住民のイメージ調査にもとづく 火山防災用語選定の試み

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住民のイメージ調査にもとづく 火山防災用語選定の試み 小山真人・柴田ふみ(静岡大学) 吉川肇子(慶應義塾大学)

A05班小山・吉川チームの具体的課題 (1)過去の火山危機,ハザードマップおよび火山リスク評価プロジェクトの事例研究(中橋,小山,林) (2)よりよい情報伝達のための表現方法についての基礎的研究:住民・学童を対象としたハザードマップの読み取り実験と,それにもとづくマップ内容・表現方法の検討(村越,小山),火山防災用語の問題点の検討(小山,吉川) (3)火山防災ゲーム,Webコンテンツ,火山ノンフィクション・火山小説などの火山防災教材の分析・開発・実践研究(林,鎌田,吉川,小山) (4)火山危機シナリオワークショップ,火山防災対応の類型化,予知連議事録の組織心理学的分析をつうじた危機管理方法論の検討(中橋,吉川,伊藤,小山) (5)火山危機管理専門家支援サーバの構築(小山,前嶋)

学術的正確さ 一部の専門家の狭い経験・見聞 専門家側での用語選定 専門家 ユーザー (行政担当者・住民) 1.従来の防災用語選定と情報伝達 専門家  ユーザー (行政担当者・住民) わかりにくい・誤解 過大評価・過小評価   ↓ 正しい理解を導くための 莫大な周知・伝導努力 一方通行 2.これからの防災用語選定と情報伝達 専門家  ユーザー (行政担当者・住民) 双方向の情報伝達 学術的正確さ 事前の系統的な意識調査による  ユーザーイメージ・意見の把握 誤解があったとしても 最小限の周知努力で済む(平常時に周知を怠っていたとしても間に合う)

放送用語委員会(1998) 「ことばにも年代差がある」 専門家の思いもよらぬ 意思疎通の阻害要因がある      ↓ 火山専門家はリスク情報伝達の専門家ではない 用語選定には謙虚さが必要 放送用語委員会(1998) 「ことばにも年代差がある」

東大社会情報研・東工大情報理工学・気象庁地震火山部・静岡県防災局観測調査室(1999) 問2.この「余震情報」のなかで、ときどき「“数日間”(または数か月間)は余震が続く」という表現が使われます。あなたは、こういうときの「数」は具体的にどのくらいの期間と思いますか。次の中からあてはまるものに1つだけ○をつけてください。 防災担当者 合計(N)  92 選択肢    % 1〜2日間(1〜2か月間)  2.2 わからない 4.3 2〜3日間(2〜3か月間) 28.3 無回答 1.1 3〜4日間(3〜4か月間) 20.7 4〜5日間(4〜5か月間)  8.7 5〜6日間(5〜6か月間) 13.0 6〜7日間(6〜7か月間) 16.3 8日間以上(8か月以上)  5.4 住民  合計 188 322 510 選択肢 北区 清水市・藤枝市 全体 1〜2日間(1〜2か月間) 24.5 17.4 20.0 2〜3日間(2〜3か月間) 26.1 22.7 23.9 3〜4日間(3〜4か月間) 10.6 18.0 15.3 4〜5日間(4〜5か月間) 11.2 12.7 12.2 5〜6日間(5〜6か月間) 9.6 14.6 12.7 6〜7日間(6〜7か月間) 6.9 9.0 8.2 8日間以上(8か月以上) 3.7 2.5 2.9 わからない 5.9 2.8 3.9 無回答 1.6 0.3 0.8

学術用語と防災用語の目的や性格の違いを認識することが重要 専門家が新しい現象や概念に対して言葉を作ったり選んだりする場合,学術的な正確性を最重要視 もちろんそれは大切なことであるが,火山用語は,多くの場合,防災用語として市民への説明にも使用される点を忘れてはならない.いくら学術的に正確であっても,防災対策をはかる上で顕著な不都合があれば,適切な用語とは言えないのである.減災の視点からみれば,学術的な正確性を多少犠牲にしても,防災上の正しい意味が市民の意識に自然に浸透する用語法であることが望ましい 問題を感じる用語・用法:「臨時火山情報」「噴石」「岩屑なだれ」「噴火の規模」「火山活動」「降灰」「噴火の末期」など(小山,2005,火山特別号)

