Hasegawa Yui ・ Ahn Hyosuk 重度障害者の地域生活 みなさん、こんにちは。 立命館大学の安と長谷川です。 私たちは重度の身体障害者、とくにALS患者を中心に、その人たちの生活について研究しています。 私はALSの母の介助をずっとしています。 長谷川さんは、この生存学のメンバーとともに2008年から独居ALS患者の支援や、難病患者のコミュニケーション支援などをしています。 私も生存学に来てから、難病患者のコミュニケーション支援を一緒にやっています。 その中身については、今日の発表の中でも少し触れますが、詳しくはポスターをみてくださいね。 この発表では、そうした私たちが行なっている支援活動を通して、重度障害者の生活について、 どんなことに困っていて、どんなことが必要なのか、そして実際にはどんなふうに生活してるのか、お話したいと思います。 今日は私(安)が代表して発表させていただきます。 よろしくお願いします。 Hasegawa Yui ・ Ahn Hyosuk
研究の目的 2008年度から行なっているALS患者の在宅独居生活支援活動を通じて、家族のいない難病患者が地域生活を送るために必要な支援内容を明らかにする。 ここでは、支援活動を通してみえた重度障害者の生活について、どんなことに困っていて、どんなことが必要なのか、そして実際にどのように生活しているのか、報告する。 さきほどの堀さんの報告では、1960年代以降、障害を持つ子供の面倒を親が看る、親にすごく負担がいく、だからそれを避けようとして、障害を持った親同士で作った家族会が、収容施設の拡充を求める、という動きがまずあり、その後1970年代以降になると、障害者が自立を目指して親に負担をかけない形で一人暮らしをするというような流れも見られるという話でした。 そして、こうした後者の自立生活運動の流れのなかでも、ここでは、ALSの自立生活について取り上げます。堀さんの報告でもありましたが、先駆的な障害者たちは、それぞれの地域で自立生活を始め、1990年代以降にもなると、一部の地域では24時間家族に頼らずに地域で暮らせる道を切り開いてきました。 ALSの特徴は、①40代、50代、60代といったような、親の年齢で発症するところがひとつ、②それから症状が進行して、身体がどんどん動かなくなっていくこと、③それによって話せなくなること、あとでお話する④医療的ケアが必要になってくることです。 次のスライドで、自宅で暮らす重度身体障害者の人がどんな制度を使って暮らしているのかを簡単に説明します。
ALS患者が地域で 暮らすということ どんな制度の仕組みの中で、患者や家族はどんな気持ちで暮らしているのでしょう? 3
独居 家族介護が前提 患者が地域で生活するために必要な制度 家族同居 患者は生きにくい! ヘルパー 家族同居 家族 介護保険法 障害者自立 支援法 医療保険 難病対策事業 仕事と介護の両立。 ヘルパーへの指導。 責任は全部家族に。 介護する人がいない。 制度の手続きもできない。 ケアマネージャーなどの支援者もALSについて詳しくない。 気持ちはあるけど、しんどい・・・ どうしたらいいのか・・・ 生きられない 韓国でも同じかもしれませんが、実際の地域生活はそう簡単ではなく、家族が多くの負担を担い、家族がいてもいなくても患者さんは生きにくい現状があります。 日本の福祉制度は、障害者自立支援法とか介護保険法とか重度の身体障害者が地域で暮らすための制度がいろいろあります。 でもそれらの制度は、今のところ全部家族を前提として作られています。だから家族には大きな負担がかかっています。 じゃあ家族がいない人はどうするのかっていうと、誰も面倒をみる人がいなくて生きにくくなっています。こういう理由から、家族がいる患者もいない患者も、長生きができるようになる人工呼吸器を装着しにくい環境におかれていますが、実質的には独居の人は人工呼吸器の選択肢はありません。 でも実際にALSという病気を患いながら、重度の身体障害者でありながら、家族介護に頼らずに、地域で一人で生活している人も少ないけどいます。 家族に迷惑をかけたくない かろうじて生活が成立している環境。 支援者の有無が生死にかかわる。 患者は生きにくい!
介助者がいない! では、家族がいない患者は実際どんなふうに暮らしているのでしょうか?
