  つどいの他のラインナップに比べるとはるかに ゆるいお話しなので気軽に聞いてください 。

おおまかな流れ  非ユークリッド幾何学の一例として 双曲平面上の幾何学を紹介 。  幾何学として公理から構築する方法ではなく 、 モデルを使う方法をとる 。  いくつかの 「 見た目が全く違う 」 モデルがあ るが 、 それらが同一のものであることをみて いく 。  余裕があれば色々な話がしたい

双曲幾何の特徴  19 世紀にロバチェフスキーやボーヤイらに よって発見された 。  双曲幾何はユークリッド幾何学に対する アンチテーゼでもあった 。  相対性理論と深い関わりを持つ  ( → 宇宙を非ユークリッド的に記述 )  リーマン幾何学の特別な場合になっている 曲率が負で 、 一定の場合である 。

双曲幾何とは ?  この幾何学は非ユークリッド幾何学 ( 曲がった空間 の幾何学 ) の 1 つである 。  特殊な性質を数多く持つ 。  例えば 、 内角の和が 0 度の三角形が存在する 。  今回は 2 次元の場合に焦点をあてる 。

幾何学のモデル 1  幾何学における様々な対象 ( 空間 、 直線 、 点 、 面 など ) は厳密には位相や距離を使って定義される 。  つまり 、 自明な表象を持つわけではない 。  幾何学が展開する様子を視覚的に表示したもの をモデルという 。  モデルによって双曲幾何が展開する世界 ( 空間 ) は異なる 。

幾何学のモデル 2  2 次元の双曲幾何には代表的なモデルが 3 つ 存在する 。  モデルとは数学的には空間 X とそこに推移 的作用する群 G の組 ( X,G ) である 。  上半平面モデル (h, PSL(2; ℝ ))  円盤モデル ( D 2,PSU(2) )  双曲面モデル ( ℍ 2,SO + (2,1))

群の定義  集合 G と演算・の組( G, ・)が群となる条件  ①演算・について結合法則が成り立つ  ②ある元 e ∊ G (単位元)があって、 任意の g ∊ G に対して、 g ・ e = e ・ g = g  ③任意の g ∊ G に対して、元 g -1 (逆元)があって、 g ・ g -1 = g -1 ・ g = e

今回のポイント

群の作用  群 G と空間 X に対し 、 作用 G×X→X とは 、  任意の g 1 、 g 2 ∊ G と x∊ X に対して ① (g 1 g 2 )x=g 1 (g 2 x) ② ex=x を満たすもののことである 。  今回は G として二次正方行列の部分群を メインに考える 。

群の作用についての仮定  群の作用には推移的であること 、 すなわち 、  「 任意の 2 点 P,Q ∊ X に対して 、 g ∊ G が存在して 、 g P = Q が成り立つ 。」 という性質が求められる 。  このとき X を等質空間という 。  この性質が成り立たない幾何学は点の移動が自 由に出来ないということになってしまう 。  また 、 計算上も 、 任意の点を原点などに移動さ せることが出来て便利である 。

メインテーマ ( 再掲 )  円盤モデル 、 上半平面モデル 、 双曲面モデルは それぞれ単位円盤 、 上半平面 、 二葉双曲面上で 幾何学が展開されている 。  その見た目は互いに全く異なっている 。  しかし 、 これらは 「 同じ 」 幾何学を表している 。  まずは 、 円盤モデルと上半平面モデルに焦点を あて 、 このことを見ていく 。  時間があれば他のコンテンツも紹介 。

「 同じ 」 の意味  そもそも幾何学が 「 同じ 」 とは何だろうか ?  長さを保つような全単射写像を等長写像という 。  等長写像 φ : X→Y が存在する時 、 X と Y は等長で あるという 。  長さを保つとは 、 2 点 φ ( P )、 φ ( Q ) 間の距離 が常に PQ 間の距離と等しいということである 。  長さに着目するなら 、 幾何学が同じであるとは等 長ということである 。

距離空間 1  長さに着目するなら 、「 距離 」 が問題になる 。  距離 d は次の性質を満たす必要がある 。  以下 、 P,Q,R を空間内の任意の点とする 。  ① d(P,Q) = d(Q,P)  ② d(P,Q) ≧0 等号成立は P=Q のときのみ  ③ d(P,Q) ≦ d(P,R) + d(R,Q)  距離が与えられた空間を距離空間という 。

距離空間 2  円盤モデル 、 上半平面モデル 、 二葉双曲面モデル はそれぞれ距離が定義され 、 その距離に関して距 離空間となる 。  しかし 、 その距離は定義が相異なる 。  まず曲線の長さを定義し 、 2 点 P,Q を端点とする 曲線の長さの下限を距離 d(P,Q) とする 。  このような下限が一意的に存在することは数学的 に証明できる 。

