二本松少年隊 作成者 ○○ 睦
時代背景 今から約150年前、討幕派の勢力が強まる江戸末期のことです。 慶応3年(1867)秋。 時の将軍・徳川15代目慶喜は 大政を奉還する事を決意しました。 それを機に討幕派、薩長連合は 佐幕派の一掃に出ます。
明けて4年(1868)。 「錦の御旗」を掲げた討幕軍は、 自らを官軍(朝廷方の軍兵)、対する佐幕派を賊軍(朝敵)とし て、 幕府に肩入れする者達を次々追い込んで行きました。 旧幕府軍も東北の数々の藩で同盟を組み、 新政府軍に対抗しました。
しかし、勤旗の前に、ある者は討幕派に一転し、 またある者は勤王派であるのにも関わらず朝敵とされた事に 困惑を抱きました。 そんな中、将軍・慶喜から絶対的な信頼を得る、 奥州会津の藩主・松平容保は 幕府と運命を共にする事となりました。 この戦いが、鳥羽・伏見で開戦した、「戊辰戦争」です。
二本松少年隊の歴史 舞台は変わり、白河口(現・福島県白河市)では 閏4月から7月にまで及ぶ攻防が続いていました。 この戦況下で二本松藩の大半は白河口に出陣し、 残っていたのは女と18歳に満たない子どものみ。 その中に、故郷を守ろうと戦に備えている少年達がいました。 木村銃太郎と彼が率いる門下生達です。
木村は当時22歳で成人を迎えていましたが、江戸で遊学し、 西洋砲術を学んでいた経歴があり、帰藩後は西洋兵学を指導して いました。 二本松藩はすぐに彼を兵に出しませんでした。
二本松藩では本来、成人となるのは数え年20歳で、 18歳から兵籍(軍人としての身分)に入るという習慣がありまし た。 「入れ年」と呼び、2歳のサバ読みを黙認するということでした。
7月上旬。 二本松藩は、兵士不足により17歳までの出陣を許可しました。 「入れ年」を含めると15歳までの出陣が可能となりました。 しかし、「入れ年」は藩の許可が下りなくては出陣できませんで した。 その一方で、戦況の悪さを感じた門下生をはじめとする少年達の 嘆願も 増えていきました。
7月26日。 近隣の三春藩が寝返ったことにより、 状況が急変しました。 新政府軍が二本松城(現・霞ヶ城)に 急迫したのです。
この事態に、二本松藩は少年から老人までありとあらゆる人間を 戦場に送りました。 ついに15歳までの少年達が出陣となりました。 「入れ年」を含めると13歳までが出陣できましたが、 実際には12歳の少年もいました。
大壇口の戦い 残された名簿によると62名の少年が出陣し、 木村とともに大壇口の戦いに出陣したのは 門下生含め25名でした。
大壇口に到着し、身を隠すために即席で畳の防壁を作りました。 実戦経験がない少年達は、この時はまだ 遠足気分が抜けませんでした。 一説によると、まるで修学旅行前日の ようなはしゃぎ様だったそうです。
翌29日早朝、激戦が始まりました。 木村の指示で敵に見事な精度の砲術を見せつけた少年達でしたが、 多勢に無勢で近代兵器を導入している新政府軍は 包囲体勢を整えて銃火を浴びせました。 その時最初の犠牲者が出て、戦争の実態を知った少年達は 無言になり、目を血走らせて射撃し続けました。
激戦が続き、弾除けとしていた畳の防壁はもうボロボロになり、 用をなしていませんでした。 しかし、ついに少年達の頼りにしていた木村の左腕が 撃ち抜かれてしまいました。 この状況に、木村は撤退を決断して集合の太鼓を打ちますが、 その時に腰に被弾してしまいます。
「この重症では到底城に帰れぬ。我が首を取れ」 木村はそう言いましたが、少年達は共に撤退するよう勧めました。 (しかし、撤退が遅れれば犠牲者が増える。) そう判断した彼らは、副隊長の勧めに応じ、 木村の首を落として泣き崩れました。
語り継がれる武勇伝 少年達の戦死者数は14名。 そのうち半数ほどは木村とともに大壇口に向かった少年達でした。 「二本松少年隊」という名前は、 会津白虎隊のように昔からつけられた名前ではありません。 少年隊の生き残りである、木村の門下生の水野好之(当時14歳) が 大正6年の50回忌法要で命名したものです。
水野の示した「二本松戊辰少年隊記」によって、 二本松少年隊は、今も地元で語り継がれています。
戦に行く息子の服を縫う母親の姿にも考え深いものがありますね。 ↓
参考文献 ・歴史人 (http://www.rekishijin.jp/ishinshishi/%E4%BA%8C%E6%9C%AC%E6%9D% BE%E5%B0%91%E5%B9%B4%E9%9A%8A%EF%BC%88%E3%81%AB%E 3%81%BB%E3%82%93%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%81%97%E3%82%8 7%E3%81%86%E3%81%AD%E3%82%93%E3%81%9F%E3%81%84%EF%B C%89/) 2015,07,09 ・二本松堂 (http://www5e.biglobe.ne.jp/~j-nosuke/01story.html) 2015,07,09 <素材> ・「志は死なない」 秋山裕和 フリー音楽素材 H/MIX GALLERY(http://www.hmix.net/)