独居患者 Sさんの場合 地域生活の可能性を実感。 生きられないが生きられるに 左手の感覚がなくなる。 自転車で転倒。 近隣の病院を受診するも、原因不明で診断がつかない。 脳梗塞の疑いで大学病院を受診 独居患者 Sさんの場合 転倒しながらも家で一人で生活 退院と同時に退職 検査入院でALSと診断される。 意思確認所にて蘇生処置の拒否 施設への入所申請 制度申請 (介護保険・特定疾患・生活保護) 私たちが調査の対象としたのは、家族の支援がない60代の男性のSさんです。 Sさんは、タクシーの運転手をしていましたが、ALSを発症して仕事を辞めなければならなくなりました。 実際に、ALSというのは、あまり知られていなくて、一年近くも診断がつきませんでした。 診断されてからは、施設への入所申請や、呼吸器をつけないということを書いた書類を提出しています。そのときのSさんは、一人で地域で生活していくことも、呼吸器をつけて生きるという意思も持てず、選択肢も無いに等しい状況でした。 ところが、支援者がSさんのことを知り、支援にかかわるようになってからは、あきらめていた地域生活の可能性を実感し、また呼吸器をつけることになっても生きていけるんだというようなことを知って、希望を抱くまでになりました! 自宅で転倒して入院 支援者が介入 地域生活の可能性を実感。 生きられないが生きられるに
支援者が入る前のケアプラン 支援者がかかわる前のSさんのケアプランです。 黄色の部分が介助が入ってる時間です。見てわかるように、空白の時間帯が多く、ほとんどの時間を一人で過ごしていました。 身の回りのことは自分でやらなければならなかったのですが、このときには自分で歩くことも難しくなっていたし、腕も上げられなくなっているような状態でした。 Sさんは食事もままならず、自宅で何度も転倒を繰り返している状況でした。 周囲の専門職も、たとえばこのケアプランを作成したケアマネージャーも、今まで高齢者を専門にみてきたから、ALSの患者を担当したのも初めてで、重度の身体障害者がどういうふうに制度を使って生活しているのかも知りませんでした。
支援者が入った後のケアプラン これが支援者が入って行政と交渉したあとのケアプランです。 さきほどは、ひとつの制度だけ(介護保険制度)を使って暮らしていたのですが、ここではさらにもうひとつの制度(障害者自立支援法)を使って、長時間の介護を実現することができました。 行政との交渉は難航しました。 介護の必要性は認められるけど、そもそも事業所がないから介護時間を支給してもそれを担う介助者がいないと仕方ないといわれたのです。 夜間に長時間の介護を担える事業所がないというのは確かでした。 行政側としては、障害者自立支援法の制度では、市町村がお金を補助しなければならないという理由があったからかもしれません。 結局、事業所は、支援者たちが見つけてきました。 Sさんの状況を話して協力が得られた事業所はほとんどありません。 こういう交渉は、大変手間のかかるものです。 だから家族がいる場合でも、家族はこういった交渉に割く時間や労力がなくて、結局自分たちで患者の面倒を見続けてしまう状況がほとんどです。 そもそも、こうした交渉のノウハウについての情報もありませんし、さらに交渉しても家族がいるという理由で介護の時間が支給されません。 だから先ほどのような空白だらけのケアプランのままで、患者の症状の進行に伴って、家族の負担がどんどん増えていくような状況に陥りやすいです。
住む家がない 患者さんや家族にとって住むところも大切です。
障害者はお断り! 住む家がない! 火事や緊急時はどうするの? 住宅改修NG! エレベーターがない! 頻繁な人の出入りはちょっと・・・ 障害者にとってよい住宅というのは、段差がない、介助者がいても問題ないくらいの広い部屋がある、住宅改修が自由にできる、周りに介護事業所がいっぱいあるなど、人によっていろいろ条件が違いますが、だいたいそういうことだと思います。 その中でも、ALSの場合は、介助者が多く必要になるので介護事業所がいっぱいあるというのは結構重要な位置を占めます。 こういうことを考えていくと、街の中心部の方がいいとか、条件に合う住まいが限られてきます。 その上、独居の人になると、経済的な面もあって、家賃が安い方がいい。 でも、やっと条件に合った住まいを見つけても、火事になったら大変とか、家賃は払えるんですかとか、大家さんに何かと理由をつけて断られてしまいます。近隣の人にも、介助者の頻繁な出入りで騒がしくなるのはちょっと・・・というように、地域の人たちの障害者への理解がないこともさらに住まい探しの難しさにつながっています。 私たちも支援を通して知ったんですが、そもそも、こうした住まい探しを担う人はいなくて、家族やボランティアなど誰かが行なっているのが現状です。
医療的ケアは誰がやる? ALSなどの進行性の病気の場合は、症状の進行にともなって、痰の吸引などの医療的なケアが必要になってきます。でもその医療的ケアを在宅でやるというときに、医療者がやはりやるべきだとか、いやヘルパーでもできるんだとか、いろんな意見がありますけども、今のところ、誰が担うのかというのはあいまいです。 そのあいまいさは、プラスに働いてる面とマイナスに働いてる面があります。 11
医療的ケア 医療者 福祉 家族 患者 呼吸器の管理 胃ろう 痰の吸引 (訪問看護など) (ヘルパー) 原則的にはNGだが、患者との個人契約により可能。 医療的ケアの責任者 ヘルパーへの指導 ただし事業所やヘルパー個人の協力が必要。 人手不足 コストがかかる そのあいまいな現状を図にするとこうなります。 医療者は当然オッケーですけど、在宅では24時間必要となる痰の吸引とかをやり続けられるかというと、それだけの人手がないので、実際には無理です。 じゃあ、ヘルパーがやれるかというと、原則的にはNGです。 一番患者の身近にいて医療的ケアをやっても問題ないのが家族です。 だから家族は、24時間患者の近くに居続けなければならないし、夜も満足に眠れないような状況で、大きな負担を負っています。 実は、患者や家族から了解が得られればヘルパーがやっている家もあります。 それはさきほどお話したように医療的ケアを誰が担わなければならないかというのはあいまいで法律で決められていないからです。 でも実際は、医療的ケアというのは、非常にリスクのあるケアだという認識が強くて、事業者やヘルパー個人の協力が得られにくいです。 独居になると点線で囲った家族の部分が丸ごとなくなってしまうので、地域生活を送るというのは、非常に難しい状況にあります。 患者 できれば信頼できる人に任せたい! 独居の場合は医療的ケアを担う人がいない!
