1 医事法 東京大学法学部 22 番教室 樋口範雄・児玉安 司 第 10 回 2008 年 12 月 3 日(水) 15:00 ー 16 : 40 第10章 個人情報保護と医療 1 個人情報保護法は医療にどのような影 響を与えたか。 2 医療における個人情報保護の考え方は どのようであるべきか。 参照 →
2 前回の補足:平成17年7月1 9日最高裁判決 (1)要旨 医師が治療の目的で救急患者の尿を採取し て薬物検査をしたところ、覚せい剤反応が あったため、その旨警察官に通報し、これ を受けて警察官が上記尿を押収したなどの 事実関係の下では、警察官が上記患者の尿 を入手した過程に違法はない。
3 平成17年7月19日最高裁判 決 (2)尿採取に至る経過 同医師は、上記刺創が腎臓に達していると必ず血尿が出ることから、 被告人に尿検査の実施について説明したが、被告人は強くこれを拒ん だ。 先にCT検査等の画像診断を実施したところ、腎臓のそばに空気が 入っており、腹腔内の出血はなさそうであったものの、急性期のため まだ出血していないことも十分にありうると考え、やはり採尿が必要 であると判断し、その旨被告人を説得した。被告人はもう帰るなどと 言ってこれを聞かなかったが、同医師はなおも約30分間にわたって 被告人に対して説得を続け、最終的に止血のために被告人に麻酔をか けて縫合手術を実施することとし、その旨被告人に説明し、その際に 採尿管を入れることを被告人に告げたところ、被告人は拒絶すること なく、麻酔の注射を受けた。 同医師は麻酔による被告人の睡眠中に、縫合手術を実施した上、カ テーテルを挿入して採尿を行った。採取した尿から血尿は出ていな かったものの、同医師は、被告人が興奮状態にあり、刃物で自分の背 中を刺したと説明していることなどから、薬物による影響の可能性を 考え、簡易な薬物検査を実施したところ、アンフェタミンの陽性反応 が出た。
4 平成17年7月19日最高裁判 決 (3)採取に関する承諾 (上記事実関係の下では、)同医師は、救急 患者に対する治療の目的で、被告人から尿を 採取し、採取した尿について薬物検査を行っ たものであって、医療上の必要があったと認 められるから、たとえ同医師が被告人から承 諾を得ていたと認められないとしても、同医 師のした上記行為は、医療行為として違法で あるとはいえない。
5 平成17年7月19日最高裁判 決 (4)正当行為 医師が、必要な治療又は検査の過程で採取 した患者の尿から違法な薬物の成分を検出 した場合に、これを捜査機関に通報するこ とは、正当行為として許容されるもので あって、医師の守秘義務に違反しないとい うべきである。
6 個人情報保護法の下で たとえば、次の3つの事例について、読者は、個人情報保 護法上どのような取扱いをすればよいとお考えだろうか。 第1。ある医療機関では、患者に対し年賀状を出している。 このようなことを続けてよいだろうか。 第2。ある医師が、担当患者の診療につき、先輩の医師の 意見を聞いてみようと考えている。その医師は隣町の病 院に勤務している。どうすればよいか。 第3。ある薬局で、処方せんに基づき患者に薬を渡そうと している中で次のような問題が生じた。患者の家族の人 が薬を取りに来ている。薬について何らかの説明をした うえで渡すのがこれまでの慣行だが、そうしてよいか。 さらに、薬剤師は処方せんの内容(たとえば処方の量、 あるいは処方された薬の種類)に疑問を感じている。処 方せんを出した医師に連絡してよいだろうか。
7 プライバシーと個人情報 この2つの概念は同じか、どこが違うか なぜプライバシー保護法ではなく、個人情 報保護法が制定されたのか 個人情報保護法では個人情報コントロール 権が認められたのか
8 法律学辞典:プライバシー「家庭の内情や 夫婦の寝室などのように純然たる私生 活・私事に属する事項」(金子宏他編 『法律学小辞典』(有斐閣・第4版・2 004年) 個人情報保護法:個人情報「生存する個人 に関する情報であって、当該情報に含ま れる氏名、生年月日その他の記述等によ り特定の個人を識別することができるも の」(第2条第1項)。
9 新聞記事から 教科書 頁 7つの事例が示すポイント ①大きな影響・広い影響 ②過剰反応 アメリカでも HIPAA horror stories ③原則と例外に対する見方 例外がすべてを決める → 多くの人に大きなコ スト 本来の法の作り方は、原則がルールを決める (任意規定の意味) 例外にあたる人だけが行 動する ④法は不合理なもの、非常識なもの、冷たいもの 法に対するシニシズム・ペシミズム
10 個人情報保護法制定の背景 情報化社会・情報社会における個人情報の 取扱い、漏えい問題の変質 データベース 大規模な漏えい 容易 瞬時 どこまでも 取り返し不 能 EU指令の世界標準化
11 医療情報の特質 1 経済取引との関連性は比較的薄い 2 医療情報の電子化 漏えい問題は重要 3 医療情報の公共性 プライバシー性 利用と保護のバランスの難しさ 患者はなぜ医療情報保護を希望するか? ①病気を知られる不安 ②病気を知られた後の差別 ③信頼関係の崩壊 実は治療もずさ ん
12 個人情報保護のルールの作り方 1) 無断利用可能ルール (free use rule) 2) 通知公表ルール (disclosure rule) 3) オプト・アウト同意ルール (opt out rule) 4) オプト・イン同意ルール( opt in rule) 5) 絶対禁止ルール (prohibition rule) 個人情報保護法 内部利用は2)、外部提供は4)、例外 あり
13 個人情報保護法への疑問 ルールの作り方の形式性(単純さ) ①内部・外部という区分と情報の特質 ②医療情報の公共性への配慮がない オプト・イン同意ルールの非合理性 ③例外は一挙に無断利用可能という飛躍
14 厚生労働省ガイドライン 個人情報保護法の欠陥を少しでも是正 ①死者の情報も含める ②5000件以上はナンセンス ③情報公開による黙示の同意での対処 本当の力点は、データベース漏えいの防止 と 医療情報の重要性の意識を高めること 個人の尊重であり、画一的取扱いではない こと
15 戦略なき個人情報保護 個人情報保護に不合理なコスト 何のためか そこに法があるから
16 冒頭の設例について 第1例、医療機関から患者に対し年賀状を 出すことの当否 第2例、ある医師が、担当患者の診療につ き、別の病院勤務の医師の意見を聞く ケース 第3例、薬局で、患者の家族が処方せんを もって薬を取りに来た場合と、薬剤師が 処方せんの内容に疑問を感じ、医師と連 絡を取ろうとするケース。