第13回 企業(組織)統治と社会的責任 経営学部 教授 石井 晴夫

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第13回 企業(組織)統治と社会的責任 経営学部 教授 石井 晴夫 経営学/経営学総論B/経営学総論 第13回 企業(組織)統治と社会的責任 経営学部 教授 石井 晴夫

企業(組織)統治の定義 ※組織は企業を包括するより広い概念 「企業(組織)統治とは、組織が自らの決定および活動の与える影響に責任をもち、 社会的責任 を適切に果たせるように組織全体を統合・管理していくことである。」  ※もっとも決定的な要素が(自らの決定と行動に対する)社会的責である。 「社会的責任という文脈で考えたときの組織統治は、組織が行動するときにしたがうべき中核主題であると同時に、他の中核主題との関連で社会的に責任ある行動をとるための組織の能力を高める手段でもあるという特殊な性格をもっている」 企業 企業は社会(多様なステークホルダー) に責任があり、それを遂行するための 決定や行動を企業が採用できるような 組織構造を整える必要がある。 責任 社会 (ステークホルダー)

企業統治の重要性 企業統治にかかわる議論や企業の社会的責任の問題は、企業と市場あるいは組織と個人の間の関係の変化、そして企業の大規模化などによってもたらされた諸問題によって注目されるようになった。 日本では企業の不祥事の発覚やグローバル化の進展に伴って、近年活発に企業統治にかかわる問題が議論され、施策が導入されている。 ※バブル経済が崩壊したのちに、明るみになった企業の不祥事といった問題もあるが、その主たる原因は、経済のグローバル化の進展に起因する。特にアメリカ型企業統治にならうべきとする圧力が大きくなっている。 しかし、企業統治についての議論が、必ずしも企業の効率的運営に役立つとは限らない。

(企業の)社会的責任の定義 (ISO 26000による) “The responsibility of an organization for the impacts of its decisions and activities on society and the environment (through transparent and ethical behavior that contributes to sustainable development, including health and the welfare of society); takes into account the expectations of stakeholders; is in compliance with applicable law and consistent with international norms of behavior; and is in compliance with applicable law and consistent with international norms of behavior; and is integrated throughout the organization and practiced in its relationships.” (健康と社会の反映を含めた持続的な発展に貢献する透明かつ倫理的な行動を通じて、)組織の決定及び活動が社会及び環境に及ぼす影響への組織の責任は、 ステークホルダーの期待(利害)に配慮し、 関連 法令 の遵守および国際行動規範を尊重し、 組織全体で統合され、その組織の中で実践されるものである。 ※社会の発展に寄与する責任感を有し、それに沿って組織的に行動することは、多様な企業の利害関係者にとって有益となる。

●多様なステークホルダーへの責任 政府 投資家(株主) 債権者 (企業) 従業員 取引先 消費者 地球環境 地域住民 企業が多様なステークホルダーに対して、 ①国内外の法律や行動規範を遵守し、倫理的に行動すること、 ②ステークホルダーの利害や人権を尊重すること、 ③企業活動の透明性を確保し、 説明責任 を果たすこと、 が求められている。

社会的責任の基本的要素:企業(組織)統治 ステークホルダー 株主/従業員/地域社会 誰のために企業が活動するのか? あるいは 誰が企業の所有者(主権者)か? 企業統治:ステークホルダーの利益を尊重する組織(仕組み)を設計   ↓↓ (指示・命令・監督) マネジメント:効果的・効率的に遂行 企業 活動 多様な社会的責任を遂行 多様なステークホルダーに影響 例えば、人権問題、労働慣行、環境付加、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティへの参画やコミュニティの発展など。 ※企業統治がうまく行われている会社は、多様なステークホルダーに対する社会的責任を適切に遂行している会社を指す。

