京都大学フィールド情報学研究会 石田 亨,全員

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京都大学フィールド情報学研究会 石田 亨,全員 フィールド情報学とは何か 京都大学フィールド情報学研究会 石田 亨,全員 Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

フィールドとは フィールドは,「分析的, 工学的アプローチが困難で, 統制できず, 多様なものが共存並立し, 予測できない偶発的な出来事が生起し, 常に関与することが求められる場」 (片井 修) . フィールド情報学(Field Informatics)は, こうしたフィールドで用いら れる起源の異なる様々な方法を, 記述, 予測, 設計, 伝達という情報 の視点から集約することを目指す. フィールド情報学の成立を期待する主な立場. 自然観察としてのフィールド情報学. 社会参加としてのフィールド情報学. イノベーションとしてのフィールド情報学. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

自然観察としてのフィールド情報学 自然観察としてのフィールド. 研究分析の対象. 技術の適用実験や検証を行う現実の場 . 自然観察としてのフィールド情報学. フィールドワークの延長線上にあり, フィールドから科学的, 客観的 に情報を収集するために情報学の技術と方法を用いる. リモートセンシング, バイオロギングなど, 今後, 世界が迎える食料, 環境などに関わるグローバルな現象を観察するためのキーテクノ ロジーを生み出すもの. 情報学が自然観察に果たす役割. 目的を持ってデータを収集, 蓄積, 分析し, その結果を目的に沿って 活用する, あるいは活用できるよう検証, 改善すること. 実世界を何らかの目的で改善, 改革する意思のもとで, 情報技術を 駆使して実世界を分析, 評価し, 行動を提起する実学. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

自然観察としてのフィールド情報学 地球環境問題は喫緊の課題 . 未だにどのような現象がどのような規模で起こるかについては議論 がある. 生物圏の多くの種が絶滅の危機にあると言われながらも, 有効な対 策は経済的な理由で講じられない. こうした問題に対して, フィールド情報学は, 彼らの生態を様々な手 法を駆使して観察することによって, 絶滅に瀕した種と人間との共存 に寄与するもの. 観測項目をルーチンで計測するだけでは新しい学とは言えない. フィールドでは予想を超えた現象が生じ, 手持ちの道具, 手法, 理論, パラダイムでは理解できないばかりか, 観測することさえも困難なこと が起こる. 常に現場から, そこで生活している人から学び情報を得る という態度が重要. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

自然観察としてのフィールド情報学 自然観察としてのフィールドは, 同時に人々の生産や社会的活動の 現場. フィールドは, 種々の要因が複雑に絡み合う実社会. 農林水産業, 畜産業の現場では, 生物を利用して人にとって有用な 物資を生産することが目的. 生物のもつ機能そのものだけでなく, 生物を取り巻く環境(気温, 降水 量等)の影響を受ける. 政治, 経済など社会システムの影響も受ける. 作物の収量増加目標に設定したとしても, 生育方法の生物学的検討 だけでは不十分で, 環境への影響や収量増加に伴う経済的な影響 等を総合的に検討しなければならない. フィールドを一つの社会システムとして捉え, その現状を分析するこ とで, 問題点, 改善点の把握が可能となる. シミュレーション等によりシステムの将来予測を行うことにより, シス テムの改良にむけて複数のシナリオの提示が可能となる. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

社会参加としてのフィールド情報学 社会参加としてのフィールドは, 動かせない価値があり, その動かせな い価値を守る人々のいる場. 社会参加としてのフィールドは, 動かせない価値があり, その動かせな い価値を守る人々のいる場. 求められる学は, フィールドで生起する多様で複雑な現象を構造化・理 論化し,それを実践者に提示・伝達することを支援するもの. 教育学, 文化人類学などを背景とし, 科学的, 客観的立場に拘らず, 対 象を暗黙知を含め重層的に捉え, 対象に同化し, 実践を通じてそのメカ ニズムを明らかにしていく行動の学. 人々が発する言葉, 行動などを保存し, 再配布を可能とするための一般 化の方法を研究. そのプロセスはフィールドにいる人々にも理解可能な かたちで共有されなければならない. 情報技術が検出,管理,制御しうる情報は, フィールドにおける情報の 一部にすぎない. その限界を知りえぬ者が安易に用いれば,情報機器が切り取った情報 のみで世界が表現されるとの誤解を招きかねず,フィールドにある価値 が損なわれかねない. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

社会参加としてのフィールド情報学 研究者に求められること. フィールドで起こる様々な現象を, 一般化された理論を援用して記 述, 分析. 人々に受容可能な実践的理論として伝達すること. 社会科学から生まれた質的研究法や社会調査法が必要となる. 情報技術が矢継ぎ早に創出している新しいフィールドに, そのまま の形で適用できるとは限らない. フィールド情報学は,情報技術, 文化人類学, 教育学などをそのま まの形で援用したものではなく, 相互の検証を通して発展的に統合 されたものとなる必要. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

