第3回周術期セミナー 吸入麻酔薬による麻酔管理 東海大学医学部外科学系麻酔科 金澤正浩.

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第3回周術期セミナー 吸入麻酔薬による麻酔管理 東海大学医学部外科学系麻酔科 金澤正浩

吸入麻酔薬はどこに効く? 脳 脊髄 中枢神経系に効いて 麻酔作用が発揮される

麻酔のステップ ① ② ③ 吸入麻酔薬を吸入すると、 肺胞内の「麻酔薬分圧(濃度)」 が上昇する。 血液に溶けて、 麻酔器 吸入 吸入麻酔薬を吸入すると、 肺胞内の「麻酔薬分圧(濃度)」 が上昇する。 ① 肺胞 血液 血液に溶けて、 血液の「麻酔薬分圧」が上昇する ② 血流 血流で脳に運ばれて、 「脳内分圧」が麻酔レベルまで上昇 麻酔がかかる ③ 中枢神経系

「分圧」って何? →気体(ガス)が持っている圧力 気体の圧力 → 分子のチカラ! 分子の数が多い → 圧力(分圧)が高い 「分圧」って何?       →気体(ガス)が持っている圧力 気体の圧力 → 分子のチカラ! 分子の数が多い → 圧力(分圧)が高い そもそも、「気体の圧力」ってなんだろう? 気体の圧力を見てみましょう

空気中の気体の成分と分圧 窒素 全圧=酸素分圧+窒素分圧 酸素 (O2) 窒素濃度79% 大気圧=760mmHg(全圧) 空気中の成分 酸素 (O2) 窒素 (N2O) 酸素濃度21% 窒素濃度79% 大気圧=760mmHg(全圧) 全圧=酸素分圧+窒素分圧 酸素分圧=760mmHg×0.21=160mmHg 窒素分圧=760mmHg×0.79=600mmHg

気体の分圧が高いほど、液体に多く溶ける 酸素分圧320mmHg 酸素分圧160mmHg 気体と接している水との間で、 これを分圧の :酸素分子 :窒素分子 気体と接している水との間で、 入る分子と出る分子がつり合い 「分圧」が同じになる これを分圧の 「平衡」という

吸入麻酔薬も「ガス」でーす 生体内の「ガス」の移動は 「分圧」の高い方から低い方に移動する 分圧坂 高 分圧差 低

生体内の「ガス」の移動は「量」では決まりません 高低差 (分圧差) 水の「量」が多い所から少ない所ではなくて、 高い所から低い所へ流れる だからガスの移動は、濃度(ある体積に含まれているガスの量) ではなくて高低差(分圧差)で説明されるのです.

麻酔のステップも同じです 最初の麻酔ガス分圧 肺胞内 > 動脈血 >脳 平衡状態 分圧差で移動

麻酔薬の血液への溶けやすさ →血液/ガス分配係数 麻酔薬の「溶けやすさ」と「麻酔のかかる速さ」の関係 低い→溶けにくい 高い→溶けやすい 低い→溶けにくい     高い→溶けやすい 麻酔薬 血液ガス分配係数 エーテル 12.1 ハロタン 2.3 エンフルラン 1.8 イソフルラン 1.4 セボフルラン 0.63 亜酸化窒素 0.47

血液への溶けやすさ (血液/ガス分配係数) 麻酔薬A 麻酔薬B 溶けにくい 溶けやすい 麻酔に速くかかる 「導入が速い」 肺胞 肺胞 血液 血液 溶けにくい 溶けやすい 麻酔に速くかかる 「導入が速い」 麻酔にかかるのが遅い 「導入が遅い」

「血液の流れる量」と「麻酔のかかる速さ」の関係 どうして数分で眠ってしまうのか?

麻酔薬は肺から取り込まれて、血流で運ばれる 75% 19% 6% 0% 血流量 (心拍出量に 占める割合) 体重に占める 割合 脳 筋肉 脂肪 すぐ満杯 (すぐに平衡) たまるまで非常に時間がかかる (平衡状態まで時間がかかる) 組織 だから早く麻酔にかかる!

MAC(最小肺胞濃度)とは? 皮膚切開などの刺激 50%の対象が動かない(体動がない)※ ときの最小肺胞濃度(%) セボフルラン濃度 モニター 皮膚切開などの刺激 50%の対象が動かない(体動がない)※ ときの最小肺胞濃度(%) ※ 血圧・心拍数の上昇などは反映しない MACが低い→低い濃度でも動かない→麻酔薬の効果(力価)が強い 麻酔薬 MAC 血液ガス分配係数 エーテル 1.92 12.1 ハロタン 0.76 2.3 エンフルラン 1.68 1.8 イソフルラン 1.12 1.4 セボフルラン 1.71 0.63 亜酸化窒素 105 0.47

全身麻酔に必要なもの 全身麻酔の3要素 手術侵襲 意識がない、痛みを抑える、動いたら手術できない 鎮痛 鎮静 不動 (無意識) (筋弛緩) 麻酔器 睡眠とは違います 吸入 手術侵襲 意識がない、痛みを抑える、動いたら手術できない 鎮痛 鎮静 (無意識) 不動 (筋弛緩) 全身麻酔の3要素

