翻案権の考察 ー江差追分事件の判決を通じてー 2009・10・20 結城 哲彦 (科目履修生) All rights reserved
<目 次> はじめに 1.著作物の基本構造 2.翻案とは 3.同一性(類似性)の具体的検討 ---江差追分事件を素材にして 4.むすび <目 次> はじめに 1.著作物の基本構造 2.翻案とは 3.同一性(類似性)の具体的検討 ---江差追分事件を素材にして 4.むすび All rights reserved
はじめに ・以下に述べることは、現時点において私の理解しているところをまとめたものにすぎません。 ・多くの誤解を含んでいると思いますので、皆様のご指摘・ご教示を得て、訂正したいと考えています。よろしくお願いします。 All rights reserved
1.著作物の基本構造 (著作物の概念図) 思想・感情(アイディア、作者の想い・気持ち) (表現 ①抽象的なもの 内容) ②具体的・創作的・ なもの 事実、 データ 著作権に よる保護 の対象 外 (表現 内容) 内面形式(創作的な思想・感情を反映している具体的表現) (著作物) (表現 形式) 著作権 の保護 対象 外面形式(文字・文章表現) All rights reserved
補足説明 1.翻案とは、後述のように、原著作物における創作性を具備した具体的な思想・感情を維持・継承しつつ、これに、さらに新たな具体的で創作性のある表現と結びつく自らの思想・感情を付加し、これを一体として反映した新たな表現を有する著作物を創出することである。 2.著作物を構造的にとらえるならば、その概念図で示したように、創作性を具備した具体的な思想・感情と、著作物のいわゆる「内面形式」とは、「コインの裏表」のように、「相互に重なり合い、表裏一体をなすもの」とだと考えられる。 All rights reserved
3.表現に創作性が求められるのであって、思想、感情の創作性を保護するのが法の目的でないことは、明文上明らかである。しかし、表現の創作性とは、 ①作者の内心に、まず、具体的・創作的な思想、感情があり、 ②そのような思想、感情が、具体的な表現に結びつき、客観的な存在となる。これによって、 ③創作物の内面形式に、この創作性が反映される という段階を経て形成される。このように考えのが、自然 な流れではないか。 4.具体的・創作的な思想、感情とは、言語の著作物でいえば、著作物の基本的な筋、具体的なストーリー、人物設定、などの具体的な工夫を意味する。これらが、内面形式として具体的な表現と結びつくことになる。 All rights reserved
5.抽象的な思想、感情とは、作者の想いや気持ちに近いものを意味する。アイディア、作者が作品に込めた想いや気持ち、著作物のテーマや基本構想、表現に向けた工夫などが、これに該当する。必ずしも特定又は具体的な表現に結びつくものではないが、内面形式の基礎となるものである。 6.創作性とは、思想、感情を基礎とし、これを反映する表現が、 ①作者自身のものであること →先人の知見・文化的遺産を土台にして、これに自己の知見を加えることを否定するものではない。したがって、独創性とは異なる。 ②個性的であること →その作者にしかない性格や性質を有していること →裏を返せば、他の表現の存在しうる余地があることになる(相対的である) All rights reserved
2.翻案とは(高裁判平成13・6・28「江差追分事件」) (原著作物) (翻案) 原著作物の内面形式の全部又は一部 創作的な思想、感情を反映している具体的表現 →内面形式 依拠・ 維持・継承 + 新たな内面形式 外面形式 新たな外面形式 新たな内面形式の付加に伴い、原著作物の外面形式には、必然的に変更・付加等が生じる。 新たな著作物 (二次的著作物) All rights reserved
(被告の写真) (原告の写真) (参考事例1) (最高判昭和55・3・28「パロディ写真事件・一次判決) 判旨:翻案権の侵害(著作者人格権も侵害) 他人の著作物を許諾なく利用することが許されるのは、「他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴をそれ自体として直接感得させないような態様において利用する場合に限られる」・・・以後における「直接感得性基準」は、この判決に由来するものである。 All rights reserved
(参考事例2) (被告の写真) (原告の写真) (東京高判平成13・6・21「スイカ写真事件) 判旨:翻案権の侵害(著作者人格権も侵害) (東京高判平成13・6・21「スイカ写真事件) 判旨:翻案権の侵害(著作者人格権も侵害) 写真の場合、露光、シャッター速度などの技術的な創作性だけではなく、被写体の選択、組み合わせ、配置等の創作性も合わせて考慮すべきであるが、本件の場合、被写体の選択、組み合わせ、配置の創作性において、意図的な類似性がみられる。 All rights reserved
