権威主義体制はなぜ崩壊したのか? 浜中 新吾(山形大学)

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権威主義体制はなぜ崩壊したのか? 浜中 新吾(山形大学) 政治学からみた中東政変 権威主義体制はなぜ崩壊したのか? 浜中 新吾(山形大学) ただいまご紹介にあずかりました、山形大学の浜中です。 本日はよろしくお願いいたします。 私、昨年までは「中東の権威主義体制が頑健である」という話を方々でしておりました。 ところが、皆さんご存じのように予想外の政権崩壊を目の当たりにしたわけです。 今回のシンポジウムは私にとって「公開裁判」であり、わたしはいい加減なことを言って人心を惑わせた「被告」として告訴されたように感じております。 この場で自分の学説が正当であることを釈明し、なんとか「無罪」を勝ち取りたいと思っております。 ではさっそく始めさせていただきます。

中東諸国指導者の長期支配 (2011年1月まで) 国名 就任日 現職指導者名(年数) 前職指導者名(年数) アルジェリア 1999年4月 ブーテフリカ(12) ゼルアール(5) エジプト 1981年10月 ムバーラク(29.5) サーダート(11) シリア 2000年7月 バッシャール(10.5) ハーフェズ(29.5) チュニジア 1987年11月 ベンアリー(23.5) ブーテフリカ(30) イエメン 1990年5月 サレハ(21) イラン 1989年6月 ハーメネイ(21.5) ホメイニー(9.5) リビア 1969年9月 カッザーフィー(42) イドリスI世(18) ヨルダン 1999年2月 アブダッラー2世(12) フセイン(46.5) モロッコ 1999年7月 ムハンマド5世(12) ハサン2世(38.5) オマーン 1970年7月 カーブース(41) サイード(38) バハレーン 1999年3月 ハマド(12) イーサ(37.5) この表は中東諸国における指導者の長期支配の状況をまとめたものです。 東欧の共産主義体制やアジア・アフリカの権威主義体制が1980年代後半までに崩壊したのに対し、中東諸国は「どこ吹く風」のように民主化とは無縁でした。 このため比較政治学では「なぜ中東諸国は民主化しないのか」とか、「なぜ中東の権威主義体制は頑健なのか」という問いが立てられて、問題を解く努力がなされたわけです。 ムバーラクは今年の9月まで権力を維持していればちょうど30年、ベンアリーも10月まで政権を保持していれば24年統治したことになります。 赤信号が点いて、この2ヶ国の政権は倒れました。 黄信号が灯っているのはデモと騒乱が続いている国です。アルジェリア、イラン、ヨルダン、モロッコ、オマーンには黄信号を点しませんでしたが、反政府デモは生じました。

権威主義体制の下位類型 軍事政権 独裁者の個人支配 支配政党(dominant party)による統治 クーデタで前政権を転覆させて成立 組織としての軍部が統治の制約になる 独裁者の個人支配 独裁者と取り巻きによる家産的な国家支配 利益供与で支持を調達 独裁者直属の治安機関で反対派を監視 支配政党(dominant party)による統治 党組織の論理とイデオロギーで支配を正当化 エリート間の利害を調整する機能を持つ 権威主義体制をさらに分類すると、軍事政権・個人支配・一党支配と分けることができます。「権威主義体制とは何か」と問うこともできますが、それは学部専門課程の講義で扱うので、ここでは割愛します。 軍事政権は(スライドの文面を読み上げる)という特徴があります。制約になるのは、軍部がしばしば内閣よりも自身の存続を優先しようとすることです。 ゆえに政治的危機に直面したとき、政権を放棄して兵舎に帰ってしまう傾向があります。 個人支配は取り巻きによる賄賂経済、いわゆる「クローニー・キャピタリズム」がはびこりやすい特徴をもちます。 家産的とは国庫をあたかも支配者一族の私的資産のように扱うことです。利益供与と治安機関による監視は他の権威主義体制でも共通します。 支配政党は(スライドの文面を読み上げる)という特徴があります。組織が大きくなると党幹部や一般党員の出自は多様で利害関係は複雑になるので、制度的に調整する必要があります。 調整機能に優れた政党組織は強靱です。そのため「支配政党が国家独立前に結成されていたか否かがカギになる」と主張する研究もあります。 統計分析を行った研究によると、支配政党による統治が最も長期間維持され、次に個人支配、そして軍事政権の順に統治の期間が短くなる傾向があると言われています。

