分子からの放射 河野孝太郎 平成26年 基礎天文学観測実習 「電波望遠鏡による分光撮像観測」 (実習配布資料からの抜粋)

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分子からの放射 河野孝太郎 平成26年 基礎天文学観測実習 「電波望遠鏡による分光撮像観測」 (実習配布資料からの抜粋)

分子が持つ全エネルギー 問:このエネルギー比になることを示せ。また、それぞれのエネルギーが観測される波長域を述べよ。 核子(質量M)と電子(質量m)の運動がdecoupleしているという断熱近似(Born – Oppenheimer近似)のもとで、order estimationをしてみる。 分子が持つ全エネルギー Etotは、 Etot = Erot + Evib + Eel(re)  それぞれのエネルギー比はおよそ Erot:分子の回転エネルギー Evib:分子の振動エネルギー Eel:電子の束縛(電子励起)エネルギー (equilibrium separation reの関数となる) 問:このエネルギー比になることを示せ。また、それぞれのエネルギーが観測される波長域を述べよ。 参考: Rybicki & Lightman著 “Radiative Processes in Astrophysics”, chapter 11 (Molecular structure)の冒頭を参照 ただし、m/M ~ 10-4 – 10-5

2原子分子の回転スペクトル 多原子分子でも、直線状分子(linear molecules)なら同様。 分子の回転は、2つの原子を結ぶ分子の軸と直行する軸のまわりの剛体回転(rigid rotator)で近似できるとする。 このときの回転エネルギー Erotは Erot = hBJ(J+1) J:回転量子数(J=0, 1, 2, …) B:回転定数 B = h/(8π2I) Iは分子の回転軸のまわりの慣性モーメント。 I=μr2 (ここでμは換算質量、rは原子間距離) 通常の2原子分子だと、B ~ 10 - 100 GHz になる。

遠心力の効果 現実には、分子は完全には剛体ではなく、回転が速くなる(Jが大きくなる)と、遠心力の効果により慣性モーメントが増大する。通常、その効果を遠心力定数Dで表す。このとき、 Erot = hBJ(J+1) – hDJ2(J+1)2 DはBと比較して小さい(D = 100 ~ 1 kHz)ため、第一次近似としては、遠心力定数の効果は無視してよいことが多い。 が、high-Jになるほど(角運動量が大きくなるほど)当然ながら無視できなくなる。

Linear moleculesの分子定数 10-18 [esu・cm] 3.34x10-30 [C・m] 分子 回転定数 B (GHz) 遠心力定数 D (MHz) 永久双極子能率 μ (Debye) CO (Carbon monoxide/一酸化炭素) 57.8975 0.189 0.10 CS (Carbon monosulfide/一硫化炭素) 24.58435 0.040 2.0 HCN (hydrogen cyanide/シアン化水素) 44.31597 0.1 3.00 OCS (Carbonyl sulfide/酸化硫化炭素) 6.08149 0.00131 0.709 HC3N (Cyanoacetylene/シアノアセチレン) 4.54907 3.6 Townes & Schawlow, “Microwave spectroscopy” (1955)

選択則 選択則:⊿J = ±1  (electric dipole transitions:すなわちpermanent or rotationally induced electric dipole momentを持つ場合) したがって、回転遷移により現れるスペクトルの周波数は ⊿Erot = 2B(J+1) or 2BJ (J→J+1 or J→J-1の場合に対応) 例:CO分子の回転遷移 H2についで存在量の多い分子、H2との衝突により励起される → H2分子の定量に用いられる、非常に重要な分子線。

CO分子の回転遷移 νJ=1→0 = 115.27120 GHz エネルギー J=6 E=116.2K J=5 E=83.0K http://www.strw.leidenuniv.nl/~moldata/datafiles/co.dat エネルギー 42hB J=6 E=116.2K Iは分子の回転軸のまわりの慣性モーメント。I=μr2 (ここでμは換算質量、rは原子間距離) 30hB J=5 E=83.0K νJ=1→0 = 115.27120 GHz 20hB J=4 E=55.3K 12hB J=3 E=33.2K 6hB J=2 E=16.6K 2hB J=1 E=5.3K J=0 裳華房 「宇宙スペクトル博物館」 νJ=1→0=2B http://www.shokabo.co.jp/sp_radio/labo/r_line/r_line.htm