噴石:3つの定義がある.気象庁は,大きめの火山礫+弾道岩塊の意味で「噴石」を使用することが多い. しかし,その定義は気象庁内部でも混乱 弾道岩塊の意味に限定して使用している文書も散見され,火山によって異なった意味で使用されているように見える場合もある. また,2004年の浅間山噴火以来,噴火予知連見解において「噴石」と「火山礫」が併用され始め,混乱に拍車をかけている. つまり,噴石という言葉は,専門家側の用法が混乱したまま,国の公式な情報(火山情報,火山活動度レベルなど)に使用されて社会に伝えられている. 小山(2005)

1.cinderの和訳,すなわち多孔質の本質火山礫の意味 噴石の3つの定義 1.cinderの和訳,すなわち多孔質の本質火山礫の意味 (1970年古今書院刊「新版地学辞典」,1973年平凡社刊「地学事典第4版」,1988年築地書館刊「自然災害科学事典」など). 2.弾道を描いて飛ぶ岩石の意味 浅間山噴火の調査報告である中村・山崎(1911) 気象庁も浅間山,桜島などのブルカノ式噴火の頻発する火山において,弾道岩塊の意味にほぼ限定して噴石を使用.たとえば,1973年の浅間山噴火を報告した気象庁(1973)は噴石と火山礫の語を使い分け. 3.弾道岩塊に大きめの火山礫を加えた広い意味 最近の気象庁がこの定義を使用(火山防災用語研究会,2003).弾道を描いて飛んできたか,噴煙から終端速度に達して落下したかの飛来メカニズムを問わない. こうした気象庁の使用法に配慮したためか,新版地学事典(1996年平凡社刊)には「噴石cinder:爆発的噴火により投出された火山礫,火山岩塊,火山弾などの総称.cinderは他に多孔質火山砕屑物一般を指す場合もある」 小山(2005)

この表を 読む上で 噴石の 意味が 重要 2004年 9月〜は レベル3 に据置

 2004年9月1日の噴火は火口から4km付近に最大径9.5cmの火山礫(弾道岩塊ではない)が降った(産総研,2004) 噴石の定義を「弾道岩塊」と考えれば, 2004年9月のレベル3据え置きは妥当.しかし... 噴石の定義を「大きめの火山礫+弾道岩塊」と考えて読めば,2004年9月はレベル4が妥当となりえる

(弾道岩塊+大火山礫の総称か,弾道岩塊限定か) 吾妻山 総称(火口から8kmまで噴石の表現) 草津白根山 総称(噴石(岩塊)等の表現) 各火山のレベル表における「噴石」の意味(火山毎に異なるようだ)       (弾道岩塊+大火山礫の総称か,弾道岩塊限定か) 吾妻山 総称(火口から8kmまで噴石の表現) 草津白根山 総称(噴石(岩塊)等の表現) 浅間山 弾道岩塊(気象庁)総称に転換(予知連) 伊豆大島 不明(おそらく総称) 九重山 不明(おそらく総称) 阿蘇山 不明(おそらく総称) 雲仙岳 不明(おそらく総称) 桜 島 弾道岩塊(火山礫との使い分け) 霧島山(新燃岳) 不明(おそらく総称) 霧島山(御鉢) 不明(おそらく総称) 薩摩硫黄島 不明(おそらく総称) 口永良部島 不明(おそらく総称) 諏訪之瀬島 不明(おそらく総称)

これに対し,土砂災害用語であるrock avalancheとの区別がつきにくいという批判がある. 岩屑なだれ: debris avalancheの和訳のひとつであるが,中村一明や伊藤和明は一貫して「岩なだれ」を用い,噴火予知連見解でも「岩なだれ」が用いられたことがある. これに対し,土砂災害用語であるrock avalancheとの区別がつきにくいという批判がある. また,「がんせつなだれ」はそもそも重箱読みなので「いわくずなだれ」が良いとか,「土石なだれ」がふさわしいという意見もある. 結局,現状では火山用語でもっとも和訳表記が確定していない語のひとつとなっている 小山(2005)

気象庁による噴石の定義にほぼ等しい意味で市民側が使用している言葉は,「火山弾」である.たとえ噴石の意味を弾道岩塊に限定したとしても,市民に対してもっとも適切に危険性を伝える防災用語として,火山弾がふさわしいと考える.行政担当者や一般市民は「噴石」よりも「火山弾」に対して,その現象に相応した恐怖感を覚えている(柴田・小山,2005) 対象:  3県合同防災訓練(山梨県、静岡県、神奈川県,2005年2月)に参加した県職員合計64人 静岡県小山町付近の市町村に住んでいるまたは、職場がある者合計274人 ( 2005年2月) 神奈川県の茅ヶ崎市内の中学校教員合計234人(2004年11月) 宇都宮市の住民342人

ここで指摘したいのは,「がんせつなだれ」では現象のイメージが一般市民にまったく伝わらないであろう点である.行政担当者や一般市民は「山体崩壊」にもっとも恐怖を感じ,「岩屑なだれ」にほとんど恐怖を感じていない(柴田・小山,2005)破局的な現象を表す用語としてこの点は深刻であり,少なくとも岩屑(がんせつ)なだれは防災用語として適切なものとは言えない.