中東権威主義体制の頑健性 レンティア国家仮説 王朝君主制仮説 レント(外生的収入)に歳入を依存できる国家は権威主義体制を持続させられる 君主制国家のうち、王族が閣僚に就任できる体制は就任できない体制と比べて、王政が持続しやすい 君主制は王位継承のルールが明確 王朝君主制の場合、王族が体制維持に協力するインセンティブを持つ 中東の権威主義体制が他の地域と比較して、より頑健であると言われるのはなぜでしょうか。中東地域に特徴的な二つの仮説があります。 ひとつは「レンティア国家仮説」です。 レント(外生的収入)に歳入を依存できる国家は権威主義体制を持続させられる、というものです。 国庫への歳入を徴税に依存しなくても良いため、政府は必要な公共支出をレントの許す限り行うことができます。湾岸産油国が代表的なレンティア国家と言われています。 これらの国々では国民の負担する電気代や水道代、教育費が無償だったり、安価だったりします。その代わり国民の政治に対する要求ルートは制限されています。まさしく「代表なくして課税無し」です。 もうひとつは「王朝君主制仮説」です。 君主制国家のうち、王族が閣僚に就任できる体制は就任できない体制と比べて、王政が持続しやすい、というものです。 この学説は「同じ君主制国家だったにもかかわらず、ある王政は今日まで維持され、ある王政はクーデタで倒されたのはなぜか」という問いに答えたものです。 君主制は王位継承のルールが明確なため、後継者争いによって国政が混乱しにくく、体制が頑健な性質を持ちます。 エジプトやリビア、イランは現在の政権ができる前は王政でした。イラク王政やアフガニスタン王政もクーデタで倒された過去があります。 倒された王政に共通するのは「王族が閣僚に就任できない」という事実でした。国政に参加できるのは国王だけで、首相をはじめとする閣僚は技術官僚(テクノクラート)で固めていました。 そのためクーデタの危機に際して、王族は国王を助けるインセンティブ(動機付け)を持たなかったのです。王朝君主制では王族が国政に参加できるので、体制維持に協力するインセンティブがあります。

チュニジア・エジプトの場合 レントに依存した経済構造ではない 共和制国家である 頑健性のポイント・・・・個人独裁+支配政党 エジプトは軍・個人・党のハイブリッド型 支配政党の体制安定化メカニズム 他の権威主義支配よりも広い利益供与を行う 野党へのコオプテーション(取り込み)を働きかけて危機を回避 後継者選抜が制度化されており、混乱が少ない 体制が崩壊したチュニジアとエジプトの場合を考えてみます。 両国ともレント(外生的収入)に依存した経済構造ではありません。 また両国とも共和制国家であり、王朝君主制による体制維持のロジックがあてはまりません。 よって体制の頑健性は別の要因に求められます。そのポイントは、個人独裁の特徴と支配政党の存在に求められるでしょう。 さらに体制を擁護する存在としての軍部を挙げることができます。 ここでは支配政党に着目してみます。支配政党の体制安定化メカニズムは以下の3点にあります。すなわち、「他の権威主義支配よりも広い利益供与を行う」 「野党へのコオプテーション(取り込み)を働きかけて危機を回避する」「後継者選抜が制度化されており、混乱が少ない」という三点です。 最後の点は例外があるので、ここでは最初の二点に注目してみます。

