ピアジェ生物学的著作三部作に見る発達と進化

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ピアジェ生物学的著作三部作に見る発達と進化 認知発達理論分科会・第31回例会 2010年6月19日 ピアジェ生物学的著作三部作に見る発達と進化 話題提供者 中垣 啓

素朴な疑問Ⅰ 以下の言明のうち、正しいものはどれか 人間はチンパンジーより進化している 人間はネズミより進化している 人間はミミズより進化している 人間はアメーバより進化している 2010/06/19 中垣 啓

素朴な疑問Ⅱ 以下の言明のうち、正しいものはどれか 数認識は対象的世界に由来する 数認識は遺伝子情報に由来する 数認識は超越的世界に由来する 2010/06/19 中垣 啓

ピアジェ生物学的著作三部作 Biologie et connaissance(1967/Biology and knowledge 1971)(B&Cと略記) Adaptation vital et psychologie de l’intelligence (1974/Adaptation and intelligence 1980)(A&Iと略記) Le comportement, moteur de l’evolution(1976/Behavior and evolution 1978/行動と進化 1987)(C&Eと略記) 2010/06/19 中垣 啓

B&Cの執筆目的 有機体と認知過程の間の機能的対応と部分的構造的同型性を明らかにすることを通して、次の二つの仮説を検証すること 仮説Ⅰ:認知的メカニズムは有機体の自己調整メカニズムの拡張である。 仮説Ⅱ:認知的諸機能は有機体と外界との機能的交換の調整を担う、特化し分化した器官である。 2010/06/19 中垣 啓

有機体と認識との機能的対応(B&C) 有機体と認知的過程の間の機能的対応 有機体の機能 認識の機能 生物学的同化 理解(心理学的同化) 生物学的調節 学習・経験(心理学的調節) 生物学的組織化 認知的構造化 ホメオスタシス 諸々の保存概念 DNAの複製 (心理学的)記憶 2010/06/19 中垣 啓

有機体と認識との構造的同型性(B&C) 有機体と認識の間の部分的同型性 有機体の構造 認識の構造 身体組織の階層性 概念の階層性 コドンとアミノ酸の対応 対応の構造 遺伝子調節における順序構造 束論における順序構造 神経回路網における論理回路 命題論理 卵割における割球 群論における準同型性 2010/06/19 中垣 啓

A&Iの執筆目的  行動や様々な認知機能を有機体の進化に結びつけようとすると、有機体の環境に対する適応という大問題が提起されるが、ネオダーウィニズムの適応の理論には満足できない。 表現型模写Phenocopieという過程が適応の問題の解決を容易にするのではないかという仮説のもとで、表現型模写の可能なモデルを提出することが目的である。 2010/06/19 中垣 啓

予備的知識Ⅰ:ネオダーウィニズム 遺伝的変異と自然選択による適応と進化 遺伝的変異を生みだす要因は多々ありうるが、突然変異がその究極的要因である。 表現型的変異が遺伝的変異を生みだす可能性(ラマルキズム)は否定される。 自然選択は環境から有機体への一方向的作用であって、有機体の選択が遺伝的変異に影響する可能性(ボールドウィン効果)は否定される。 2010/06/19 中垣 啓

予備的知識Ⅱ:表現型模写 表現型模写というのは、(表現型的)調節体と(遺伝子型の)突然変異との収斂である。 ピアジェの場合、(表現型的)調節体が先行して、それが(遺伝子型の)突然変異によって置きかえられ、遺伝的形質となることである。 2010/06/19 中垣 啓

表現型模写のモデル(A&I) 段階Ⅰ:外的環境の影響のもとで、有機体には環境に適した調節体Accomodatがまず形成される(この表現型変異は各世代で繰り返される非遺伝的変異である)。 段階Ⅱ:この外生的形成と遺伝的後成的プログラムと不均衡をきたす場合、この不均衡は内的環境に跳ね返り効果を及ぼす。ただし、この効果は「何が起こっているのか」「何をしなければいかないのか」を伝達するものではなく、「何かが巧くいってない」ことによる局所的変更によってもたらされるものである。 2010/06/19 中垣 啓

段階Ⅳ:このとき、不均衡に応答して不均衡領域における半ば偶然的だが水路づけられた変異が生み出される。 段階Ⅲ:後成的発生の階層的な総合的synthetique過程が階層のある中間水準で不均衡を解消できなければ、不均衡の効果はこの総合的過程に関与する調節遺伝子を感受させるに至る。 段階Ⅳ:このとき、不均衡に応答して不均衡領域における半ば偶然的だが水路づけられた変異が生み出される。 段階Ⅴ:この内生的変異は以前の非遺伝的変異を生みだした内外の環境という枠組みの中で形作られるが、この枠組みは新しい変異が安定化するまで選択的効果として作用する。 段階Ⅵ:こうして、新しい変異は内生的再構築を通して、最初の半外生的調節体に収斂するに至る。 2010/06/19 中垣 啓

