児童福祉 次の3点のテーマを扱う。 待機児童対策(「社会保障亡国論」の7章) 病児保育(「社会保障の不都合な真実」の2章) 子どもの貧困問題(阿部彩「子どもの貧困―日本の不公平を考える」岩波新書、ビデオ第1回NHK特集『父ちゃん母ちゃん、生きるんや〜 大阪・西成 』) 最初に「ミネラルウォーターと保育園」の逸話。
待機児童問題とは 待機児童問題とは、国が補助金を出している「認可保育所」への入所を希望しながら、保育所不足から入所ができない児童が大量に発生しているという問題 2013年4月現在で、都市部を中心に全国で約2万3千人存在。数字は氷山のほんの一角。「潜在的待機児童」を含めると、全国で85万人程度の待機児童が発生していると、厚生労働省は見込む。
自民党・小泉政権が打ち出した「待機児童ゼロ作戦」(2001年7月~)と「子ども・子育て応援プラン」(2004年12月~) 福田政権の「新待機児童ゼロ作戦」(2008年2月~) 民主党・菅政権の「待機児童解消『先取り』プロジェクト」(2010年11月~) 再三にわたって待機児童解消を謳った対策があったが、はかばかしい成果を上げられずに現在に至る。
待機児童数と認可保育所の定員増の推移
待機児童問題が起きる理由 第一に、公費・補助金の大量投入によって、認可保育所の保育料が大変安く設定されている。 第二に、規制産業である認可保育所は大変な高コスト体質に陥っており、財政難の折、各自治体とも手厚い公費・補助金を必要とする認可保育所を、簡単に増やせなくなっている。 第三に、規制と補助金の存在が保育産業に超過利潤(レント)を生みだし、それによって強大な業界団体や保育労組が結成されて、自分たちの既得権を守るための規制維持や補助金拡大に、強い政治力を発揮。
保育サービス市場の需給
安すぎる認可保育所の保育料・・・応能負担ではあるが、月額平均2 安すぎる認可保育所の保育料・・・応能負担ではあるが、月額平均2.4万円。無認可保育所(認可外保育所)の保育料の場合、例えば、東京都が認可保育所並みのサービスの質を保証した上で、独自の補助金を出している「認証保育所」の場合でみてみると、その保育料は平均5万2619円。
こうした安い認可保育所の保育料を支えているのはもちろん、大量に投入されている公費・補助金の存在。2010年の「公立認可保育所」の運営費1兆700億円のうち、保育料として親から徴収できているのはわずか2100億円にすぎず、実に80.4%を国と地方自治体からの公費が賄う。 また、公立認可保育所とほぼ同数存在する「私立認可保育所」の場合にも、運営費1兆2600億円のうち、保育料徴収額は3300億円にすぎず、73.8%を公費に頼っている。 東京都などの都市部では、さらにそれぞれ1割程度、公費依存率が高くなる。認可保育所とは、ほとんど税金で運営されている産業。
不適切な再分配の実態 無認可保育所には、国の公費・補助金が全くないので、認可保育所と無認可保育所の間で、公費投入の著しい格差。 待機児童問題が深刻な都市部において、認可保育所に優先的に入所できるのは、夫婦ともに正社員である場合にほぼ限られている(「保育に欠ける要件」) 実は夫婦ともに正社員という「保育に欠ける」夫婦は、一般的に所得が高く、その中にはかなりの高所得者層も含まれる。
認可保育所入所者とそれ以外の所得分布
認可保育所の高コスト体質 大量の公費投入によって守られていることにより、認可保育所は異常な高コスト体質に。東京都23区の公立認可保育所における0歳児1人当たりにかかる保育運営費は、平均で月額50万円程度、私立認可保育所でも月額30万円程度。 この高い運営費以外にも、各自治体が公立認可保育所を新設する場合には、土地や建物代というイニシャルコストも、別途、公費でねん出しなければならない。また、私立認可保育所(社会福祉法人立)の場合にも、新設した建物代の大半を公費で賄う必要があり、財政的に大きな障害。
私立認可保育所の約9割を占めるのは、「社会福祉法人」が経営する保育所。一般的に土地を寄付した篤志家が経営者(法人理事長と園長を兼ねる)となるため、土地代はかからないが、新設した建物代の87.5%を「施設整備費」として国と自治体が補助しなければならない。 社会福祉法人は、特定郵便局のように家族経営・同族経営が多く、雇用している保育士たちに低賃金を強いている一方で、園長本人を含め、家族や親戚が占める理事や役員の報酬が多額に及んでいる場合も多く見受けられる。 その多くが世襲制で、相続税が一切かからずに土地建物が相続できるため、施設費や修繕引当などのコストを節約する動機が働かず、非効率に陥るという制度的欠陥がある。
経済学的な解決策 安易で不適切な公費投入の割合を減らすこと。低所得者に対する公費投入はむしろ手厚くしても良いが、受益に見合った保育料を支払うことができる中高所得者には、今のように多額に及ぶ公費投入を行う必要はない。 いちばん良いやり方は、認可・無認可にかかわらず、全ての保育所の保育料を自由化した上で、低所得者の負担を減らすための直接補助(バウチャーの交付)を行うこと。
