ボンドの効果 ―法と経済学による分析― 桑名謹三 法政大学政策科学研究所

Slides:



Advertisements
Similar presentations
家計の保険需要分析 京都大学大学院 小林研究室 関川 裕己. 研究の背景 家計の地震保険加入率 (2005 年度末 ) 火災保険への付帯率(%) 出典 : 損害保険料率算出機構.
Advertisements

公共経済学 13. 社会保険( Social Insurance ) 保険市場における政府の役割 情報の非対称性( asymmetry of information ) ⇒ 逆選択( adverse selection )
1 (第 14 週) 第5章 間接金融の仕組 み § 1 銀行の金融仲介機能 ( p.91 ~ 98 ) ① 仲介機能 ② 情報生産機能 ③ 資産転換(変換)機能 ④ 銀行貸付けにおける担保の役割 § 2 貸付債権の証券化とサブプライム問題 ( p.99 ~ 104 ) § 3 銀行以外の金融仲介機関.
IS-LM 分析 マクロ経済分析 畑農鋭矢. 貨幣の範囲 通貨対象 M1M2M3 広義流動性 現金通貨(日銀券 +補助通貨) 預金通貨 (普通預金・当座 預金など) 主要銀行・信 用金庫など ゆうちょ銀 行・信用組合 など 準通貨 (定期預金など) 主要銀行・信 金など ゆうちょ銀 行・信用組合 など.
経済の仕組みと経済学. 経済学とは 「経世済民」経済 世の中を治め、民の苦しみを救うこと 人々が幸せに暮らすためのしくみでありその活動 = 経済学とは: 「希少な資源を競合する目的のために, 選択・配分 を考える学問」 2.
サプライ・チェイン最適化 ー収益管理を中心としてー 東京海洋大学 久保 幹雄
6章 7章 インセンティブ. モラルハザード よくある誤解(誤訳):倫理の欠如 私の好きな意訳:倫理の落とし穴 よくある定義 情報の非対称性があり、代理人の 行動が観察できない がゆ えに、代理人が 依頼人の意に即した行動を取らず 、自ら の利得を最大化する問題。 例:保険、負債を背負った経営者.
多々納 裕一 京都大学防災研究所社会システム研究分野
求償・免責について 第三者加害行為事案に伴う事務
求償・免責について 第三者加害行為事案に伴う事務
アドバース・セレクション.
乗数効果 経済学B 第6回 畑農鋭矢.
市場の失敗と政府の役割.
21世紀のアメリカ経済 藤女子大学人間生活学部 内田 博
個人および企業による リスク回避とリスクマネジメント
多々納 裕一 京都大学防災研究所社会システム研究分野
ゲーム理論・ゲーム理論Ⅰ (第8回) 第5章 不完全競争市場の応用
© Yukiko Abe 2014 All rights reserved
自動車のリスク 2002.9.15.
流通と営業.
第9章 ファイナンスの基本的な分析手法 ファイナンスの分析手法は、人々が金融市場に参加する際の意思決定に役立つ 扱うトピックは
初級ミクロ経済学 -生産者行動理論- 2014年10月20日 古川徹也 2014年10月20日 初級ミクロ経済学.
ミクロ経済学の基礎 経済学A 第1回 畑農鋭矢.
経済学A ミクロ経済学(第4回) 費用の構造と供給行動
多々納 裕一 京都大学防災研究所社会システム研究分野
法と経済学研究 2016年度 麻生良文.
土木計画学 第5回(11月2日) 調査データの統計処理と分析3 担当:榊原 弘之.
Bassモデルにおける 最尤法を用いたパラメータ推定
(第12週)第4章 直接金融の仕組み(2) §1 直接金融と間接金融(p.69~74):確認 ◆ 短期証券(約束手形、CPなど)
経済活動と法 ~不法行為~ <製造物責任>.
イントロダクション.
再分配政策 公共経済学(財政学A ) 第7回 畑農鋭矢.
7: 新古典派マクロ経済学 合理的期待学派とリアル・ビジネス・サイクル理論
天候デリバティブ 浅田崇史    撰 幹士    中根和彦.
第05回 2009年11月04日 今日の資料=A4・5枚 社会の認識 「社会科学的発想・法」 第05回 2009年11月04日 今日の資料=A4・5枚
地球温暖化問題における世代間公正の政策原理 ―ハーマン・E・デイリーのエコロジー経済学に基づいて―
短期均衡モデル(3) AD-ASモデル ケインジアン・モデルにおける物価水準の決定 AD曲線 AS曲線 AD-ASモデル
「データ学習アルゴリズム」 第2章 学習と統計的推測 報告者 佐々木 稔 2003年5月21日 2.1 データと学習
第12章 外部性.
ミクロ経済学 13 丹野忠晋 跡見学園女子大学マネジメント学部 2014年7月21日
特殊講義(経済理論)B/初級ミクロ経済学
需要の価格弾力性 価格の変化率と需要の変化率の比.
10. 積分 積分・・確率モデルと動学モデルで使われる この章は計算方法の紹介 積分の定義から
© Yukiko Abe 2014 All rights reserved
取引手法③ かぶ保険(プロテクティブプット)
プロジェクトの選択基準 と CBAの役割と限界
© Yukiko Abe 2008 All rights reserved.
経営戦略論参考資料(2) 2007年8月3日.
労働経済学 安部由起子 10月24日 安部ゼミ説明会 労働経済学 安部由起子
法と経済学2(5) 製造物責任制度とルールの中立性
現代の経済学B 植田和弘「環境経済学への招待」第3回 第7章 環境制御への戦略と課題 京大 経済学研究科 依田高典.
2012年度 九州大学 経済学部 専門科目 環境経済学 2012年11月28日 九州大学大学院 経済学研究院 藤田敏之.
リスクポートフォリオ 京都大学大学院 小林研究室 修士2回 関川 裕己.
経済学とは 経済学は、経済活動を研究対象とする学問。 経済活動とは? 生産・取引・消費 等 なぜ、経済活動を行うのか?
デフレ・スパイラル 2009年以降の事例から 長谷川 正
Claim Report 公衆責任保険の事例紹介 重要事項 結果 支払保険金額
第5章 特徴の評価とベイズ誤り確率 5.5 ベイズ誤り確率の推定法 [1] 誤識別率の偏りと分散 [2] ベイズ誤り確率の上限および下限
2009年12月4日 ○ 前田康成(北見工業大学) 吉田秀樹(北見工業大学) 鈴木正清(北見工業大学) 松嶋敏泰(早稲田大学)
市場調査の手順 問題の設定 調査方法の決定 データ収集方法の決定 データ収集の実行 データ分析と解釈 報告書の作成 標本デザイン、データ収集
Gine, Townsend, and Vickery (2008) “Patterns of Rainfall Insurance Participation in Rural India” World Bank Economic Review 22(3): 報告者:有本寛 2009/12/2.
中級ミクロ経済(2004) 授業予定.
岩本 康志 2013年5月25日 日本金融学会 中央銀行パネル
情報経済システム論:第13回 担当教員 黒田敏史 2019/5/7 情報経済システム論.
人工知能特論II 第8回 二宮 崇.
法と経済学(Law and Economics)
契約法の経済分析 麻生良文.
世帯の復旧資金の調達と 流動性制約 京都大学大学院 小林研究室.
議論の前提 ある人獣共通感染症は、野生動物が感染源となって直接又は媒介動物を通じて人に感染を起こす。
第6回講義 文、法 経済学 白井義昌.
企業ファイナンス 2009年10月21日 実物投資の意志決定(2) 名古屋市立大学 佐々木 隆文.
Presentation transcript:

ボンドの効果 ―法と経済学による分析― 桑名謹三 法政大学政策科学研究所 法と経済学会2009年全国大会資料 2009年7月5日 ボンドの効果 ―法と経済学による分析― 桑名謹三 法政大学政策科学研究所 URL:http://www.geocities.jp/kkmasahiro2002/ 2009年7月5日 ボンドの効果 ―法と経済学による分析―

ボンドとは 企業が生産活動に伴い第三者に損害を与えたとき その損害のうち損害賠償法に基づき企業に責任があると認められた金額を 企業が債務不履行に陥った場合に 企業に代わって保険会社が被害者に保証金を支払う 保険会社が行なう保証で保証証券と呼ばれる 2009年7月5日

責任保険とは 企業が生産活動に伴い第三者に損害を与えたとき その損害のうち損害賠償法に基づき企業に責任があると認められた金額を ベースにして算出した保険金を企業に代わって保険会社が損害を被った第三者に支払う保険 したがって、損害賠償法の内容に保険金支払いが影響を受ける 2009年7月5日

なぜ強制化なのか 加害者が賠償資力不足の場合は十分な被害者救済が不可能となる 被害者救済上の問題:1960年代の考え方 日本における政策事例:自賠法や原賠法など 加害者が賠償資力不足の場合に加害者の防災行動が社会的に最適な水準から逸脱する 資源の最適配分上の問題:1980年代以降の考え方 日本の政策にはこの考え方はないが、海外では常識となっている 厳格責任の方が、過失責任より賠償資力不足の影響を受けやすい 2009年7月5日

海外における事例 ドイツでは、一定以上の規模の事業場については、環境リスクをカバーする責任保険が強制化されている。 スウェーデンでも同様の強制付保化政策が実施されている。国が保険者となっており、カバーはボンドに近いものである。 米国のCERCLAやOPAではボンドも金融保証の一つとして認められている。 オランダの土壌汚染浄化のためのファンド(COFIZE)はボンドと同様のカバーである。 2009年7月5日