3.同一性(類似性)の具体的検討 3-1 採用すべきアプローチの仕方 3-1 採用すべきアプローチの仕方 ①最初に、表現、すなわち、具体的記述、用語、修辞(レトリック)が同じ部分を単純対比する ②次に、表現、すなわち、具体的記述、用語、修辞の裏側にある思想、感情の同一性について検討する。具体的には、 イ.表現が一致又は類似している部分を手がかりにアプローチする。 ロ.表現に盛り込まれている作者の意図、作品 の性格、著作物の主 題(テーマ)、基本的な筋、具体的なストーリーの構成、登場人物の設定などに立ち入って分析する。 (イとロをあわせて、「作品分析」という) ハ.作品分析の結果を総合して、両作品の思想、感情をそれぞれ把握した後、それが両作品の「表現」にどのように反映されているかを個別具体的に検討し、表現の共通性・類似性の有無を判断する。 All rights reserved
3-2 表現が同じ部分の単純対比 原告作品の表現 被告作品の表現 コメント 対応する表現なし 1.日本海に面した北海道の小さな港町 3-2 表現が同じ部分の単純対比 原告作品の表現 被告作品の表現 コメント 対応する表現なし 1.日本海に面した北海道の小さな港町 判決でさえ、被告作品の表現に「創作性はない」と認定している。 むかし鰊場で栄えたころの江差 2.古くはニシン漁で栄え・・・・た豊かな海の町 いくつかのキーワードが共通しているのは事実である。しかし、この短い記述からのみでは、被告作品が「創作性を具備した原告作品の思想、感情の表現」(=内面形式)を継承していると断定することはできない。 All rights reserved
「出船三千、入船三千、江差の5月は江戸にもない」の有名な言葉が今に残っている 3.「江戸にもない」という賑わいをみせた豊かな港町でした」 同じキーワードが使われており、用語レベルからだけ見ると、両者の事実・状況に対する認識には共通性があるかもしれない。しかし、具体的な記載や言い回しなどからみて、被告作品が「原告作品の内面形式を継承していると判断することには、どう見ても無理がある。 All rights reserved
4.ニシンは既に去り、今はその面影を見ることはできません。 鰊の去った 江差に、昔日 の面影はない。 4.ニシンは既に去り、今はその面影を見ることはできません。 確かに、「ニシン」、「去った」、「面影」と、いくつかのキーワードは類似しており、被告作品の表現は、原告作品の表現と一見類似している。しかし、原告作品の表現には、個性(創作性)がみられず、ごく一般的な表現で記述されている。したがって、仮に被告作品の記述が原告作品のそれに類似しているとしても、それのみをもって、内面形式まで継承していると判定することできない。 All rights reserved
その江差が、九月の二日間だけ、とつぜん幻のようにはなやかな一年の絶頂を迎える。 5.九月、その江差が、年に一度、かつての賑わいを取り戻します。 「江差」、「九月」、「年に一度」、「かつての賑わい」のキーワードは、同一又は類似している。しかし、この用語のみをもって、原告作品の内面形式が被告作品に継承されていると断定するには無理がある。また、原告の表現に創作性が感じられない。 江差追分全国大会が開かれるのだ。 6.民謡、江差追分の全国大会が開かれるのです。 事実を客観的に記述しているのみで、両者に著作性があるかどうか疑問である。したがって、記述が同じであるというだけの理由で、内面形式が継承されているというのは、いささかこじつけである。 All rights reserved
(コメント) 町は生気を取り戻し、かつての栄華が蘇ったような一陣の熱風が吹き抜けて行く。 7.大会の三日間、町は一気に活気づきます。 町は生気を取り戻し、かつての栄華が蘇ったような一陣の熱風が吹き抜けて行く。 7.大会の三日間、町は一気に活気づきます。 状況に対する認識については、両者間に共通性があるかもしれない。しかし、具体的な表現からみて、被告作品が「原告作品の内面形式を引き継いでいるとは、判断できない。 (コメント) 全体を通じて言えることであるが、被告作品の文章は、すべてが短い一文であり、それらが七文集まって構成されている。この程度の短文の集まりに、果たして創作性が認められるであろうか。(東京地判平成7・12・18「ラストメッセージin 最終号事件」参照) All rights reserved
3-3作品分析によるアプローチ (前置き) ・翻案の成否が問題となるような案件では、すでに行った単純比較から明らかなように、内面的な表現形式の同一性又は一 致点を見つけることは、事実上、極めて困難、と言わざるを得ない。 ・したがって、第二弾のアプローチとしては、次の二つが重要性を帯びることとなる。 ①用語や記述の類似点及び作品のテーマや構成、具体的なストーリーや登場人物などに関する記述を手掛かりに、これらの裏側に存在する作者の思想、や感情に同一性があるかどうかを探り当てること ②それらが著作物の内面形式にどのように反映されているか、を個別具体的に検討すること All rights reserved