利益供与(パトロネージ) 政府部門への就職 低金利の融資 集合住宅の入居権 行政手続きの免除 事業活動の許認可 徴税見逃し 賞与・年金・恩給を通じた動員 賄賂・公金詐取・密輸といった機会 低金利の融資 集合住宅の入居権 行政手続きの免除 事業活動の許認可 徴税見逃し まず、利益供与について考えてみます。 エジプトでは実質賃金の低下にも関わらず政府部門の仕事を求める高学歴の若年労働者は少なくありません。 その理由として失業の不安がほとんどなく、社会的に評価が高いこと、そして副業が認められていること、年金が保障されていることが挙げられます。 また中間管理職以上であれば賄賂などのレント収入を期待でき、垂直的に組織されたパトロネージ・ネットワークのメンバーになれるために付加的な価値が期待できます。 賞与や年金を通じた公務員の動員はナーセル政権とサーダート政権においても行われていました。ムバーラク政権においてはこれが投票参加のインセンティブ装置として用いられました。 エジプト政府は1984年には政府部門労働者の年間賞与を33%、1990年には四半期賞与を5%、1995年の人民議会選挙前には10%引き上げました。 同様に2000年と2005年にも賞与の引き上げを行っています。総選挙と賞与増額のタイミングが一致していることは明白です。 それ以外の一般的な利益供与としてはスライドに示した項目が挙げられます。

コオプテーション エジプトやヨルダンが危機回避の際、しばしば持ちかけた 野党に対する利益分配(内閣要職など)と政策的妥協(政治的自由化など) シリアの翼賛的政党制は制度化されたコオプテーション コオプテーションを直訳すると「取り込み」という意味になります。政権与党が野党勢力を取り込むイメージです。ではなぜ取り込む必要があるのでしょうか。 その理由は権威主義体制がしばしば直面する数々の危機です。経済危機やら犯罪の増加といった社会不安において、政権はしばしば野党勢力に協力を求めます。 その際、重要な政治ポストを提供するなどの利益分配や、野党が望む政策や予算配分の実現を約束します。これがコオプテーションです。 上の写真はエジプトの「国民対話」の様子です。国民対話は目に見えるコオプテーションの場です。 野党が与党にだまされることがないように、また与党が野党を欺いたりしないよう公開の場で行うのだと考えられます。 下の写真はシリア・人民議会選挙の選挙区において配布された選挙リストです。記名は与党連合の国民進歩戦線に属する候補者で、右側は「農民・労働者」を意味するA部門。左はそれ以外のB部門。 有権者はこの選挙リストを使って投票できます。投票方式から分かるように、シリアではバアス党を中心とした翼賛体制を採っています。 閣僚ポストはバアス党の候補に独占されるわけではなく、体制に協力する政党にも与えられます。 これはコオプテーションが制度化されている事例だと言えます。

体制崩壊に至る理論的説明 「協定」による移行(シュミッターとオドンネル) 体制改革・体制転換・体制変革という3つの移行経路(ハンチントン) 政府内ハト派と反政府穏健派との「協定」 「協定」の機会を持ちながら崩壊へと突き進んだ 体制改革・体制転換・体制変革という3つの移行経路(ハンチントン) ここでは体制変革(下からの民主化)を扱う 政府より強力な反体制派の存在が不可欠 体制崩壊に先んじて反対派組織の結束があったわけではない では権威主義体制の崩壊を説明する政治学理論を紹介します。 まずシュミッターとオドンネルの「協定」による移行説があります。 政府内にタカ派とハト派の亀裂が生じたとき、ハト派が自由化を宣言し、自由化が進みます。反政府側も穏健派と急進派に分裂します。 政府内ハト派は反政府穏健派を戦略的同盟者と見なして接触します。政治過程の中で政府内ハト派と反政府穏健派とのパワーバランスが変化し、「協定」を結んで自由選挙の実施にこぎ着けます。 しかしこのプロセスは実際の例に当てはまりません。スレイマン副大統領は「協定」を結ぶための機会を持ちながら、それが成立することなく体制崩壊へと突き進んだからです。 次にハンチントンの3つの移行経路説を紹介します。 3つの移行経路とは、政府による「上からの民主化」(体制改革)、政府と反政府勢力との「協定」による民主化(体制転換)、反政府勢力による「下からの民主化」(体制変革)です。 ここでは体制変革を扱いましょう。体制変革には政府より強力な反体制派の存在が不可欠です。 しかしながら、チュニジア・エジプトともに政府よりも強力な反体制派組織の結束があったとは考えられません。 よってこの二つの理論的説明は中東政変には妥当しないことになります。