研究の目的 ボンドと責任保険の比較分析 先行研究と異なるモデルの使用 無限カバーの効果 有限カバーの効果 モラルハザードの特徴 強制化政策実施時に留意すべき事項 2009年7月5日

先行研究(Shavell, 1986)の内容 賠償資力不足の企業が選択するリスクは最適レベルより大きくなる。 賠償資力不足の影響は過失責任の方が厳格責任より小さい。 企業の資産が大きくなるほど選択されるリスクは小さくなる。 企業の資産が一定レベル以上になると選択されるリスクは常に最適値となる。 完全情報下で企業が十分大きな保険金額の責任保険を購入すれば選択されるリスクは最適値となる。 不完全情報下ではリスクは最適化されない。 2009年7月5日

先行研究(Shavell以外)の内容 ボンドを分析した研究は存在しない。 使用されるモデルはShavellのものをベースとしている。 不完全情報下のみの分析。 リスクのモニタリングを工夫することによって、リスクを最適化できる。 Polborn(1998):ボンド型カバーではモラルハザードは生じない。 2009年7月5日

賠償責任のルール 厳格責任 企業の過失の有無にかかわらず企業は損害賠償責任を負わされる 過失責任  企業の過失の有無にかかわらず企業は損害賠償責任を負わされる 過失責任   企業に過失がない場合は、企業は損害賠償義務がない。具体的には、企業が最適なリスク以下のリスクを採用していた場合に無責となる。 2009年7月5日

モデル 企業の利潤: リスク: てん補金 保険: ボンド: プレミアム(完全情報): プレミアム(不完全情報): 実てん補金:   保険:   ボンド: プレミアム(完全情報): プレミアム(不完全情報): 実てん補金: 2009年7月5日

モデル 有事故時資産 無事故時資産 賠償資力があるときの期待資産 賠償資力がないときの期待資産 2009年7月5日

主要な仮定 事故があるときの資産は、ある v の値までは正で、それを超える v のときは負である。 賠償資力不足のときの期待資産は、ある vのとき最大値をとり、その値未満の v においては増加関数、その値超の v においては減少関数である。 2009年7月5日

企業の最適化行動 事故があった場合の資産を正にするという制約条件の下、賠償資力がある場合の期待資産を最大化する v を求める 2009年7月5日

ボンド・保険無の場合の資産・期待資産 2009年7月5日

分析の手法 てん補金、実てん補金がvに依存しないものとして解析的な分析を行った。 この場合の確率関数は、環境工学で用いられる対数正規分布のものを採用した。 2009年7月5日

関数の特定化 価格: 費用関数: 有害物質制御費用関数: 損害額関数: 2009年7月5日

関数の特定化 確率関数: ただし 2009年7月5日

ボンド・保険無しの場合の初期資産とリスク 2009年7月5日

Shavellモデルにおける資産とリスク 2009年7月5日

分析結果(完全情報・無制限カバー) ボンドは企業に手配のインセンティブを与えない(解析) 企業がリスク中立者でなければリスクは最適化されない(解析) ボンドを政策として使用する場合には強制化が必要 2009年7月5日

分析結果(完全情報・有限カバー) 実てん補金は同額の資産とほぼ同じリスク抑制効果がある(解析) 実てん補金が負となる場合が存在し、その場合は強制化によって企業が選択するリスクが高くなってしまう(解析) 2009年7月5日

実てん補金・初期資産とリスク 2009年7月5日 法と経済学会2009年全国大会資料 2009年7月5日 ボンドの効果 ―法と経済学による分析―

考察(完全情報・有限カバー) 保険の場合、保険条件を変えることによって実てん補金を負にして期待利潤を増加させることができる 完全情報下のモラルハザードが発生する可能性がある 強制付保化政策は保険条件も規制しなければ政策の目的を達成できない 企業の資産が大きい場合ボンドの方がプレミアムは保険より小さくなる 2009年7月5日

分析結果(不完全情報) ボンド(厳格・過失責任)の場合はプレミアムモラルハザードが発生する(解析) 保険(過失責任)の場合もプレミアムモラルハザードが発生する(解析) 保険(厳格責任)の場合はモラルハザードヘブンが発生する場合がある(数値) 2009年7月5日

ボンドの効果 2009年7月5日

責任保険の効果 2009年7月5日

考察(不完全情報の場合) ボンドの場合は責任のルールにかかわらずモラルハザードはプレミアムモラルハザードに限定される プレミアムはボンドの方が保険より小さい プレミアムモラルハザードの程度もボンドの方が保険より小さい モラルハザードヘブンの活用方法を検討する必要がある 2009年7月5日

まとめ 環境リスクのような複雑なリスクについては次の点においてボンドの方が責任保険より優れている 完全情報下のモラルハザードを回避しやすい プレミアムモラルハザードの程度が小さい プレミアムが小さく企業の負担が軽減される コントロールするリスクの複雑さに応じてボンドと責任保険を使い分ける必要がある 2009年7月5日