(論点・まとめ) 判定 無 当然に無 有(デッドコピー) 複製 2 有 3 無* 翻案 4 無** 5 (概念の整理) *たとえば原作小説のストーリーを後半から変更する場合(二次的著作物成立の場合) **たとえば、翻訳小説、脚色。映画化。二次的著作物作成説では「複製」又は「非侵害」 原著作物に対する修正、増減、変更等の有無 左記の修正等の創作性の有無 原著作物の主要な具体的表現の維持・残存・継承 判定 1 無 当然に無 有(デッドコピー) 複製 2 有 3 無* 翻案 4 無** 5 非侵害 All rights reserved
(補足説明)・・図3と5はどこが違うのか? ①図3は、原著作物における創作性を具備した表現上の思想、感情を後行の著作物が維持・継承することを前提にしている。図5は、原著作物における創作性を具備した表現上の思想、感情を後行の著作物が維持・継承ないことを前提にしている。 ② たとえば、小説の抽象的なテーマ(アイディア)を詳細に具体化したストーリーの展開は、翻案権の保護対象である。既存の小説のストーリーと類似した小説を執筆すれば、既存の著作物の具体的な思想、感情を維持・継承しているので、既存の小説と文章表現が違っていても、翻案権の侵害となる場合がある。 All rights reserved
1.すでに述べたように、「用語」レベルでは、いくつかのキーワードに共通性は見られるが、「表現」レベルでの類似性は、単純比較した限りでは認められない。 したがって、単純比較のレベルでは、原告作品の具体的な表現は、被告作品には維持・残存されていないということになる。つまり、原著作物に対する修正、増減等が行われており、かつ、主要な具体的表現は維持・温存されていないことになる。 しかし、原告作品における創作性を具備した具体的な思想、感情が被告作品にて維持・継承されているか・いないかは、この比較だけでは、明らかとはならない。この判定は、作品分析によるほかない。 All rights reserved
2.一審・二審は、作品分析の結果、「ほぼ同じ趣旨の表現がほぼ同じ順序で記載されているものであり、この点からも、両者の表現形式上の本質的な特徴の同一性を感得することができる」と、結論付けている。すなわち、 ①被告作品は、原告作品の「基本的な骨子となる部分のみを表現し、原告作品に対して増減・修正等を行っている。 ②原告作品に対する増減、修正等の結果生まれた被告作品は、下記③と同じ理由で、創作性がある。 ③ほぼ同じ趣旨の表現がほぼ同じ順序で記載されているので、原告作品の主要な具体的表現は維持・継承されている ④ 上記①~③からみて、原告作品における創作性を具備した思想、感情は、被告作品において原告作品維持・継承されており、被告作品に接する者は、それを直接感得できる よって、判決は、被告作品を原告作品の翻案(上記図3。二次的著作物が成立する)に相当する、と認定したものと考えられる。 All rights reserved
3.一審・二審の事実認定と作品分析は、次のようなに、極めて粗雑である ①「ほぼ同じ趣旨の表現」の概念が曖昧である。 ・「原告作品に対する修正・増減等が行われている」という意味だと思われるが、判然としない。 ・「原告作品に対する修正・増減はほとんどない」という意味ならば、翻案にはならない。むしろ「複製」になる。 ② 「ほぼ同じ趣旨の表現がほぼ同じ順序で記載されている」の意味も曖昧である。 ・「原告作品の主要な具体的表現が維持されている」という意味だと思われるが、判然としない。 ③原告作品に対する被告の修正、増減等の結果生まれた被告作品に創作性があるか否かについて、判決は明確には言及していない。理由は不明である。 All rights reserved
④一審・二審の最大の問題点は、原告作品の創作性のある表現の裏側に存在し、その表現と不可分一体の関係にある「創作性を具備した思想、感情」が、被告作品において維持・存続。継承されているか否かについて、分析・検討がほとんどなされていないことである。 4.作品分析における技術上の問題点 すでに、小森「意見書」で詳細に分析されているので 再説は省略し、問題の項目のみ列挙する。(順不同) ①表現と素材の混同が見られる。 ②原告作品と被告作品の素材が異なることを見落としている。 All rights reserved
③表現形式と表現内容の混同がある。 ④描写と語りの混同がある。 ⑤記述の順序に創作性があるというのは、あまりにも独りよがりと言わざるを得ない。 ⑥被告作品は、ドキュメンタリー放送番組の中の影像表現に対する補足説明文的な存在である。そのことを踏まえた検討がなされていない。 ⑦作者の内心の思想や感情は、表現を通じてでなければ把握できない。このことについての認識が欠落している ⑧作品の筋・構成などについて、漫然と「基本的な骨子となる部分のみ」という分析では、不十分である。 All rights reserved
