帆船の安定性: 近代セーリングクルーザーと伸子帆をもつスクーナー(ラガー)の比較

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帆船の安定性: 近代セーリングクルーザーと伸子帆をもつスクーナー(ラガー)の比較 青木 一紀(大阪大学:研究当時) 増山豊(金沢工業大学) 梅田直哉(大阪大学)

緒言 これまでのヨットの安全に関する研究 レーシングヨットが軽排水量化により転覆しやすくなっている傾向(野本) クルージングヨットがレーシングヨットに近づく傾向にある(青木ほか,関西造船協会論文集 240号) ヨットの安全性については,過去に外洋ヨットレースで多くの犠牲者を出したこともあり,古くから多くの研究がなされてきました。 その中で,野本は近年のヨット,特にレーシングヨットに於いて転覆しやすくなっている傾向があるとの指摘をしています。 また,350艇分の船型データの分析から,クルージングタイプのヨットがレーシングタイプに近づく傾向が示されました。 350艇分のヨット船型主要目の分析によって判明

100年の間に帆走の安定性にどのような変化があったか? 比較研究 主要目検討の次のステップ: 詳細設計情報による新旧帆船の安定性比較 近代セーリングクルーザー:1990年代 伸子帆をもつスクーナー(ラガー):1890年代 100年の間に帆走の安定性にどのような変化があったか?

実際のヨットの転覆の原因 1.横波による波浪外力 2.風速・風向の変化による不安定化 風による不安定性も無視できない これまでの研究の主体 風による不安定性も無視できない これまでの横波に対しての耐転覆性能とは違ったアプローチが必要 ここで,ヨットの安定性について考えてみますと,ヨットが転覆や,転覆に至らないまでも安全が損なわれたと判断されるのは,次のような原因が考えられます。 この中で,これまでの研究は主に,停止中のヨットに横波を当て,その時ヨットが転覆するかどうか,またその挙動はどうなるか,というものでした。 一方,実際にヨットが転覆や,転覆に至らないまでも安全が損なわれたと判断されるのは,横波によるものばかりとは言えません。 2,3のように,不安定な海象下での急激な風速・風向の変化がヨットの不安定化を引き起こし,転覆などに至ることがよく起こっています。 ヨットの安全を語る上では,このような不安定な海象下における安定性も無視できず,これまでの横波に対しての耐転覆性能とは違ったアプローチが必要と考え,実際のヨットを対象に数学的なモデルを用いて安定性の検討を行いました。

対象としたヨット 金沢工業大学所有セーリングクルーザー KIT34 船型主要目 LOA 10.68 [m] LWL 8.55 [m] Bmax 3.04 [m] Draft (Fin Keel) 1.94 [m] Cb 0.398 Sail Area (Mains’l) 35.69 [m2] (Jib) 35.69 [m2] (Spin) 61.58 [m2] 実際の解析ですが,解析の対象としたのは,金沢工業大学が所有する外洋クルーザーKIT34としました。 このヨットは,これまでに実船実験などを行って流体力微係数・セール力などについて詳細なデータが公表されており,そのデータを用いることとしました。 KIT34の主要目はこのようになっております。

風速と針路による 釣り合い点の変化 風速 船速 U ヒール角 φ [m/s] [deg.] まず初めに元の運動方程式Aの右辺を0とおいて与えられた風速と進行方向に対する釣り合い点をニュートン法を用いて求めました。 釣り合い点での船速Uとヒール角φはこのようになります。

ラガー 近代型のセーリングクルーザーとは別の 「伸子帆」と呼ばれる帆を持つ帆船にも適用 伸子帆 明治・大正期の和船から洋船への過渡期に,日本各地で広く用いられた帆。 和帆船の横帆と比較して風上帆走性能が優れ,上手回しも容易だった。 固有値とシミュレーションによる非定常な海象下の挙動の調査の対象として,もう一つ近代型のセーリングクルーザーとは異なる帆船にも適用を行いました。 この帆装は,「伸子帆」と呼ばれるもので,明治・大正期の和船から洋船への過渡期,日本各地で広く用いられた帆です。 主帆と前帆の2枚を持ち,和帆船の横帆と比較して風上帆走性能・操作性に優れ,上手回しによる方向転換も可能だったといわれています。

対象としたラガー 伊勢・市川造船建造(明治26年)の長さ25.9mのスクーナー「自在丸」に伸子帆装備(ただし長さをKIT-34に揃えた)と想定 船型主要目 LOA 10.00 [m] LWL 8.99 [m] Bmax 2.41 [m] Draft 0.93 [m] Cb 0.496 Sail Area (total) 50.00 [m2] 実際の解析ですが,解析の対象としたのは,金沢工業大学が所有する外洋クルーザーKIT34としました。 このヨットは,これまでに実船実験などを行って流体力微係数・セール力などについて詳細なデータが公表されており,そのデータを用いることとしました。 KIT34の主要目はこのようになっております。

伸子帆の性能実験 実験模型主要目 大阪大学工学部研究用風洞にて実験を実施 帆模型 船体模型 Sail Area (Main) 0.194 [m2] (Fore) 0.126 [m2] 船体模型 この伸子帆の特性については解明されておらず,実験も行われたことはなかったので,大阪大学の研究用風洞にて実験を実施して帆の特性の計測を行いました。 Lpp 0.956 [m] B 0.200 [m]

ラガーの定常航走状態 ラガー 最大速度:8.7kt 最大のぼり角:33.5度 近代クルーザー 最大速度:10.6kt 最大のぼり角:30.0度 リーフなしの場合

ラガーの固有値による安定判別 Vw=9.0m/s,Γ=100° TE’=0.1, c1=1, c2’=0.1 伸子帆についても同様に,ヤコビ行列の固有値を調べると,このようになります。 先ほどの近代型クルーザーのとは若干不安定釣り合い点の現れる場所が違うなど,異なった特徴を持っています。 近代型クルーザーでは高風速域のクロースホールドで現れていたのが,クロースホールドよりもややアビームめで現れています。 また,追っ手での不安定な点も現れてこないという点も異なります。 しかし,舵の定数,特に比例ゲイン大きく影響されるという点は共通しています。 このプロットのなかで,青いプロットはφ方向の固有ベクトルが大きい点,緑の部分はδ・γ方向に大きいというように,条件によって特徴が異なるのも共通しています。

結言 近代セーリングクルーザー(KIT-34)とラガー(市川造船建造自在丸)の例を対象に、前後・左右・旋回・横揺れの運動について、その定常帆走状態とそこでの局所安定性を検討し,時間領域シミュレーションによってそれらを確認した。 伸子帆の空力データについては、風洞試験を実施した。 ラガーは、近代セーリングクルーザーにその速力、のぼり性能では劣る。

残された課題 帆走制御系としては、本来、舵角とセールトリムが制御変数であるべき。 しかしながら、本研究では舵角のみ。 その原因は、セールトリムはそれぞれの条件下で推力最大となるように風洞試験時に調整しているため。 セールトリムを制御変数とするためには、風洞試験の工数が飛躍的に増加。

謝辞 野本謙作先生(ラガー全般についてのご教示) 中野義彦先生(伸子帆の操作法ご指導) 当時伊勢工業高校・景山裕二先生、鳥羽商船高専・伊藤政光先生(ラガー船型調査ご指導) 神社みなとまち再生グループ・中村清理事長ほかの皆様(ラガー船型調査ご協力) 全日本造船機械労働組合市川造船分会・中村実男執行委員長ほかの皆様(ラガー船型調査ご協力)