認知的表現型模写(A&I) 認知的水準においても有機体の水準の表現型模写(外生的なものの内生的なものへの置き換え)と同じ過程が認められる(事例:物理学理論と数理物理学の関係) 1 内生的再構築は、局所的整合性に留まっていた関係系に論理的で内在的な必然性を導入する。 2 再構築は自由になされるにせよ、経験的に課せられた法則や原理はそれを再構築する際の枠組みとなって、選択的効果として働く。 経験的(外生的)認識 表現型的応答 内生的再構築 遺伝子型変異 2010/06/19 中垣 啓

C&Eの執筆目的 生命進化における行動の役割に関する様々な考え方を批判的に検討することを通して、突然変異よりむしろ行動が進化の原動力であることを明らかにする。 特に、マクロ進化に固有の大きな進化的変化は突然変異と組み換えだけでは説明できないので、複雑な行動進化を説明しうる仮説を提出する。 2010/06/19 中垣 啓

進化の原動力としての行動(C&E) 行動に進化の原動力的能力を付与しているもの 行動の目的追求性finalite:行動はある外的結果を得るために外的環境に対して働きかける行為であるから、環境から独立して産出される突然変異とは同一視しえない。 行動の特殊化された最適化:最適化による適応は、生存という意味で最も有能なものを保持する適応ではなく、結果の成功失敗に応じて試行や行為を選択することによる適応である。 内的環境による選択的役割:新しい行動による内的環境の変化は新しい変異を方向づける選択的役割を演じる。  2010/06/19 中垣 啓

ミクロ進化とマクロ進化の区別(C&E) 変異的進化(突然変異と遺伝的組み換えによる、既に組織されたシステムの内部に導入される変異):  その内的テレオノミーを保存したままで、遺伝的、後成的システム内での変更による進化。こうして生み出された変異は偶然的であるし、事後的選択という形でしか環境の統制を受けない。 組織化的進化(新しい行動とその行使に必要な器官の進化):  その形成が初めから内的テレオノミーにも環境にかかわるテレオノミーにも制約されていて、器官の最適化の要請に応える必要がある。 2010/06/19 中垣 啓

本能形成に関する仮説(C&E) 特殊的行為と環境の特異性のつながりを説明する仮説 仮説1 基本的行動は表現型の水準で獲得され、表現型によって変更された内的環境は、遺伝子変異を選択する新しい枠組みとして働き、その基本的行為を再構築する表現型模写を内生的に生み出す。 仮説2 複雑な本能は基本的行動を相互に合成し、補完的強化によってそれを乗り越える、遺伝子的組み合わせ法から生じ、この遺伝子的組み合わせも後成的環境の選択的作用を受けるものと思われる。  2010/06/19 中垣 啓

B&Cにおいて提起された最大の課題 ヒトにおける論理数学的認識の獲得を如何に説明するか LM認識は以下のような特異性を持つ 汎用であること 規範的であること 必然性の意識を伴うこと 全体構造を示すこと 発達すること 2010/06/19 中垣 啓

論理数学的認識は進化論的に 如何にして獲得されたかⅠ B&C 1967 ネオダーウィニズムによる説明の困難 汎用性 特異的適応問題を解決するために進化するのではないか 規範性 規範的であっても、現実の思考はバイアス、錯誤に満ちているではないか 必然性の意識 偶然の産物になぜ必然性の意識が伴うのか 全体構造 全体構造を形づくる諸部品が一挙に獲得されることが可能か 発達 不適応に陥って改良されるわけではないのに、なぜ絶えず発達するのか 2010/06/19 中垣 啓

論理数学的認識は進化論的に 如何にして獲得されたかⅡ(B&C) 生命体の現実 生命体は自己保存を根本的特性とする固有の組織(Organisation)である。 一方で、生命体は外界との絶えざる交換を必要とする開放系である 外界との相互作用において不均衡と均衡化を絶えず繰り返す自己調整過程が生命体の根源的現実をなす。 行為による認知的自己調整の要請 2010/06/19 中垣 啓

認知的自己調整の諸特徴 ー有機体の自己調整との違いー B&C 1967 環境の拡張による開放系の漸進的閉鎖 外界との交換に特化した(心的)器官としてより洗練された調整機能を実現 形式と内容との分離可能性 個人間的調整(社会的交換)の可能性 認知的メカニズムは有機的調整が不完全にとどまるところで、それをうまくやるような認知的調整を導入する。 2010/06/19 中垣 啓

認知的自己調整として見た 論理数学的認識の特異性 B&C 1967 論理数学的認識は生命体に固有な自己調整メカニズムの拡張としての認知諸機能の一形態であり、その最高次の形態である 形式の内容からの完全分離 完全調整としての可逆性 進化的発達における完全統合 2010/06/19 中垣 啓

論理数学的認識は進化論的に 如何にして獲得されたかⅢ B&C 1967 自己調整は遺伝子に基づく特殊的遺伝ではなく、遺伝的伝達そのものを可能にする生命の根本的特性である。 生命現象のあらゆるレベルに普遍的に見出される自己調整メカニズムの機能的延長として、認知的自己調整(行動による自己調整)が出現する。 本能においてすでに認められていた認知的自己調整が、本能の破裂éclatementによって自己調整系の純化が可能となり、その最も均衡化された形態が論理数学的認識である。 2010/06/19 中垣 啓

       終わり ご静聴ありがとうございます。 認知発達理論分科会・第31回例会 2010年6月19日