バウチャーの金額は、利用者の所得が低いほど多くなり、保育料以外の用途へは使えない。実は、東京都の区や市の中で、既に実験済み。 価格を自由化する意義は、第一に、競争によって認可保育所の運営費の効率化が進む。第二に、待機児童問題が深刻な地域は、価格がシグナルとなり、参入が進む。 需給の過不足に応じてすぐに数の調整が行われることが、自由価格、つまり市場メカニズムの最大の利点。
自由化しても価格は収斂する(安かろう、悪かろうにはならない) 東京都認証保育所保育料の分布(0歳児、月160時間
株式会社の「完全」参入自由化 保育料価格を自由化するにあたって、その前提として非常に重要なことは、認可保育所の参入規制が撤廃されて、保育への参入が自由に行えること。 特に、株式会社やNPO法人は、家族経営・同族経営の多い社会福祉法人よりも、フットワークが軽く、柔軟に供給量を増加させることができる。 株式会社等は、チェーン化した大規模経営で、備品の大量発注等によって運営費を効率化でき、社会福祉法人のように多額の建物補助金(施設整備費)も一切かからず。自治体にとっては、その分の節約された公費を、さらなる保育所新設に使え、効率的。 だが、株式会社率の保育所数は2012年4月現在、全体のわずか1.6%、NPO法人が設立した保育所は0.3%にすぎない
法律上認められているにも関わらず、実質的な参入規制が残る。 ①株式会社であるにもかかわらず、株式で資金調達をして、配当することが禁じられている、②収入を新しい保育所を設立するための投資に使えない(内部留保の使途制約)、③企業会計のほかに、特殊な社会福祉法人会計の作成を求められる、④社会福祉法人は全ての税が免除されているのに対して、株式会社やNPO法人は課税される、⑤質等の基準を全て満たしていても、保育団体や保育労組の圧力等から、地方自治体が独自の判断として、株式会社やNPO法人の参入を認可しないことが許されている
期待される横浜方式 2010年度の待機児童数が、全国の自治体の中でワースト1であった横浜市。林文子市長の下、大改革に乗り出し、2013年4月には待機児童ゼロを実現。 その大改革のまさに柱となったのが、株式会社立の認可保育所を大々的に認めたこと。2003年度にはわずか2か所であった株式会社立の認可保育所は、2012年度には106、2013年には142に増え、全体(579)の約4分の1を占める。2013年度の1年間では新設認可保育所の実に半分が株式会社立という徹底ぶり。
病児・病後児保育の問題 大半が赤字経営。数も非常に少ない。 病児・病後児保育施設が赤字経営になる理由は簡単。病児・病後児保育施設は、2009年から、看護師が利用児童おおむね10人につき1名以上、保育士は利用児童おおむね3人につき1名以上という配置基準となっており、人件費の固定費が非常に高い。これに対して、利用自体は、突発的であり、常に利用者があるとは限らない。全く利用者がいない日が何日も続いた後に、突然、季節性のインフルエンザなどが流行して、需要が集中するなど、需要の変動が激しい。
一方、病児・病後児保育施設の収入は、自治体からの補助金がわずかにあるほかは、この突発的利用者からの利用料を得るしかない。利用料も補助金を利用している手前、あまり高くすることができないし、利用料が高いとパートやアルバイトの親たちは休みをとって対処してしまうため、収入確保が難しく、構造的に採算割れの状態となってしまう。
経済学的な解決策 簡単な経済理論から考えて、こうした予測できない突発的変動と普段の利用率の低さという特徴を持つ需要への対処は、「保険」制度にすることである。 そもそも、病気による通院・入院リスクは、医療保険という形で対処されているのであるから、病児・病後児保育を保険化するという発想は極めて自然である。つまり、病児・病後児保育を利用しない月も、病気があったら預けられるという安心を買うために、利用料(保険料)を支払ってもらうのである。その代り、病気になったときの利用料は、現在の1日5千円前後の価格よりももっと下げて良い。
実際、民間で病児・病後児保育を提供しているNPO法人フローレンスは、会員制で運営されているが、彼等が徴収している会員料がまさに保険料に当たるものである。ただし、任意で行なわれる民間の保険市場には、「逆選択」という市場の失敗が起きて、リスクの高い人ばかりが集まるため、採算は厳しくなる。フローレンスの利用者は、機会費用の高いかなりの高所得者が多いが、任意の民間保険市場にしている以上、これは当たり前であり、低中所得者の利用は難しいという問題が生じる。
この逆選択現象を防ぐためには、病児・病後児保育を多く利用する人もそうでない人も、機会費用の高い人もそうでない人も、皆、強制で病児・病後児保育の保険料を支払わなければならないという制度にすることである。そのためには、通常の保育所の保育料に加えて、この病児・病後児保育の保険料を一緒に強制徴収する仕組みとすることが良いと思われる。 その代り、保険料を支払っている以上、病気になれば必ず、病児・病後児保育を利用できるということにして施設数を増加させる。これにより、女性就業増、女性就業の高度化・正規化が進む。