・この調査方式では,単にその用語を知っている(知らない)ために恐怖感を感じている(感じていない),つまり,単にその用語の認知度を,恐怖感というスケールで測っただけの可能性を否定できない. ・危険な現象をあらわす用語は,その認知度にかかわらず恐怖感が正確に伝わるイメージをもつことが望ましいが,よりよいリスク情報の伝達を考えるうえで,恐怖感と認知度との関係はきちんと区別しておきたい. 第2回調査 2005年10月 2005年度静岡県防災士養成講座受講生(多くが自主防災会リーダーなど防災に関心をもつ民間の社会人)173名 第3回調査 2006年1〜2月 静岡・山梨・神奈川3県の県市町村の行政担当者(2005年度山静神合同防災訓練参加者)127名

1.次の言葉について,どの程度知っていますか? あてはまる語句を○で囲んでください.(認知度の測定)  (用語名)          意味がだいたいわかる          聞いたことはあるが意味は知らない          聞いたことがない 2.次の言葉を聞いた第一印象はどんなものですか? あなたのもつイメージにあてはまる語句を○で囲んでください. (用語名)           (用語イメージの測定) (形容詞群1)恐い           どちらかと言えば恐い           どちらとも言えない           どちらかと言えば恐くない           恐くない この後,形容詞群2〜4と発生頻度イメージの設問

設問1:認知度 第2回調査:2005年度静岡県 防災士養成講座受講生173名 第3回調査:2005年度静岡・山梨・神奈川 3県合同防災訓練参加者173名 設問1:認知度

恐さイメージ:意味を知っている人 恐さイメージ:意味を知らない人 第2回調査:2005年度静岡県防災士養成講座受講生173名

恐さイメージ:意味を知っている人 恐さイメージ:意味を知らない人 ・Debris avalancheを表す用語では,認知度にかかわらず山体崩壊の恐怖感が最大 ・意味を知らない場合の岩屑なだれの恐怖感低下が著しい. ・噴石の恐怖感は火山弾より低い. ・意味を知らなくても火山弾の恐怖感は維持されるが,噴石の恐怖感は低下する. 第2回調査:2005年度静岡県 防災士養成講座受講生173名

恐さイメージ:意味を知っている人 恐さイメージ:意味を知らない人 第3回調査:2005年度静岡・山梨・神奈川3県合同防災訓練参加者173名

恐さイメージ:意味を知っている人 恐さイメージ:意味を知らない人 ・Debris avalancheを表す用語では,認知度にかかわらず山体崩壊の恐怖感が最大 ・意味を知らない場合の岩屑なだれの恐怖感低下が著しい. ・噴石の恐怖感は火山弾より低い. ・意味を知らなくても火山弾の恐怖感は維持されるが,噴石の恐怖感は低下する. 第3回調査:2005年度静岡・山梨・神奈川3県合同防災訓練参加者173名

1.岩屑なだれの使用の見直し 岩屑なだれのリスクイメージは低く,しかも意味を知らない場合のリスクイメージ低下が著しい. 結論と提言(tentative) 1.岩屑なだれの使用の見直し  岩屑なだれのリスクイメージは低く,しかも意味を知らない場合のリスクイメージ低下が著しい. 2.噴石の廃止と火山弾の採用  噴石のリスクイメージは低く,しかも意味を知らない場合のリスクイメージ低下が著しい.これに対し,火山弾のリスクイメージは高く,意味を知る/知らないに依存しない. (なお,学術上は,高温であった証拠を示す特定の形状をもった火山岩塊に対して,火山弾の語が定義されている.しかし,これは専門家側の特殊な用語法とみるべき.防災上は,高温であろうが低温であろうが,落ちてくる岩の危険性に変わりはないし,いまや学術上も熱履歴の推定法が形状以外にないわけではない. よって,従来の火山弾の定義,および混乱きわまった噴石の語を廃し,噴石に代わる火山防災用語として,火山弾を採用すべき)