▼会社法の概要(企業統治の根本となる) 明治32年に制定された「商法」の中で、会社についても規定されていたが、平成17年に会社に関する各種法律を統合・再編成し、 「会社法」 として制定した。 会社の種類は、株式会社、合名会社、合資会社、合同会社に分類される。株式会社以外の合名会社、合資会社、合同会社を「持分会社」と総称することもある。  ※合同会社は、有限会社に代わって新たに設立された。 会社法の特徴として、株主(出資者)や債権者の 保護 の視点が重要視され、株主総会、取締役会、会計参与、監査役、監査役会、会計監査人、委員会などの機関を必要に応じて設置することになっている。 業務の適正を確保するために必要な体制の整備が法務省令で定められている。   ※内部統制と呼ばれ、法令遵守に加えて、組織の健全性、     有効性、効率性を確保することを目指す。

会社法(民法の特別法) 商法典として関連する法律を統合したもの 商法特例法 (株式会社の監査等に関する 商法の特例に関する法律) 商法の一部(第2編) 有限会 社法 その他 の法律 会社に関連する法律の統合に際し、   ①用語を整理し、   ②解釈の明確化を図り、   ③関連する法の不均衡を是正し、   ④最新の社会経済情勢に対応   するようにしてある。 会社法 (平成17年制定) ※会社法に規定がない場合は民法が適用される。

▼会社法施行前の日本企業の組織構造 以前の日本企業のトップは、最高経営責任者である社長を中心とする 「常務会」 あるいは 「経営会議」 が中心であった。これら会議体が最高意思決定機関として、企業経営の全般的なマネジメントも担っていた(決定と執行の未分離)。 商法上の 取締役会 は、特に株主を中心としたステークホルダーの利害から逸脱した経営が行われているかを監視する役割を担うものであった。 したがって、商法上は、取締役会は全般的なマネジメントを担当するトップとは、その役割が区別されるものとされている。 しかし、現実には取締役会と「常務会」、「経営会議」のメンバーが重なっており、この点(自分で決定した行動を自分で監督・評価する体制)が問題とされていた。

▼日本企業の従来型トップの組織 日本企業の従来型トップの組織は取締役会の中に最高意思決定機関である常務会もしくは経営会議が設置され、そのメンバーおよび取締役会の構成メンバーが執行していた(取締役の大半は、企業の 生え抜き の人材)。 その結果、株主総会から委任を受けて経営の監査を行うという意識が薄れ、 株主 が軽視されてきた。 さらに、基本的な経営事項の決定・執行が取締役会構成メンバーで行われ、決定と執行の任務の 分離 がなされていなかった。 そのため、取締役会が決定した内容を自分で実行し、結果を評価するので、チェック機能が働かないという問題があった。  ※会社法制定(商法改正)の狙いは経営の執行の監視と強化、および経営の監督機能と執行機能を分離することによって意思決定の迅速化・効率化を図ることであった。

▼日米企業トップの組織の比較 よりアメリカ型組織への移行 日本企業において採用されてきた伝統的な組織運営体制では、株主軽視の姿勢や隠蔽体質によって様々な弊害(トップによる不正など)が発生していた(企業体質変更の必要性)。 このことから、商法や関連法案の統合や改正によって委員会等設置会社への機構改革が行われた(委員等設置会社の説明は後述)。 委員会等設置会社には「大企業」および「みなし大企業」(中小企業者であっても大企業もしくはその役員から当該企業の資本家または出資金の2分の1を超える出資を受けている企業)も移行可能となっている。

日米の企業統治の違い 隠蔽体質や株主軽視(不正の温床や資産の有効活用軽視) 日本型企業統治では、株主を軽視し、終身雇用制度(労使協調体制)を形成して、長期的な視点で経営が行われてきた。 しかし、米国型企業統治では、株主とROEを重視し、株主の利害に反する行為を防止するための情報開示や監視体制の メカニズム を強化した。 企業には、株主以外にも多様なステークホルダーが存在し、長期的に彼らへの社会的責任を果たしていくことが求められている。米国型企業統治が最終形態ではない。

図: 典型的な日米株式会社のトップ組織の比較 図: 典型的な日米株式会社のトップ組織の比較 会社法施行前 日本企業 会社法施行後日本企業(委員会設置会社) アメリカ企業 株主総会 株主総会 株主総会 (選任)↓ ↑(報告) (選任)↓ ↑(報告) (選任)↓ ↑(報告) 取締役会  報酬委員会  指名委員会  監査委員会 取締役会 取締役会会長 社外取締役 取締役会 代表取締役 常務会 取締役 社内取締役 (選任・監督)↓ ↑(報告) (選任・監督)↓ ↑(報告) 代表執行役 執行役 最高業務執行役員 執行役員 決定と執行の   //   決定と執行の職務分離 職務の未分離

