糖尿病患者においては、 胃排出能が、本当に 亢進しているのか? HDC アトラスクリニック院長 日本医科大学客員教授    鈴木 吉彦 

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血糖値の調節 膵臓 肝臓 筋肉 血 糖 脳 インスリン ↑ 200 g/ 日 120g/ 日 乳 酸 乳 酸 グリコーゲン グリコーゲン グリコーゲン グリコーゲン ( 食事 ) 脂肪組織 Plasma Glucose Blood Glucose 尿糖 血糖値は制御された値 であり制御機構が正常 なら全く血糖は上昇し.
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糖尿病患者においては、 胃排出能が、本当に 亢進しているのか? HDC アトラスクリニック院長 日本医科大学客員教授    鈴木 吉彦 

1990年当時 胃排出能は亢進している学説 胃排出能は低下している学説 が混在していた。特に、胃のシンチグラムを使った検査では、胃の排出は低下しているとされており、どのような患者が亢進し、どのような患者が低下しているのか、の判別をした研究はなかった。 1990年当時、つまり、昔、昔は、糖尿病性の胃排出能が亢進しているか、については、2つの異なる学説がありました。ひとつは、亢進しているとする学説。実は、当時は、この学説のほうが、マイナーでした。もうひとつは、胃排出の速度は低下しているという学説です。これは、主に、消化器内科の先生たちが、当時、最新式の測定器だった、胃のシンチグラムをもちいて、証明されておりました。しかし、実臨床では、どのような患者が、胃排出が亢進し、どのような患者が、胃排出が低下しているかを、明確にわけて、議論した論文はなく、それは、世界中でも、誰も着眼していなかったテーマであったわけです。

血糖コントロールの影響 雑誌(糖尿病。平成2年4月) 糖尿病胃症に及ぼす糖尿病性神経障害と 血糖コントロールの影響 雑誌(糖尿病。平成2年4月) NIDDM 男性50名、女性33名、計83名 54+10 歳 罹病期間8.1+3.8 歳, 網膜症20名 アセトアミノフェン法 〔原沢らの方法を改変) 米180g, 味噌汁180ml, 生卵1個,混合食 アセトアミノフェン1.5g を、米にまぶし食後45分後 の血中アセトアミノフェン濃度を測定 末梢神経障害:t−MCV 40m/sec未満、あり 自律神経障害:起立時sBP降下30mmHg以上           かつHR増加15/分以下 あり そこで、私は、その違いは、糖尿病性神経障害の重症度によって、分けられるだろうという仮説をたてました。それを証明するために、ここに示しました研究を、平成2年に、行いました。今から、23年も前の研究です。内容は、NIDDM 男性50名、女性33名、計83名 54+10 歳罹病期間8.1+3.8 歳, 網膜症20名を対象としました。彼らに、アセトアミノフェン法 〔原沢らの方法を改変) 米180g, 味噌汁180ml, 生卵1個,混合食 アセトアミノフェン1.5g を、米にまぶし食後45分後の血中アセトアミノフェン濃度を測定しました。そして、神経障害の程度は、末梢神経障害があるかどうか、自律神経障害があるかどうか、で分けることにしました。 末梢神経障害:t−MCV 40m/sec未満、を、末梢神経障害が、ありとしました。自律神経障害は、:起立時sBP降下30mmHg以上であり、かつHR増加15/分以下の患者を、自律神経障害がありと、定義しました。こうして、ここに示した、DM1, DM2, DM3の3群に分類しました。通常、DM1群は、神経障害のない群です。DM3群は、末梢神経障害もあり、自律神経障害もある群です。なので、DM1, DM2群は、比較的、軽症の症例であり、DM3群は、神経障害の重症の症例ということになります。 DM1; 末梢:なし。自律:なし。  DM2; 末梢:あり。自律:なし。 DM3; 末梢:あり。自律:あり。 神経障害の 重症度で区分