一次分数変換

リーマン球面  ℂ∪ {∞} は立体投影により S 2 と同相である 。  なので ℂ∪ {∞} をリーマン球面とよぶ  S 2 の通常の位相により 、 リーマン球面にも位相 が定まる 。  投影との合成により 、 一次分数変換を S 2 から S 2 への写像とみなせる 。  一次分数変換全体の群 ≃ PSL(2; ℂ ) はリーマン球 面に作用する 。

円盤モデル 1  複素平面上の単位円盤 D 2 を考える 。  原点を通る直線と 、 D 2 と直交する円周を考える 。  それらと D 2 との交わりである線分と円弧を双曲 平面上の直線と定義し 、 P 直線と呼ぶ 。  2 点間の距離 d 1 ( 通常の距離とは異なる 。 ) を先に 定義して 、 上の事実を証明することもできる 。

円盤モデルの距離

円盤モデル 2

円盤モデル 3 ※青い曲線は測地線ではない

上半平面モデル  h = { x + i y | y > 0 } とおき 、 上半平面という 。  行列式が 1 の実 2 次正方行列全体を SL(2; ℝ ) という 。  一次分数変換のうち係数行列が SL(2; ℝ ) の元であ るもの全体を PSL(2; ℝ ) とおく 。  群 PSL(2; ℝ ) は h に推移的に作用する 。  モデル (h, PSL(2; ℝ )) を上半平面モデルという 。  距離 d 2 が定義され 、 これは d 1 とは異なる 。  d 2 を与える計量をポアンカレ計量という 。

上半平面モデルの距離

モデルの同値  円盤モデル ( D 2,SU(2) ) と上半平面モデル (h,PSL(2; ℝ )) は等長である 。  すなわち等長写像 φ : D 2 → h が存在して 、 任意 の P,Q ∊ D 2 に対して 、 d 1 (P,Q) = d 2 (φ(P),φ(Q)) が成り立つ 。  つまり 、 長さに関する限り 、2 つのモデルはまっ たく同一である 。 一方で成り立つ長さについての 定理はもう一方でも成り立つ 。

双曲面モデル 1 R 3 上に Lorentz 計量を導入する。 次のような通常とは異なる内積を考える。 (x, y, z) ・ (a, b, c) = - x a + y b + z c この計量を導入した R 3 を E 1,2 と呼ぶ。 またこの計量によって距離 d 3 も定まる。 この内積によって H 2 を次のように定義する。 H 2 = { (x, y, z) ∈ E 1,2 | (x, y, z) ・ (x, y, z) = - 1, x > 0 } これは、 E 1,2 上の二葉双曲面 ( の片方 ) となる。

双曲面モデル 2 J を対角成分が- 1,1,1 の対角行列とする。 O(2,1) = { g ∊ GL(3; ℝ ) | tg J g = J} Isom(H 2, d 3 ) = O + (2,1) = { g ∈ O(2,1) | g H 2 = H 2 } SO + (2,1) = { g ∈ O(2,1) | g H 2 = H 2, det g = 1 } ※ここでの作用は単なる行列とベクトルとの積 原点を通る平面と H 2 との交わりが測地線である。 このモデルは相対性理論と深い関わりがある。 E 1,3 を考えると、これは時間が 1 次元 空間が 3 次元の相対論的世界と対応している。

等長写像

射影モデル H 2 を D 2 上に射影して得られるモデル。 2 点を結ぶ線分がそのまま測地線となる 。 双曲面モデルと円盤モデルの同値性 を示す際に自然に現れる。 SO + (2,1) は本来は H 2 に作用する群なので、 射影の逆写像によって、 D 2 の元を一旦 H 2 に引き戻してから、 SO + (2,1) を作用させて、 再び射影することによって、 SO + (2,1) の D 2 への作用と考える。

Erlangen program 等長性は以下のように拡張できる 。  2 つのモデル (X,G),(Y,H) が同じ幾何学を表すとは 、 全単射 φ : X→Y と同型写像 i : G→H が存在して 、 任意の g ∊ G, x∊ X に 対して 、 φ ( g x ) = i ( g ) φ ( x ) が成り立つことである 。 この考え方をエルランゲン・プログラムという 。

距離空間とそのモデル  空間 X が距離 d に関して距離空間であるとき 、 X から X への等長写像全体を Isom(X) と書く 。 (X,d 1 ) と ( Y,d 2 ) が等長ならば 、 (X, Isom(X)) と (Y, Isom(Y)) は同じ幾何学を表す 。 つまり 、 等長という概念はより一般の同値性に吸 収される 。

現代数学への発展  双曲面 → リーマン幾何学  曲面のタイル張り → 基本群  複素関数論 、 保型関数  (h,PSL(2; ℝ )) →Lie 群と対称空間  負曲率空間  2 次元 → 3 次元双曲多様体

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