●委員会等設置会社 委員会等設置会社の特徴は、監査役制度に代わるものとして 社外取締役 を中心とした指名委員会(取締役の選・解任)、監査委員会(取締役会の監査、業務執行の監査)、報酬委員会(役員報酬の決定)を設置することである。 同時に、業務執行を担当する役員として執行役を置き、 監督 機能と 業務 機能を分離した会社を指すものである。 このことによって、取締役会が行ってきた業務執行が執行役に移行し、取締役会の権限は、基本的な経営事項の決定と執行役の選任・監督に縮小される。 ※委員会等設置会社は、現在のところそれほど多くの企業で採用されるという段階には至ってない。

●日本企業への批判 グローバル化が進行する中、日本企業は ROE (Return On Equity:自己資本利益率)軽視の経営を行ってきたと、内外からの批判にさらされてきた。企業評価の指標として、ROEを最重要視してきたアメリカ企業や欧米の投資家からみれば、株主軽視の経営という批判が起こっても当然のことである。 日本企業の株式は、グループ企業の 相互持合 によって、大半が保有されていたため、アメリカのような年金基金に代表されるような機関投資家や個人投資家の利害を強く意識して経営を行う必然性がなかった。 こうした株式市場の特質が日本的企業観と近年指摘されている不祥事などを招く体質を作り出したと言える。 ※しかし、日本的企業観が、根本的に間違っていると必ずしも、決めつけられるものでない。いい部分もあった。

日本的企業観がもつ積極的側面と消極的側面 日本的企業観とは、企業を株主から切り離された存在として捉え、顧客・ユーザー、従業員のために経営されるべきものであるという考え方 ●積極的側面(長期的な成長や良好な労使関係の形成) 従来の日本的な企業統治は、過去において日本企業の欧米企業に対するキャッチアップのスピードを加速し、国際競争力の構築につながった。 株主の存在を重要視していないので、短期的な高水準のROE追求の経営でなく、より 長期的 な視点から設備投資などに資金を注いで企業経営を行うことができた。 その結果、取引先との安定した関係が継続でき、企業の持続的な成長が実現され、従業員の雇用維持が保障されてきた。 ※日本的な企業観は、良好な企業統治の形成に貢献してきたことは否定できない 。

●消極的側面 隠蔽体質や株主軽視(不正の温床や資産の有効活用軽視) 従来の日本型の企業統治では、欧米と異なる企業体質を生み出す原因になった。 従来の日本的企業観が、企業活動のより内側に位置するステークホルダーである取引先や従業員への厚い配慮を促す一方、企業外部のステークホルダー(特に株主)への配慮を欠いていた。 ROEの軽視を始めとして、株式持合による企業間の相互依存、や企業内の「生え抜き」で構成されている取締役会(メンバーの相互依存関係)によって、経営者が企業内で発生した問題を穏便に処理する傾向が強まった。 この体質が、企業外部への 情報開示 を怠り、企業経営の透明性を欠くという結果をもたらした。臭いものには事前に蓋をしてしまうというトップの姿勢が習慣化し、不祥事とその隠蔽などに象徴されるような事態を招くようになった。

▼日本企業観の再吟味 不祥事を防止するためには、法的・制度的な環境の整備は必要である(法を遵守するのは法治国家では当然の義務)。 しかし、法や制度は事後的な処理あるいは罰則により抑制しようとするものである(事後的あるいは後ろ向き)。 不祥事を 事前 に回避(予防)するためには、法を超えた領域での企業の自発的な行動が重要になる。 もし、日本的企業観に、企業の長期にわたる維持・発展という意味が付与されているとすれば、この企業観を必ずしも改める必要はなくなる。 そうであるならば、日本の大企業は、経営の国際標準化を通して、さまざまな影響力を与えるほどあらゆるパワーをもつ存在となる。 日本的企業観の意味を再吟味し、トップと企業の果たすべき役割を十分に考えなければならない状況にあるといえる。