3つの要素を満たすにはある程度、高い濃度が必要(MAC). 以前の全身麻酔と「バランス」麻酔 以前の麻酔(役割がちょっとあいまい) 鎮静係 (無意識) 不動係 (筋弛緩) 鎮痛係と不動係 は苦手なのに. 鎮痛係 3つもやるの? セボ君 ・揮発性麻酔薬は3要素を合わせ持つ→単独で全身麻酔が可能             (でも鎮痛・不動作用は弱い) 3つの要素を満たすにはある程度、高い濃度が必要(MAC). ・必要十分な量の鎮痛薬(麻薬)が使えなかった.  (アルチバ®がなかった)

現在の全身麻酔の方法 数種類の薬を使用して、 上記の3要素を満たし、麻酔を行う これを「バランス麻酔」という 鎮痛 鎮静 不動 (無意識) (筋弛緩) 数種類の薬を使用して、 上記の3要素を満たし、麻酔を行う これを「バランス麻酔」という

作用時間が短い筋弛緩薬:ロクロニウム(エスラックス® ) バランス麻酔の明確化(役割分担がはっきり) 鎮痛係 鎮静係 (無意識) 不動係 (筋弛緩) ちゃんとできるわ まかせてよ ホッ レミさん セボ君 ロク君 強力なのにすぐ作用が切れる麻薬:レミフェンタニル(アルチバ®) 作用時間が短い筋弛緩薬:ロクロニウム(エスラックス® ) 揮発性麻酔薬 → 鎮静係だけ!意識が消失していれば良い (セボフルラン)

鎮静係 不動係 鎮痛係 各役割を担う 薬物・方法 効果を見る 機器 (無意識) (筋弛緩) フェンタニル アルチバ® 硬膜外ブロック 神経ブロック 揮発性麻酔薬 (セボフルラン イソフルラン) ディプリバン® マスキュラックス® エスラックス® 各役割を担う 薬物・方法 生体モニター (血圧・心拍数) 鎮痛作用自体の 測定装置はない 効果を見る 機器 BISモニター 神経刺激装置

脳への麻酔薬が取り込みが完了(平衡状態)しており、 全身麻酔の維持とは? ≒ 脳 筋肉 脂肪 骨 靱帯 軟骨 脳への麻酔薬が取り込みが完了(平衡状態)しており、 (肺胞内≒脳内濃度) それが麻酔レベルにあること

ある一定濃度の麻酔薬を吸入していれば、肺胞濃度≒脳内濃度 麻酔中のモニターに注目 呼気セボフルラン濃度 呼気濃度の測定で、 麻酔状態のコントロールがより確実になる 飛行機の巡航高度 ある一定濃度の麻酔薬を吸入していれば、肺胞濃度≒脳内濃度

MAC-awake MAC×1/3≒MAC-awake ・麻酔からの覚醒が速くなった ・術後鎮痛の重要性↑ 50%のヒトが簡単な命令に従うときの肺胞濃度 MAC×1/3≒MAC-awake 0% 1% 2% 3% セボフルラン投与濃度 MACawake MAC 十分な鎮痛ができるようになり、 以前よりも投与濃度が下がった 覚める濃度に 近づいた ・麻酔からの覚醒が速くなった ・術後鎮痛の重要性↑ ・術中覚醒(全麻中に覚めてしまう)の危険性↑

吸入麻酔からの覚醒 ガスの流れは基本的に導入と逆です 脳 麻酔薬の投与を停止 ↓ 導入時と反対の 麻酔薬分圧の差 動脈血 分圧坂 脳 動脈血 肺胞 麻酔薬の投与を停止 ↓ 導入時と反対の 麻酔薬分圧の差 脳内分圧が覚醒レベルに 下がると麻酔から覚める

吸入麻酔をスムーズに覚ますには? 脳 脳内の麻酔ガス分圧をスムーズに下げる

換気が重要 人工呼吸を続けて、麻酔薬の「脳内分圧」が 覚醒レベル(MAC-awake)に下がるのを待つ 換気によって 肺胞内の麻酔薬を 洗い出す 脳内>血液>肺胞 人工呼吸を続けて、麻酔薬の「脳内分圧」が 覚醒レベル(MAC-awake)に下がるのを待つ

まとめ 1.吸入麻酔薬は肺胞・血液・脳での麻酔ガスの分圧差で運ばれる. 2.肺胞(気相)と血液(液相)の麻酔ガス分圧が同じになることを「平衡」という. 3.血液に溶けた麻酔薬が中枢神経に運ばれて麻酔作用が現れる. 4.脳は容積が小さく血流が多いので、すぐに肺胞内麻酔薬分圧と平衡になる. 5.肺胞と脳の麻酔薬分圧の平衡によって、吸入麻酔導入の完了となる. 6.一定濃度の麻酔薬を投与していれば、脳内分圧はほぼ一定に維持される     (麻酔の維持). 7.バランス麻酔の確立で、揮発性麻酔薬の役割は鎮静(意識消失)となった. 8.以前よりも吸入濃度が下がったことから、術中覚醒の危険が提起されるよう   になった. 9.覚醒は導入の逆. 換気が重要.