胃排泄速度比較(アセトアミノフェン法) 軽症例では半数が胃排出亢進傾向 かつ血糖コントロールでさらに亢進 すると、ここに見えますように、まず、神経障害の軽症の、DM1と、DM2群に、胃排出能が亢進している様子が見えます。逆に、神経障害が低下しているDM3群では、胃排出は低下していました。左には、健常人の胃排出能を示しましたが、健常人でも、若い時は、胃排出能は亢進しています。加齢と友に、胃排出が低下し、30歳代、40歳代との胃排出能と、、50歳代や60歳代の胃排出能は、あきらかに、年をとったほうが低下してくるはずなのです。お年寄りになると、なかなか、小食になり、食事が進まなくなるというのは、日常、よく経験する現象です。さて、糖尿病の患者は、というと、50歳代、60歳代が多いにもかかわらず、神経障害が軽症の症例では、(クリック)、半数が胃排出が亢進傾向を認めました。さらに、興味深いことに、これらの患者は、食事療法などで血糖コントロールをすると、さらに、胃排出が亢進する傾向をも、認めました。これは、糖尿病と診断され、食事療法を始めると、とたんに、お腹がすいて、たまらなくなるという現象を反映しています。つまり、糖尿病と診断された時に、食事療法を進めても、なかなか、遵守しにくい、ということの背景原因を説明してくれるデータにもなっております。この論文の詳細は、1990年の雑誌、糖尿病で、より詳しくかいてありますので、ぜひ、お読みください。 鈴木 吉彦ら.糖尿病1990;33:635-640

Gastric Emptying time Regulation 健常者 糖尿病患者(早期) 糖尿病患者(進行例) シタグリプチン投与例 GLP-1注射剤投与例 糖尿病治療は発展し、最近では、血糖コントロールが良い患者が増えてきたため、自律神経障害が強い、重症の患者をみることは、少なくなってきました。ですから、多くの、患者は、先のスライドでいうと、DM1あるいは、DM2の、末梢神経障害があるが、自律神経障害があるとはまではいえない程度の患者が多く増えてきたと考えられます。そうすると、どういう患者が増えているのか、このスライドで説明してみましょう。(クリック)。まず、青い色のカーブがでてきます。これは、正常の人の、胃排出を表した血液中のアセトアミノフェン濃度の推移カーブを表しています。あくまで、イメージですから、細かいデータや数値については、下にある原著をお読みください。(クリック)。さて、では、外来での糖尿病患者の胃排出はどうなっているでしょうか? この赤で示したカーブが、私が、想像する多くの、糖尿病患者の、胃排出カーブ曲線です。胃排出が亢進しているため、胃にはいった食物は、どんどん、速い速度で、小腸へ、移動します。小腸上部で、ブドウ糖は吸収されますから、当然、食後の高血糖を起こしやすくなります。2型糖尿病の特徴は、食後高血糖であるという学説は、この10年以上も前から議論されていましたが、その背景には、この胃排出亢進というメカニズムがあるという証拠を示した講演は、私は、聞いたことがありませんでした。ですが、胃の排出速度が亢進していれば、食後高血糖は、容易に推測できる現象です。ですから、他の薬剤、例えば、グリニド製剤や、超速効型インスリン製剤で、食後高血糖を抑えようとする前に、まず、インクレチン治療をもちいて、胃排出速度を低下させてしまえば、食後高血糖はもともと、おこらず、糖尿病の本来の病態といわれる糖毒性も、おこしえなかったはずです。こうした、誰が考えても、当たり前のことが、長いこと、議論されてこなかったのは、不思議です。それだけに、インクレチン治療の登場は、こうした糖尿病の成因の本質論を考えさせてくれるわけです。さて、DPP4阻害薬を投与すると、(クリック)、おそらく、このように、胃排出は正常になるのでしょう。ただし、(クリック)、このように、自律神経障害が進行してしまっていて、胃排出能が本来、低下してしまっている患者にとっては、インクレチン治療は、効果を示さないかもしれません。もともと、胃の排出が低下しているのですから、効果が減ってしまうのです。ですから、例えば、バイエッタ、リキスミア、ビデュリオンなどを処方して、効果がないような患者に対しては、もしかしたら、自律神経障害が潜在しているという可能性を考えておかなくてはなりません。(クリック)。GLP1受容体作動薬、例えば、リキスミアを投与すると、胃の排出の速度は、この図の茶色の図のようになります。低下します。よって、胃から小腸への食物が、ゆっくり伝達されるようになり、食後高血糖が、より抑制されやすくなるわけです。 Adapted from DeFronzo RA,et al.Curr Med Res Opin.2008;24(10)2943-2952 から改変