分子の回転運動の記述:より一般的な場合 どのような分子でも、重心を通る軸のうち、そのまわりの慣性モーメントを最小にするような軸をA軸、最大にするような軸をC軸とすると、両者は必ず直交する(へえ〜)。 この両者に直行する軸をB軸と呼ぶ。 このとき、この3軸を「慣性主軸」という。 3軸のまわりの慣性モーメント(IA, IB, IC)が、 すべて等しい  「球状コマ」 すべて異なる  「非対称コマ」 うち2つが等しい  「対称コマ」 IA< IB=IC 扁長対称コマ IA=IB<IC 扁平対称コマ 球状コマ分子の例 「分子構造の決定」山内薫 著 (岩波講座 現代化学への入門) 「分子の構造」第2版 坪井正道著 (東京化学同人) 扁長対称コマ (CH3Cl) 扁平対称コマ(NH3とC6H6)

アンモニア分子の構造と反転遷移(1) http://courses.washington.edu/phys432/NH3/ammonia_inversion.pdf ファインマン物理学 V「量子力学」 第8章の6「アンモニア分子」 および 第9章「アンモニア・メーザー」 アンモニア分子はFig.1のような、対称コマと呼ばれるピラミッド構造をもち、3つの水素原子が作る底面の上に1つの窒素原子が位置している。 この水素原子の作る面に対し、両側にはそれぞれ1 つのポテンシャル井戸が存在し、窒素原子に対し2重のポテンシャル井戸が形成される(Fig.2)。 Fig. 2. Double-well potential experienced by nitrogen atom; equilibrium positions at ±z0.

アンモニア分子の構造と反転遷移(2) http://courses.washington.edu/phys432/NH3/ammonia_inversion.pdf ファインマン物理学 V「量子力学」 第8章の6「アンモニア分子」 および 第9章「アンモニア・メーザー」 井戸の間のポテンシャル障壁の高さは有限なので、トンネル効果によって窒素原子はこの面を透過し、これをアンモニア分子の“ 反転”と呼ぶ。この結果、窒素原子に対する振動準位の基底状態はエネルギーの異なる2つの準位に分裂し、輝線が放射される。 さらに、その分裂の強度は分子の回転状態によってわずかに異なるため、観測されるスペクトルにはアンモニア分子の回転状態に対応した豊富な「反転遷移」が現れる。 Q:この2つの状態は、 エネルギー的には(一見) 同じに見えるのに、 なぜこの2つの遷移間 で放射が出てくるのか? http://en.wikipedia.org/wiki/File:Nitrogen-inversion-3D-balls.png

アンモニア分子の回転と反転遷移の周波数への影響(微細構造線) 回転定数が2つ。 全角運動量 対称軸方向(z軸=C軸)まわりの角運動量 J>0かつK=Jの場合(角運動量ベクトルの向きが対称軸 に平行で最大となる回転状態) 回転により、水素原子は窒素原子に近づくセンス。反転遷移のポテンシャル障壁が低くなる反転遷移の周波数がK2に応じて高くなる。 J>0かつK<<Jの場合(角運動量のほとんどが対称軸と直行する成分で占められている状態)回転により、水素分子間距離は小さくなる ポテンシャル障壁が高くなる反転遷移周波数はJ(J+1)-K2に応じて低くなる。 ※扁平コマであるアンモニア分子では、 慣性モーメントはIB<ICなので、 C-B<0であることに注意。 ただし J =0, 1, 2, … K= -J, … +J アンモニア分子の場合、 B=298.12GHz, C=187.43GHz

窒素原子核との相互作用(超微細構造線) Q:右図のスペクトル(観測例)で、 どの山がどの遷移に対応しているか? 窒素14Nの原子核は、核内の電荷分布の非対称性の結果として、四重極モーメントを持つ。分子内の他の電荷が作る静電ポテンシャルと相互作用反転遷移のエネルギーがシフト。 ここで、C = F(F + 1) - I(I + 1) - J(J + 1) である。I は核スピンで、14N に対してはI = 1 となる。F は核スピンも考慮した全角運動量 F = I + J に対応する量子数でF = J +1、J、J-1 のいずれかの値をとる。 反転遷移ではJ およびK の値は変化しないが、F は通常の電気双極子放射における選択則ΔF = 0、±1 にしたがって変化することができる。 J = K = 1 の場合を考えるとF は2,1,0 の値をとることができる。もしもΔF = 0 ならば、ΔEhyperne = 0 であり、輝線のシフトは起こらず1つのみである。ΔF = +1 に対しては、F = 0→1 とF = 1→2 の遷移が可能であり2つの輝線が生じる。同様に、ΔF = -1 に対しても、F = 2→1 とF = 1→0という2つの遷移が可能。 このΔF =±1の遷移によってできる輝線が    超微細構造線で、本来のΔF = 0 の輝線に対し、    高周波側と低周波側のそれぞれに2つずつ現れる。 M17SW (J,K)=(1,1) Q:右図のスペクトル(観測例)で、 どの山がどの遷移に対応しているか?