コミュニケーションは難しい? 私たちにとってコミュニケーションは、人生をエンジョイするためには必要不可欠ですよね。 重度身体障害者の中にはコミュニケーションが難しくなる人もいます。 介助者が必要な障害者にとってコミュニケーションはとても重要です。 中には、コミュニケーションが取れなくなるなら生きていたくないという患者さんもいるくらいです。
コミュニケーションを取れる人も限られ、通訳のような役割をする人が必要になる。 話せる・身体が動く 身体が一部動くのみ 身体がほぼ動かない TLI 進行→ 会話 ジェスチャー 筆談 指さし文字盤 PC操作 (伝の心など) 透明文字盤 (視線) PC操作 脳波を利用したマクトスなど 意思伝達手法 健常者と同じくらいコミュニケーションができれば介助者の負担が少ない。 家族・介護者の負担 症状の進行に応じて介助者にはコミュニケーションの技術が求められてくる。 伝えようとすることが同じでも、症状が重ければ重いほど、患者は訓練を必要とするし、それを読み取る介助者も訓練を必要とします。 これはそれを簡単にあらわした図です。 右にいくほど症状が重くなるんですけど、それにともなって必要な意思伝達手法が変わっていきます。でも、今ある意思伝達装置では伝えられる内容やスピードには限界があります。 たとえば、私たちは身振り手振りをしながら会話することで、自分の意思や感情など多くのことはほとんど伝えられますよね。 でも体が動かなくなってくると、たとえばジェスチャーはできないとか、話すことができないとか、というふうになってきます。 話すことができない人は、筆談とか、筆談ができなければ文字盤を指で指すとか、そういう方法を使います。 それもできない人は、視線を使う方法もあります。 今度は透明な文字盤を使って視線で文字をひとつひとつ示し、介助者はそれを読み取って文章にしていきます。 これをするためには患者も介助者も訓練が必要です。 パソコンで入力するという方法もあります。 パソコン入力は一ミリでも身体で動く箇所があれば一応可能です。 これらの方法は、大変時間がかかりますし、伝えられることも限られてきます。 また新たなコミュニケーション方法を習得するには、患者も介助者も時間がかかります。 たとえば透明文字盤は、短時間ではなかなかうまくいかないし、患者の生活を知っていないと難しい面があります。家族が患者と介助者の間に入ってコミュニケーションする場合も多くみられます。 症状の進行に応じてコミュニケーション手段が変化する。 周囲の労力や訓練が必要となる。 コミュニケーションを取れる人も限られ、通訳のような役割をする人が必要になる。 TLI(Totally Locked‐In):眼球を含む身体の筋肉がどの箇所においても全く動かせなくなる状態
透明文字盤 レッツチャット 伝の心 実際に使われている意思伝達装置の例です。 右が視線での文字盤で、左側が患者さんがパソコンの練習をしてるところです。 パソコンのコミュニケーションは、患者さんがパソコンそのものが難しいというイメージを持っていて、実際にとりかかるまでに時間がかかることもあります。 伝の心
これはポスターでも発表してるんですけど、私たちがこの報告とは別に行なっているコミュニケーション支援の一部です。 パソコンなどに入力するためにはスイッチがひとつ必要になるんですけど、市販のものがあわなかったりするので、患者さんの状態に合わせて私たちが製作しています。
安定した地域生活を送れるように ヘルパー不足 住まい探し 医療的ケア コミュニケーション 制度 家族が補っている 家族同居の場合 独居の場合 補う人がいない ヘルパー不足 住まい探し 医療的ケア コミュニケーション ここまでお話したことをまとめてみました。 日本の医療福祉制度は、家族の支援というのを前提に制度が作られているために、家族は多大な負担を背負うことになるし、一人暮らしの患者は生きることさえ難しい状況にあります。 でも私たちは地域の住み慣れた家で暮らすことはあたりまえだと思います。 日本もまだまだ課題が山積みです。 制度上ではうまくいっていても、実際の生活とはまだまだズレがありますし、まだまだ支援が足りないところがあるというのも、私たちが今回支援をしながら調査したことによってわかりました。 ここであげた問題は単純だけど、その単純な問題のせいで、生きられなくなってしまう人もいるはずです。 韓国でもきっと同じような状況があると思います。これから一緒に考えていければと思います。 家族の支援というのを前提に制度が作られているために、 家族は多大な負担を背負うことになり、 一人暮らしの患者は生きることさえ難しい状況にある。 17
T H A N K Y O U ご清聴ありがとうございました!