GLP-1 Tachyphylaxis  Nausea relieved. 健常者 糖尿病患者(早期) 糖尿病患者(進行例) シタグリプチン投与例 GLP-1注射剤投与例 また、別の機会に、お話をしますが、GLP-1タキフィラキシーという用語が、最近、注目されるようになりました。その現象は、実は、GLP1受容体作動薬を開始してから、しだいに、胃排出の抑制機能が、弱まってしまうことをさしていいます。図でいれば、もともとの、茶色のカーブのように、胃の排出を抑えていたのが、このスライドのように、通常の胃排出に戻ってきてしまうわけなのです。同時に、この時期には、GLP1受容体作動薬の副作用といわれる、悪心、嘔吐は、消えます。一見、患者さんは、楽になるように感じるのですが、日本の場合では、ビクトーザに、この特徴が強い傾向があります。ビクトーザは、残念ながら、今は、SU剤としか併用できません。ところが、SU剤は、インスリンを分泌させて、低血糖を起こしやすく、腹が減りやすくなりやすくする薬剤です。ですから、ビクトーザと、アマリールとの併用は、胃排出能がもとにもどりながらも、どんどん、空腹感をましてしまいます。最終的には、せっかく、食欲が低下した効果を帳消しにしてしまうことが少なくはありません。したがって、ビクトーザは、GLP-1タキフィラキシーによって、HbA1cは、ふたたび、再上昇しはじめて、もとのレベルにもどってしまいやすいのです。かつ、例えば、朝、ビクトーザを注射すると、就寝前に、異様な空腹感を感じなくてはいけない、というような事態に陥りやすくなります。もし、そこで、なにか、食べてしまうと、当然、高血糖になります。ビクトーザは、インスリンとの併用ができませんから、当然、就寝前や夜間に高血糖が続いても、それを、さげる術はありません。私は、あえて、その部分をさげるべく、一度、アマリールの内服を、朝から夕方にもってきて、患者さんに試してみたことがあります。たしかに、1ヶ月は効果がでて、HbA1cは、さがりましたが、残念ながら、その効果は、2ヶ月はもちませんでした。よって、GLP-1タキフィラキシーは、一度、おきてしまうと、なかなか、コントロールが難しい問題なのです。さらに、日本の場合には、ビクトーザは、アメリカの最大投与量の、1.8mgまで注射をすることができません。0.9mgまでしか、投与できないのです。これが、この問題を、複雑にしてしまっています。よって、ビクトーザは、とても処方しにくい薬剤となり、実際、多くの、糖尿病専門医がGLP1受容体作動薬に対する期待を、裏切ってしまうような形になってしまったわけです。今後は、ビクトーザは、1週間製剤などに変更されて、新たな薬剤として、再登場することが期待されますが、今の日本では、GLP1受容体作動薬の代表は、リキスミア、と、ビデュリオン、との、2つに別れていくのではないだろうか、と、私は考えています。 Adapted from DeFronzo RA,et al.Curr Med Res Opin.2008;24(10)2943-2952

胃排出速度亢進 亢進 煩雑な内服や頻回注射という負担 グリニド 糖毒性 食後高血糖 超速効型 インスリン 酸化ストレス学説 胃排出速度亢進 亢進 煩雑な内服や頻回注射という負担 グリニド 糖毒性 食後高血糖 超速効型 インスリン 酸化ストレス学説 αグルコシダーゼ阻害剤 胃排出速度の亢進に伴っておこるとされてきた、様々な現象をここで、簡単に、アイテムとして、確認してみます。食後高血糖がおこり、酸化ストレスがおこり、それが、心臓血管イベントを増やすという話で、話題になったことは記憶にあたらしいものと思います。それを、防ぐために、グリニド製剤、超速効型インスリン製剤、αグルコシダーゼ阻害剤などが、糖毒性をとる、という目的で、処方されてきました。しかし、これらの、3つの薬剤の中で、あきらかに、心臓血管イベント抑制の効果を示し得たのは、αグルコシダーゼ阻害剤、だけでした。これは、食後高血糖の不思議、とされ、長らく原因が不明とされてきました。それに対して、私たちは、αグルコシダーゼ阻害剤は、大腸内で、水素ガスを発生し、そのガスが抗酸化作用を有することによって、心臓血管イベントを抑制しうるのではないだろうか、という仮説を、FEBS Letterに発表しました。今では、かなり、この学説は、普及してきているようです。ですから、今後、リキスミアなどの普及が広まってきた時、今は、SU, メトフォルミン、あるいは、インスリンとの併用しか、認められていませんが、実は、αグルコシダーゼ阻害剤との併用が認められれば、より、心臓血管イベント抑制の効果が顕著に認められるのではないだろうか、と、筆者たちは考えております。 心臓血管イベントの抑制 水素ガス(抗酸化作用)学説 鈴木、佐野 (FEBS Letter)