5.著作物性の有無、及び映像と原告作品の関係 全体を通じて言えることであるが、比較対象に挙げられた被告作品のそれぞれの表現に、果たして創作性が認められるか、という根本問題があるように思われる。たとえば、かの有名な「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」の表現(文章)でさえ、創作性はないと指摘されている(田村「著作権法概説(第2版)」15ページ) また、被告作品の表現は、影像の進行に合わせた、簡潔な短い「事実の説明文」に過ぎず、「そもそも著作物ではない」という根本的は疑念を払拭できない。 したがって、 ①そもそも、影像が原告作品の翻案ではないか、という視点からの検討がなされ、 ②それとの関係で、被告作品の位置づけを明確にする 切り口が必要ではなかったか? All rights reserved
6.地裁のレベルでは、一審の判決時(平成8年9月30日)以前に、十分な作品分析を行って、翻案の成否に関する判断を行った事例がいくつも存在していた。たとえば、 東京地判昭和53・6・21「日照権事件」 東京地判平成6・3・23「ぼくのスカート事件」 これらの判決に共通することは、本件の一審とは異なり、必ずしも「直接感得性基準」にこだわらず、主要な創作的・具体的表現(文字などで具体的に描き出されたもの)を介して、先行の著作物における創作性を具備した思想、感情が、後行の著作物に継承・再生されているか否かの内容面に立ち入って検討し、その結果を重視している点である。 (継承・再製されている場合は「翻案」、いない場合は「非侵害」という立場をとるものである) All rights reserved
4.むすび 1.本件において、最高裁判決は、従来の「直接感得性基準」を踏襲しつつ、「創作的表現説」の指摘を踏まえ、「先行著作物と後行著作物の間において、抽象的な思想、感情(アイディアのレベル)に同一性があるに過ぎない場合は、翻案権の侵害に該当しない」ことを明らかにした。この点は、一歩前進と評価できる。 また、「表現上の著作性がない部分において、既存の著作物と同一性を有するに過ぎない場合は、翻案に当たらない」と判示した点も評価できる。 All rights reserved
2.しかし、最高裁は、翻案権侵害の判断基準として、なぜ「直接感得性基準」が妥当であるかについて、何ら根拠を示していない。また、創作的表現説と直接感得性基準が、理論的にどのような関係に立つのか、何も触れていない。 3. 「既存の著作物の表現上の本質的な特徴」という判決の概念が、いま一つ明確ではない。翻案権との関係において、原著作物における思想、感情(ただし、創作性のある具体的な表現に結びついたものに限る)を翻案権の保護の対象にしているのか・いないのか? →既存の著作物が創作的に表現している思想、感 情の主要な部分のこと?したがって、保護の対象? All rights reserved
4.また、最高裁判決の言い回しは、思想、感情のすべてをアイディアと同じレベルに位置付けた記述になっている。このため、具体的な思想又は感情(たとえば、ストーリーの具体的な展開)の位置づけが明確になっていない。したがって、 ①単にアイディア部分において同一性を有するだけで、具体的な表現が異なる場合→翻案ではない ②具体的な思想又は感情の部分において同一性がある場合で、それを反映した具体的な表現が異なるとき →翻案に当たる ③具体的な思想又は感情の部分において同一性がなく、かつ、具体的な表現も異なる場合 →翻案ではない このように分解して記述し、被告作品は、①又は③に該当しないので翻案権の侵害はない、と分かりやすく述べてほしかった。 All rights reserved
5.最高裁は、「言語の著作物における翻案と、・・・・別の著作物を創作する行為」と判示し、翻案に関して、「二次的著作物作成説」をとる立場を明らかにした。 この流れから、被告作品は、「翻案ではない」(つまり、二次的著作物ではない)と消極的に述べるにとどまり、影像を背景にして放送された被告作品に著作物性については、判断をしていない。 判決の理由付けとしては、 ①翻案ではない→著作権の侵害はない、のほかに、 ②被告作品は、影像に合わせた「語り」「補足説明文」 にすぎない→江差町についての一般的な表現で あり、著作物性がない→著作権の侵害はない という展開もあり得たのではないか?(私見) All rights reserved
6.渋谷教授は、「写真や美術の著作物に関する基準を転用する事例が現れるようになった。・・・(中略)江差追分事件の最高裁判決は、長年にわたって形成された下級審判例の苦心の解釈を等閑視して、言語の著作物の翻案につき、近年の判例理論の傾向を安易に追認した」と述べておられる(「知的財産法講義ll 第2版59ページ)。 これは、江差追分事件に関する最高裁判決の批判というよりは、翻案事例の場合、直接感得性基準にとらわれずに、著作物の類型ごとに、判断基準や判断を導き出すための手順・手続の確立が必要である、との趣旨を強調されたものだと考える。 (完) All rights reserved