なぜ権威主義体制は崩壊したのか? チュニジア、エジプト、イエメン、バハレーン、シリアなどの事例から体制崩壊メカニズムを考える・・・軍部の動向がカギ? ゲーム理論による分析を試みる プレイヤーは市民、政府、軍部 政府は軍部にパトロネージを配分する ある条件下で市民が決起する{デモ} 軍部が市民を{抑圧}もしくはデモを{傍観}する 政府は警察で{抑圧} もしくは{下野}する ではなぜ権威主義体制は崩壊したのでしょうか? ここではチュニジア、エジプト、イエメン、バハレーン、シリアなどの事例から体制崩壊メカニズムを考えてみます。 私はゲーム理論という分析道具を使うので、この講演ではゲーム理論による分析を試みます。 ゲーム理論とは戦略的状況下での意志決定を扱う理論です。戦略的状況とはある人が意志決定を行う際に別の人による行動の影響を受ける状態のことです。 政治現象では誰もが自分の意志通りに行動できるとは限らず、戦略的状況のために意志決定が難しくなります。この状況下での意志決定とその結果を分析する道具としてゲーム理論は役に立ちます。 先に紹介した「協定」による移行説や移行経路説は現実の体制崩壊事例から帰納的に導いた理論です。これに対して、ゲーム理論は演繹的な理論です。 ゲーム理論の構成要素は「プレイヤー(意志決定者)」、「戦略(選択肢および選択肢の組み合わせ)」、「利得(行動の結果得られる利益)」の3つです。 手元の資料をご覧ください。 このゲームのプレイヤーは市民、政府、軍部の三者とします。 まず政府が今年度の歳入の中から、軍部にパトロネージを配分します。配分するほど体制は頑健になりますが、統治に使えるリソースが減るのでその点が制約になります。 あとで説明しますが、ある条件の下で市民が決起します。これが{デモ}という戦略です。 市民が決起した場合、軍部はデモを{抑圧}するか{傍観}するか、どちらかの戦略を選択します。 軍部が{傍観}した場合、政府は警察などの残った実力装置で市民を{抑圧}するか、さもなければ{下野}します。

パトロネージ・ゲーム [結果] [利得(市民,軍,政府)] [民主化移行] [1-d, αd, (1-α)d] {下野} 政府                           [結果]  [利得(市民,軍,政府)]                        [民主化移行] [1-d, αd, (1-α)d]                  {下野}               政府            {傍観}   {抑圧}     軍部      [内戦] [1-p2-cd, 0, p2-cr]    {デモ}  {抑圧}     市民             [鎮圧] [1-p1-cd, p1R-cr, p1(1-R)-cr]       {服従} 政府 {Rを決定}         [体制存続]    [0, R, 1-R] p1>p2,p2+cd > d 手元にある資料と同じものを掲げました。 パトロネージ・ゲームと名付けてあります。 最初の手番でプレイヤー政府が{Rの水準を決定}します。 市民は政府に{服従}するか決起して{デモ}をするかを決めます。 軍部はデモを{抑圧}するか{傍観}するかを決めます。 政府にもう一度手番が回ってきて、あくまでも{抑圧}するか、それとも{下野}するかを決めます。 <記号の意味(全てゼロ以上1以下)>  R : パトロネージ  ci : 紛争コスト{d,r; dはデモ,rは抑圧}  pt: 抑圧側の勝利確率 p1 > p2  α : 軍部と旧政府側との権力分有比  d : 民主化移行による軍部と旧政府側の権力(1-dは実質的な選挙権) ただしp2+cd > d. すなわち市民にとって 民主化移行>内戦