社会参加としてのフィールド情報学 フィールドは, 情報や知が相互に融合, 統合され, あるいは逆に分離, 解体される偶発的な出会いの場. フィールドは, 情報や知が相互に融合, 統合され, あるいは逆に分離, 解体される偶発的な出会いの場. 邂逅の場の群は, フィールドの複雑さ, 多様さ, 偶発性という特性を反 映し, 重層的な形で共存. フィールドにある主体や集団は, 統制困難な偶発的出来事に対処する ために, 能動的な参画を余儀なくされる. 情報や知は, 単に手段や手掛かりのような静的, 受動的な存在として フィールドに在るというよりも, 動的, 能動的に融合, 統合, 分離, 解体す る自己組織性を内包したものと捉える方がよい. 今後の2つの方向. フィールドにおける情報や知の存在や働きの深層様式を解明し, フィ ールドに人々がどのように関わるかについて検討する一般論. 具体的なフィールドを対象として, フィールドにおける固有の情報, 知の 生態を明かにし, フィールドへの人々の関わり方を模索し支援していく 具体論. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

イノベーションとしてのフィールド情報学 進歩し続ける情報技術を用いて, 人間社会の変革に資する情報シ ステムを, 適用現場の観察と参加によって設計し実現する. 情報 技術と利用する側の社会や生活との相互学習によるイノベーショ ンの創出を目指す. フィールドは, 観察や共生の場と言うよりは, むしろ新たな物語が生 まれる場. フィールドにおける個別の事象を種として, 近未来の技 術的現実に支えられた物語を紡ぐ場. 学校や病院における外国人支援を例にとると,フィールドとの関わ り方にはいくつかの異なる姿勢が考えられる. 病院にボランティア通訳を派遣する非営利団体は,目の前の現実 である個々の患者に深く関わろうとする. イノベーションとしてのフィールド情報学は,情報機器により支援さ れた多言語受付システムを構想. 5年の開発期間を想定し, その間 の技術進歩を織り込み, 現時点のフィールドでは全く観察できない 物語を創り出す. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

イノベーションとしてのフィールド情報学 イノベーションのフィールドは,人々が自身の置かれた環境の中で 発見的に活動し, 創造的に人工物(情報システムを含む)を投入し, またそれとの関係性を構築していく場. フィールド情報学は,フィールドにおける多様な発見的, 創造的な 活動を支援するための人工物の構成についての観察, 分析, 設計, 試作, 評価などの情報を取り扱う学術領域. 多様な活動を支援する人工物を構成することで, デザイナー, エン ドユーザ, インストラクターなどのフィールドにおける活動を効果的 なものとできる. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

イノベーションとしてのフィールド情報学 フィールドと研究者の協働は痛みを伴う. フィールドに見られる新規技術に対するアレルギーと情報学研究者 の技術的楽観論(情報技術は15年で性能が1000倍に向上) は相容 れない. 情報システムの人為的複雑さによる説明限界が研究者とフィールド とのコミュニケーションを難しいものにする. 癌の原因を突き詰めると科学的世界が広がるが, パソコンの障害原 因を突き詰めると複雑で理由が明確でない人為的取り決めの下での 単純なミスであったりする. フィールドは研究者にとって活動しやすい場とは限らない.しかし,今 後, 情報技術を用いたイノベーションの多くはフィールドから生じるだ ろう. 原理的研究成果より総合的研究成果の影響が大きくなりつつあ る情報学において, フィールドへのアプローチは必須. フィールド情報学への期待は, 研究者が参入容易で, 効率的かつ社 会的受容性の高い協働の方法が確立されること. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

フィールドにおける情報の扱い フィールド情報学では,フィールドに内在する情報をそのままのかたち で, 欠落することなく扱う. 企業や学校,病院などの組織は, 様々なプロセス, 人的資源が有機的 に関連付けられ作用する多元的なシステムとして機能. 研究者は長期間, 組織の内側からの多面的な接触を通してプロセス の本質を追及し, 新たな発見を蓄積. その蓄積に基づいて, 情報システ ムを投入し,プロセスや人的資源に働きかける. フィールドとは, 特定の対象を指すのではなく, 対象の捉え方. 複雑な連関性を持つ対象を, 単一のシステムとして説明するのではな く, 種々の価値観, 解釈, 評価によって様々な側面を持つものとして, 多 元的, 重層的にモデル化する. 自然環境や人間社会では,個々の構成要素は複雑に関係しているが ,従来は重要でないものを排除してモデル化を行ってきた. 人々は様々な価値観を持ち得ることから, 対象をありのままに捉えれ ば捉えるほど, 多元的, 重層的なモデルの並立が必要. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.

まとめ フィールド情報学は新しい学術分野であるが, 当初から独自の方法 を持っている訳ではない. 起源の異なる様々な方法が, フィールドにおける記述, 予測, 設計, 伝 達のために適用され, 相互に関連し成長. フィールド情報学は研究者ばかりでなく, 様々な立場の人々にとって 重要. 行政の担当者は,フィールド情報学を合意形成や組織の活性化に 役立てる. 非営利団体は,社会貢献活動を効果的に行うために, フィールド情 報学を学ぶ. 自営業,農林漁業, 病院などの現場をもつ人々は,フィールドの様々 な課題を理解し解決するためにフィールド情報学を用いる. 大学院生は,フィールド情報学を学ぶことで,社会に内在する課題 の本質に接近し, 問題を解決する素養を身につける. Copyright(C) 2009 Field Informatics Research Group, Kyoto University. All rights reserved.