糖尿病が加齢によって、胃の排出速度が低下 しないことを、特徴とする疾患かもしれない。 その背景には、生活習慣の他にも、 体質的に、GLP1が低下しやすい体質が あったかのもしれない。 つまり、大食いだから糖尿病になったのではなく、 糖尿病だから、大食いになってしまった。 こうした、治療を行っていると、糖尿病という病気の、成因論まで、考えさせられることがあります。もともと、糖尿病が加齢によって、胃の排出速度が低下しないことを、特徴とする疾患かもしれないと、考えてしまうわけです。確かに、その背景には、生活習慣の他にも、体質的に、GLP1が低下しやすい体質があったかのもしれないのは、間違いはありません。糖尿病は、母系に遺伝しやすい、ということは、良く知られた事実ですが、母親の食生活のほうが、家庭の中を、暴飲暴食にしてしまいやすくなり、ます。ですから、大食いの、食生活が糖尿病を誘発することは、確かに、あります。しかし、そうでない場合も、あるということを、思い出させてくれるのです。ここに示したように、糖尿病患者の中には大食いだから糖尿病になったのではなく、糖尿病だから、大食いになってしまった、とう患者さんが、いるのではないでしょうか?つまり、そういう人は、もともと、GLP-1濃度が、あがりにくい体質をもった人です。そういう人が、GLP-1濃度が低いために、食欲中枢を抑えきれなくて、食欲がでてしまって、暴飲暴食になってしまう。その結果、糖尿病を発症してしまう、という事態です。このようなケースは、もともと、糖尿病になりやすい体質をもっていたから、大食いになったと言えるでしょう。そうした患者に対しては、GLP1受容体作動薬を投与するということは、もともとの、根本的な原因から、断ち切るということを、してあげるということになります。つまり、根本治療を行うということになります。近年、SGLT2阻害剤が話題となりますが、今度は、インクレチン治療が先か、SGLT2阻害剤治療が先か、という議論が、持ち上がることでしょう。SGLT2阻害剤は、とても、切れ味がいい薬剤です。しかし、食欲中枢を抑制するという効果はありません。もし、SGLT2阻害剤だけを処方していたら、どんどん、食欲は亢進してしまい、いくら食べても、血糖値があがらないという状態を作るかもしれません。それが、望ましいか、どうか、の議論は別にして、そうなると、人間としての節制を忘れてしまう患者さんも、でてくることでしょう。そういう場合、リキスミアのような治療があるということは、糖尿病の基本にもどって、治療を行えるという意味において、とても重要な意義をもつと私は考えます。 その意味では、リキシセナチドは、根本治療になる、 と言える可能性がある薬剤である。

ACCORD試験から学ぶ教訓 死因の寄与因子に、「神経障害」があった。 胃から小腸への排出が不安定な、自律神経障害 患者に、強化インスリン療法を行うことの危険性を 示している。 リキスミアの導入においても、糖尿病自律神経 障害の強い患者さんに対しての導入は、インスリンとの 併用投与でもあるだけに、なおさら注意しなくてはならない。 ACCORD試験では、頻回インスリン療法が、2型糖尿病に望ましくなく、死因の原因になることを示しただけでなく、神経障害のある人が、さらに、死因の原因になることを示唆しました。その明確な理由は説明されていません。しかし、先ほど、私が示してスライドを思いおこしていただくと、その理由は、あきらかです。胃から小腸への排出が不安定な、自律神経障害患者に、強化インスリン療法を行うと、何時、食物が小腸に届くか、わからないのに、その間に、インスリンが効いてしまって、低血糖を起こしやすいのです。食後なのに、低血糖を起こしてしまうということが頻繁におこることでしょう。したがって、同じことが、リキスミアの処方においても、注意しなくてはいけないことだと、私は思います。もともと、胃排出能が低下している患者に、リキスミアを投与しても、効果が薄いだけでなく、インスリンやアマリールがおこす低血糖の危険を増してしまうだけになるかもしれません。ですから、私の外来では、リキスミアを処方する時には、この、「胃排出能」という概念を、丁寧に、患者に説明し、自律神経障害が強いような患者や、高齢者には、なるべく、処方しないようにと注意しています。 低血糖を起こしやすい自律神経障害の強い患者には要注意

胃排泄速度比較(アセトアミノフェン法) 胃排出低下している自律神経障害 のある患者に対してのGLP1受容体作動薬導入は要注意。 鈴木 吉彦ら.糖尿病1990;33:635-640 胃排出低下している自律神経障害 のある患者に対してのGLP1受容体作動薬導入は要注意。