証明(均衡条件の絞り込み) [結果] [利得(市民,軍,政府)] [民主化移行] [1-d, αd, (1-α)d] {下野} 政府                           [結果]  [利得(市民,軍,政府)]                        [民主化移行] [1-d, αd, (1-α)d]                  {下野}               政府            {傍観}   {抑圧}     軍部      [内戦] [1-p2-cd, 0, p2-cr]    {デモ}  {抑圧}     市民             [鎮圧]  [1-p1-cd, p1R-cr, p1(1-R)-cr]       {服従} 政府 {Rを決定}         [体制存続]    [0, R, 1-R] p1=1のとき、市民は服従(赤色) p1≠1のとき、0< p1 (1-p1-cd)+ p2(1-p1)(1-p2-cd)+(1-p2) (1-p1)(1-d)ならば 市民は決起({デモ}) しかし {αd(1-p2)+cr}/p1<Rであれば軍部はデモを{抑圧} (橙色) p1=1のとき、市民は{服従}をプレイし、ゲーム終了です。 権威主義体制が持続していた時はこれが繰り返されていたと考えることができます。 p1≠1のとき、0< p1 (1-p1-cd)+ p2(1-p1)(1-p2-cd)+(1-p2) (1-p1)(1-d)ならば、市民は決起します({デモ}をプレイ)。 しかし R< {αd(1-p2)+cr}/p1であれば軍部はデモを{抑圧}します。結果は[鎮圧]になります。 現実の例で言えばシリアやデモが単発で終わったケースがこれに当たります。

証明(均衡条件の絞り込み) [結果] [利得(市民,軍,政府)] [民主化移行] [1-d, αd, (1-α)d] {下野} 政府                           [結果]  [利得(市民,軍,政府)]                        [民主化移行] [1-d, αd, (1-α)d]                  {下野}               政府            {傍観}   {抑圧}     軍部      [内戦] [1-p2-cd, 0, p2-cr]    {デモ}  {抑圧}     市民             [鎮圧]  [1-p1-cd, p1R-cr, p1(1-R)-cr]       {服従} 政府 {Rを決定}         [体制存続]    [0, R, 1-R] p2< (1-α)d+crのときR≦{αd(1-p2)+cr}/p1であれば軍部は{傍観} p2≧(1-α)d+crであれば内戦、さもなければ民主化移行 市民が決起した場合、先ほどの条件が満たされない、つまりでR≦{αd(1-p2)+cr}/p1あれば軍部は{傍観}します。 軍部が政府の命令を聞かないことを意味します。政府が警察および大統領警護隊のような子飼いの部隊を使ってあくまで抑圧しようとするなら、市民との内戦に至ります。 内戦の条件はp2≧(1-α)d+crになります。 もし軍部が市民の側につけばp2が極めて小さくなり、政府側の敗色が濃厚になります。もし市民側が反体制で一枚岩になっていない時、p2は大きくなるでしょう。 内戦の条件が満たされない場合、つまりp2< (1-α)d+crであれば政府は民主化移行を選ぶでしょう。 言うまでもなくチュニジアとエジプトがこのケースです。 民主化移行と内戦が体制崩壊のケースになります。

パトロネージ・ゲームの洞察 (1)政府は軍部に対するパトロネージを減らした 経済自由化政策によって資源は軍部ではなく市場の整備に向けられた? 国民民主党の内部は党人派とビジネスマン層に分裂 ガマールとアフマド・イッズの台頭 (2)政府は体制が崩壊して多くの権益を失ってもなお、権限が残る可能性に賭けた 軍部に権限委譲を図った意図 自発的に下野するインセンティブ この分析から得られる洞察は何でしょうか? まず第一に、「政府は軍部に対するパトロネージを減らしていたのではないか」というものです。 ムバーラク政権が1990年代から推し進めていた経済自由化政策によって、政府の使えるリソースは市場の整備に向けられていたと考えることができます。 軍部にリソースを振り向けても経済成長の役には立たないので、政府は投資環境を整備する方向に資金投下をするようになったのではないでしょうか。 国民民主党の内部にガマール・ムバーラクの取り巻きになるビジネスマン層が入ってくるようになって、与党自体もメンバーの利害調整が難しくなっていったのではないかと思われます。 第二に、チュニジアとエジプトの両国で大統領とその一族、および近しい人物を放逐するという決断をしたことから、政府側は体制が崩壊して自ら持つ多くの権益を失ってもなお、権限が自分の手に残る可能性に賭けたのではないかと思われます。 憲法規定に従わず、軍部に権限委譲を図った意図が何なのか、そして政府側が自発的に下野したのは何らかのインセンティブがあったものと想像できます。

観察可能な含意(1) 軍部に対するパトロネージの低下を顕著に表しているのがこのグラフです。 中央政府予算に占める軍事費の割合の変化を時系列で表しています。エジプトにおいて2006年以降の減少が顕著です。 総額で見ると軍事費は増加していますが、全体的な予算に占める割合はこの通り減っています。 減少した予算はアメリカからの軍事援助でカバーしているのかもしれません。 チュニジアはもともと軍事費の予算に占める割合が低い国ですが、近年減少させている傾向は認められます。

観察可能な含意(2) 2007年エジプト憲法改訂 1980年憲法での大統領選出過程 改訂によって立候補資格の規定が設けられる 人民議会で候補選出・投票 国民の信任投票 改訂によって立候補資格の規定が設けられる 議会で少なくとも3%の議席を有する政党からの候補に限定 当初、ムスリム同胞団対策と見られた 立候補資格規定は党籍を持たない軍人の大統領選挙出馬も抑止する ガマール・ムバーラクへの大統領禅譲の準備? Henry and Springborg (2010: 193)には次のような記述がある。 「軍部に対する大統領の権力に関して言えば、ムバーラクは前任者達よりも有利な位置を占めている。と言うのも、2007年の憲法改訂によって軍部高官による政権継承が不可能になったためである。」 改訂により「議会で少なくとも3%の議席を有する政党から立候補する」もしくは「無所属の場合、人民議会(65人以上)・諮問評議会(25人以上)・県議会の議員(10人以上)で計250人以上の推薦が必要」とある。 2011年1月に副大統領となったオマル・スレイマーンもムハンマド・タンターウィー軍最高評議会議長もNDPの党籍を持たなかったので、政変が生じていなければ彼らは政治のトップになれなかったと思われる。

まとめ 軍部の動向を体制持続と崩壊のカギと考えた場合、継続的に支払うパトロネージの大きさが帰結を左右しているのではないか? ハイブリッド型権威主義体制は時間の経過とともに変質・劣化していた? 内戦の惨事を引き起こさないためには、旧政府側が自発的に下野するような仕掛けが必要 軍に対するパトロネージはエジプト経済における広がりの中で捉えることもできる。 Cook (2007: 81)によると、エジプト軍は兵器生産から電化製品・靴・農業・食品加工といった民生品調達、および航空・警備・工業技術・土地開墾・旅行等に関するサービス分野にまで手を広げている。 軍部ビジネスへの融資は治安維持の名の下に隠されており、補助金の対象であるために国家予算を圧迫している(1980年代後半の話)。 この部分について近年の動向を知ることは難しく、変化についてもエジプトの専門家ではないので分からない。 資料があれば紹介して欲しいところ。

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ディスカッション なぜ市民は決起したのか? 別の機会(比較政治学会)で報告済み 国民民主党の支持構造が既に空洞化していた

与党支持構造のイメージ 国民民主党 バアス党 エジプト シリア パトロネージ 社会問題認識 パトロネージ 社会問題認識 情報操作 安定志向 イデオロギー イデオロギー

ディスカッション TwitterやFacebookといった情報ツールの重要性はどうなのか? デモへの速やかな集結・組織化を図った点で過去の体制崩壊事例にはなかったものだが、「集合行為のジレンマ」を軽減する役割を果たしたにとどまる 「デモに参加しなければ、体制は変えられない」 「街頭に飛び出したのが自分達だけなのでは」というリスク